お前、男だろ
ユリウスは手のひらで口を覆い、さめざめと涙を流した。嘘泣きは得意だ。
「愛してないのに、結婚しようとしてたの? ひどい。嘘だよね。愛してるよね?」
ユリウスはちらりとロミオの顔を見た。
予想外に、彼は眉根をしかめて冷たい視線でこちらを見ていた。愛する者を見つめる瞳とは言い難い。視線が冷たすぎて嘘泣きの涙も即座に引っ込むレベル。
というかちょっと、怒ってる?
「愛しているも何も……」
ロミオが肩を竦めてため息をつく。
「お前、男だろ?」
「うっ……」
「その足、腕、男にしては白くて細いが、女性のものではない。それに、さっきの暴れっぷり。電子銃のエネルギーが切れるまで連続で打てる女性なんて聞いたことがない」
「そ、それは……」
ズタボロになったウェディングドレスから、際どいところまで手足が見えてしまっている。破れた布地を整えて取り繕うが、時すでに遅しだ。
「男だから愛せないっていうのか? 器が小さいぞ、君」
いっそのこと開き直ってみる。
別に男でもいいだろう。ロミオがこの容姿を気に入っているのは確かだ。性別なんて些細な問題だ。だから結婚しよう。
ロミオはうんざりした様子で首を横にふる。
「まあ、男か女かというのはこの際置いておいてもいい。俺は女の方が好きだが、そうではない人もいるからな。人それぞれだ。だが、確かなことが一つある」
ロミオの目つきは厳しい。
「お前はジュリエット様ではないな。一体何ものだ?」
「……」
ユリウスは視線をそらし、口をつぐむ。
ニノ神父が小さくため息をついたのが聞こえた。ほれ見たことかと言わんばかりに。
「俺はジュリエット様と結婚するために来たんだ。誰でもいいわけではない。ましてや、正体も分からず、自分の名も名乗れないものなど、愛せるわけがないだろう」
結婚式は完全に失敗だった。
「おやおや。一体これは何事ですか」
涼しい顔をした若い男が、大聖堂に入ってくる。
紺色の軍服の胸元にはたくさんの勲章。
ただでさえ厄介な状況に、厄介な人物が加わってしまった。
ユリウスは天を仰いでため息をつく。
「誰だあいつは?」
「ジャンボルト元帥。我が国の軍のトップだ。地位だけではなく、実力も」
若くして元帥の地位まで上り詰めたのは、完全に彼の実力によるものだ。自信に満ちた表情、堂々とした足取りで騒乱の中を優雅に歩く。
突然の元帥の登場に、大聖堂で争いを繰り広げていた人々の動きも止まる。
ジャンボルトの周りには彼直属の部隊の兵士たち。手にした武器の銃口は、青藍公国の人々に向けられていた。
ロミオの表情が凍りつく。
「全く、青藍公国の人間は野蛮で愚かですね。我が国に招かれておきながら、暴動を起こすとは」
ジャンボルトは青藍公国の人間を侮蔑するような視線で睨め付ける。
ユリウスにとって彼が厄介な理由はこれだ。
ジャンボルトは大の青藍公国嫌い。当然、式にも招待していない。招かれざる客である。
だが、そんなことは全く気にする様子もなく、主役以上の注目を浴びて平然としている。
青藍公国の人間にはジャンボルトの言葉は届いていない。だが、敵対する意思を向けられていることはジャンボルトの態度から伝わっているだろう。
「今は緋の国にいるのだから、我が国の法律に従っていただくことになります。あなた方の行為は内乱罪にあたります。処刑されても文句は言えない」
一方的な通告だった。
「何を勝手なことを!」
声を荒げたのはロミオだ。
「我が国の人間を傷つけることは許さない」
ジャンボルトの視線がロミオに向けられる。
道端の石ころでもみるような目。彼がロミオの言葉を何とも思っていないのは明らかだ。
「おい、あいつに言葉は通じないのか」
「通じないよ。僕たちがつけている翻訳イヤリングは、僕が開発した特別なものだ。数が少なくてね。これを持っているのは君と僕だけだ」
ユリウスは耳元に揺れる銀の玉に触れる。見た目はただの玉だが、内部には複雑な回路が詰め込まれていて、機械工学の粋を集めた発明品だった。回路の一部に貴重な鉱石を使うため、量産はできない。
「とは言え、もし彼がイヤリングをつけていたとしても、きっと結果は同じだと思う。ジャンボルトは青藍公国の人間の言葉を聞く気がないから」
ジャンボルトは青藍公国に対し、強い憎しみを向けている。両国の間ではたびたび争いがあり、その度に最前線に立たされてきたのは彼だ。
胸の勲章は、青藍公国の人々を殺してきた証でもある。そして、その過程で多くの仲間を失っている。
「僕が話す。君が話すのは逆効果だ」
ユリウスはジャンボルトに向き直った。
「この争いを始めたのは青藍公国の人たちではない。大聖堂に突然、賊が乱入してきたんだ。それで応戦していただけだ。相手は銃でも魔術でもなく、獣を使っていた。おそらく、どちらの国の者でもない」
戦闘に使う手段は、緋の国であれば銃などの兵器、青藍公国であれば魔術だ。そういう面でも二つの国は対照的だが、今回の相手はそのいずれでもなかった。どちらの国ともやり方が違う。
しかし、ジャンボルトは冷たく笑った。
「苦しい言い訳ですね。なぜ青藍公国の奴らなどを庇おうとなさるのかよく分かりません」
「僕は本当のことを言っているだけだ」
「獣なんてどこにいるんですか。それに、怪しい人間は? 私には見えませんが」
彼の言うとおり、大聖堂内に獣は一匹も残っていなかった。怪しい黒い集団もいない。いつの間にか姿を消してしまっている。
騒ぎを拡げるだけひろげて、どこかに逃げたのだ。
彼らの目的は、二つの国の人間を争わせることだったのではないだろうか。
「ジュリエット様はお疲れなのでしょう。それで幻でも見たのです。そうだと言ってください。でなければ、暴徒を庇った罪であなたのことまで捕まえなくてはならなくなります」
「幻ではない」
ユリウスは強く言った。争いに発展した責任は、両国ともにある。青藍公国の人間だけに罪を被せようとする彼のやり方を許すわけにはいかない。