裏話 誕生☆ニック先生(1)
これはまだ少年少女が出逢いを果たす前のとある大人たちの話。
僕の名前はアレックス・ニースベルク。
アステリア王国の軍部に所属し、主に作戦の企画立案等を担っているしがない一公務員だ。
注目を避けつつ無難に適当に職務を熟し続けていた僕だが、ある日。とある高貴な御方から召集を受けることになった。
そしてその日から僕の退屈な日常は大きく変化することになる。
「えっと……陛下。今、なんと?」
場所は王宮のとある一室。
王宮という場所に於いて不釣り合いな程に素朴な様相の空間。 王国でも極一部の者しか入ることが許されないその部屋で、相手方の見ている前で思わず僕は立場も弁えず頭を抱えてしまう。
その相手である高貴な御方とは、『ジェニック=A=クライス』国王陛下その人であり、本来ならばこのような態度は決して許されない。
「ん?伝わらなかったか?まぁ要するにだ。アレックス。お前には儂の孫が通う予定の学園で教員として…」
「いえ!そういうことではございません!」
「なんだ?嫌なのか?少しくらいよいではないか。意外とお前に合っているかもしれんぞ?」
「少しでは済まないと思うのですが?それにそもそも…………」
だが此処は王の私室。咎める者は誰も居ないし、陛下自身もそれを笑って軽く流して許している。…というよりもそもそも砕けた態度で居ることを半ば強要しているのは陛下自身だ。まぁそれは僕が陛下とそういった間柄であるからこそなのだが、それについてはまた別の機会に。
ともあれ。その突飛な内容に当然と言っていいのか僕は渋るわけで、対して陛下は紅茶の入ったカップを片手に悪戯に笑みを浮かべながら軽い感じに適当な言葉を並べる。公の場では無いとはいえ、そこに普段の威厳などは欠片も無く、その様子はまるで無邪気な子供のようだ。
絶対口には出せないが、正直少し腹が立つ。
こういう『お願い』という体を取ってはいるが、この人の場合間違いなく断れないようになにかしら手は打たれているだろうし、そもそも子供どころか孫まで居るようないい歳したオッサンのお茶目な笑顔なんて見せられても全く嬉しくない。
……まぁ、断れないことはわかりきっているし、陛下へ一頻り道理も説いたところでそろそろ本題にいこう。
「……それで、本当の目的は何なのですか?」
「本当の目的?そんなものは無いが?」
「は?」
この人のお巫山戯に付き合うのも疲れるからと端的に話を切り出した僕な訳だが、そこへシレッと出てきた受け入れ難い返答に思わず素で感情が漏れてしまった。
僕のそんな反応に「しまった」と言わんばかりに陛下は目を逸らす。そして手に持っていたカップを音が出ないようにそっとテーブルに戻していく。
和やかだった空気は一変し、一瞬のうちに気まずい沈黙に包まれる室内。
「ハッハッハッ!そう怒るなアレックス。まぁ、この話は言わばついでだ。つ・い・で」
数瞬の間を置いて、ぎこちなく笑いながら取って付けたように何か言いだす陛下。
どう見ても嘘であるが、もしかするかもしれない。一応この場はそういうことにして話を進めよう。
「そうですか。まぁ、ついででも御免ですが…。それで、本命の用件とはどのようなモノなのでしょうか?」
「実はな……」
ため息混じりではあるが、怒気の鎮まった僕の返事を聞いて陛下は安心したらしく、ここでやっと真面目な事情説明が始まった。
その話の内容はこうだ。
なんでも、王国で囲っている星観の者(占い師や予言師といった類の者)が、国という枠を越えて世界に危機を迫っていることを読んだのだとか…。
詳しくは言えば、「遠くない未来。異界よりこれまでにない未曾有の危機が訪れる。其の者は尋常ならざるチカラを持ち、人類の持てる如何なる術を以てしても彼の者へ仇為す事敵わぬだろう」とのことらしい。
そこで、調査・対策のための部署を新設させることにしたそうだ。
「で、そのことと御孫さんの教育に何の関係があるのですか?あと、どうして私の方へその話が?」
話を聞かされて余計嫌になった僕の反応だ。
「露骨に嫌そうだな……」
そしてコレがその証拠の陛下の御言葉だ。
「どうして嫌がらないと思われたのですか?陛下なら私の性格はよくご存知でしょう」
陛下のカップへ紅茶を注ぎながら僕は遠慮無く言いたいことをぶつけていく。
「あぁ、よく知っているぞ。だからこそお前を指名したのではないか。理由などわざわざ儂から説明しなくとも、お前なら既に察知しているだろう?」
対して陛下は、さもありなんと当たり前のように意地の悪いことを言って紅茶に口をつける。
全くもって納得はいかないが、実際陛下の言う通りだ。
噂程度ではあるが、僕は事前に情報を仕入れていた。そのうえで確認のために話を聞いていた。陛下もそれは同様だったのだろう。
今回の件。一見、調査というだけならばその手のプロへ依頼すればいいと思えるが、そう簡単な話ではない。
優れた情報処理能力は勿論、場面に応じた柔軟な対応力が要求される。それも並大抵のモノでは話にならない。そのうえ何が起きても自身を守れるだけの強さまでもが必要となる。となれば一般人に任せるには荷が勝ちすぎてしまうわけだ。
認めたくはないが、その点僕はうってつけの人材だった。
陛下と親交があり、国を嫌っているわけでも無いから裏切る心配が薄く。且つ軍人が務まる程には戦闘力もあり、情報処理能力についても言うまでもない。そして不真面目でやる気に欠けるが故に規則や規律に囚われず柔軟に動けてしまう。こんな都合のいい人材、仮に自分が選ぶ立場になったとしても指名しない理由が無い。
「はぁ……。まぁそうですね。私が選ばれた理由と、場所が王都よりも人の出入りが多いエルフォートなのはわかります。既に私の所属が『参謀室』から『総合調査室』へ移されていることまで承知しておりますとも。えぇ…。ですが、何故教師なのでしょうか?一般人に紛れての調査ということであれば、商人や奉公人の方が都合が良いと思いますが?」
だからと言って納得はできないので、意味は無いが嫌味の意味も込めて食い下がっていく。
さすがの陛下も正論をぶつけられて「ん〜」と困ったように眉を顰める。
「アレックスよ…」
数秒の間を置き、おもむろに目を閉じて意味深気に僕の名前を呼ぶ陛下。
なにやら真剣な様相を醸してはいるが、喉が渇いたし、このあとの言葉は大方ロクでもない屁理屈であろうことは予想済みなので、僕はそんな演出に付き合うことなく自分の分の紅茶を注ぐ。「日に日にふてぶてしくなりおって……」と言いたげな視線を感じるが気にしない。そもそも僕をこういう風に仕込んだのは陛下自身だ。
屁理屈でどうこうなるつもりは無いという僕の意志を察した陛下は「フッ」と悪そうな微笑を浮かべる。
「だから言ったであろう?本題は孫の件で、この話はついでであると」
そしてついに完全に開き直った。
「でしょうね…。それで、どこまで手配されているのですか?」
「なんだ。やはりわかっていたのではないか」
「それでも嫌なものは嫌ですからね。反論の一つも致しますよ」
「相変わらず喰えないヤツめ」
「それはお互い様です」
といっても、それも含めてお互い予定通り。
さて、これで師と生徒の戯れも終盤。いい感じに時間も潰れたことだし、ここからは体裁など全て放り捨てて互いの持ちネタ公開の時間だ。
「来ておるのだろう?入ってよいぞ」
「はっ!失礼いたします」
陛下が許可を出したことで、“誰に”とは言わないが部屋の前で待機させられていた人物が中に入ってくる。
入ってきたのはいかにも「私は高官である」と言わんばかりに髭ばかり無駄に手入れが行き届いた強面の将校。
堅苦しい軍服に包まれたその体躯は……いちいち面倒だしどうでもいいか。彼の名は『ルイス・バーンズ』。僕も勤めている王国軍の総合統括司令室の室長……いうなれば軍のトップを任されている人物で、陛下の友人であり僕の友人だ。
部屋に入ってきた彼は、僕とは違い椅子には掛けず僕の斜め後方一歩引いた位置に立った。いつもながら無駄に真面目な奴だ。
「なんだルイス。そんなところへ立たずともアレックスのように椅子へ掛ければよいであろう」
「いえ。私如きがそのような……。私はコチラで大丈夫ですのでお気になさらず」
「はぁ…。こっちも相変わらずだな」
オマケに妙に頑固で融通が利きにくい。
陛下にため息まで吐かせて……。相手から勧められて断る方が失礼だとは思わないのだろうか?
こんなのが組織のトップならば当然彼に追従する部下も揃って似たようなモノで……、それを考えれば軍に今回の任に適した人材が居ないという話にも納得するしかないな。まぁ、そもそもそれ以前の話ではあるが。
で、話を本題に戻してどうして彼が呼ばれたのかだが、彼は今回の調査任務にあたっての情報提供者の一人になる。
その情報をこれから確認していくのだが、それにはまだ準備が必要だ。
「で、ルイスよ。表には他に誰か居るのか?」
「警護や見廻りの者が数名居ましたが、それがどうか?」
気を取り直して陛下が部屋の外の状況について確認し、訊かれた方のルイスは答えながらも意図が読めずに疑問符を浮かべる。
「そうか。お前の配下の者ではないのだな?」
「??ええ。独りで来るようにと仰られましたので、部下の者は連れてきておりません」
「だ、そうだ……」
やはりというべきか。招かれざる客が居るようで、確認をとった陛下がまた悪怯れもせずに僕に面倒事を振ってきた。
このくらいは呼びつけた側が事前に対処しておいてくれと言いたいが、仕方なく僕は外の彼等に気取られないように魔法を行使する。
(悪戯なる風よ。我等の姿声を隠し他を欺き惑わせ『偽り騙る風幕』)
念じた呪文に応じ、開かれている窓から優しく風が入って来る。風は部屋の壁を沿って円を描くように流れ、僕等の周囲へ薄い気流の幕を形成した。
「さっ。これで大丈夫ですよ」
魔法の展開が完了したことを確認してそのことを知らせる。
僕の声を聞き、陛下は大仰に頷いて一瞬だけ真剣な面持ちになる。
「ではルイスよ、頼んでおいた物を。どんな黒歴史であっても全て儂らだけの秘密となるから、安心して読み上げるがよいぞ」
そう。一瞬だけ。
「決して陛下が期待されている様なモノではありませんが、それでは」
「なんだ。つまらんな。そこは作話であってもなにか披露するところであろうが」
あらためて言うが、此処は陛下の私室。そう。公の場では無いのでかなり自由であり、真面目に話が進むことなど決して無い。それに加えて、今は展開した魔法壁により内側の会話はもれなく改竄されてから外へ洩れるようになっている為、更にその自由度が増している。
まぁ、真面目一辺倒なルイスにとっては大変かもしれないが、ここは頑張ってもらって僕は改めて情報整理の為に聞きに徹させてもらおう。
次話へぇ〜つづく