第6話 もう一つの貌
いろいろとあったが、無事に店を出てきた僕たち。
「はぁ…。あの方々、本当に小さいですわね」
店を出るなりマリアベルさんが辛辣に毒を吐きだした。
「まぁまぁ。あの二人にも一応面子とかプライドがあると思うしさ。あまり言わないであげ…」
「貴族の面子やプライドとやらが一体何になると言いますの?そんなもの1ルティスの価値もありませんわ!」
気持ちはわからなくもないけど、本人達が近くに居る状態でわざわざその場に留まって、しかもわざと声を大きくしてそれはどうかと思う。…まぁ、そう思ったところで一度貴族嫌いに火が着いた彼女はそう簡単には止まらないしどうしようもないんだけど。
「だよなー。見てて本当滑稽だぜ」
そんな言いたい放題な彼女の横で後のことに不安を抱く僕を余所に、背中の方から便乗するように相手を挑発する言葉が出てきた。
「えっ!?ベス起きて…」
「よっと!言う程権力とか影響力も持ってねぇクセに態度だけは無駄にデカくて困ったもんだよなー」
そんな発言をしたヤツが誰か?っていうのは言うまでもなく、いつの間にか目を覚ましていたらしいベスは僕の背中から軽く飛び降りてわざとらしい口調で煽り始める。
「まったくですわ。少しは周りの迷惑も考えて戴きませんと…」
「あぁ。外面ばっか気にして大事なことは放ったらかしでよ。そんで下のモンを足蹴にして威張り散らしてばっかで…そっちの方がよっぽど恥ずかしいぜ」
立場の違いもあるし、限度とかそれ相応の言い方や伝え方があるだろうに…。二人共、どう考えてもわざと本人達に聞こえるような声で言いたい放題言っている。普通に考えれば、どんな処罰を受けても文句を言えないような行為だ。
「聞こえているぞ貴様等っ!今は無理だが、今度会ったらタダでは済まさんぞ!」
「絶対に後悔させてやるからな!覚えていろよ!!」
で、当然ではあるが、そんな僕の不安を肯定するように煽られた本人達から壁越しに怒声が飛んで来た。
「言われてるぜ?お嬢」
「アナタもでしょう?まぁ、あの方々が何かなさったとしても私には何も影響はありませんけど」
「おーおー。さすが、国内で多大な影響力を持つ大商家は違うねぇ」
「ええ。アナタの家程では御座いませんが、一応褒め言葉として受け取っておきます」
しかし、どういうわけかそんなことを歯牙にも掛けない様子の二人は、止めるどころか更に煽り続ける。
多少なら大丈夫かもと思っていたけど、さすがにこのまま一緒に居て巻き添えで一緒に裁かれるようなことにでもなれば大変だ。というかそんなのは御免だ。
「……僕は知らないからな」
「「あっ!?おいっ待てよ!(お待ちください!)」」
なので僕は早々に二人を置いて帰ることにした。
◇◆◆◆◆◆◆◆◆◇
少し日がかたむき、辺りでは僕等と同じ様に家路を辿る人たちも見え始めた大通り。
自業自得としか言いようのないベスのどうしようもない愚痴を延々と聞かされながら僕たちは歩いていた。
「そういやぁウィル。どうだったんだ?」
「どうって?」
そのひたすら愚痴を溢していたベスだが、思い出したようになにかを僕に訊いてきた。
「いやな。オレの気のせいじゃなけりゃあ、店に編入生ちゃんが来てた気がするんだが……」
「気のせいじゃないか?」
「そうか?途中で目ェ覚ました時にたしかに見た気が…」
「最近ネタが無さすぎてそんな夢を視たんだろ?」
「そっか夢かー。…て、んなわけねーだろ!!」
なにを訊かれるのかと思えば、まさかの今日の僕の数々の失態についてだった。いや、正確にはなにかが起きたのか起きてないのか。
幸い、ベスの口ぶりからして僕達が一緒に居たところは見られてなさそうだから、何事も無かったことにして適当に誤魔化そう。そうしよう。
「まぁ、たしかにミレスティナさんは来てたけどさ。ベスが楽しみにしてるようなことはなにもなかったぞ」
「本当かぁ?オマエのことだからなんかやらかしてると思うんだが……」
失礼なヤツだな…。
人の言うことを全く信用もせず、本人を前に悪怯れもしないで人聞きの悪い事を言うロクでもない友人だが怒ってはいけない。コイツに店内で晒し続けていた醜態の数々を知られれば、間違いなくそのネタでしばらくイジられるのが目に見えている。だから決して心を乱してボロを出すわけにはいかない。
「私の方を見ても何も出ませんわよ」
「なんだよケチくせーな」
「なんとでも仰ってください」
ベスは僕が何かを隠していると踏んでマリアベルさんから聞き出そうと彼女を見るが、僕の様子を観て察してくれたのかそれとも普段の対立からか、彼女はベスにはなにも話さず適当にあしらってくれた。
おかげでベスの勢いというか熱が冷めたような気がする。それならば僕がやることは一つ。
「そんなことよりさ。それ、痛くないの?」
流れに乗って話題を逸らす!
すかさず僕はベスの怪我について話題を挿んでみた。
「これか?痛いに決まってんだろ!あの野郎…。ろくに中身も詰まってないくせに無駄に頑丈な頭しやがって。そもそも……」
それは成功して、再びベスのヘイトは怪我の元凶の方へ向き、長い愚痴が始まる。
ちなみに、気になっていたベスの増えていた怪我だが、どうやらレオナさんが適当に投げ捨てたユーフェリウス君が目を覚ました直後のベスに直撃して出来たものらしい。聞けば、そこでまた気絶して次に気がついたのは僕達が拾いに行った時なんだとか。
……そしてしばらく歩き、町の外れ……
「ふぅ…。じゃ、そろそろいいか」
人の往来も殆どない閑静な屋敷街へとさしかかると、愚痴も吐き尽くして中身の無い雑談を展開していたベスの表情が突然真剣なモノへと変化した。
普段軽いノリで馬鹿ばかりしているベスだが、時折こういうことがある。いつもは僕が側に居ない時だけで僕に気付くと元に戻るのだけど、今回は隠すことなくそのままマリアベルさんの方へ向いた。
視線を受けたマリアベルさんの方も、いつものように茶化したりはせず静かに澄ましたままだ。
「別に構わねぇさ。コイツにはもう何度も見られてるしな。いまさらだ」
「はぁ…。貴方がよろしいのでしたら私からは何も言いませんわ」
その短い間で、方法はわからないけどなにか確認し合ったらしい二人はいつもとは違う雰囲気で話し始めた。
さっきまでの軽い賑やかさから一転して静かで張り詰めそうな場の空気に、二人はどうか知らないけど僕の中で緊張がはしる。
「それで、どうだったんだ?」
「直接的な危険にはならないかと」
「本当か?」
ベスの放つ言葉には何か重圧のようなモノが乗り、それに答えるマリアベルさんも、いつもの丁寧とは違う畏まったような感じで立場ある者の風格を感じる。
わかっていたつもりではいたけど、二人のこういう姿を観るとやっぱり僕みたいなただの平民とは違う世界に生きているんだなとあらためて認識させられてしまう。
「ええ。少なくとも、私は良いお友達になれると思いましたわ」
「そっか…。成程な。お嬢がそう思うってなら、ひとまずは安心だな」
「よろしいので?」
「ああ。何もしなくていいってんならそれに越したことはねぇからな。良いも悪いも無ぇよ」
「相変わらずいいかげんですわね」
「ハハッ。そんな褒めんなよ」
「褒めてませんわよ…」
僕がそんなことを考えている間にも二人の会話は続き、何の話かはわからないけど、マリアベルさんが誰かと仲良くなれそうだと答えた途端、空気が緩んで二人の様子もいつものように戻った。
そしてそんないつもの軽い男に戻ったベスだが、僕の方へ向いてきたと思えばとてつもない口撃を仕掛けてきた。
「よかったなウィル!気兼ねなくイチャついても良さそうだぜ」
「あっ、そのお話は……」
軽い感じに僕の肩を叩きながら口も態度も悪いクズ男は笑っているが、この軽く重い一撃で僕はなんとなく話の内容の一部を把握することはできたものの、未だ深く残る傷口を抉られて涙が溢れそうになる。
こんなことならあのまま店に放置してくればよかったか…。
「あっ、たしかマリアベルさんの家ってこの辺りなんだよね?」
「え、えぇ。そうですけど」
「そっか。それじゃあ今日はもうお別れだね。僕の家はまだ先の方だから。じゃあまた明日、学園で」
「はい。また……」
言わなくていいことばかり口にするロクデナシは無視して、僕は溢れ出る哀しみを堪えつつちょうど自宅が近くなっていたマリアベルさんにおわかれの挨拶をする。
彼女は少し困惑した様子だったけど、すぐに察してくれるだろう。…やっぱり明日なにかお詫びでもした方がいいかな。
「またなっ!お嬢!……おいウィル待てよ!どうしたんだよ。なぁ?おい!」
そしてそのまま僕は一人で家まで帰った。




