第4話 重役対面
さて、場所は教員室。……と、おもいきやその隣の対談室。
実際の使用頻度はわからないが、来客用に用意されたその個室で、なぜかワタシは見知らぬおじさんと向い合せでソファに掛けていた。
(えっと、この方はどちら様?なんだかすごく視られてて居心地が悪いんだけど。どうしたらいいんだろう?なにか話しかけた方がいいのかしら?)
一見した感じ、この人は兵士かな?鍛え上げられた大きな体躯に、いかにもな感じの厳つそうな顔をしている。そしてキレイに調えられた髭に、召し物もなかなか上等なモノを纏っている。それなりに位も高そうだ。まぁワタシには関係ないけど。
そんなこんなで対応の仕方に困っていると、隣室と繋がる扉が開いて飲物を持ったニック先生が入ってきた。
「すみません。少し待たせてしまいましたか?」
低い物腰でニコニコと柔らかい空気の先生が来たことでここの空気も……
「まるで別人でございますな。アレックス・ニースベルク参謀室長殿」
緩んでくれることはなかった。
それどころか、おじさんがニック先生のことをワタシにとって好ましくない呼び方で呼び始めた。
「いえいえ、コチラが僕の素ですよ。そういうバーンズ総合統括司令…いや、元帥閣下とお呼びした方が解りやすいですかね?貴方の方こそ、その様に畏まってどうされたのですか?あと、今の僕は一介の調査室員でしかありませんよ」
当然のように先生も持ってきた紅茶を並べながら聞きたくもないおじさんの階級を口にしてくれる。
「いや、ちょっと待て……」
そこからさらにワタシのことをチラチラと意識しながら内緒話を始める二人。
どうするか。まさかの重鎮様の登場。先生も態度こそは変わらないけど、纏う空気はもう完全に本職さんそのもの。少なくともワタシの正体については勘付かれてると思ってよさそう。とは言っても敵意は全く感じない。嫌だけど、本当に嫌だけど、とりあえず話を聞いてみるしかないか。
厳つい現職さん相手に覚悟を決めたところで、むこうも内緒話が終わったようで、真剣な面持ちでニースベルクはワタシを見据えて口を開いた。
「さて、では単刀直入に訊かせていただきます。貴女は私達の敵ですか?」
「本当に直球ですね」
「そうですね。ですが、この方が簡単でいいでしょう?それに、此処は政治の席ではありませんからね。わざわざ面倒な探り合いをする必要も無いでしょう」
元参謀現調査員という肩書きは伊達では無い様。口では楽にいこうと持ち掛けつつも、表情や態度はまったくそうは言っていない。面倒だけど、ワタシもキチンと対応しないといけないか。
「確かにそうですね。ですが、この問いは些か早急過ぎるのではありませんか?」
「ええ、本来ならば貴女の仰る通りでしょうね。異世界からの強大な存在とのこの様な接触など、前もって十全に対象の動向の監視・調査を行い、おおよその目的・危険度を精査したうえで、必要以上の交渉材料や万一の場合の備えまで用意して慎重に事にあたるべきでしょう。ええ、相手がただの異世界人程度ならね」
意地悪な笑みを浮かべて必要以上に語ってみせるニースベルク。
どこが面倒な探り合いが不要なのか。訊かれたら答える姿勢には感心するけど、駆け引きを楽しんでる表情が隠せてないのよねぇ。隣で畏縮してる閣下みたいに素直になってくれればいいのに。
「成程。では、外の彼等は閣下の護衛というところですか」
「ええ、そういうことになっています。こんな情けない御仁でも、一応は国の重鎮ですからね。とは言っても、僕もそれなりに使える自信がありますので、護衛は一人か二人くらい居れば十分だと進言したんですよ?あまり数を連れていけば警戒されて交渉が難しくなるってね。ですが、彼等は頑固でしてね。他国の諜報対策も兼ねていると言って引き下がってはくれなかったんですよ。それでもなんとかお願いして半分くらいの人数にはして頂けたんですがね?全く、仕事熱心なのは良いことですが、時と場所を考えて欲しいものです」
今度は時と場所もわきまえずに態度を崩して愚痴を始めるニースベルク。
対してバーンズ閣下はワタシの機嫌を損ねてないかと気が気でない様子。全く会話の意図に気が付いていない。これなら馬鹿にされても仕方無い。
(本当にわざとらし過ぎて嫌になるわ。これだから政界には関わりたくないのよ)
その必要がないのがわかっている癖にわざわざ面倒なことをする彼の嫌らしさに頭を抱えたくなる。
「それで、質問の件についてですが、回答の方はどうでしょうか?」
「そうですね…」
これまたわざとらしい問い掛けに対して、ワタシは片手を前に出して指を合わせてみせる。
「そうですか…。では」
「ええ」
それだけで本当に有能な元参謀殿はご丁寧に視線で担当の振分けまでしてくれる。いや、最初からそのつもりだったのか。どこまでも喰えないことで。
「おっ、お待ちください!我々は貴女様と敵対する気などは…」
ただ一人知らぬは閣下のみ。なにか必死になっているけど関係無い。
パチンッ
「抗えぬ重圧に抱かれて塵と化せ!ダーク・ホール」
ワタシが指を鳴らし、同時にニースベルクも魔法を展開する。
「!?この魔法は!!」
「ヤバイ!逃げ…うわぁぁぁぁぁぁ」
建屋の外からいくつかの悲鳴が響いては消えていく。
(詠唱文からして、超重力点を発生させて敵を呑み込む術式か。こんなのが使えるならワタシに半分以上も押し付けなくてよかったんじゃないの?本当に嫌らしいんだから)
「さて、これでやっと自由にお話をできますね。……おや?どうかしましたか?」
不満を隠さずに見つめていれば、素知らぬ顔でそんなことをのたまう先生。これはガツンと言ってやらないと。
「先生。体よくワタシを利用しましたよね?」
「ハハハハ…。まぁいいではないですか。彼等の存在はこれからのキミの生活を脅かす可能性もありましたし、早めに厄介事の芽を摘んだと思ってください」
先生。なんか微妙にそれっぽいことを言って躱そうとしてるけど、そもそもの話…
「その種を撒いたのは先生ですよね」
「おや、心外ですね。僕はそんなヘマはしませんよ?キミのことを洩らしたのは、僕の隣で呆けているこのルイス君ですから」
「ちょ、ちょっと待てアレックス!私こそその様なヘマは犯さんぞ!……なんだ?どうした?」
「「・・・。」」
追撃しようとしたら、それを躱した相手がまさかの爆弾投下。
いや。そんなつもりじゃなかった。というか、そんな事実は知りたくなかった。
国防の要となる軍の、しかもその全権を担うトップともあろう人間が他所の密偵をそれと知らずに周りに侍らせていたってね?怒るとか怒らないとかそんな話どころじゃなくて、この国の未来が心配になってくるんだけど?
「えっと…、なんと言いますか…。すみません。この人はこう見えて人望はありますし、戦いに関しても実力は確かなんです。ですがまぁ、こう…抜けているところがありまして。ですが、いつもはもっとしっかり(監督)していますので、心配はありませんよ。……えぇ、今回だけ特別なんです」
「そ、そうなんですね…。がんばってください」
先生も自国の恥部を晒すという盛大な自爆に気付いて、申し訳無さそうにフォローを入れる。
閣下…良い友達を持たれましたね。
と、いうわけで。なにか抗議している閣下は置いておいて、先生が実は国の中枢を支える凄い人だったことが判明したところで話を進める。
「それで、結局ワタシはどうして呼ばれたんですか?てっきり昼の火の件だとばかり思っていたんですけど」
「あの件については、今後気を付けて頂ければ問題ありませんので、これ以上特に言うことはありません。今回キミを呼んだのは、ルイス君にキミが危険で無いことを知ってもらうためで………えっと、ミレスティナさん?それはいったい…」
少しだけ進んで話はまた止まった。まぁ、目的はわかったから別にいいけど。
次の話題はワタシがテーブルに並べている小さな透明の箱について。
「コレですか?先程の密偵さんたちです」
箱は小さいものが二つ。少し大きめのものが一つある。
小さい箱には小人が一人ずつ。大きい方には十人程が入っている。
小人と言っても、元はワタシより大きな体格のおじさん達だ。魔法で作った箱にこれまた魔法でちょこっと入ってもらった。
「…すみません。もう一度、よろしいですか?」
一言では足りなかったのか?少し困り気味に聞き返してきた。
「ですから、さっきの盗聴班の半分と先生が保留にした中継班です」
「「・・・」」
だから少し詳しくおじさんの内訳を説明すると、先生だけでなく閣下まで固まってしまった。
「おいアレックス。本当に危険は無いのか?」
そこから先に口を開いたのは閣下。なにか疑われている様だけど、とても心外だ。その辺の物語に出てくるような、チカラがあるだけで勘違いして調子に乗っている迷惑な連中と一緒にしないでほしい。
「だ、大丈夫ですよ。アナタの前世の記憶に出てくる魔王像は国民誘導の為の嘘言だったのでしょう?自身で言っていたじゃありませんか」
「そ、それはそうなんだがな?」
あれ?先生にもなにやら動揺が……。というか、閣下の前世?あの人以外にもそういう人がいるのね。それで、警戒されていたのか。納得。けど、どうしてまたそんなに怯えるようなことが……あっ。
なぜか怯える大人二人。その答えは二人の視線の先。ワタシが並べた箱にあった。
「い、今なにが起きたんだ!?」
「たっ、隊長が壁を切った途端に隊長の腹が!」
「なら魔法ならどうだ!」
「オイ!やめろ!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「な、なぜだ!なぜ俺は生きている!確かに俺は腹が裂けて……。なぜ跡形も無く傷が無くなっているんだ!!」
「そんな……此処から出ることも、死ぬことすら許されないのか」
「諦めるな!なにか方法はある筈だ!必ずなにか」
「じゃあ早くなんとかしてくれよ!!なぁ!なんとかできるんだろ!なぁっ!」
「た、助けて!お願いだ!助けてくれーー!」
なんというか…。うん。そりゃ怯えるよね。
少し見ないうちに箱の中は目も当てられない状態になっていた。
壁を攻撃することは出来ず、壁に写る像に危害を加えれば全てその像の主へと降り掛かる。そして中で死ぬようなことがあれば、たちまち肉体の時間が巻き戻されて何事も無かったかのように蘇生される。
実はこの箱。『手の平の箱庭-ポケットガーデン-』という魔法で創られたもので、いつでもどこでも簡単に自分だけの庭園が持てるというそんな趣旨の娯楽魔法だったのだけど、ちょっと機能を変えて使っただけで想像以上の大混乱ぶりだった。コレはイケナイ。
「えっと、じゃあこれにこの箱の使い方とか書いてますので、あとは好きに情報を聴き出すなりなんなりとお使いください!はい!どうぞ!」
ワタシは急いで手持ちの紙とペンで一枚のメモを用意して箱と一緒に二人に差し出した。
「あ、ああ」
「ありがとうございます」
両人は恐る恐るといった感じてそれを受け取る。
(あ〜、これはまたやっちゃったなぁ。ふたりとも完全にドン引きしてる。逃げる?なんかすごい気まずいし、いっそのこと逃げちゃう?一応ワタシに敵意が無いことは証明できただろうし、逃げちゃおっか。バーンズさんの前世っていうのは少し気になるけど、それはまた今度会えた時でもいいし。よし!そうしよう!)
というわけで、これ以上なにかやらかさないうちに即行動!
「じゃあワタシはこれで失礼を…。それじゃあ先生また明日!」
口早に一方的にそう言って引き留める間も与えずワタシはすぐさま部屋から出て学園を離れた。もとい脱出した。