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道楽草  作者: 十三岡繁
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文化と羞恥心

 前々から不思議に思っていたことがある。女性の水着でビキニタイプのものがあるが、あれは非常に布の表面積は少ない。しかいピンポイントでそこさえ隠せばいいという部分だけを隠している。しかしそれでも何というか公衆的にもセーフなのだ。


 一方見た目は殆ど変わらないものであるのに、これが下着となると公衆の面前に出るにはアウトとなる。その違いがよく分からない。布の素材?両方とも化学繊維であると思う。


 昔のアイドルで、ドラマで下着姿になるシーンがあったが、二枚重ねて履いていたので、それは下着姿ではないのでセーフとしたそうだ。意味が分からない。布地の厚さが二倍であっても、きっと重ね履きをしていないとアウトなのだろう。


 結局匙加減はかなり脳内の情報に左右されているように思う。見せてはいけないものだと相手、又は社会が捉えているから、見ると貴重な体験だと脳が判断して性的な興奮をもたらすのという事なんだろうか?


 習慣的に女性でも上半身は裸で過ごす民族もいる。ドイツではサウナは男女ともに一糸まとわぬ姿で混浴であるらしい。それでも特に性的な興奮をもたらすとして問題になったりはしない。


 みんなが立派な衣装を着用しているのに、自分だけがみすぼらしい格好をしていると、恥ずかしいという気持ちになる…それと同じという事なのか?羞恥心というのは社会や文化から発生するものなんだろうか?確かに動物は裸でも羞恥心は無いように見える。知能が高い霊長類ですらそうである。


 しかしだとするならば、文化や思想が変異していく中で羞恥心を呼び覚ます状況というのは変わっていくのだろうか?例えば顔という部位がとても大切な部分だと社会的に認識されてそこはいつでも隠すもの…逆に人工授精や人工子宮が繁殖の中心となれば、生殖器などは退化して特に見られていい物になるのかもしれない。


 近い将来現れた異星人は顔だけマスクをしていて、あとは素っ裸みたいな状況もあり得るという事か?


 しかしアダムとイブもエライものを口にしてしまったものだ。

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