名付け
「うわあ!!めっちゃ積もってる!!!」
ずいぶん寒い夜が明け、凍えながら窓を開けると…一面真っ白になっていた。
まだ朝早いこともあって、薄暗い時間帯なのだけど、雪が白いのでずいぶん明るく見える。
雪はやんでいるな、今のうちに雪かきしとくか。
私は厚着をして、玄関に向かった。
まだ日が出ていないので、雪は降りたてほやほやのふわふわだ。
日が出ると途端に融け始めて水分が出て雪かきがしにくくなる、とりあえずちり取りで通路を確保しておくか、そう思って玄関先で作業を始める。
階段のあたりは特に念入りに…ずいぶん前に息子が足を滑らせておしりにでっかい青担作っちゃってさあ…。
よけた雪を、玄関横の花壇コーナーの端っこに積んでいく。
フワフワの雪がどんどんたまって、大きな塊に、なった。
…そうだ、雪ダルマにしよう。
あらかた雪をどかした後、ちり取りの先を使って、雪の塊を雪だるまに成型してみた。
…少々下半身が立派過ぎるが、ずいぶん色白のイカした雪だるまになったぞ!!
あたりをぐるりと見渡して・・・おお、いい小石がある、二つ埋め込んで、涼しげな目が完成した。
頭には昔息子が愛用していた砂場用のバケツをのせて差し上げようか。
鼻がないな、そう思って、キンカンの木に積もってる雪をひと掴み取って、丸めて顔の真ん中にくっつけた。
…ムム、なんだこのイケメン具合は。
「ようし、イケメンだるまの君には、ユキオという名を進呈しよう!」
ユキオの頭のバケツをポンと叩いて、家の中に入った。
家族を送り出し、自分も仕事に向かおうと玄関を出ると。
「アアっ!!ユキオが!!!」
なんと、ユキオが崩壊しているではございませんか。
バケツはどこかに行ってしまい、目玉は片方無くなり、下半身どころか上半身もわからなくなり、足跡だらけになって…つぶれている。
子どもたちが登校する時一緒に頭を撫でたから…おそらくそのあと、やんちゃな中学生?高校生?あたりがやったと思われる。
パワーが有り余っている?ストレスが溜まっている?
…いずれにせよ、ひどい事するもんだ。
気の毒に思った私は、まだ奇麗な部分をすくって、小さな顔だけ作って花壇にちょこんとのせ…駅に向かった。
夜中に大雪が降ったとは信じられないほどの晴天になったためか、家に帰る頃には雪がすっかり融けて…ブーツで出かけたのが恥ずかしいくらい道が乾いていた。
家の前も、ほんの少し雪の名残がわかる程度で、顔だけダルマの片鱗も見当たらない。…ああ、赤いバケツが戻ってきてる、誰か拾ってくれたのかな?
「お疲れ様でございました。お帰りなさいませ。」
…やけにクールな声が聞こえてきたぞ!!!
声のした方を向くと…げえ!!なんか執事みたいなヤツイルー!!
「あんただれ。」
「ユキオでございます。この度は命名いただき誠にありがとうございました。」
真っ白い燕尾服に真っ白い髪の毛、やけに色つやの良い白い肌のくせに真っ黒な瞳…ってあの石ころの目玉か!!!
耳には赤いピアス、さてはバケツから設定を引っ張ってきたな!!なんちゅー安易なやつだ!!
「そんな大げさな、何、君、融けちゃったんじゃなかったの。」
「融けましたが名は残りましたので。これから精いっぱいお勤めさせていただく所存でございます。」
はあ?!務めるて!!!!こんな怪しい人がいたら一発で大騒ぎじゃん!ダメダメ、速攻帰っていただかねば!!!
とはいえここで無下に断るとまた勝手に暴走しておかしなことになるパターンなんだ、ようし、落ち着け、落ち着いて場を乗り越えるんだ…ええとー!!
「はは、あのね、お気持ちはありがたいんだけどうちは執事が存在していい家庭じゃなくてね。ごく普通の庶民的な一家でね?なので別の…ああそうだ、龍神のじいちゃんが手伝い欲しいって言ってたからさ、そっち行ってもらえる!!」
ユキオは視線を花壇横の…ごみ溜めに向けてですね!!ああ、割れた植木鉢をほじくり返すんじゃ…ない!!!
「ご冗談を。こんなにゴミのあふれた放置し放題やりっ放し出しっ放し整理整頓の気持ちが微塵も感じられないお宅に、執事が不要?ハハハ、・・・愉快ですね!」
眉間のあたりを手袋に包まれたほっそい指でつまみながら、口の端をくいと上げる…怪しげな執事―!!!
・・・あかん!!!こいつたぶんかなり性格悪い!!底意地の悪さが隠しきれてない!!!しかし非常に義理堅くめんどくさそうなタイプ!!!くそー、どうしてこうなった!!!
…ああ、多分大喜び100%で成形しなかったから?心のどっかでなんで片付けないといけないんだとか寒いのにめんどくさいなあとかそういう感情がこもっちゃってたんだ、しまった、子供たちたたき起こして一緒に楽しく雪だるま作っとけばこんなことには!!アアア、後の祭り―!!!
「はは、あのね、ここは自分で片づけるって決めてるから、ええとお引き取り下さい、ああそうだ、このバケツあげるからさ、ね、お土産!!今日のところは勘弁して、早く帰って!!」
「フム…私を追い返すと申されるのですか。…なるほど。では、お宝に免じて一旦引かせていただきましょう、ええ、ご主人様のご機嫌を損ねてはいけませんのでね。」
赤いバケツを両手で抱えて、薄くなって消えたー!!!
―――また近いうちにチェックに参りますので。
ちょ!!!こんなん脅迫じゃん!!
掃除しなくちゃいけなくなったじゃん!!
明日久々の丸っと休みで・・・のんびりしようと思ってたのにー!!!
わ、私のスーパー銭湯デーを…返せ!!!
げっそりしながら玄関のドアを開けた私は、もう二度と安易に名付けをしないことを、誓ったのであった…。