第5話 覚まされる夢
目の前で満面の笑みで楽しげに立つ猫人のお姉さんと、その後ろに隠れるように身を縮ませている赤い少女。
(ミケさん!なんでよりにもよって僕らのとこに来るんだよ)
席を確保できずに困っている編入生に相席を許して共に食事を楽しみ親睦を深める。ただそれだけの断る理由の全く無い要請を僕はなかなか受け入れられずにいた。そう。意中の女性との仲を深める絶好の機会を前に、僕はたった一言「いいですよ」と応えるというその一歩を踏み出せずにいた。
(えっと、こういう時ってどう答えればいいんだっけ?いや、それより一緒になって大丈夫なのか?僕はもう緊張しすぎて大丈夫じゃないんだけど…。ほら、ミレスティナさんだってなんだか後ろに退がってるし、それにマリアベルさんだってさ?)
そんな情けない僕は、心の中で何かしら逃げる口実を探りながら向かいに座るマリアベルさんへ視線で助けを求める。
彼女はすぐに気が付いたようで、ミケさんの方に向けていた顔をこちらへ戻して僕と目が合った。彼女の目に今の僕がどう映ったのかは想像に難くない。当然ながら次の瞬間にはそれはもう残念そうに溜め息を吐かれてしまった。そしてマリアベルさんはミケさんの方へと向き直り、僕に代わって返事をする。
「ええ、問題ありませんわ。どうぞ、空いている椅子をお使いください」
「えっ?あの、マリアベルさん?」
「ありがとうごさいますニャン♪」
人任せにしておきながら最低な話だが、もしかしたら断ってくれないかと期待していた僕は、マリアベルさんのその言葉に小声ながら思わず声をあげてしまった。
幸い、その声はミケさんの妙に楽しげな声と重なっていたのでマリアベルさん以外には聞こえていないだろう。…たぶん。
で、僕のそんな声を聞かされたマリアベルさんは当然また深く溜め息を吐かされることになった。
「せっかくの機会ですのに逃げてどうするのですか!彼女に気があるのでしたら、少しでも親しくなる努力をいたしませんと」
「あの、いや、でも……、はい。」
そして今日の教室に続いて逃げ腰な僕の姿勢に見事なダメ出しをしてくださいました。まったくもって返す言葉もありません。
と。相手方を差し置いて小声でそんなやり取りをしていると、急に近くで大きな声が響いた。
「だからそんなんじゃなッ!!」
「「っ!?」」
言わずもがなその声の主はミレスティナさんで、僕達が驚いて振り向いて見たら、小さくスキップしながら去っていくミケさんになにやら抗議している様子だった。
「……あははは。あっ、相席ありがとう。いきなり無茶を言ってしまってごめんなさいね。えっと……」
そして僕達の視線に気が付いたのか、あわててこちらへ向き直って恥ずかしそうに顔を少し赤くしながら僕達にお礼を言うミレスティナさん。
そして何かを言おうとして固まって、そのまま謎の時間が流れる。
(教室でも思ったけど、夢の時とちがって今のカワイイ感じのミレスティナさんもいいなぁ)
が、僕は彼女に見惚れるのに忙しくて、そんな些細なことはまったく気にならなかった。
「やっぱりそんなところでしょうね」
そんな変な間の中、マリアベルさんがクスリと笑ってなにかを小さく呟いた。
「マリアベルです。マリアベル・セラス。これから同じ教室で学ぶ学友になるのですから、別に気にする必要はありませんわ。それよりも、ちょうど良い機会ですからこれを機に仲良くいたしませんか?」
と思えば、続けて彼女はなぜかあらためて自己紹介をして自分からミレスティナさんに仲良くしようと誘っていった。
さっきまではあんなに警戒していたのに、本当になにがあったのだろうか?
その変化への驚きで、僕は妄そ…夢の世界へ旅立たずに済んだ。
だが、なんとか踏み留まった僕を待っていたのはこれまで感じたことのない程の緊張。
「ありがとうマリアベルさん。ええ、これから仲良くしましょう」
マリアベルさんの誘いを受け、ミレスティナさんが僕から見て右手側の席に着く。
(いやいや、そんなことで驚いている場合じゃないぞ!どうする僕。どうすればいい?)
これまで文字通り夢にまで見ていた憧れの女性が今手を伸ばせば触れられるような距離に居る。しかもこれから食事を共にしようという状況。当然僕の頭は許容量を超えて完全にパニック状態になる。
(えっ?教室での席配置もそんなものじゃないかって?いやいや、距離感は似たようなものだけど、教壇の方に集中していれば視界にも映らないし……って、だからそんなこと言ってる場合じゃなくて!!)
聞こえるはずのない質問に答えて勝手にツッコミを入れているこの惨状にその度合いもわかってもらえるだろう。
僕はとにかく視線を伏せて、なにがなんでも彼女が視界に映らないようにした。
そして二人が会話を始めて数分…
「それで、えっと……」
未だ緊張が解けずに相づちしか打てない僕に向けてミレスティナさんから声を掛けられた。
(どっ、どうしよう。話しかけられた!大丈夫か僕?ちゃんと返事できるか?変な顔してないか?)
席が一緒になっただけでこの様なのに、直接話しかけられたとなればさらにそれは高まっていき、ついには心臓が破裂してしまうのてはないかと錯覚するほどに胸が苦しくなってくる。
そんな息苦しさに耐えてなんとか僕は逸していた視線を彼女へと頑張って合わせた。
それが合図になり、ミレスティナさんは言葉を続けた。
「ごめんなさい。えっと、名前、なんていいましたっけ?」
「えっと、ごめん。いま、なんて言ったのかな?」
周囲の騒々しい騒ぎ声のせいか、一瞬彼女の声がうまく聞き取れなかった気がする。
気が付けば僕は反射的にカラカラに渇いた口を動かして彼女なもう一度言ってもらうように訊き返していた。
「自己紹介してもらったんだけど、あの時はその…ワタシ、ちゃんと聞けてなくて。悪いのだけど、あなたの名前、もう一度訊いてもいいかな?」
幸い、彼女は嫌な顔などはせずに何事もなく…いや、むしろ申し訳無さそうにもう一度言い直してくれたが、その内容は今の僕にとってはとても残酷なモノだった。
(えっと…、あっ。あぁ〜ははは…。僕、なにをしてたんだろう。そっか。そうだよな。前世の記憶?ははっ、いやぁ何言ってたんだろうな、僕。なに?所詮夢の話じゃないか。それにいくら前世で思い合っていても、僕には関係無いじゃないか。いや、本当に何を期待していたんだろうな。はははは……はぁ…)
名前を覚えてもらっていなかった。ただそれだけのことである。ではあるけれど、夢に魅せられていた僕の目を覚まさせるには十分だった。
一方的に勘違いして会って間もない女の子に対して自分を好いていて当然なんて勝手に期待して一人で盛り上がって……。改めて振り返ってみれば完全に恥ずかしい奴、痛いことこの上ない。
そう思ってしまった次の瞬間には容赦なく襲いかかってくる自己嫌悪。
(僕って…本当に僕って……)
そんな暗い感情に押し潰されて、僕はあろうことか返事を返すことも無く再び現実世界から逃避してしまった。
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「総員撤収ーーーーーーッ!!」
突如響き渡る大音量の轟声。
その凄まじさに、現実から逃げて落ち込むばかりの僕の意識は無理矢理現実へと引き戻された。
「な、なんだっ!?どうしたんだ?」
何が起きたのかよくわからず、咄嗟に辺りを見回してみる。
「やっと戻ってきましたのね」
すると、店内はなんだかとても慌ただしい様子で、向かいの席のマリアベルさんは“今回も”というべきか呆れた様子で僕を見ていた。その横ではミレスティナさんも苦笑を浮かべて僕を見ていた。
(あれ?えーっと…これは。)
店内の慌ただしさの理由はわからないけれど、一つだけわかる。僕はミレスティナさんの前で見事にしでかしてしまったと。
そんな恥ずかしさと後悔で僕が悶絶しそうになっているところに、ある人物が忙しそうな様子で近付いて来た。
「いきなりで悪いが嬢ちゃん達。今日はもうお開きにしてもらえるかい」
もちろんレオナさんだ。
(助かった。とりあえずなんでもいいから空気を変えないと)
「それは大丈夫ですけど、いったい何があったんですか?」
とりあえず、二人の様子やレオナさんの言葉から帰る流れなのは理解している。だから手元では片付けを始めながらも、二人の意識を別の方向へ向ける為に僕はすかさず理由を訊ねた。
「あぁ、ウィル坊元に戻ったのかい。それが……」
僕の声を受けて、頭を掻きながら苦々しい表情でレオナさんは早足に理由を話した。
訊いてみれば、この後とても偉い人が来る予定なのをすっかり忘れていたらしい。それで急いで店内をキレイに片付けないといけないそうだ。
「だからすまないけど急いでくれ」
理由を話し終えたレオナさんは最後にそれだけ言って店の奥へと戻っていった。
(なんだかとてもレオナさんらしいな)
現在進行形でやらかしている僕がどうこう言えた立場ではないんだけど、こうして誰かのこういう姿を見るとなんとなく少し微笑ましくなる。
本来の狙いとは違ったけど、とりあえずレオナさんのおかげて僕は平常に戻ることができた。
そして改めて二人の方を視てみれば、二人は僕のことを嘲笑したり変な目で見るというようなことはなかった。要は僕が一人で余計な心配をして空回っていただけだった。
(逆に言えば、僕のことを特別に意識もして無いってことだけど。……けどまぁ、それでいいか)
さて、そうとわかればもうことあるごとにあたふたする必要も無いし、変に意識して空回ってしまうことも無い。
そうこうして気持ちの整理もついたところで、食器類や手荷物の片付けも終わった。帰ろうと思えばすぐにでも引きあげることができるのだけど、問題が一つあった。
「急いでと仰られましても…ねぇ」
マリアベルさんがそう一言呟くのにあわせて僕たち三人は一纏めにした食器の方へと視線を落とす。
「これ、いくらするんだろ?」
「さぁ?」
そして僕が問題について口にすると、ミレスティナさんも当然首を傾げる。
「新作ということですし、さすがに私にもさっぱり…」
僕よりも通っていると思われるマリアベルさんでもわからないと言う。
そう。問題とは僕達が食べたこの『カツサンド』という料理の代金についてだ。自分で頼んだモノではないけど、提供されて美味しく頂いた以上はキチンと代金を支払わないといけない。
会計方法自体はこういう場合はお金をテーブルに置いて帰ればいいだけだからなにも難しいことはない。が、問題はその払うべき金額で、この辺りの地域では馴染みのないこの料理が一体いくらくらいするものなのか、僕達には全く見当もつかなかった。当然新メニューということで各席に備え付けられたメニュー板にもまだ追加はされていないし、今回はレオナさんが勝手に作って持ってきていたから注文内容を確認する記録等も残されていない。調べる方法もなければ、相場から予想して近い金額置いていくといった手法をとることすらできそうになかった。
そんなこんなでどうにもできずに三人で固まっていると、一人のウェイトレスが僕達へ声をかけてきた。
「お客さま〜どうかしたかニャ?」
慌しい店内でなぜか一人だけ忙しそうにしていないミケさんだ。
(そうだ!この人ならなにか聞いてるかもしれない。ちょうどいいし、一回訊いてみよう)
ミケさんはこんなではあるけど、決して仕事ができないわけではない。
実際、レオナさんの狩りに同行したり不在時には店を任されていたりと、むしろ店の中でも重要な立ち位置かもしれない人……らしい。[他スタッフ談]
なので、他の店員さんが知らないことでもこの人は結構知っていたりする。
そういうわけで僕は返事をする流れでそのまま訊いてみることにした。
「あっ、ミケさん。それが、このカツサンドの値段がわからなくて支払いがどうしたらいいか…」
「あ〜、それなら問題ありませんニャ。今日は御三方からはお代は取るなって長…店長から言われてるニャ」
やっぱりミケさんはレオナさんから指示を受けていたみたいだ。それにしても代金は要らないって、結構高そうだったのに本当に良いのだろうか?正直なところ手持ちのお小遣いで足りるか心配だったから嬉しくはあるけど、さすがにそれはダメな気がする。
「そうなんですか?いや、でも」
「いいからいいから。店長がそう言ってるニャから気にすることないニャ」
せめて出せる範囲でもと思ったが、わかっていたかのように僕がそれを口にする前に「気にするな」と押された。
「そんなことより早くあの不潔なゴミを持っていくニャ!じゃ、ミケちゃんは忙しいからもう行くニャ〜」
そして全く言葉を挟む猶予も与えずに、ミケさんは一方的にまだ目覚めない勇者(笑)の回収を催促して秒でバレる嘘を残しながら去っていってしまった。
なんとなくわかってはいたけど、こうなってしまったらもう言われたままに従うしかない。
「いいのかな?」
とは言っても、やっぱりうまく割り切れない僕は共感を求めて二人の方を見てしまう。
訊かれた二人の方はというと、
「レオナさんがいいと仰っているのですからお言葉に甘えましょう」
「そうですね」
あっさりと当然のように受け入れていたので、共感を得ることはできなかった。
…と、まぁそういうわけで無事に問題も解決されてお開きの時間がやって来た。
今回も一名気を失ったままなので、彼を家に送り届けないといけないのだが……
「すみませんが、私達は不本意ながらロクデナシを一人届けて帰らなければなりませんので、ミレスティナさんはどうぞお先にお帰りください」
そんなことにミレスティナさんを付き合わせるのは申し訳ないと、マリアベルさんが彼女へ先に帰るよう促す。
「それならワタシも…」
「いや、そんな。手伝ってもらうなんてわるいよ。ベスの家は僕の家の近所だし、僕が背負って帰るから気にしないで」
今更夢でどうこうと言うつもりはないけど、僕の知っている彼女ならこういう場合は間違いなく「自分も手伝う」と言うに決まってる。だからすかさず流れに乗って僕もミレスティナさんには先に帰ってもらえるようにそれはお断りした。
さすがにマリアベルさんに言われるまでもなく、ここまで醜態を晒し続けた僕としてはちゃんとしっかりしたところも見せておきたい。格好悪いままでは終われないというやつだ。
「そういうわけだから、じゃあまた明日」
「明日、また学園でお会いしましょう」
「あっ……うん。また明日」
僕とマリアベルさんは早々に別れの挨拶をしてその場を離れた。
一瞬、返ってきたミレスティナさんの声がどこか淋しそうに聞こえた気がするけど、僕はそのことに気が付くことはなかった。
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馬鹿な友人の回収に向かうと、もう一人高貴な英雄(笑)様も一緒に寝かされているのを見つけた。
特にどうというものはないけれど、彼に寄り添う二人組を見るとなんだか親近感のようなものを覚える。
「・・・なんの用だよ」
「なんだ?嘲笑いに来たのか?」
「ぁ。いや、大変そうだなって」
「余計なお世話だ!お前如き平民風情が我々貴族に同情するなど…身の程を知れ!」
「そうだっ!俺達の剣が貴様らに向く前にそこのゴミを拾ってさっさと消えろ!」
ちょっと気を取られて足を止めればまぁ見事に絡まれた。
彼らに関わると面倒なだけでなにも良いことはないし、別に何を言われても気にならないから言われた通りさっさとベスを回収して帰ろう。
「これは失礼いたしました。我々下民は早々にこの場を去りますのでどうかご容赦の程を」
「チッ」
「フンッ」
ことあるごとに絡まれているだけあって彼らの扱いは馴れたもの。形だけでも礼を以て対応すれば強くは突っ掛かってこないので、適当に流しつつ僕らは何故か負傷が増えているベスを背負ってそのまま店を後にした。




