3 乗り込んで来た人々
「貴族としてのそれは勿論、人としての常識もどうかとは思っておりましたが、喪が明けるまでも待てないのですか・・・」
最早お約束の如く。
乗り込んで来ましたわ。
内縁の妻子をぞろぞろと引き連れて。
これまで怖くて近寄れもしなかった本邸へ。
お母様の葬儀からまだひと月と経っていません。
常識が無いのはわかっていましたが、お母様が居なくなった事で万能感にでも囚われたか、それとも愛人にでも唆されたのでしょうか?
それにしても。
今日から家族だから挨拶しなさいとばかりにずらりと居並んだ(一部ごちゃっと団子状態だが)人数が・・・!人数が!
クズ当主もどき一名、愛人らしき成人女性一名。しかも妊娠中らしくお腹が大きい!!そして子供八人。
・・・八人!?
嫡子一人に対して庶子八人!+α!!(お腹の中の赤ちゃん人数不明!!)
驚異の八人!+α!!(お腹の中の赤ちゃん人数不明!!)
多過ぎませんか?
普通連れて来る庶子は一人か二人、多くても三人くらいまでがセオリーなのでは?物語では大抵そうですが、現実はこういう事もままあるという事でしょうか。流石のわたくしもビックリです。
それにしても畜〇腹疑惑の多産系のあのお腹には一体何個の命が宿っているのでしょうか?
何か異様に大きい気がするのですが、身近に妊婦さんを目にする機会の無かったわたくしには普通なのかどうなのか判断に至る情報がありません。でも何か異様に大きいです。
臨月なのでしょうか?
だとしたら無事出産されてからいらしたらよかったのに。
ああ、近々静謐なこのお邸に乳幼児の鳴き声が昼夜問わず響き渡るようになるのですね?最早ホラーです。
今何ヶ月なのかしら・・・・。
後にわたくしは当たって欲しくない嫌な予感程当たってしまうという残酷な現実に直面する事になるのですが、それはまた別の機会に。
まぁそれ以前に目の前の躾の行き届いていなさそうな子供達によって静けさや平穏や秩序は完膚なきまでに奪われそうですが。
「あの・・・」
疑問点は早々に解決致しましょう。
「第三第四夫人はどちらに?子供だけ引き取るのではなく、この際その方々も一緒にお招きしては?それとも孤児でも引き取られましたか?」
「あ、いえ・・・、恥ずかしながら、この子達は全員私の実の子です」
馬鹿当主はきょとんとアホ面曝したままだが、わたくしの言葉の意味に気付いた愛人が、流石に恥ずかしそうに頬を染めてわたくしの思い違いを訂正する。
第二夫人を飛ばしていきなり第三第四夫人と問うたのは、お母様亡き後この愛人の立場を第一夫人と呼ぶのか第二夫人と呼ぶべきなのか少々迷ったからだ。時間の問題で第一夫人に納まるにしても、貴族の場合婚姻を披露あるいは発表するまでは正式ではない。
愛人と口に出さなかったのは気遣いである。
そして出産予定人数は怖くて訊けない。
尤も生まれてみないことには正確にはわからないでしょうが。
・・・いえ、魔力反応とかでわかるのかな?言及は避けましょう。怖い。
「・・・そうですか。ご健康で何よりですわね」
流石に子沢山も過ぎますものね。
多産な家系のようで何よりです。知らんけど。
そういえばこのエロ当主、領地は勿論侯爵家の仕事は代官や使用人に丸投げな上、宮廷にも努めているわけでもありません。
どうせ子育ても使用人任せでしょうから、暇持て余して日がな一日朝から晩まで愛人と盛っているしか能がないという事でしょうか?欲望を満たすだけの人生とはいいご身分です。
当主が無能でありがたい部分もあるのでお口チャックですが。
お母様の持参金の凍結や、輿入れ時のオパール侯爵家からの支援金の回収やら配当やら、将来に備えてちょっと暗躍しております。
だってこのままなら、廃嫡やら追放やら暗殺やらの未来が透けて見えますでしょ?あとは金持ちの変態爺に売られる未来とかですわね。
断固お断りですわ。
「そうだ、おかしな事を言い出すな。俺の妻は一人だけだ」
遅れて状況を把握したのか、ろくでなし当主が狼狽を隠し切れない言い訳を始める。
が。
それって、故人とは言え政略結婚による正式な妻であるわたくしのお母様を数から除外したということでしょうか。ジロリと睨み上げると、失言に気付いたのか「今は」と付け足した。しかもそこで止めておけばいいものを、「そしてこれからも」などと続けて愛人に向けて脂下がる。
台無し。
失言、撤回出来ていませんわよ?
正妻の娘に向かって何仰っているのかしら。
怒りの微笑みに場の空気をひんやりとさせるわたくしの様子に、クズよりは多少常識の有りそうな愛人の方はハラハラとしているようだ。
まあいいでしょう。
「失礼いたしましたわお客様。初めまして、わたくし、オパール侯爵家よりクローンサイト侯爵へ嫁いでまいりましたキャスリーンが嫡子。セフィリアと申しますの。以後、お見知りおきを、お願い致しますわ」
美しいカーテシーを披露しつつ、わたくしはしれっと自己紹介で挨拶に代える。
普通はクズが身分の低い愛人とその子供達を先ずわたくしに紹介し、改めてわたくしを彼女等に紹介するのがマナーですけれど、このクズは役に立ちそうもなければ仕方ない。
紹介の無い場合は高位の者から下位の者への名乗りや声がけがあって初めて会話が許されるもの。
貴族社会のルールですわ。
「あ、はい、初めましてセフィリアお嬢様。わたしは旧子爵家の縁者でアイラ・ウメールといいます。こんな可愛らしいかたのお義母様になれるなんて光栄ですぅ」
「コラ、ダメだよアイラ。君は今日からクローンサイト侯爵家の当主夫人だと言っただろう?義母となるのだからセフィリアの事も呼び捨てでいい」
クズにさっさと紹介しろというわたくしの意図を察した愛人改めアイラ様が、役に立たないクズを諦めて慌てて自己紹介をするが、そのアイラ様の自己紹介にクズがデレデレと口を差し挟んで来る。
いい訳ないだろう馬鹿が。
黙れ。
「いいえ侯爵、アイラ様が次期侯爵夫人であるとしてもけじめは必要ですわ」
世迷いごとはキッパリと切って捨てる。
「初めにハッキリと申し上げておきます。一応名目上家族とされるおつもりのようですが、今更、そちらの団欒に組み込まれることは望みませんの。それはそちらも同じですわね?侯爵。出来上がった輪の中に後から異物が混ざることは、お互いにとっての不幸ですわ。公の場には同道致しますが、プライベートまで取り繕うような無理はお互いの為になりませんもの。無駄ですわ。お互いの不干渉を守るためにも生活空間もきっちり分けさせていただきますわ」
圧倒的な数の暴力で磨り潰される家族ごっこなど願い下げです。
お互いストレスはなるべく排除するべきです。
接触が無ければ少しは不快も回避出来るでしょう。
侯爵家を牛耳るおつもりでしたら、逆効果かも知れませんが。
今あなた方は敵地に乗り込んだのだということをお忘れになってはいけませんわ。
「名前に関しては、お嬢様呼びは必要ありませんが、尊称はお願いいたしますわ。わたくしはあなた様を次期侯爵夫人もしくはアイラ様と呼ばせていただきますし、子息令嬢様方も同様ですわ。同じ侯爵家の人間ですが、家族ではありませんの。敬意と礼節は必要ですわ。ご理解頂けまして?」
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