仕事のできない男だな
「全く、強情なお姫様ですね」
ジャンボルトがやれやれと肩を竦める。
「それでは、他の人にも聞いてみましょうか」
ジャンボルトが今度は緋の国の人々の方に目を向ける。
「この場で、おかしな獣や怪しい人影をみた者はいますか? よく考えて答えてください」
ジャンボルトはよく考えて、という部分を強調した。
そして何やら合図をすると、青藍公国に銃を向けていた兵士たちがくるりと向きを変えて、今度は緋の国の人間に銃口を向ける。
何が起きているのか分からない青藍公国の人々に動揺が走る。そして、それは緋の国の人間も同じだった。
緋の国の人々の顔が、恐怖に青ざめる。
「皆さん、どうか本当のことを教えてください。この場に、獣や、青藍公国の人間以外に争いを煽動するような存在があったのかどうか」
「こんなの、脅しじゃないか!」
ユリウスは怒りに拳を震わせた。
「そうまでして青藍公国の人間のせいにしたいのか」
「ジュリエット様、争いを片付けるのは軍人の仕事です。余計な干渉はなさらないでください」
「こんなことをしたって争いは片付かない。次の争いを呼ぶだけだ。そんなことも分からないのか。仕事のできない男だな!」
「それなら、こいつらを無事に帰したら争いがなくなるとでも? 間違いなくこいつらは国に帰ったら我々を逆恨みし、恩も忘れて牙をむいてきます。争いをなくす唯一の方法は、どちらかの国が滅ぶことだけです」
ジャンボルトが断言した。
「結婚して呪いを解くなんて、無謀だと最初から申し上げていました。やはり上手くいかなかったではないですか」
ジャンボルトは両国の間で婚姻関係を結ぶことには強く反対していた。他にも反対派の人間は大勢いたが、何とか押し切ってようやくここまで漕ぎ着けたのだ。
「魔術狂いの野蛮な青藍人と血を交えるなど、怖気が走る」
ジャンボルトは気付いていないかもしれないが、翻訳イヤリングをつけたロミオには言っていることが筒抜けだ。陰口は聞こえないところで言うから陰口なのだ。正面切って言う場合は表口になるのだろうか。たとえ分かっていても言うんだろうけども。
「緋の国の人間がここまで俺たちを蔑んでいるとはな」
ロミオは気分を害していた。嫌悪するような表情で緋の国の人間を見ている。
「彼の非礼は謝るが、この国の人間が全てそうだとは思わないでほしい」
「ひどい悪口は聞かされるわ、騙されて男と結婚させられそうになるわで、今のところ、この国に良い印象はひとつもないぞ」
「そう冷たいことを言うな。絶世の美人と会えただろう」
「正体不明の男だけどな」
取りつく島もないが、美人だという部分を否定されなかっただけよしとしよう。そこまで否定されていたら立ち直れないところだった。
「さて、話を戻しましょうか」
ジャンボルトが優雅に手を広げる。
「この争いは、青藍公国の奴らが発端で起こったことに間違いはありませんか」
銃口を向けられた緋の国の人々は、頷いた。
「そうだ、青藍公国の人間が先にこちらを攻撃したんだ」
「責任は彼らにある!」
口々に相手を非難する。
「駄目だ、ジャンボルトの言いなりになっては!」
ユリウスは叫んだ。だが、お姫様の口よりも、銃口の方が強い力を持っていた。真実を言う者は一人もいない。
「では、青藍公国の方々には争乱の責任を取っていただきましょう」
ジャンボルトが冷たく、しかしとても楽しそうに笑う。ジャンボルトは片手に剣、もう一方の手に短銃を構えた。殺る気満々だ。
兵士たちの銃口も、再び青藍公国の人間の方を向く。
「何だか分からないが、俺たちを殺すつもりらしいな」
「魔力も持たない哀れな奴らだ。我々の敵ではない」
青藍公国の人々も、黙ってはいない。不思議な構えで力を溜めている。
そしてそれはロミオも同じだった。
ロミオは手のひらをジャンボルトに向けている。先程のような強い魔術を使えば、兵たちに大きな被害が出るだろう。
「ロミオ、やめてくれ」
「青藍の公子として、我が国の人々が傷つけられようとしているのを黙って見ていることはできない」
「それは分かるけど」
一度火蓋が落とされれば、今度は本当にどちらかが死に絶えるまで争いが続きそうだった。
「こんなところで争ったって、何の意味もないだろう。無駄に人が死ぬだけだ」
「だから青藍の人間に一方的に殺されろと言うのか」
「そうじゃない。何か手があるはずだ」
「何かって?」
「それは……」
この場を収めるための具体的な考えがあるわけではない。
「……全く。仕方ないな」
ロミオが呆れた声で言う。
「あのジャンボルトとかいう危ない奴だけ黙らせる。それならいいだろう」
それだけ言うと、ロミオは小さな掛け声とともに、手のひらから強い風を巻き起こした。
どれだけ優秀な術士でも、魔術を使う時にはそれなりに準備が必要なものだ。だが、彼はまったく助走を付けなくても、瞬きするよりも早く術を使うことができる。
それがどれくらい異常なことかは、魔術に疎い緋の国の人間でも分かる。
一瞬のうちに立っていられないくらいの強風が聖堂内に吹き荒れ、人々は身を伏せた。ジャンボルト以外は。
ロミオは素早く跳躍しジャンボルトとの距離を詰め、剣を振り下ろした。しかし、ジャンボルトはそれを簡単に受け止め、弾き返す。
「この程度の小細工で、私に剣が届くとでも? やはり青藍の人間は愚かだな」
「いちいちむかつく奴だな」
一度距離をとったロミオに対し、ジャンボルトは短銃を向ける。
銃から電子線が放たれる。
「くっ……」
ロミオは床を転がるようにして避ける。電子戦は床にあたり、美しく磨かれた大理石の床がめくれ上がる。
つい先ほどまで自分がいた場所が無残に破壊されているのを見て、ロミオの背に冷たいものが走る。
「そっちの方が魔法よりよっぽど野蛮じゃないか!」
ジャンボルトは攻撃の手を緩めない。
連続で放たれる電子戦をすれすれのところで避けていく。
見ているユリウスも心臓が止まりそうだ。
ロミオは銃を避けるので精一杯、体勢を立て直すことすらままならない。ジャンボルトに全く近くことができないでいる。
「このままじゃ……!」