第4話 …怒らせないように注意せよ
酒場…じゃない。喫茶店『キャッツテラス』
この店にはいくつかの禁止事項が存在する。
・店内での刃傷沙汰
・代金の後日払い(無銭飲食)
・店員への卑猥な行為 等
世間的にも罰則が発生して然るべきモノから、
・店主に対して『おばさん』やそれに準じた呼称を用いる
・店への謂れの無い中傷的発言
・提供された料理を粗末にする行為(食べきれない場合は持って帰ること)
といった私的な事由の入った内容まで、普通にしていれば抵触しない内容だ。
もし、抵触するようなことがあれば、店主もしくは店員からの私刑に処されることになる。刑の内容は、その都度執行する当人の酌量(気分)で変わるが、刑の執行にあたってはその相手が平民でも貴族でも、たとえ王族であっても免れることは出来ない。
「オィ。ボウズ。今、なんて言ったかもう一度言ってみな」
そして今、店主に頭を掴まれて宙吊りになる少年。伝説のドM小僧に続く新たな自殺志願者がこの店に誕生していた。
「お、おいっ。どうする」
「どうする?って言ったってどうにも出来ないだろ。こんなのボク等にどうにかできると思っているのか?」
「そ、そうだよな」
彼等はこんな事態は全く予想していなかったのだろう。
いつもユーフェリウス君の周りでオラついてる名前も知らない取り巻き達はただただうろたえている。
ユーフェリウス君自身も防御力の鍛え方が甘かったのか、まともに声も出せないほどの悶絶ぶりで返事どころではなさそうだ。
「この『カツサンド』っていうの、美味しいですね」
「そうですわね。一体どのようにして作られているのでしょう?」
一方、僕たちは完全に他人事だ。
力余って皿やテーブルごと切られた料理を食べながらのんびり観賞している。
普段僕とベスもあんな風に見えているのだろうか?ショーでも観ているような気分だ。
そのおかげか元からそうなのか?この新作料理はかなり美味しい。普段から美味しいモノを口にする機会が多いだろうマリアベルさんも目を輝かせている程だ。
どうしてさっきまでと違ってこんなに落ち着いているのかって?
それは簡単。対象が対象だし、そもそもこの店には「店内で起きたことは全て自己責任」という暗黙の掟があるからだ。マリアベルさんもさっきの件や一部の常連たちの様子を見てなんとなく察しているのだろう。
ちなみに、当然この自己責任ルールも種族や身分には一切左右されない。これまで幾人もの騎士団や他様々な団体・組織のお偉い様方が洗礼を受けてきているが、店や従業員が罪に問われたことは一度も無いので、もはやそういうことなのだろう。
しかし、ユーフェリウス君も勇気があると思う。
たとえ来たことは無くても、その噂くらいは聞いたことはあるだろうに。一切気に留めることも無く、開口一番に客や店を悪し様に罵って、さらには近くの席にあった料理を見て『家畜のエサ』とまで言ってのけた。しかも、店主の見える位置で。
当然、レオナさんは僕達の前から瞬間移動して即座に獲物を捕えた。それが今の形だ。なので、アイアンクローをしているレオナさんの反対側の手には包丁が握られていて、さっきとは比べ物にならない程の恐怖感を醸し出している。
「どうして相手も考えずにあんな悪態をつくのかな?やめておけばいいのに」
「私にもわかりませんわ。ですがまぁ、一度痛い目をみればそれで大人しくもなるでしょうし、丁度良い薬です」
「そうなればいいですけどね」
もう見馴れたと言うと少し問題があるかもしれないが、様々な場面で何度冷たい視線に晒されようとも痛い目に遭おうとも、一貫して態度を改めない残念な人たちに対する率直な疑問をつい漏らしてしまうと、それには同意だった様子のマリアベルさんも、続けて思っていることを漏らした。
マリアベルさんには悪いけど、彼等が反省することはまだしばらくは望めそうも無いと思う。
と、他人事モードで鑑賞していると、ベスの時とは違ってだいぶ早かったけど、無事にユーフェリウス君も力無くぶら下がるだけになった。
「「ユーフェリウス様ぁ!!」」
離れた位置から悲痛に叫ぶ下っ端坊っちゃん達。
仲間なら助けにいけよ。と、全く動こうとしない二人を情けなく思うけど、正直行けない気持ちもわからなくはない。
だって、見るからに危ないから。視えるはずのないオーラ的なモノが視えそうなくらいに危険な気配出しているから。
仮に、もし今掴まれているのがベスだったとしても僕に止めに行く勇気は無い。そう断言できる程に今のレオナさんはヤバイ。
このままいくと、間違いなくユーフェリウス君は厨房とは違う店の奥の謎の部屋へ連行されることになるが、僕にはどうしようもないし関係無いので、僕は周りの方々と一緒に黙祷を捧げる。
これでまた一つ町が平和になる。と、思いきや続けて状況は動く。
リーン リーン
何の音だろうか?混沌とした店内に心に直接響く様なとても心地良い音が店内に鳴り渡り、騒がしかった音たちが一瞬で止んだ。
「あー、えっと……ごめんくださーい」
そこへ、不自然極まりなく一人の女の子が店へ入ってきた。
当然、僕だけでなく皆がその娘の方へと視線を向ける。
すると視界に映り込んだのは、とても鮮明な、見た者を否応無しに魅了してしまう緋い色。
「えっ!ミレスティナさん!?」
女の子の正体は編入生のミレスティナさんだった。
こんなところで会うなんて全く予想もしていなくて、つい大きな声が出てしまった。
静まり返った空間でその声が聞こえないわけもなく、彼女は声に反応してコチラに気付いた。
(どうしよう。まだちゃんと話したこともないのに、相席なんてことになったら…。いや、これはチャンスか?この機会に仲良くなれば…、いや、やっぱ迷惑かな?どうすれば…)
「ん?あぁ!この間の嬢ちゃんじゃないかい!」
良かったと言うべきか残念がるべきか。僕や彼女がどうこうする前にレオナさんがユーフェリウス君を捨てて彼女に話しかけていった。
また周りが騒がしくなって会話は聞き取れないけど、どうやらミレスティナさんもこの店に来たことがあるみたいだ。そう思うと、なんだか遠い存在だと思っていた彼女が少し身近に感じてホッとする。
と、まぁ。それはさておき…
「ねぇ。私たちいま、一体なにをされましたの?」
僕は気にしないようにしていたけれど、やはりマリアベルさんはそうはいかなかったみたい。だからと言って僕に訊かれてもわかる筈がないんだけどね。
「さぁ?なんだろう?でも、悪いことではないんじゃないかな?なんかこう…、あの音を聞いてから気分がスッキリした気がするし」
「ええ、そうですわね。それで、悪いことではないと、どうしてそう言い切れますの?」
「え?」
思ってもみなかったマリアベルさんの言葉に、思わずそちらへ向き直る。すると彼女の表情は真剣そのもので、今起きた現象がただならぬものであると確信しているというものだった。
どうやら僕が思っている以上に彼女は警戒をしているようだ。
「ですから、どうして今のが安全だと言い切れますの?どうして彼女が無害だと信じられますの?」
そしてマリアベルさんは僕が何かを考える間もなく、続けて厳しく僕をまくしたてる。
「えっと、それは……」
僕の心の中を的確に見抜いたかのようなマリアベルさんの問いかけに、僕はうまく説明する言葉を見つけられずに言い淀んでしまう。
「・・・」
そこからマリアベルさんは次の言葉を発することは無く、僕の返答を真剣な面持ちで待っている。
僕はひとつ深呼吸をして落ち着いて考えてみる。
(僕は夢で王様をしていたミレスティナさんを知ってるから信じられるけど、マリアベルさんはそうじゃないんだよな。…て、あれ?じゃあどうしてマリアベルさんはこんなに警戒しているんだろう?僕の夢の話は信じていなかったんじゃなかったっけ?)
すると僕はあることに気が付いた。
(確信はないけど、もしそうなら信じてもらえる筈)
「夢で見た僕の知ってるミレスティナさんは、意味も無く人を傷つけるような人じゃないから。とても優しい人だって知ってるから、僕は信じられるよ」
まっすぐ。マリアベルさんの方を見て堂々と僕は宣言した。
数瞬の間を置いて、それを聞いたマリアベルさんの表情はやわらかくなった。
「わかりました。私も信じますわ。夢の話なんて正直信じていませんでしたけど、あんなモノを見せられては信じる他にありませんもの。(…まぁ、恋とかそういったところはほとんど憶測ですし、そこはとても怪しい話ですけれど)」
僕の予想は正しかった。
マリアベルさんは仕方なくではあるだろうけど、ミレスティナさんを…というよりは僕の話を信じてくれることになった。
(よかった。せっかく近くの席になったのに、もう少しですごく気まずい感じになるところだった。まぁそもそも話しかけれてすらいないんだけど、それはこれから頑張ればいいよな)
ユーフェリウス君のせいで予期せぬ事態ではあったけど、おかげで全く知らなかったマリアベルさんの不信も解けて一安心。
明日から頑張る自分への景気付けと残り少ないカツサンドに僕は手を伸ばした。
「すみませーんお客様ぁ。コチラ相席よろしいでしょうかー」
「んぐっ!?ゴホッ!ゴホッ!」
一口噛じったところでウェイトレスのミケさんに声をかけられ、振り向いた先にその姿を見つけて僕は思わず咽てしまう。
(えっ?ちょっとまっ…ミレスティナさん!?なんで?ミケさんなにしてるんですか!どうしてそんなに楽しそうなんですか!)
楽しげに尻尾を揺らすミケさんの後ろには恥ずかしがっているのか、顔まで赤く染めたミレスティナさんの姿があった。
それは猫の気まぐれと言えばいいのか悪戯と言えばいいのか。猫達の園はいつも騒がしく賑やかで、話題に事欠かない。そして、今日の標的は僕のようだ。これ、どうしたらいいかな?うん。どうしよう。




