第1話 夢と噂〜訪れる運命の日まで〜
建付けの悪い開くことのない窓から、荒れた校庭をながめながら僕は物思いに耽る。
(今朝の夢はどういうことだったんだろう?それにあの娘は……いや、まさかね)
考えるのは今朝の夢と、朝食の時に訪ねてきた女の子の事。
「……ぃ。おーい、ウィル。聞いてるのか?」
声を掛けられて気付くと、友人のベスが前の席のイスに逆座りして僕の顔を覗き込んでいた。
「あっ、ゴメン。聞いてなかった。どうしたんだ?」
なにか話しかけられていたようだったから、とりあえず訊ねてみる。
「いや、どうもしないんだけどさ。なんかオマエ、いつにも増してボーッとしてるからちょっと気になってな」
どうやら僕を心配してくれていたみたいだ。彼も僕の夢のことを知っているし、丁度いいからちょっと相談してみようかな。
「あの夢のことでちょっとな」
「おっ!あの物語の続きか?たしか前はスゲェ良いトコロで終わってたんだよな」
話を切り出すと、急に楽しそうに食い付いてくる語り甲斐のある友人。僕自身一人で抱えているよりは楽なので、いつも内容を憶えている範囲で語って聴かせていたのだが、彼にとって良い娯楽となっていた様だ。
僕は彼に今朝観た内容を聴かせた。
「え?マジ?それで終わり?」
語り終えた後の友人の感想だ。「オイ!魔王戦は?手に汗握る激闘はどうしたんだよ!!」というのも友人の感想だ。
夢に対してそんなこと求められても無茶だし知らないよ。というより、本命の話はここからなのだし。
冗談半分で話に付き合ってくれる友人に、おかげで軽い気持ちで相談させて貰えていると感謝しながら続きを切り出していく。
「まぁ、夢の方はここで終わったんだけどさ。実は今朝……」
そう。その信じ難い出来事を。
少し離れた所から見ただけだったけれど、父の背中の横から見えた彼女の姿はとても可愛く美しく、夢の中で勇者が見惚れた魔王という名の少女ととても酷似していた。角や翼は無かったが、あの見る者全ての目を惹く鮮やかな真紅の髪とそれに負けじと紅く輝く瞳は見間違いようが無い。そして『ベルディスティア』という名。夢の中の世界で魔王が治めていた国の名前と同じだった。
「なんだ?それじゃあウィルがその勇者の生まれ変わりで?美人の魔王がそんなオマエを追いかけて来たってことか?アハハハハそりゃねえだろ!夢の見過ぎだって」
異国人ならそういう外見や名前の人だって居るだろうし、ただの偶然だと言ってベスは笑うが、僕にはどうもこれが偶然だとは思えなかった。
彼女のあの姿はどうやっても忘れようが無く、間違える筈が無いのだから。…………あの、深い絶望の中でユメを見続ける様な悲しい瞳は。
「そんなに笑わなくてもいいだろ!信じないって言うなら、もし付き合うことになったとしてもベスには紹介してやんねーからな!」
信じてもらえないのは分かりきってはいたが、なんだか悔しいからちょっと反撃してやる。
「オイオイそりゃねーだろ親友よぉ。美人な彼女の独り占めなんで良くないぜー」
すると、そんな事を言って擦り寄り始める親友(笑)。ホントに都合のいい憎めない親友だ。
「次の授業始めるぞー。イチャイチャしてないで早く席に戻れよー」
「ちょっ!人聞きの悪いこと言わないでくださいよー!」
絶妙なタイミングで教室に入って来た教師に茶化されて文句を言うベスに、教室中に笑いが起こる。
そのまま授業は始まり、いつもの日常に戻っていった。
それから数日が過ぎ…………
「おいウィル、聞いたか?」
「聞いたって、なにを?」
学校からの帰り道。いつもの様にベスがどこからともなく仕入れてきた噂話を話し始めた。
「いやな、この間、夢にまで見た美女が近所に越して来たってオマエ話してただろ?」
「なんだよ。まだその話でイジるつもりか?それなら僕にも考えが……」
今回のネタには自信があるのか、嫌らしい前振りで軽く僕をからかいだすベス。あれからもことある毎にイジってきていたので、対して僕はそろそろとっておきの爆弾でも落としてやろうかと、続きを引き出すついでに憂さ晴らしでキッチリ脅しを掛けていく。
「ちょっと待て待て!落ち着けよ。今回のネタはオマエにとってかなりの朗報なんだぜ?」
慌ててそう取り繕って、一息ついてからベスは内容を話し始めた。
ここまで溜めるとなるとよっぽどなんだろうなと、つい内心でちょっと期待してしまう。
「今日、オレらの担任の・・・名前なんつったっけ?まあいいや。で、担任の教師が休みだっただろ?」
「ニック先生な。そろそろ覚えろよ…。確かに先生が休むなんて珍しいけど、それがどうしたんだ?」
唐突にニック先生が学校に来ていなかったことについて言及し始めるベス。そろそろ二月程の付き合いになるだろう担任の名前を憶えていないのはどうかと思うが、気にせず話を進めてもらう。
「いやな、実はそのニック先生だけどよ、実は今日休みだったんじゃなくて、何かの用事で貴族舎の方に行ってたらしいんだ」
「へぇーそれで?」
今更ながら説明しておくと、僕達の住んでいるこの町『エルフォート』はアステリア王国にあるシルファリエス伯爵領の中心に位置する町で、王国内唯一の公的教育施設である『イルゼシア王立学園』があり、王国内では学都と呼ばれている。また、王都からも近く、馬車で2〜3時間という立地も相まって王国内でも3本の指に入る程大きく栄ている。
そして僕達の通っている学園だが、“王立”という名の通り王国が管理している為かなり大きく、他の町や村から学びに来た生徒の宿舎も合わせると、その大きさは町の土地の約3割を学園とその関係施設が占めるという程だ。
今話題に出た貴族舎とは、当にその名の通りで、貴族の子息や令嬢が学ぶ校舎のことで、町の南西部にそれはもう豪奢な建物がいくつも並んでいる。対して僕達が通っているのは平民舎と呼ばれ、商業区を挟んで南東部に年季を感じさせる素朴な外観の大きな建物がいくつも並んでいる。平民階級以下の一般の生徒は皆コチラへ通うことになる。
それぞれ貴族と平民では学ぶ内容は違い、また地位や格式の問題もあって必然的に教員もそれぞれ別で用意されているのだが、一部例外もある上、どちらかで体調不良などで欠員が出た際などは反対側から応援として出張することもあるので、別段教師が反対側の校舎へ出向くことは珍しくなかったりする。
だから歴史学担当のニック先生が貴族舎の方に出向いていてもなにもオカシくはない。だからどうした?という話なのだが、どうもなにかを勿体ぶっているような微笑を浮かべて話すので、増々気になってくる。
そして次のベスの言葉で僕は言葉を失う。
「でな?そのニック先生が、昼過ぎには戻って来てたんだよ。オマエの言ってたスゲーカワイイ娘を連れて!」
「えっ?」
「驚いたろ?オレも驚いたぜ。想像してたよりもスゲー美人じゃん」
まさかの内容で思わず自分の耳を疑った。たが、この話が確かなのはツッコミ待ちと思われるこの友人の感想でよく分かる。
「それ、マジ?」
込み上げてくる嬉しさを抑えつつ、念の為再度確認する。
「おぅ!オレが今までガセネタ掴んだ以外でオマエに嘘をついたことがあるか?」
それに胸を張って応えてくれるベス。正直、嘘をつかれたことは数え切れないほどあるが、仕入れた情報に関しては隠すことはあっても捏造だけは絶対にしないのはよく知っている。そして今回は本人が見聞きした事なので、疑う理由は無い。
そうなればもう僕の興奮も最高潮だ。なにせ縁が無いと思っていた人生の春がすぐそこまで迫っているのだから。
そこで僕は一番の重要な質問をする。
「そうだよな!で、どうなんだ?あの娘は僕達のクラスにくるのか?」
「いや、さすがにそこまではわかんねーな。けどま、少なくともオレらと同じ高等部1学年に配属されるだろうし、可能性は十分にはあるな」
その答えに僕はこれ以上ない運命を確信してガッツポーズをとる。……その姿を見て愉快そうな笑みを浮かべる親友の姿に気付きもせず。
「いやぁ、ホントスゲーよな!羨ましい限りだぜ!あんな高貴な魔王様と運命的な間柄にあるなんてな!」
僕の感動振りにあわせて調子良く僕の背中を叩きながら更に持ち上げてくれる親友。
そして別れ際、当然オチの時間がやってくる。
「頑張れよ元勇者様!面白…じゃなくて愉快…でもなくて良い話の提供を期待してるぜ!じゃあまた明日な」
一緒に肩を組んで笑っていたベスが急にそんな不穏な台詞を吐いて、背中を1つ叩いてそれはもう軽い足取りで颯爽と去っていったのだ。
その言葉のせいで一瞬僕の心に不安が過るが、強引にその思考を振り切って僕は有頂天なまま家路についた。
そして、翌日。ついに運命の日がやってくる。