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道楽草  作者: 十三岡繁
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ギョベクリ・テペ

 トルコにギョベクリ・テペという名の巨大な遺跡がある。まだ殆ど発掘が進んでいないが、年代測定の結果1万年以上昔の物であるらしい。農耕の痕跡となるようなものは発見されていないので、当時の人々は狩猟生活をしていたと考えられている。


 農耕が始まって、定住化が進むことで社会が形成され宗教の様な物も発達していったというのが今までの定説だった。しかし狩猟社会であっても人々が一団となってこのような大きな遺跡…当時の宗教的施設を作っていたという事は驚きである。


 当時の人々の心を誰がまとめ上げていたのか?そうしてその拠り所となるものは何だったのだろう?武力などの力?それとも宗教?農耕が始まっていないので、財力とは考えにくい。しかしどの道何か強力なものがなければ、それほど大きなものを作り上げる事はできなかったろう。


 個人的にはやはりそれは、思想や宗教の様な物であったと思う。地理や文化を超えて、人々が宗教を持っているというのは、特定の宗教を信仰していない自分にとってはとても興味深い。いや、ギョベクリ・テペの場合、時間や社会性をも超えている。


 きっと人々は自分の生を全うする上で、人智を超えた何か上の存在や法則みたいなものを感覚的に感じ取っているのではないだろうか?特定の宗教を信じていない自分であってもそこは理解できる。そう言った意味ではアインシュタインも完全な無神論者ではないのかもしれない。物理学も立派な宗教のように感じるし、量子力学の現象の方が宗教家の話よりもよほど荒唐無稽だ。


 そうしてその人智を超えた存在や法則の様な物は、本当は全ての人が知っている…言い方が難しいのだが感じ取っているというのも違うし、内包しているというのが近いだろうか?単に認識というレベルまで上がってこないだけで、最初から理解しているしそのものであるというのが最近思う所である…宗教だと仏教観に近いかもしれない。


 とにかくギョベクリ・テペの発掘調査が進むのを楽しみにしている。何かとんでもないものが出てきそうな予感がする。早くきな臭い争いごとなどやめて、先人たちの知恵をみんなで探求したほうが余程生産的だと思う。

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