第2話 待ち焦がれた運命の日
ベスから話を聞いた次の日。平民舎の高等部館では生徒達が男女共になにやらとても色気付いていた。
「よぉウィル。今日は早いんだな」
教室に入ると声をかけてきたのはもちろんベスだ。
「まぁな。さすがにこんな日にアイツとは絡みたくないしな。それより、なんだか凄いことになってるな」
毎朝誇らしげに大衆に迷惑を掛ける碌でもない幼馴染の顔を思い浮かべながら、教室の中でも噂話を展開するクラスメイト達を見回して、そう感想を洩らす。
「ハハハ。そりゃそうだな!しかし、いやぁさすがにこれはオレも驚きだぜ」
それに対して笑いながら答えるベスも、少し困惑気味な様子だ。
普段から騒ぎを盛り上げる側の人間がこの反応なのだから、この盛り上がりの凄さが容易に分かるというものだ。
「いったい何があったんだ?いつもならこんなにはならないよな?」
そんな周囲の異様な熱気にちょっと引きながら、その原因について訊ねてみる。
そもそも、この学園では国中から生徒が集まることもあって、住んでいる地域やその他諸々の事情で時期に間に合わずに中途入学してくる生徒自体は珍しくはない。だから多少噂になったりはするものの、今回のようなの騒ぎになることはそうない。
「ん?まぁそれは……なぁ」
しかし、急にそれ以外取り柄の無い情報屋の歯切れが悪くなる。
本当になにがなんだかよくわからなくて、疑問が更に深まる。
「なんだ?どうしたんだ?」
目を逸らしたまま合わせようとしない友人へと更に問いかける。
「あら、アナタにもそんな友人を思いやるような心が存在していたのですね」
と、そんな僕達の会話にふと一人の少女が加わってきた。
その挑発的な物言いに、挑発的されて側は当然のように着火した。
「あぁ?なんだ?意外か?いやぁオレはどこぞのお嬢様と違って生粋の庶民だからさぁ。その辺ちゃんと理解出来るんだわ」
誰がどう見ても邪な微笑で煽り返すグスな友人。
「アナタが生粋の庶民?一等地に居を構える裕福な家庭で育ち、こんな場所へそんな小綺麗な格好で来ているアナタが?面白い冗談を言いますのね。そのような冗談は、アナタがいつも纏わり付いているそこの残念な妄想男の様に、全身に粗雑な布きれでも纏って来てから言っていただけません?」
そして彼女も負けじと着火。強烈に煽り返すが、流れ弾の威力が強いので止めてほしい。
少し紹介が遅れたが、彼女の名前はマリアベル=セラス。国内でも有数の大商家の令嬢であり、社会勉強という建前で平民舎へと通う、貴族嫌いの変わり者お嬢様だ。
そして……
「おやおや、さすがはお嬢様。近頃はこの程度なら庶民でも手が届くようになったのもご存知無いとは。どうりで未だに友人ひとり居ない訳だ」
ベスさん。反撃するのはいいけど、その口撃は僕にもダメージが入ってくるからやめてくれませんか?ちょっとしたものとはいえ、そんな細かな装飾やデザインが施された服を少なくとも僕が親と見に行く店では見たことは無いんだが?僕の家は庶民レベルにも満たないということですか?
「ゆ、友人なら私にだって!」
「ほぅ?ドコに居るんだよ?」
「そ、それは……」
二人は口論を始めてしまい質問どころではなくなった。というか、お願いですから僕を巻き込まないでください。何だか腕を引き寄せられて、柔らかいものにあたっているけど、そんなのいらないのでどうか解放してください。流れ弾が本当に痛いです。
それからしばらく……
「はい。みなさん席に着いてくださいねー」
「あっ。先生が来た」
「よしっ!今回の賭けは俺の勝ちだな」
「いや、俺の勝ちだろ!」
「ほら男子!変な賭け事しない!」
「元気だせよ。ウィル」
二人の喧嘩はヒートアップしてギャラリーを沸かせていたが、教室に入って来たニック先生の号令ですぐに解散して落ち着いた。励ましてくれる声もあったが、残念ながら僕のHPはもうとっくに0です。
「みなさんおはようございます」
と、そんな僕の傷心状態とは関係なく先生は挨拶をして話を始める。
「今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります」
そして先生がそう切り出した途端に「待ってました!」と誰かが発して教室中が再び盛り上がりを見せる。
さすがに先生もこの異様な熱気には困り顔で少し引いている。
僕の後ろの席からも「私の時はここまで騒がれませんでしたのに」とか言う声が聞こえるが、それは過去の自身の行いを振返ってから言ってほしいものだ。
とまぁ待ちに待った嬉しい知らせに、辛うじてそんなツッコミをできる程度には復活した僕。
「コホン!どうやら皆さんもご存知のようですね」
騒がしいままだとさすがに話が進まないので、先生はひとつ咳払いをしてから話を進める。
「今日からこの教室に新しい仲間が加わります。是非とも仲良くしてあげてくださいね。では、入ってください」
「はい」
先生がそう促し、入口のドアが……
ガタッ
「あ、あれ?」
ガタガタと音をたてるだけで開かない扉に、外から戸惑う声が聞こえる。
「あっ、すみません。この扉、建付けがとても悪いので、開くには少々コツが…」
学園平民舎に多数点在する初見殺し要素の一つ[傾いたスライドドア]だ。その名の通り横開きの扉なのだが、少し前後に微妙な傾きというか歪みがあり、普通に横へ引いても開かない仕様になっている。慣れればどうということは無いが、慣れるまではその扱いにかなり苦戦する代物だ。
一旦は静まった教室も、クスクスと微笑ましく笑ったり、同じ経験をした自身と照らし合わせて同情したりする声でざわつきはじめる。
そんな中、先生に扉を開けてもらって、赤く長い髪の美少女が少し照れ笑いを見せながら教室に入って来た。
彼女の姿を見た途端、クラスの面々は急に静かになる。理由は言うまでもない。見惚れてる?いや、違う。進行を妨げない為だ。男子も女子もいろいろ質問したくてウズウズしているのがパッと見ただけでもわかる。
「では、自己紹介をお願いします」
「はい」
黒板の前まで来たところで、ニック先生に促されて彼女は黒板に自身の名前を書いてこちらへ向き直る。
「みなさんはじめまして!ミレスティナ・ベルディスティアです。今日からこちらの教室で一緒に学ぶことになりました。どうぞよろしくお願いします」
そしてにこやかに挨拶をし、1つお辞儀をした。
「えっと、それじゃあ奥の方に空いている席がありますので、そちらを使ってください」
「はい。わかりました」
自己紹介も終わり、僕の隣の席に彼女は移動しようとするが……
「ねぇねぇ!ミレスティナさんってどこから来たの?」
「趣味は?」
「彼氏は?」
「好みのタイプは?」
一瞬にして我慢しきれなくなったクラスメイト達に囲まれてしまっていた。
その一方で…
「で、勇者様。運命の相手が隣の席に来た感想はどうなんだ?」
「まだそんなことを言ってますの?夢でたまたま似た容姿の人が出てきたから運命って、子供じゃないのですから」
「はぁ、夢がないねぇお嬢様は。だから友達ができないんだっていつも言ってるだろ?」
「ですから!私の交友関係は関係ごさいませんでしょう!」
僕を挟んで前後の席で喧嘩を始める大人気ない二人。
マリアベルさんが先に反応してしまって答えそこなったけど、ベスの冷やかしのような質問にはちょっと思うところがある。
僕は確かにこれまでにない程に興奮してやまない筈なのに、それ以上に胸の奥から安心感というか、なにか優しい気持ちが溢れてきていて、とても落ち着いている。
その理由はなんとなくだけど、わかる気がする。
たぶん僕が視ていたあの夢は、やっぱりただの夢じゃなくて魂に刻まれた前世の記憶。彼の思い出と未練だったんだ。きっと彼はまだ僕の中に居たんじゃないかと思う。たぶんこれは彼が感じているモノなんだ。けど、それは彼だけのモノじゃない。あのとても淋しそうな目をしていた彼女が今、目の前であんなにも楽しそうにしている。それだけでとても嬉しく思うし、それに彼女の姿を一目見たときに思ったんだ。
「なぁベス。なんていうか今、人生で1番幸せかも」
僕も彼女を好きになってしまったと。
― 放課後 ―
「僕なんて、どうせ僕なんて……」
僕は人生で1番の不幸を噛み締めながら机を濡らしていた。
「まぁその、なんだ。元気だせって。まだ初日で、あのコもずっとみんなに囲われてたし、仕方ないさ。明日からまた頑張ればいいだろ」
「そ、そうですわよ。それに、たとえダメだったとしても、アナタには私達が…」
「ちょっ!オマエそれは」
「ぐすっ……うわぁーーーー」
いったい何があったのか?
それは簡単。何もなかったからだ。最初によろしくと挨拶したきり、一切の会話すら無かったからだ。隣の席という好条件にもかかわらずだ。
嗚呼ごめんなさい神様。ごめんなさい勇者様。せっかくこんな機会を与えてくださったのに、モノにすることが適いませんでした。どうかこんな不甲斐無い僕をお許しください。
「…おぃ、どうすんだよお嬢?」
「えっ?私のせいですの?えっと…」
「はぁ。もういいよ。…おいウィル。しっかりしろ」
僕の肩に手を掛けながらやさしい声で語りかけてくれるベス。
「オマエの青春はまだ始まったばっかだろ?まだまだ時間もチャンスもたくさんあんだから、明日からまた頑張ろうぜ」
その言葉で少し気持ちが楽になった気がする。
よく見ると、そんなベス隣でマリアベルさんも心配そうに僕を見ている。
あまりの僕の落ち込み様に二人に心配をかけてしまったようだ。このまま落ち込んでいたら二人に更に気を使わしてしまうな。
「そうだよな。ちょっと話せなかった程度で落ち込んでちゃだめだよな。ベス。それにマリアベルさんもありがとう。明日からもなんとか頑張ってみるよ」
目元を軽く拭って優しい友人達に笑顔を見せる。
そうすれば二人も明るい表情になる。
「よしっ!じゃあ明日に備えてレオナおばさんの所でなにか食って帰ろうぜ!」
そして僕が立ち上がると、バッと肩を組んで楽しげにそう言うベス。
「ま、まぁ私もたまにはご一緒しても……」
それに続いてマリアベルさんと少し顔を赤くしながら言ってくれる。
「なんだ?めずらしいじゃないか。けど、おばさんにゃあ悪いが、庶民のジャンクフードがオレはともかくお嬢の口に合うのか?」
「本当にアナタは私のことを何だと思ってますの?」
「そりゃあお嬢だろ」
そうやってそこにいつも通りベスが絡めば、もういつも通りの賑やかな空気が戻ってくる。
「マリアベルさんだってジャンクフードくらい食べるさ。ベスも似たような家の出なんだろ?」
本当にできた友人達だ。
「そうですわよ!なにもおかしなことはありませんわ」
「そう言われりゃそうだけどよぉ。けど、コイツとオレとじゃ!」
「まあまあ、そんなこと別にどうでもいいじゃん。それより、行くなら早く行こっ!じゃないと夕食の時に誤魔化せなくなるよ」
「あっ!それはマズイ!よし!さっさと行こうぜ!」
気持ちを切り替えて、僕達は騒がしく教室を後にした。
いつかこの中に、彼女も入ってくれたらいいな。




