21 復学
学園長からの面談の許可は速やかに下された。
わたくしは取り急ぎ制服に着替えて学園へ向かう。
貴族の多くは、制服のスタンダードなデザインに自分なりの手を加えるものだが、わたくしは元々そういうものを好まないので、至ってシンプルなままだ。
お陰で平民となった今、心なしか助かっている。
平民が改造制服を着ていると、目を付けられやすいので。
そこ、わたくしの場合は、無駄とか言わない。
あまり知り合いに会いたくないなと思っていたら、それがフラグと成ったのか、早々に知り合いと出くわした。
元婚約者。
最も顔を合わせたくない一人だ。
異母兄弟妹よりはマシだが。
嫌のベクトルが違う。
ユウジーン・アサイラム公爵子息。
公爵家の次男で、水色の髪に紫紺の瞳。わたくしの一つ上の学年の、優し気な容姿の貴公子だ。
教室移動の途中だろうか、数人と連れ立っている彼の方もわたくしに気が付いた。
「セフィリア」
ハッとしたようにわたくしの名を呟く。
その声に、わたくしの中にカッとどす黒い怒りが沸き上がる。
人前であるという事実も頭の中から吹き飛び、ツカツカと彼の前へと歩み寄ると、有無を言わさずその頬を引っ叩いた。
「気安く名前を呼ばないでくださいませ。もう貴男と婚約関係にはないのですから」
鋭い怒りがわたくしの口を突いて飛び出して行く。
「事故に遭い重傷を負った婚約者に、見舞いに来るどころか手紙一つ出し惜しみ、醜い傷痕が残る女など要らぬとばかりに婚約を破棄するとは!クローンサイトでのわたくしの立場をご存じの筈でしたのに!幼い頃よりいい関係を築いて来れたと思っていたのは、わたくしだけの思い違いでしたのね!お生憎、わたくしはこの通り傷一つございませんわ!」
「セフィリア」
「気安く呼ばないで。と、申し上げましたわ」
「待って」
「今後、二度と親しくお会いする事はございませんわ。ごきげんよう」
言いたいことを一気に吐き出して、わたくしは無情に踵を返す。
彼の言葉に耳を貸すつもりは無い。
今更何を言われたところで、元に戻る物など一つも無いのだから。
少し嫌な気分を引きずりながら、わたくしは学園長室の前に立つ。
「セフィリア・オパールです」
「入りなさい」
ノックして名乗れば、直ぐに入室が許可される。
「面談の許可を頂き、ご厚意に感謝致します」
「うん」
フェリクス・シュトレーン公爵。
学園長の役職は、王弟殿下が務めていらせられる。
柔和な物腰のお方だが、王族らしく、厳しく恐ろしい一面もある。
シュトレーン王家にはその祖に竜を持つという伝説もあるのだ。
直系の、血の濃い方ともなると、時折、人とは違う気配を持つ。
「学園長、申し訳ありません。ここに来る途中、元婚約者に出会ってしまい、少し騒ぎを起こしてしまいました」
「うん。君も色々大変だったね。馬車の事故から暫くして、君はもううちの人間ではないからと、クローンサイト侯爵から君の退学の申し出があった。今の君は当学園の生徒ではないから、学園からの罰則は下せないね」
「あ、ありがとうございます」
ふふ。と少し悪戯めいて微笑まれるフェリクス様に、恐縮頻りのわたくしです。
「こうして連絡をくれたという事は、復学の意志有りと受け取って構わないかな?うちとしても、君のような優秀な学生は手放したくはなくてね。戻って来てくれるなら出来る限りの助力は惜しまない」
「ありがとうございます。お察しの通り、本日は復学のご相談に参りました」
「うん」
「ご存じの通りわたくしはクローンサイトの籍を抜けて居ります。オパール侯爵家からは、後見を頂き、オパール姓を名乗ることを許されておりますが、今のわたくしの身分は平民でございます」
「養子には入らなかったの?」
「はい」
「潔い子だね。私は嫌いじゃない」
フェリクス様の慈愛の瞳がわたくしに注がれる。
「うん。では、こうしよう。君は奨学生として学園に通いなさい。君のこれまでの成績なら、十分に資格が有る。編入試験も必要無いだろう」
「あの、ご厚意は・・・」
「奨学生には色々特典が有る。卒業後に返金するにしても、大分お得だ。一括返金だと更に割引が有るしね。君の懐具合を心配するのは失礼に当たるかも知れないが、平民として自立するのなら、お金は上手に使いなさい」
「・・・はい」
強がるわたくしの言葉を遮り、諭すように仰るフェリクス様のご配慮が、心に染み渡るように優しい。
「クラスは今までと同じという訳にはいかないから、Cクラスへの編入になるね。それから、平民寮に一部屋用意しよう。寮の管理人には伝えておくから、直ぐにでも入れるよ。何か困ったことが有ったら、いつでも相談に来なさい」
Cクラスと言うのは、下位貴族+平民の成績最上位クラスだ。
上位貴族のクラスが有る学舎とは建物が違うので、うっかり間違えないようにしなくては。
とはいえ、数だけは居るクローンサイト侯爵家の人間と顔を合わせないで済むのは幸いである。
まあ、時間の問題であるが。
「はい。何から何までご配慮頂き、深く感謝致します」
丁寧に深く一礼し、わたくしは学園長室を辞する。
さて、わたくしは無限収納持ち。
入寮に準備は必要ない。
学園内の通達は魔法で為されるので、わたくしに迷いは無い。
真っすぐその足で敷地の端に有る平民用の女子寮へと向かう。
案の定、既に連絡を受けていた寮の管理人さんが待ち受けていて、わたくしの今日からの城となる一室へと案内してくれた。
寮の規則も一通り説明を受け、ハンドブックも渡される。
寮は平民向けらしく、部屋は一人一室だが、お風呂とトイレは共用のようだ。食堂が有り、そこで朝食と夕食が提供される。休日などの昼食は、事前に申告が有れば用意されるが、自炊も出来る設備が有るようだ。
成程。
さて、結界魔法と空間魔法を駆使した、お部屋の魔改造を始めましょうか?
自重は致しませんわ。
最低限、お風呂とトイレとキッチンは必要ですものね。
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