浮き名を流す貴族の三男坊は、かつてひまわり畑で出会った少女に求婚される
コンラッドは絶望した。屋根裏にでも隠れて啜り泣きたい。
父親が勝手に縁談をまとめたのだ。深窓の美女ならまだしも、相手はロベルタ伯爵令嬢。有名な騎士一家で、彼女も王国に仕える。コンラッドの好みからは大幅に離れた武闘派だ。
男爵家の三男坊という気楽な身分に甘んじず、趣味の合う人を見つけて身を固めていれば良かった。
「噂は聞いています。数々の浮き名を流しておられると」
両家の食事後に二人きりで散歩していると、ロベルタは話を切り出した。
花屋の娘や、歌姫など、恋人の噂は数知れず。歩けば愛を囁くと人々から揶揄された。
「――ならば、どうして」
「五年前、ひまわりを一本くれて『君にはこの花のような笑顔が似合う。いつか結婚してくれないか』と言ってくれましたよね」
思い出した。貴族の集まりに呼ばれ、庭園のひまわり畑で見つけた迷子。花を渡して優しい言葉をかけるのは、子どもを泣き止ませるための常套句だ。
「冗談だよ。昔のことを本気にしないでくれ」
今ならこの縁談を白紙に戻せる。この令嬢を説得できれば。
「コンラッド様を知ったのはそのプロポーズでしたが、噂について興味深いことがわかりました」
「興味深いこととは?」
「花屋には亡くなったお母様の墓前に供える花を選びに行き、孤児院出身の歌姫の支援をしているとか。本当は、コンラッド様は……」
「買い被りだ。誰でもできることだよ――それに、上辺だけで人を判断しちゃいけない。俺が悪い男かもしれないよ」
「悪い男なら自分からそう言いません。貴方からは、相手を大事にする真摯さが伝わってきます」
「真摯さ、かぁ……」
真面目な顔で言われると、急に照れ臭くなった。好みではなかったはずのロベルタが、可愛く見えてくる。
口説くことはあっても、思いを寄せられることはなかった。どうやらアプローチされると、めっぽう弱い。
ロベルタの剣技は先手必勝の攻撃型。やられた。
「実は……最愛の猫達がいるんだ。彼女らと離れて暮らすのは耐えられない。一緒に連れてきてもいいだろうか」
ロベルタはこれまでのコンラッドの態度に納得した。
「今まで結婚されていないのは、猫が大事だったからなんですね」
「一人が気楽だったんだよ」
「ふふ。私も猫が好きです。コンラッド様が可愛がっているのなら、とても愛らしいのでしょうね」
こうして二人と三匹の猫との生活が始まった。
数年が経った今でも、妻の誕生日に思い出のひまわりを欠かさずに渡している。