12 難破船
さて、領地を見て回るには足が必要です。
小さい山だらけのこの土地を見て回るには、馬車・・・は、小回りも利かず、不便そうです。
馬・・・は、一応乗れないことはないのですが、一人で乗る許可は貰えそうもありません。
何より貴族令嬢が嗜む(習う)乗馬は、横座り。整備された所でならいいですが、道なき道に分け入るには不向きです。さりとて歩きでは・・・
と、そんな時こそ前世の知識ですわ!
ラノベで目にしたスケボーやキックボードも悪くはないのですが、乗ったことないのですよねぇ。特にスケボーなど、バランス感覚や、とにかく運動神経を必要としそう。(決してわたくしの運動神経が息をしていないという意味ではありませんのよ?)
という訳で、わたくしが選ぶなら、断然スクーターですわ!!
座って乗れますし、ハンドル操作ですし、何なら荷物も載せられますし安全安心!!
どうせなら床板の下に可動式の浮き下駄を折り畳んで水陸両用ものを!!
浮き下駄搭載で着水できる軽飛行機、ちょっと憧れでしたの。
タイヤで道を走る訳ではない浮遊式なので、ホバースクーター?いえ、エアスクーターの方が呼びやすいでしょうか。
そうと決まれば簡単なデザインと仕様を認めてレリックさんに(様付けで呼んだら叱られましたの。理不尽)紹介して頂いた木工職人さんと魔道具師さんに制作を依頼。
自分が乗るだけでしたら魔道具は必要ないかも知れないのですが、こういう物は普及させるかどうか以前に、ゆくゆく魔力の低い方達も使用出来るようにと設計するのが基本でございましょう?
ともあれ、構造は簡単だが三日くれと言われてしまいましたので、足止めですわね。
いえ、海に参りましょう。
変化に富んだ珊瑚礁のリーフが様々連なる入江は、言う程遠浅という訳でも無く、それなりに水深がありそうです。
こういう所、水中散歩とか素敵そうです。
グラスボートとかの遊覧とか。
海岸線の遊覧だけでも変化に富んだ景観が楽しめそうです。
マリンレジャーに力を入れるなら、水上スキーとか、パラグライダーとかもありますが、あぁ、水上バイクが必要ですわね。
魔法が存在しますので、この世界で特別無理の有る水準のものとは思いません。
ただ、海にも魔物が居ます。
大事な事なので二度言います。
海にも魔物が居ます。
でもご安心ください。そんな時こそわたくしの結界です。
大気中に存在する魔素と呼ばれる魔法現象を起こすエネルギーの素?の様なものを吸収して発動魔力を補う魔道具を核として結界を張れば、半永久的にわたくしの張った結界が作用するのです。
実は、わたくしの馬車やクローンサイト家の東棟には、この方法で結界を張っていたのですわ。
世話要らずの常時発動型の結界ですの。
核となる魔道具の性能と個数で範囲も調整出来ますので、領海全域も不可能ではありませんわ。
魔道具を設置する場所の確認と、海中観光を考えるなら、やはり視察が必要ですわね。
という訳で、いざ、海へ!!ドボン!!違います。
結界をエアボール仕様に再構築して海に入ります。
素晴らしい透明度です。
色とりどりの美しい珊瑚と海の生物達。イソギンチャクに隠れるように生息する有名な小魚。
水深が増して光が遠くなり始めたので、生活魔法で光の玉を幾つか周囲に配置すれば、視界は確保出来ます。
まだ薄暗い程度の海中で、今、カラフルな海蛇が直ぐ横を泳ぎ過ぎて行きましたわ。
水深の深い場所では海底も相当変化に富んでいて、岩礁も多い。
そのせいか、古い難破船の残骸がちらほらと散見し、いずれも海の生物の住処とと成っているようです。
海中遊覧には、こういうのも目玉に成りそうです。などと、ほくほくしていたら、・・・あれ?
沖の方に妙に大きな影が。
沈んでから未だ日の浅そうな、これは商船だろうか、ほぼそのままの形で海底に横たわっている。
近づいて、船内を窺ってみる。
うっ!ご遺体だ。
水死体の腐乱進行推移とかよくわからないけど、少なくとも、未だ骨が見える状態ではないし、個人が特定・・・、特定・・・出来るのかな?身内の人が検めれば、もしかしたらわかるんじゃないかという程度には人の形を保っている。
乗組員は全員船内に居るだろうか?投げ出された人は海流に流された恐れもある。
見つけられますかしら。
遺体は概念的に言うと物体だ。通常の探索魔法では反応しない。
まぁそれ以前にわたくしは探索魔法の適性は有りませんが。手が無い訳でもありません。
意を決して全力で結界を広げると、それらしいものを感知します。
怖いとか気持ち悪いとか言っている場合ではありませんわね。
わたくしは覚悟を決めて、その、それらしいものを魔法収納する。
それから、船内に点在する人達も、同じように収納した。
見つけてしまったからには、遺族のもとに帰して差し上げたい。
出来るだけ綺麗なお姿で戻れるよう、後で何とかしてみよう。
次はこの船ですわね。
船全体を新たな結界で包み込み、中の物に極力影響が出ないように、出来るだけ静かに海水を抜いて行き、同時にゆっくりと浮上して行く。勿論わたくしも一緒に浮上する。
完全に浮上しても、船底に恐らく沈没の原因と見られる破損が有るので、結界はそのまま。寧ろ海面からも浮かせておく。
さて、これをどうしたものかと海岸線を見渡せば、漁港から少し離れた岩場の奥に目隠しのように聳えた屏風岩の反対側、おあつらえ向きに開けた場所がある。
取り敢えずそこに陸揚げ致しましょうか。
「また君はこんな無茶をする!!」
取り敢えず難破船を岩場に隠して事の次第をレリックさんに簡単に報告すると、驚く程の速度で叔父様がすっ飛んで来て、わたくしを揉みくちゃにしながらお説教です。
何しろレリックさんへの説明が終わった瞬間バタンとドアを開けて入ってらしたわね?
え?レリックさんから報告行く間がありました!?
え?叔父様どちらにいらしたの?
答えは通信魔道具と叔父様の空間魔法でした。
レリックさんが襟に付けている魔石のブローチに通信魔法が付与されていて、わたくしの報告の最中に指で触れることで叔父様に報告の音声の横流し。
叔父様の空間魔法は、遠く離れた空間と空間を繋げてゼロ距離にする、ワープのような事が出来るのだそうです。転移の魔法とはちょっと違うのだそうですが、どの辺が?
同じ空間魔法持ちでも出来る事が違うのは、想像力の違いでしょうか?わたくしもワープ使えるようになりたいですわ。
ちなみに「また」と言うのは単なる強調の枕詞であって、再犯のお咎めの意味ではありません。ホントですのよ?
「怪我は無い?怠くない?魔力欠乏になってない?」
矢継ぎ早の確認に全て否と答えると、両手でわたくしの頬を包み込んでまじまじとわたくしの顔をご覧になった後、ぎゅうぅぅぅ~っとわたくしを抱きしめて、大きく深ぁい溜息を吐かれました。
叔父様、心配性ですのね。少しお可愛らしいですわ。
叔父様が落ち着くのを待って難破船の所へ行く。
叔父様によるとこの世界で沈没船を引き揚げると言うのは、前例が無い事のようだ。
え。
世界初!?
や、やらかし?
たらりと冷や汗が。
どうやって引き揚げたの?と訊かれるので、結界で包んで持ち上げたと言えば、深い溜息を吐かれた。
そんな馬鹿みたいに魔力量を必要とする巨大な結界を自在に扱う人は稀だと呆れられる。
・・・・・・。
そもそも沈没船を引き揚げた事例が無いのは、海に潜るような人がいないので、そもそも沈んだ船が見つからない。
海に潜る人が居ないのは、海に魔物が居るからだ。
例えレベルの低いザコ魔物であっても身動きが自由にならない海中で襲われれば命取りだからだ。
そもそも何で海中なんかに居たの?と聞くので、素直に観光地化計画を白状する。
海中をうろついていたのは結界を張る為の下調べです。
許可されないかな?と顔色を窺えば、「君のすきなようにしていいと言ってしまったしね」と不本意そうに苦笑された。優しい許容が嬉しい。好き。
船の持ち主は直ぐに判明した。
カスティエル商会という王都の有名商会で、二週間程前に持ち船が沈んだとかで大きな騒ぎに成っていたらしい。
出航地から目的地への航路を考えなくとも、まさにこの船のことですね。
どうやら生き残った人が居たようで、良かったです。
叔父様が直ぐに商会に知らせを送ってくださいました。
船の状態はそれほど傷んでおらず、問題無く直せそうだという事ですが、これは商会側が考える事だそうです。
そうですよね。持ち主の判断に任せましょう。
出来れば修理はこの地の職人に用命頂けると!!
積み荷は後で運び出して、出来るだけ乾かしてあげよう。そこは一般常識の範囲で。
ご遺体に関してだけは、わたくしの結界の中で復元魔法的なものを試みてあげたい。やり過ぎない程度に、悲しくならないで済む程度に、程々に抑えたものに成ってしまうのは心苦しいけれど。
そう希望を伝えると、叔父様は少し困った顔をしたけれど、結局は許してくださった。
「いい事をしたね」
最後にそう言って、叔父様は大きな掌でわたくしの頭を撫でてくださった。
後の事は全て叔父様にお任せする事となった。
前例の無い事なら尚更、平民で、しかも子供のわたくしが関わった事は公に成らない方がいい。
叔父様、お仕事増やしてしまってごめんなさいね。
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