第6.5話 どうして居るのですか!
人々の喧騒から離れ、穏やかな空気に包まれる町の外れ。
辺りが夕日で朱く染る中、ワタシは我が家へと帰ってきた。
「ただいまー」
汚れ一つ着いていないキレイな扉を開けて、なんとなく声に出してそう言ってみる。
返事が来ないのはわかっているのだけど、気分だけでも味わってみたかった。ただそれだけ。
「おかえりなさぁい」
そう。返事は無いはず。無いはずなんだけど……。えっ?
扉の先にある少し広く設計した玄関ホールの更に奥。食堂の方から懐かしくも良く聞き覚えのあるふわっとした声が聞こえてきた。いや、聞こえてしまった。まさか…ね。
気の所為。きっと気の所為。不自然にそこだけ開いている食堂へ続く扉を見なかったことにして、ワタシは二階にある自室に戻ろうと入口から見て右脇にある階段へ向かった。
「ミィちゃん今日はどうだった?あたらしいお友だちは……」
質がわるいことに幻聴は食堂から出てこようとしたので、急いで階段を駆け上がってワタシは自室に逃げ込む。
「えっ、ちょっと待って。なんで?どうしてこっちに居るの?」
全く想定外な存在に真っ白になった頭を整理するように、施錠した扉を背に疑問を口にする。
「どうしてって。ママはミィちゃんのママなんだから、一緒に居るのは当然でしょ?」
幻聴…であって欲しかった人物がさも当然のように部屋の内側。ワタシの前でニコニコ笑顔で呟きに対してそれが当たり前であるかのように答えた。
「お母様…」
ちなみに、その人物とは『ミレーネ・エルフィール・ベルディスティア』ワタシの母である。
「もぅ!そんな堅くされるとママ寂しいじゃなぁい。もうミィちゃんも普通の女の子なんだから、ママのことも普通にママって呼んでくれないとぉ」
「ま、ママ」
「はーい♪ミィちゃんどうしたの?ん?どうしてママがお家に居るのかって?それわぁ。ママがあの思い上がった痴れ者にイタズラしてるのに飽きちゃったからでーっす」
そしてワタシでも呆れてしまうほどの自由人。つまりロクデナシである。
その自由さを表すエピソードは数え切れないほどあるが、あえて取り上げるなら、お父様が勇者に討たれた時の話をすればその酷さもわかるというものだ。
以前にも少し触れたけれど、ワタシのお父様は魔王をしていたため、そのお父様が亡くなったとなれば当然跡継ぎ等の話が出てくるわけで、そんな時にあろうことかママはそれら全てを当時幼かったワタシに全て押し付けて一人姿を隠してしまったのだ。そのせいでワタシがどれだけ大変な思いをしたことか…。
とまぁ、そんな自分勝手で奔放な人なのである。
「はぁ…。そうなのですね。それで…」
「だからミィちゃん堅いってばー」
「・・・」
綺麗な顔の眉間に少しシワをよせながら頬を膨らませてフランクに接しろと強要する母。お父様が健在の時は丁寧に品格を以て接しろと言っていたクセにコレとはめんどくさい。
「それで、爺…セルヴェスはどうしてた?」
面倒ながらも意識して言葉を崩して、とりあえずちょっと気になったので爺のことを訊いてみる。
「知らなーい。もうあんな小者のことなんて興味無いわぁ」
あまり期待はしていなかったけど、やっぱりお母さ…ママはまだ気にしているのか、明らかに少し機嫌を悪くして空中に寝そべってそっぽを向いてしまった。
まぁ説明すると長くなるので詳しいことは省くけど、過去に色々とあってママと爺は仲が良くない。というか、ワタシがママを止めてなかったら爺はとっくに殺されていると思う。姿を隠していたのも復讐の為だったのかもしれないけど本当のところはわからない。飽きて放置してくるくらいだから多少は冷めたのかとも思ったけど、まだダメみたいだ。と言ってもこれもワタシの考えすぎかも知れないけど。
「そんなことよりぃ」
そんな余計なことを訊いたと思って気まずくなってるワタシを余所に、コロッと機嫌が治ったママはうつ伏せになって何かを期待した笑みをワタシに寄せてきた。
「今日のお夕飯は?それと、学校!どうだったの?ねぇ!どうだったの?」
なにかと思えば、ママは娘の都合お構いなしに夕飯をタカるのであった。
◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
「あぁー、疲れたー」
あれから数時間。厄介からやっと開放されたワタシは多大な疲労感から着替も半端な状態でベッドに身を投げだしていた。
作る予定もなかった夕飯を謎に散らかされたキッチンで作らされ、今日の出来事を根掘り葉掘り訊かれ、更には一体何を言っているのか理解に苦しむ愚痴らしきものを聞かされと散々だった。
疲れた。とにかく疲れた。今日一日いろいろあったが、ママの相手が一番疲れた…。
「あっ…、そうだ」
このまま眠りに就いてしまいたいが、大事なことを思い出してワタシは身体を起す。
「此処に展開するは何人にも破れぬ堅牢なる障壁」
そのまま目を閉じて集中してとある魔法の為に世界に向けて言ノ葉を重ねる…
「如何なる根源の力をも阻み絶対の守護を齎せ」
念入りに魔力を込めて強力に…
「全ての精霊を阻む障壁」
そして特定の厄介に向けた障壁を壁や床、天井に重ねて発動することで部屋の防犯機能を強化した。
「イタっ!も〜ぅ、なによぉ。これじゃあミィちゃんのお部屋に入れないじゃなぁい!ねぇミィちゃん開けてー!今夜はママと一緒におやすみしましょ〜」
案の定、障壁を展開した直後に床をすり抜けての侵入を試みた根源精霊が居て、見事に障壁がその侵入を阻んだ。
「…よしっ。これで安心して眠れるわね。じゃあおやすみ〜」
効果の程を確認し、ワタシは明日からの生活に不安を覚えながらも、現状の確かな安心感をもって眠りに就いた。
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「……何これ。」
翌朝、家中が構ってもらえずに拗ねたママに散らかされていたのは言うまでもない。