序幕 崩れた魔王城にて
瓦礫が散乱する中、独り佇む。先程まで感じていた温もりはもうそこには無い。
「お嬢様ぁー!ご無事ですかお嬢様ー!」
感傷に浸っていると、ワタシを心配する者が下階から登って来た。
「ワタシは大丈夫。あの程度の魔法ならなんてこと無いから」
ワタシは彼を安心させるために軽く笑ってみせる。
「左様でごさいますか。いや、安心いたしました。万が一お嬢様の身になにかあれば、爺めは先代様にどう顔向けすればよいかと…」
慌てて駆け付けてくれた老執事は安心して穏やかな笑顔を浮かべる。
彼はワタシが幼い頃からずっと身の回りの世話をしてくれていて、父…先代魔王が亡くなってからはどんな時でもワタシの側でワタシの身を案じてくれている。
「もぅ、爺はいつも大袈裟なんだから」
「ハハハハ、大袈裟なんてことはございませんよ。今やお嬢様は先代様をも超えられて全国民の心支えとなっておられるのですから」
「ほらっ!やっぱり大袈裟じゃない」
「まぁ確かに、先代様を超えられたというのは大袈裟かもしれませんな。ハハハハ」
「全国民の心の支えっていうところは訂正しないの?」
「そこは事実でごさいますからな」
「もぅ!爺ってばいつもそう言って。…ほんと、いつもありがとう」
「なんのなんの。これしき当然のことでごさいます」
今も彼のおかげでワタシは気持ちを落ち着けることができた気がする。
軽く戯けて場を和ませてくれる彼にワタシはまた救われた。彼はなんてことないと言うけれど、本当に感謝してもしきれない。
「ねぇ、爺」
「なんでごさいましょうか?」
ワタシは気持ちを切り換えて、これからについて切り出す。
「そろそろこの茶番を終わらせようと思うの」
「ようやくでごさいますか。爺はお嬢様が決断されるのをずっと待っておりました」
ワタシの言葉に爺は姿勢を正し、軽く頭を下げた。
どうやら彼もこの“行事”には永く不満を募らせていた様だ。
人間達は何故か定期的に城へ勇者と呼ばれる戦士を送り込んで来ていた。いや、理由は分かっている。それを行おうと思う気持ちは理解出来ないが、手段の一つしては有るということは理解出来る。実際、その事を証明する様に、これまで送られてきた者達も皆欲に染まった醜い貌をしていた。今回を除いては…。
「ええ。こんな危ない制度を後継の子には残しておけないから」
「そうでございますな。………失礼。お嬢様、今なんと?」
何気なくワタシが理由を言うと、一転してなぜか慌てたそぶりを見せ始める爺。
「?だから、こんな危険を残したままだと次の魔王さんが心配だなって」
よくわからないので、少し言い方を変えてみると、爺がポカンとして少し面白い顔になった。
「おおお、お嬢様?そそ、それは一体どういう」
次の瞬間には顔中から汗を滲ませ始めた。やっぱりちょっといきなり過ぎたかな?
「ほら、やっぱりワタシも女の子だし」
「お嬢様っ!?」
あれ?違った?
恥しくて少し仄めかすだけにしたけど、そうしたら爺はさらに顔を青くして遂には小刻みに震えだしてしまった。
「えっと…爺、大丈夫?」
「大丈夫なワケがありますか!!爺は今にも心臓が止まってしまいそうですぞ!」
なんだか爺が泣いているみたいだったから心配してみると怒られた。解せぬ。
「あやつですか!あのひ弱そうな人間の男でございますか!どうしてです!お嬢様ならばご自分から行かずとも引く手数多、いくらでももっと良い殿方が居られるでしょう!ダメです!爺は認めませんぞ!!それに突然王位を退くなど…………」
更には、スイッチが入ってしまった様でお小言タイムがはじまってしまった。こうなるとしばらく止まらないのよね。
「お嬢様!ちゃんと聴いておられるのですか!」
「は、はい!」
このあとコッテリ小一時間絞られました。
「はぁ…。で、お嬢様があの男の人柄に惹かれたのはわかりました。ですが彼は普通の人間。私共とは生きる時間が違います。そこはちゃんと理解されておられるのですか?それにそもそもこんな状況ではもう生きてはおられないでしょう」
少し恥ずかしかったけれど、正直な気持ちを伝えることでなんとか爺には渋々納得してもらうことができた。そしてこの呆れ果てた爺からの正論攻撃だが、心配無用!ワタシはなんでもやればデキる娘なのである!
「うん。わかってる。一応遠くへ転送したけど、相手は一国家だしね。だからワタシ、ちょっと試してみたの」
「試したとは一体……いや、待ってくだされ。この爺、なにやら嫌な予感しかして来ないのですが」
ワタシが自信満々に言うと、何故か爺はおもむろに聞くのを嫌がりはじめた。
「なに?ワタシのことが信用できないの?大丈夫!ちゃんと成功したからっ」
「そういう事ではごさいません!お嬢様がそうやって自信満々に何かを申される時は、大抵いつも爺めにとっては良くないことが起きているのでごさいますよ!」
よくわからないけれど、爺は怒りながら悩ましそうに頭をかかえてしまった。これまでそんなに爺を困らせるような事をしでかした覚えはあんまり無いのだけれど。
「で、お嬢様。一体なにをなされたのですか」
少し様子を見ていると、何かをあきらめた様にあからさまに大きな溜息を吐いて問い掛けてきた。心当たりは無くてもなんだか申し訳なくなってくる。
「あ、あぁうん。えっと、爺の部屋にあった本に載ってた『魂結びの呪法』を勇者さんに施してみたの。これでたとえ勇者さんが殺されてしまっていても、その魂を追いかけ………あれ?爺?どうしたの?爺?ねぇ、爺?」
なにがいけなかったのだろう?爺はなにかに驚愕して、膝から崩れ落ちてしまった。「どうしてあの部屋が…」とか「厳重に隠していたのに…」とか呟いているけど、やっぱり秘密の書斎に勝手に入ったのがいけなかったのかな?理由はわからないけど、なにやらとてつもないダメージを負ってしまったみたいだ。とりあえず励ましてあげよう。
「爺はああいった感じの方が――」
「ちがうのです。違うのですお嬢様!あれは決してそういうことでは無くっ!」
ワタシが何かを言う前にそれはもう必死に縋り付いて何かを訴えてくる爺。
(一応魔族の国の重鎮だし、いくつかエッチな感じのもあって不思議な資料だったけど、べつに魔法や拷問について勉強するのは変じゃないよね?)
何を違うと言っているのかはよくわからないけど、彼がそのことについては触れられたくないと思っていることだけはよくわかった。
「わっ、わかったから落ち着いて」
「いいえ!お嬢様は絶対に誤解なさっておられます!」
絶対とか言われてしまった。そんなに信用無いのかな?わたし。
この後、爺をなだめるのにまた少し時間を要してしまうのだった。
「すみませんお嬢様。少々取り乱してしまいました」
落ち着きを取り戻し、謝る彼の佇まいには魔王の側近としての風格が戻っていた。
(やっと落ち着いてくれた。いつもは頼りになるけど、どうして時々こうなっちゃうんだろ?まぁいいわ。彼等も引き返した頃でしょうし、そろそろね)
いつもの頼れる従者に戻った彼を少し残念に思いながら、ワタシは彼に声を掛けて歩きだす。
「落ち着いた?じゃあそろそろ行きましょうか」
「えぇ、そういたしましょう」
爺も後ろに付いて歩き出し、ワタシ達は崩れた王城を後にする。
「して、お嬢様。一体どちらに?」
「まずは隣国の王都かな。いきなり本命に行ってもダメでしょうし」
「本気…。なのでございますね。ならば爺も本腰を入れて補佐に回らせて戴きます」
「ええ。よろしくね」




