第3話 その店主、凶暴につき…
猫達の憩場『キャッツ・テラス』
商業区から少し外れた東街区、大通りから少し脇へ入った所にある食事屋で、店主のレオナさんをはじめ、猫科の獣人たちが経営をしている。メニューはサンドイッチやちょっとした焼菓子などで軽食を主としている筈なのだが、なぜかいつも昼間からお酒でできあがった衛兵さんや冒険者で賑わっている不思議で愉快なお店。……まぁ原因はその立地に。いや、僕はまだ子供だしよくわからない。そういうことにしておこう。
というわけで、僕達はそんな冒険者の集会所『ギルド』に隣接する喫茶店という名の酒場にやってきた。
「おばさ〜ん!来たz」
敷地へ一歩足を踏み入れたと同時に隣から姿を消したベス。
何が起きたのかは僕達の目には一切捉えられなかったが、その全容は理解できる。というか、もう既に何度も似たような場面を体験しているので僕は知っている。
「やあやあ、よく来たねぇ。決闘かい?それとも生肉の提供?アタシはどっちもいつでも大歓迎だよ」
軽い突風が吹いた直後、うしろから聞こえる恐い問いかけ。
軽く呆れながら振り返ってみれば、後方でレオナおば……とてもスタイルのイイ獣人の“お姉さん”に片手で頭を鷲掴みにされて持ち上げられるベスの姿が見える。ベスも必死に抵抗しているようだが、お姉さんには一切通じていない。
「あ、あれ。大丈夫ですの?」
マリアベルさんはこの光景を初めて見たようで、少し引き気味で心配そうに訊ねてきた。
「あぁ、大丈夫。いつものことだから。ほら」
なので僕はなんてことないように軽く答えて、店内の冒険者や非番の衛兵さん等、日の沈まないうちから酒を煽る常連の方々の方を指してみせる。
「暴虐の金獅子と呼ばれたあのレオナさんを相手にあの態度。相変わらず度胸あるぜ」
「あぁ。あの団長を相手に、俺なら絶対マネできないぜ」
「この街であんなマネができるのはあのボウズくらいだぜ」
みなさんは今日も自分に出来ない芸当をやってのけるベスに感心しきりである。そこに危機感などは一切無い。本当に平和でなによりです。
この状況にはもちろんマリアベルさんは付いて来れずに固まってしまう。
そしてベスはというと、しなくてもいいのに体を張って更に場を盛り上げる。
「いたたっ。それ、どっちも同じじゃねーかよ!そんな野蛮な接客してっからこんなむさ苦しいのしkあだだだだだだ…」
「なんだって?冷やかししかしないヤツが一丁前な口を利くじゃないか。そんなことは一度くらい自分で何か注文してから言いな!」
やめておけばいいのに。
不要な挑発を重ねることで、愚かな友人の頭蓋に掛る圧力と一緒に駄目な大人達の熱がさらに上昇する。周囲の決して共感してはいけないざわめきで分かりづらいけど、たぶん近くに寄ればメリメリと聞こえちゃいけない音が聞こえるんだろうな。
どうでもいいことだけど。毎回注文出来てないのは、いつも入店からわずか数分で必ず気絶してるからであって、決して本人の意思や甲斐性の有無に依るところではないと。存在しているかわからない友人の名誉の為に一応補足しておく。
「さ、なにか言い遺すことはあるか?」
「あ、あの。レオナさん?声が本気なんだけど?まさか本当に…」
「無いようだな。フンッ」
そして最後、それは一瞬。僕が残念な友人を本当に残念がっている間に、本当に聞こえちゃいけない音が鳴ると同時に、憐れな道化からあった些細な抵抗も遂に潰えてしまった。
(あゝ、まさか呼称ひとつでこんなことになろうとは…。来世ではもっと良いデキで産まれてきてくれることを期待するよ)
その様を見届けて、僕は大人たちと一緒に黙祷を捧げる。
「あぁ、残念だ。本当に残念だ。貴重な“若い”人材がこんなところで散ってしまうなんてね」
いったいどんな表情をしてそう言っているのかは恐ろしくて確認することはできないが、レオナさんも軽く声を弾ませてご機嫌な様子だ。……て、あれ?これ、ちょっとマズくないか?
「ちょっと!!皆さんなにをしていますの!早く店主さんを止めないと、本当に彼が調理されてしまいますわよ!」
なにか雲行きの怪しさを感じたところで、マリアベルさんが茶番を楽しむ面々を一喝した。
その声に慌てて顔を上げてみると、首根っこ掴まれたベスが力無くズルズルと店の奥へと引き摺られていっていた。
「「「・・・」」」
「だ、団長!早まらないでください!」
「そうだ落ち着け!そいつを殺ってもなにも得しないぞ!」
「みんな!急いでレオナさんを止めろ!」
冗談めいていた空気から一転。店内は大混乱状態となった。
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「いやぁ悪かったね。どうもアレに煽られると、頭に血が昇って加減ができなくなっちまうんだよ」
軽く笑いながらそんなことを言うレオナさん。聞いている方としては全く笑えない。
あれから、ベスの救出は(レオナさんを刺激し過ぎないように)慎重を期したものにはなったものの、意外とあっさり終わった。まぁそれも、まだレオナさんに理性が残っていたからだけど…。
その救出されたベスは、今は回復魔法の使える冒険者の人(酔っ払ってるけど)に診てもらっている。
ちなみに、今更だけどレオナさんはこの店の店主で、過去には冒険者をやっていたり衛兵隊を指揮していたりと、今のワイルドなエプロン姿からは……姿からも容易に想像できるガッチガチな肉体派の経歴を持っている腕力系お姉さんだ。ここで重要なのが、彼女は獅子の獣人なのだけど、獣人はその種にもよるが平均して人間族よりも寿命が長いので、たとえ人間感覚で数えて“おばさん”的な年齢であっても、まだまだピチピチな“お姉さん”であることを絶対に忘れてはいけない。じゃないと今回のような事件に発展することになる。
というわけで、今僕とマリアベルさんは適当な空いている席に着いて、正気に戻ったレオナさんから軽く謝罪を得ていた。
「気にしないでください。アイツも一応は死んではいませんし」
「そうです。そもそもあの無神経な男が失礼を働いたのが原因なのですから、何も気にすることはありませんわ。自業自得です」
頭に血が昇って人を殺しそうになるのは本当に問題だが、今回はどう考えてもアイツが悪い。僕達の意見は示し合わす必要もなく一致した。というか、何度も同じ店で死にそうな目に遭っているのだからいい加減学習しろと言いたい。
「いやぁ、ホント悪いね。それで、ベルちゃんが親父さんと一緒じゃないなんてめずらしいけど、今日はどうしたんだい?」
とまぁ学習しないドMの話はここまでにして、レオナさんがマリアベルさんにそんなことを訊ねた。
「ええ。普段、お父さまとディナーを頂きに来ることはありましたが、その他ではコチラへ訪ねたことはありませんでしたので、その…、今日は学園の…ご友人と」
それにマリアベルさんは答えるのだけど、なぜか後半は照れながら僕の方をチラチラと見ていた。
「へぇ〜」
レオナさんもその様子に気付いて、何かを邪推するような目で僕の方を視る。
「そういったことは何もありませんよ」
なにか誤解されても良くないだろうし、ここはちゃんと否定しておく。
「なんだい面白くないねぇ。ま、今日はそういうことにしておいてやるよ」
何がそういうことなのかは知らないが、冷やかせなかったからといって明らさまに残念そうにされても困る。
「よし!じゃあそういうことなら、今ちょうど新作があるからそいつを試していっとくれよ。すぐに用意するから、ちょっと待ってな」
そんな僕の困惑は気にもせず、レオナさんは有無を言わさずに笑顔でその新作とやらを用意しに奥へ戻って行ってしまった。
二人掛けの席に残された僕とマリアベルさん。
料理が出てくるまでは少し時間がありそうなので、なにか時間を潰したいところだけど、こいう時にしかほとんど役に立たないベスはまだしばらく目覚めそうにはない。おそらく今日もアイツはこの店の料理を口にすることは無いだろう。……たぶんこれからもずっと。そうなると、二人で適当な話でもするのがいいんだけど、マリアベルさんは元々自分から積極的に他人に関わっていく様なタイプでは無いし、僕の方から何か話題を振らないと……あっ、そういえば
「こう言うのはなんですけど、意外でしたね」
「へっ?え、えっと。何が意外なのでしょうか」
「ほら、教室では僕もああ言ったけど、本当にこの店に来たことがあったんだなって。それもお父さんと一緒に」
さっきの二人のやり取りを思い出して、そこからなんとなく話を振ってみた。
「あぁ、そのことですか」
よくはわからないけど、何かを期待されていたみたいで、なんだか少し残念そうにされた。
それはさておき。聞けば、マリアベルさんのお父さんが仕切っている商会がこの店に食材を卸しているそうで、その付き合いもあって定期的に家族で食事に来ているそうだ。なんでも、作り方さえわかればメニューに無いモノでも作ってくれるらしい。だからといって、国内有数の商会の会長が個人ならまだしも家族で通うあたり、やっぱりレオナさんは料理の腕も凄いのだろう。
しかし、そんな話を聞くとますます今のこの店内の客層が残念に思える。
そうこうしているうちに料理ができたみたいで、奥からレオナさんが出てきた。
「待たせたね。これが今日から出してる新メニューの『カツサンド』だよ。アツイからから気をつけて食べな」
テーブルに置かれたのは、見慣れない茶色い何かと新鮮な野菜をトーストで挟んだサンドイッチ。
とても香ばしい香りがして美味しそうで今すぐにでも食べてみたい。食べてみたいのだけど…。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「どうしたんだい?」
「コチラ、どのように頂けば…」
問題のソレを指して、すかさずマリアベルさんが口を開いた。
「ん?そりゃあ、そのままかぶりついて…」
「そういうことではありません!少しコチラへ」
レオナさんはとぼけようとしたが、許してもらえずに少し離れたところへ連れて行かれた。
きっと善意…じゃないな。面白半分だったのだろう。たぶん悪意ではないはず。
今、テーブルに乗っている『カツサンド』はなんていうか、ありのままの姿をしている。そう。ありのままの。
どのサンドイッチを頼んでも、いつもなら食べやすいように切り分けてくれているが、今回に限っては切らずにそのまま出てきた。しかも二人居るのに一つだけ。
さすがにコレを二人でシェアしろと言うのは無茶がある。家族でも多少抵抗があるのに、そんなことを強要すれば怒られて当然だ。
マリアベルさんの説教が終わり、無事に『カツサンド』は切り分けてもらえることになった。
「二人とも若いんだから、もっとガツガツいけば……おっと、恐い恐い」
で、切り分けながらまだそんなことを言うからマリアベルさんの眼光が凄いことになってしまっている。
「マ、マリアベルさん?凄い顔になっt…」
戻ってきたいつもの和やかな空気。
いつも通りに何気無い突っ込みを入れようとした矢先、新たな火種がやってくる。
「ユーフェリウス様。コチラで御座います」
「フン。全く品性のカケラも無いな。流石下民共にはお似合いの餌小屋だ」
そんな命知らずの登場で、店内は再び殺伐とした修羅場へと変貌する。




