2 お引き取り願います
「失礼ですが、どちら様でしょうか?当家は只今御覧の通り取り込んでおりますの。お引き取り下さらないかしら」
冷ややかなわたくしの言葉に、ピクリとセドリックの眉が上がる。
わたくしが、相手が誰であるか知った上で言っていることに気付いているフィッツが少し困った顔をしている。
けれど、実の父親に対して変な言い方になるけれど、これまでこの邸に顔を出してもこそこそと家令とのみ話し、そそくさと逃げるように立ち去るばかりだったこの男から、わたくしは一度たりとも正式な紹介も挨拶も受けていない。フィッツも、勿論そのことを承知している。
貴族社会では、正式な紹介の無い相手は見知らぬ他人扱いなのである。
「・・・お嬢様。これまでお顔を合わせる機会もございませんでしたのでおわかりにならないのも仕方ありませんが、こちらはお嬢様のお父君であらせられます現クローンサイト侯爵家ご当主、セドリック様でございます」
「まあ!それは失礼いたしましたわ。先触れも無く突然背後に立っていらしたので、てっきり不審者かと」
多分に嫌味を含んでセドリックを紹介するフィッツの言葉に合わせてわたくしも大仰に驚いて見せるフリでさり気なく嫌味を利かす。うふ。
まあ、知らせは送ったのですよ、一応は。フィッツが。
まさか飛んで来るとは思いませんでしたが。
一体どういうおつもりでしょう。
でも人死にや葬儀がお好きな方って、一定数居るようですの。
本当に死んだのか確認にでもいらしたのでしょうか?
それとも今後のオパール家からの支援にご不安が?
「初めてお目にかかりますわ、クローンサイト侯爵様。わたくし、オパール侯爵家よりクローンサイト侯爵へ嫁いでまいりましたキャスリーンが嫡子。セフィリアと申しますの。以後、お見知りおきを、お願い致しますわ」
冷ややかな笑みに乗せて敵意のこもった自己紹介と一分の隙さえ見せない完ぺきなカーテシー。お前など、父親などと認めるものか。当主ですらない。
家格は同じでもこちらは出資側。しかも政略結婚における契約履行済み。方やセドリックの方は契約不履行甚だしい。たとえ当主とその娘であっても立場は決して下ではない。こちらは糾弾側。決して侮りを許してはいけないのだ。気高く、苛烈であれ、わたくし。
若干八歳の小娘の威圧に、セドリックはグッと言葉に詰まったようである。いい大人が情けないにもほどがあるが、少しぐらいは引け目や罪悪感を感じる頭は有るようで何よりです。
「重ねて申し上げますが、長らく病床にありました母が亡くなり、葬儀の手配等取り込み中ですの。諸々決まりましたら一応お知らせ致しますので、他に御用がございませんでしたらお引き取りを。・・・ああ、そこいらの物に不用意にお手を触れませんようお願い致しますわ」
はいはい、お知らせした通りお邪魔なお母様はお亡くなりになりましたわよ。でも貴男、最期のお別れが必要な仲ではございませんわよね?
世間体的なパフォーマンスだけなら葬儀の時にお好きなだけされたらいかがでしょうか。
完全な部外者として扱う。
「・・・そうか」
セドリックは小さくポツリと呟いただけで、そのまま挨拶一つするでもなく立ち去った。
「本当に、何しにいらしたのかしら?」
と言うより。
徹頭徹尾、挨拶も謝罪も礼儀作法のさの字もありませんでしたわ。
あれで大人と言えるのでしょうか?
そもそも貴族としても失格では?
先代様は後継者教育を全てにおいて失敗されているようですとしか申せませんわね。
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