49 忘れ形見
結局、個人差があるという古の妖精の呪いのタイムリミットはわからず仕舞いである。
タイムリミットがわからないという事は、結局のところ、呪いが解けたのか解けていないのかわからないという事であった。
一年二年と指折り数え、訃報が届かぬ事に、今日も生きながらえてくれていると安堵するしかない。
他に指標が有るとすれば、キャスリーンが健康を取り戻す事であろうか。
だが、二度と顔を見せに来るなと約束させられ、出禁を喰らった身としては、毎日この目で確かめる事も叶わず、風の便りをあてにするしかない。
忌々しい事に、案外ガードが堅いクローンサイト家に密偵を紛れ込ませるのは、非常に難しかったのだ。
おまけに何とか密偵を潜り込ませようとちょろちょろとクローンサイト家の周辺を嗅ぎまわて色々と画策しようとしているところを、アルバートに代わって王太子位に就いた弟に見つかってしこたま叱られた。
程無くしてキャスリーンが懐妊したとの噂が届いたが、アルバートはそれが自分の子だとは思いもしなかった。
寧ろキャスリーンを穢して呪いを受けさせた男の穢れの象徴のように思い、憎みさえしていたのだ。
ただ、キャスリーンと結ばれて暫くして、アルバートに失われていた竜眼が戻った。
その事を、アルバートは、真実の愛の勝利と理解した。
だから、キャスリーンの受けた古の妖精の呪いも解けたのだと思い込んだ。
事実、健康面は定かではないが五年六年と年月を数えてもキャスリーンの訃報は聞こえて来ない。最近では王宮の夜会に度々その美しい姿を現し、評判を呼んでいるとか。
アルバート自身は竜眼を取り戻したことで許され、王都に呼び戻されたが、自ら臣下に下ったことで、ダート辺境伯位を賜った。
ダート辺境伯領は、王都から最も遠く離れた辺境である。
あれ?これ許されてなくね?と思わなくもないが、ダート辺境伯領はただ王都から遠く離れているだけで、ディスフォレスと違って特にこれと言って危険な魔獣出現地帯が散見する訳でもないのでそうとも言い切れない。ただちょっとモヤモヤは残る。
その代わり友好国とはいえ国境と接する土地柄、なかなか離れられないのが難点である。その為ほぼ一年中領地に引き篭っている形と成るが、以前情報が遅くてキャスリーンの輿入れに間に合わなかった事への大後悔から、情報伝達速度の重要性を重んじ、昔の伝を利用して王宮を中心に王都に密偵を配している。
などと言うと子飼いに専門の機関を有しているように聞こえるが、実際は嘗ての王太子時代の個体識別可能な使用人達を頼り、その使用人のネットワークを通じて集めた情報を流して貰っているだけである。
とは言え、これも案外馬鹿にしたものでもないのである。
キャスリーンの無事も八年目を迎え、これでもう呪いも心配ないだろうと安堵した矢先、キャスリーンの訃報が届いた。
死因は衰弱死だというからアルバートは混乱した。
馬鹿な!!呪いは真の相手(俺)と結ばれた事で解除されたのではなかったのか!!
叫んでも、それに答えられる者など存在しない。
ショックで愕然とするアルバートは、当然のようにキャスリーンの葬儀には間に合わなかった。
情報はそこそこ早かったが、王都はとにかく遠かった。の、一言である。
いいのだ。
関係を悟られるような真似は決してするなと固くキャスリーンに約束させられているので、最初から葬儀に参列するつもりはなかった。負け惜しみではない。
なまじアルバートが参列すれば、嘗てのスキャンダルを思い出す者達も居るだろう。
口さがない者達に、場を穢す話題を提供するのも業腹である。
人気の無い墓所で、人目を忍んで人知れず冥福を祈れればそれでいい。
あとは、人知れず霊廟に忍び込み、棺を暴いて遺体に泣いて縋って七日七晩を過ごし、遺髪を少しばかり、生きる縁にと無断で貰い受けて来た。
葬儀は夫であるクローンサイト侯爵ではなく、八歳に成るキャスリーンの娘が取り仕切っていたという。
それを聞いても、特に何も感じなかった。
キャスリーンを失ったショックしか頭に無かったのである。
何も感じられず、生きた屍の様な状態で数年の歳月が流れた。
王と成った弟がアルバートを何かと心配していたようだが、それすらも煩わしかった。
キャスリーンを永遠に失った時に、同時にアルバートの心も死んだのだ。
もう、心に残る物など何も無い。
そんな風に成っても、相変わらず王都からの情報は届けられた。
最近甥である王太子エイリアスが、何やらアルバートの過去を嗅ぎまわっているらしい。
目当ては二つ有るようで、一つはアイラの血筋。
今更だが、あの気持ち悪い女の血筋に人外の血が混じっている可能性が出て来たらしいのだ。しかも、何らかの先祖返りの可能性が濃厚らしいが、最早どうでもいい。
もう一つは、アルバートの竜眼が蘇った経緯のようだ。
王族としてその辺の謎が解明されるのはいい事だとは思うが、何故今頃?という疑念は残る。エイリアスはどうも、アルバートとキャスリーンの和解が鍵なのではないのかと疑っているようだ。
なかなかいい目の付け所だが、何故そこに着目したのかという疑問に、偶然密偵の耳に入った『竜の力の封印』というワードが浮上して来た。
誰かの体内に封印されているという。
無論王族ではない。
では一体どこの誰の?という事に成る。
竜の血は直系の王族にのみ受け継がれる。
それは原則で、王家以外にその血が現れる事は本来有り得ない。
あるとすれば、血が薄れた末の突然変異的先祖返りであろうか。
だが、続報で齎されたのは、恐らく、クローンサイトの子息令嬢の何れかだろうというものであった。
しかし、あの家門には降嫁の記録は無く、王家の血は入ってはいない。
そこまで考えて、アルバートはハッとする。
クローンサイトは、キャスリーンの嫁ぎ先の家門である。
そして、キャスリーンの娘が、一人だけ存在する。
てっきり、クローンサイトの種だと、疑いもしなかったが。
まさか!!
王家の血を引いているとすれば、それは紛れもなくアルバート自身の。
娘の年齢を思うに、よくよく考えてみれば時期的に計算も合う。
まさか、俺の娘なのか?
その可能性と興奮に、アルバートの全身が震えた。
何もかも失ったと思っていたアルバートに、宝物が残されていたというのか。
キャスリーンの置き土産である。
アルバートは興奮のままに、今迄目を背けて来たクローンサイト家とキャスリーンの忘れ形見周辺の調査を始めた。
すると、出るわ出るわクローンサイトの目を覆いたくなる不実の数々。
中でも、キャスリーンの夫の愛人がアイラと知って目を剝いて卒倒しそうになった。
しかもキャスリーンとの婚姻以前から囲っており、子供すら設けていたとか!!
更にその愛人との子供の数と増殖率には、外れた顎が強かに床を打った。
そして父親としての男の、娘に対する悪行の数々。
当主でありながら、爵位に纏わる仕事どころか、家門の仕事も一切しない引き篭りの上、キャスリーンの一人娘に対する養育義務放棄(貴族にはありがちな話だが)による虐待?越権行為(当主の越権行為って何だ?)、家門乗っ取り(ん?)、暗殺未遂(!!)に、人身売買未遂だと!?
俺の娘に何という事を!!
あまりの事に報告書を読みながら心臓が口から飛び出すかと思った。
あり得ない。
あり得なさ過ぎる。
一瞬報告書を疑うが、そう言えば、キャスリーンの葬儀を取り仕切っていたのは件の娘であったと思い出す。
普通に有り得ない事である。
俄かに報告書の信憑性が上がる。
娘は父親の悪行にほとほと愛想を尽かし、クローンサイト家を出奔したという。良かった!!
現在は母親の実家であるオパール家の後ろ盾を得て学園にも復学を果たす傍ら、母親の持参金の一部であった土地で何やら活躍しているという。
俺の娘。
キャスリーンと俺の娘。
アルバートの胸は躍った。
今迄興味は持って来なかったが、どんな娘だろう。
情報は少ないが、確か髪も瞳も、キャスリーンの色を受け継がなかった筈である。
顔立ちも、系統から違う。
それらは、アルバートが彼女に関心を持たなかった原因でもあった。
だが、更に今迄関心を持たなかったクローンサイトとも、色彩も容姿も似たところは無さそうだ。
俺の娘なら当然だとアルバートは悦に入る。
しかしながら、残念な事に、アルバートとも色彩は被らない。
だが、伝え聞く色彩と容姿に思い当たる節がある。
何よりキャスリーンの忘れ形見は、古の妖精の先祖返りとの評判も高い。
今でも王宮の最奥、王族のプライベートエリアに飾られる先祖代々の肖像画の中に、その姿を見ることが出来るだろう。
それはまさに、王家に嫁いだオパールの姫の姿であった。
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