8 悪意
そんな平穏に見える日々を送る中、領地への視察へ向かおうとしていたわたくしの馬車が事故を起こしました。
何かに驚いたのか馬車を牽く馬達が突然暴走した事に続き、馬車の車軸が折れたことで激しく横転し、大事故となってしまいました。
馬車は先日点検から帰って来たばかり。
加えてわたくし単体には勿論、馬車にもわたくしの結界は作用していた筈なのに、いつの間にか、常時発動している筈のわたくしの結界が、消えていた?
魔道具?
半壊した馬車の中、重傷を負い血塗れのわたくしは、その時、薄れ行く視界の中で、目立たぬ位置に密かに仕掛けられたそれを発見する。
これは魔力発動無効の魔道具だ。
点検から帰って来た時にはもう仕掛けられていたのだ。
油断して確認を怠った。
馬車はわたくしを離れても常に結界に守られているが、悪意、害意の有無という条件は逆に抜け道もある。
職人の善意に付け込み、車内を快適にする魔道具で、こっそりプレゼントして驚かせたいとでもいえば、侯爵家の事情を何も知らない職人は父親のお茶目なサプライズ程度にしか思わない。
喜んで魔道具を仕掛ける事を請け負っただろう。
犯人は間違いなくクズ父だ。
動機は、大方、今更に知ったアイラ様のスキャンダルの責任をわたくしのお母様に押し付けての逆恨みか、婚姻における複雑な関係関連の、やはり自分勝手な逆恨みか、はたまた執務には関心を示しもしないくせに当主風だけは吹かせたがるのに上手くいかないことへの、わたくしへの直接的な逆恨みか。
まぁどう足掻いても逆恨みでしかないお粗末さでしかあり得ませんが、どうせそんなところでしょう。
普段結界に阻まれて接触すら出来ないことで殊更恨みを募らせでもしたのか、珍しく一計を案じたら成功したというところですわね。ホントに忌々しい。
わたくしの結果が最早呼吸レベルの無意識下であった事も災いしたようです。
この魔道具。
これはわたくしへの悪意。
この事故が暗殺であるという動かぬ証拠であるが、このままわたくしが意識を失ってしまったら、いつクズの手の者に回収されて証拠隠滅をされてしまうやもわからない。
焦りが、わたくしの判断を狂わせる。
この時は、それが最善だと思った。
わたくしは薄れ行く意識の中、魔道具を自分の無限収納に取り込んだ。
まさか、一週間も意識が戻らず、憲兵隊による調査も終わって、完全に後出し間満載のそれの証拠能力が半減する事となるとは、この時のわたくしには思いもよらなかった。
不運って、重なる時は冗談みたいに重なるものですわよね。
クズの悪意は、こんなもので治まるものではなかったのです。
事故から十日後。
意識の戻ったわたくしは、結界魔法の応用で、結界の中での自己修復に努め、数日で生死の境を彷徨う程の大怪我を負ったとは思えない程見事に回復した。
艶々滑らかな肌には最早傷一つ無い。
実は事故直後邸に運び込まれたわたくしは、それは酷い状態であったそうなのです。
フィッツの手配で王宮の魔法師団の凄腕の治療魔法師様や神官様までお招きし、お世話になったそうで、辛くも命は取り留めたものの、その時は大きな傷跡が残ると言われたそうですの。
でもこの時のお二方のご尽力が無ければわたくしは死んでおりましたもの。お二人は勿論、フィッツにも感謝頻りですわ。
ちなみにわたくしの結界魔法は反則級のチート仕様で、単なる障壁魔法ではなく、ファンタジー的な魔法というよりホラー寄りで、前世でいう妖怪的なそれが使うものに近い印象ですの。
内側には空間支配、外というか境界付近に魔法や物理に有効な普通の障壁に加え、認識阻害や物理に近い惑わしの様なものまで展開出来るし、攻撃に対する反射や、何なら自動追尾も設定できるのです。
認識阻害については、通常の不可視化や別人に見せる等の他に、いつもならほんの数分の一本道なのに何時間歩いても辿り着けないとか、真っすぐ歩いてる筈なのに変な所に出ちゃうとか、確かにその場に有る筈なのに認識出来ないとか、所謂「化かされる」という現象。
任意ではあるけど、そんな妖怪っぽい機能を付加できてしまうのですわ。
ファンタジー≧ホラーというより、東洋的な概念と表現すべきかもしれません。
東洋と西洋に於ける結界に対する概念や認識の違いですね。
定義の範囲が広いのです。
剣と魔法のファンタジー世界は、一般的に西洋的な概念の世界ですから、ちょっと深掘りの東洋的概念は異様に映るかも。
東洋の結界の概念はまごうことなきホラー寄りですわ。
更に特徴的なのは内側の空間支配です。
結界内を空間の支配者であるわたくしの思う通りの概念の世界にする事が出来るのですが、説明が難しいです。ですが、そんなご都合主義の空間内でのわたくしは無敵です。本来持たない適性の魔法だって使いたい放題ですの。
ですから、結界の中で傷一つ無く回復したのは、そういう訳なのですわ。
エリクサーの中で漂っていたような感じですわね。
魔力や体力も回復しましたが、事故による精神的な疲れというものは、やはり残っているものなのでしょう。
暫く安静が必要かも知れません。
何よりフィッツや侍女達が心配してベッドから出して貰えないのですわ。ありがたいことです。あんな事故に遭った後でもほっこりしますわ。
でも、そんなほっこり時間は長くは続きません。
新たな悪意は、直ぐそこまで迫っていたのですわ。
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