第3話 学園生活1日目!
ようやくこの日が来た。
目の前の扉の先にあるであろう夢に見た世界に胸を高鳴らせ、今か今かとその時を待つ。
「では、入ってください」
憧れた“生徒としての学園生活”の始まりの合図が、扉の向こうから聞こえる。
ワタシは弾む気持ちを抑えつつ、落ち着いた返事を返してその横開きの扉に手を掛ける。
ガタッ
……。
(なんということでしょう。扉か開かないではありませんか。じゃない!えっ?どういうこと?なんで開かないの?ちょっとなんで?学園に来るまでのあの意味のわからない足止めといい、ワタシなにか悪いコト…してたか。)
心の中で爺へのイタズラについていくつか懺悔しながら何度か挑戦するも、一向に扉はなにかに引っかかって開かない。
そうして半ばパニックに陥りかけたところで、救世主がやってきた。
「あっ、すみません。この扉、建付けがとても悪いので、開くには少々コツが必要なんです。少し待っていてくださいね」
言うまでもなくニック先生だ。
先生の声がしたと思えば、全く開く気配のしなかった扉があっさりと開いた。
先生に優しい笑みで「さぁ、どうぞ」と促されてワタシは心の準備もできないまま教室へ入ることになった。
教室内はなんとも言い難い空気感で、やっぱりここでも生暖かい視線を感じる。
(あーもう!どうしてこうなるのよ!…いやいや、ダメ。落ち着いて。落ち着くのよ。まだ始まっったばかりなんだから、ちょっと恥ずかしい思いをしたくらいで取り乱してはいけないわ。そう、冷静に。いつも通りに。平常心でいくのよ)
なんとか恥ずかしさを堪えて自分に強く言い聞かせつつ、教卓の前まで移動する。
「では、自己紹介をお願いします」
遅れて扉を閉めてから戻ってきた先生から次の指示が出る。
なんとか平常心を取り戻したワタシは無難に短く返事をして、前以て伝えられた手順通りに黒板に自分の名前を書いて、みんなの方へと向き直る。そしてひとつ深呼吸をして挨拶。
「みなさんはじめまして!ミレスティナ・ベルディスティアです。今日からこちらの教室で一緒に学ぶことになりました。どうぞよろしくお願いします」
無難に。そう、無難に短く。
(よし!噛まずに言えたわ!さすがに今またやらかしたら、もう恥ずかしくて耐えられそうにないものね)
無事に言いきることが出来て一安心。さっきの門番や小さくピューピューと音の鳴る壁が(ワタシに)突破されずに済んでホッと胸をなでおろす。
「えっと、それじゃあ奥の方に空いている席がありますので、そちらを使ってください」
そんなワタシの様子を見て察したのか、先生はすぐに話を進めてくれた。最初は頼りなかったけど、実はとても頼れる人なのでは?と、これだけで思えてしまう。
「はい。わかりました」
けどまぁ、やっぱりそんなことはないわよね。
「ねぇねぇ!ミレスティナさんってどこから来たの?」
「趣味は?」
「彼氏は?」
「好みのタイプは?」
「ミレスティナさん!」
「ミレスティナさん!」
指定された席へ向かおうと一歩歩き出した途端に、さっきまでの静かさ…いや、おとなしさが嘘のように皆が一斉に立ち上がって、ワタシに群がり怒涛の質問攻めが始まった。
咄嗟に助けを求めて先生の方を見るが、笑顔でこちらを眺めているだけで助けてくれる気配が一切ない。やっぱり頼りない人だった。
(うう…どうしよう。たしかに参考書の中でもこういった場面はよくあったけど、まさか本当にあるなんて思わなかったわ。さすがに正直に答えるわけにはいかないし、かと言って誤魔化すにも限界が…。けど、こんな期待した目の子たちを裏切るわけにも…。ああーもう!やってやる!やってやるわよ!これでも元魔王よ!全部やり過ごしてみせるわ!)
多少の葛藤はあったけれど、ワタシは開き直り、もとい覚悟を決めて正面から試練へ立ち向かった。
それからしばらく……
無事とは言い難いが、なんとか指定された席までたどり着いた。
「えっと、お、おはよう。僕の名前は…」
さっきの群れには加わっていなかったのだろうか?
席に着こうとした時、ワタシの席の隣、窓際に並んで座る3人組から声をかけられた。
とは言っても、もう既に対応する気力も無く、軽く返事だけ返してワタシはそのままイスに座って机に身を預けた。
(あぁ〜なんとか乗り切ったぁ。爺の書物で見てはいたけど、まさかここまでとは思わなかったわ。もしかしなくてもこれって、この後もまだ続くのかしら。続くわよね。これは気を引き締めていかないと…。でも、とりあえず一旦きゅうけ〜い)
普段なら間違いなく爺に叱られるであろうあからさまに疲れたような素振りを見せたおかげだろうか。最後に声をかけてきた3人もそうだが、他の皆からもしばらく声をかけられずに済んで、ワタシはゆっくり休むことができた。
まぁそれはいいとして、ワタシはいい感じに身体に悪そうなニオイのする机に突っ伏しながら、周りの様子を観察してある疑問を感じていた。
数名は自主的に参考書を出して勉強している様だが、他の大半は席から立ちはしないものの、あちこちいろんな方向を向いてお喋りしていたり遊んでいたりと、教室内はかなり自由だった。
(それにしても授業はどうしたのかしら?もうとっくに始まっていてもおかしくないはずだけど)
気になって先生の居る方を見るが、当然のように教員用に用意された席で独り読書をしている。
「あっ!ねぇねぇミレスティナさん」
まぁ当然ながら、これだけキョロキョロとしていれば周りの子が気付いて声をかけてくる。
ワタシは愛想笑いを浮かべて第二波を覚悟して身を起こす。
キーン コーン カーン
独特な鐘の音が校舎中に鳴り響く。
「それでは、1限目のホームルームは終わります。2限目からはみなさんしっかり勉学に励んでくださいね」
ワタシの緊張はなんだったのか。その鐘の音が聞こえるや、先生はそう言って教室を出ていき、席で大人しく?していたみんなも自由に散っていった。
(なんだ。さっきの時間は交流の為の時間だったのね。それだったらちょっと悪いことしちゃったかな?けどまぁ、こうして自由な時間もあるんだし大丈夫よね)
先生の言葉で始まらない授業に対して自分なりに納得して先の対応に多少の申し訳無さを感じつつ、ワタシは席を立った瞬間に再び集まってきたクラスメイト達の相手をして次の授業までの時間を潰したのだった。
それから3種類程授業を受けて昼休み。
ワタシは校庭に手頃な場所を確保して独り寂しく自分で用意したお弁当を広げてぼっち飯を堪能していた。
あれだけ群がられていたのにどうしてこうなっているのかというと、理由はすごく単純。みんな学園内で食事をしようとはとても思えないからだ。埃っぽい屋内に全く手入れのされていない校庭。授業を受けるだけならまだ我慢はできても、さすがに食事をするとなるととても許せる環境ではない。なのでみんな昼休みの時間になると同時に、一斉に学園の外へ財布片手に全力で駆けていったという訳だ。
(古い施設だとは思っていたけど、まさかここまでとはねぇ。誰も中で食べようとしないのは当然よね)
ちなみに、午前中の授業は全部語学や算術、歴史といった座学だった。半ば予想はしていたが、それでもその内容には驚くしかなかった。
最低限生きていくのに必要な程度。編入前に受けた試験が嘘の様にあまりにもお粗末な内容だった。平民にはそのような役割は求めていないという、自己の保身に余念の無い権力者達の声が今にも聞こえてきそうな程に。
この分なら、午後にある実技演習もあまり期待は持てそうにない。
と、まぁそれはいいとして……
「これ、どうしようかしら」
空になった容器を片付けてワタシが向き合うのは、人間一人くらいなら軽く隠れられそうなくらいに積まれた草木の山。言うまでもなく、ワタシがさっき整地した残骸だ。
(さすがにこのままっていうのはダメだと思うし、うーん……)
ワタシは一度周囲を見渡す。
(みんなまだ戻ってくる気配は無い。……よしっ!)
・
・
・
「いい感じね!あとはこれを……」
「ミレスティナさん」
「ヒッ!」
いい感じに焼けた草木灰を家に転送しようとした瞬間、誰かに声をかけられた。
それが不意だったのもあるけれど、その優しげな声に有無を言わせない圧のようなモノが籠もっていて、思わず変な声が出でしまった。
そっと声の方へ振り返ると、開いた校舎の窓の先に(ニック先生の)眼鏡が光っていた。
「あの、えっと…。先せ」
「放課後。話がありますので、教員室まで来てください」
「は、はい」
声は優しくても本当に有無を言わせない圧で笑顔が怖い。
先生はそれだけ言うと、かなり引いている冒険者風の人達を連れてそのまま去って…
「あと、そちら焼き肥ですが、こちらで適切に処理しますので転送させたりせずにそのままにしておいてください」
「……わかりました。」
行かずにできた肥料をキッチリ差し押さえていかれた。
この人、やっぱりなかなかに出来る人のようです。
そうこうしているうちに、昼食を終えた生徒達が午前とは見違えるほどにやる気に満ちた表情で続々と帰ってきた。
ワタシは没収された収獲物に名残惜しさを残しつつ、ただの優男ではない先生に関心を抱いてみんなと午後の演習へ向かった。
場所は演習場(無駄に広いだけの荒れた校庭)。
数人の先生方が前に並び、それに向き合うようにして生徒達が集まっている。
どうやら演習の授業は複数のクラス合同で行うらしく、それなりに大人数になっている。
「えー、今日もみなさんには引き続き生活魔法を使用する為の訓練を行っていただきたいと思います。各班に別れてそれぞれ練習を行っていただきますが、決して無茶はせず、気分が悪くなった時はすぐに先生を呼んでくださいね。では、みなさん始めてください」
そんな大人数が、算術及び魔法学担任のメイフィス先生の号令に従ってみんなそれぞれ散らばり、演習授業が始まった。
当然、ワタシは今回が初めてなので班分けには含まれていない。なのですこし様子を見ながら待っていると、先生の一人が声をかけてくれた。
「えっと、ミレスティナさん。ですよね」
少し短めに切り揃えた茶髪に小さな丸眼鏡が可愛らしいローブ姿の女性。メイフィス先生だ。
「先ぱ…ニック先生からうかがいましたが、あの、ミレスティナさんは既に上級魔法でも問題無くお使いになることができるとか。なので、御一緒にみなさんのサポートの方をお願いできましたらと、」
なぜか少し萎縮した様子で下手に指示では無くお願いをする先生。
どうしてニック先生がワタシの魔法の技量について……いや、やっぱりなんでもない。どうしてそんなに畏まっているのか気にはなるけど、それよりも大人とは思えないあどけない童顔から見せられるそのおどついた表情がなんとも可愛らしい。
「はい。わかりました!全りょ…出来る限りのことをさせていただきます!」
「っ!ありがとうごさいます。よろしくおねがいします」
そんな小動ぶ…先生のお願いを断れる理由がない!
入りたての生徒がなぜ?とかそんな無粋な問題はどうでもいい!カワイイは正義!強者が弱者を助けるは当然の責務!(校舎の方から異様な圧を感じるから全力は出せないけど、これはワタシのウデの見せ所ね!)
そういうわけで、監督側として参加する授業が始まった。
とは言ってもすることはほとんど無く、何事も無く授業は進んで、終わってみればワタシのしたことと言えばうまくいかない子へのアドバイス程度だった。
大抵の場合、慣れない人が魔法の訓練をする時は自身の許容量の限界に気付かずに魔力中毒を引き起こすものだが、不思議とそういった生徒が現れることは無かった。
途中、少し気になってワタシが来る前のことを訊いてみると、入学から2月程はずっと『魔力行使の感覚を掴む』という名目で、ただひたすらに魔石へ魔力を注ぐという訓練をしていたそうだ。その証拠に、演習に参加していた生徒全員が、自身の魔力に適して熟成・変異した魔石を所持していた。
ちなみに、魔石というのは魔法行使の際の触媒として使用される結晶体の総称で、主に知性の無い魔物から獲れる魔力結晶のことをいうが、場合によっては魔力を貯め込みやすい鉱石(世に言う宝石類)のことをそう呼ぶこともある。
そういうわけで、生徒達はみんな初級から一部中級魔法程度なら問題無く行使できる程には魔力への耐性が身に付いていたというのが、この結果の要因だった。
(こう言うとなんだけど、ここだけ随分なチカラの入れ具合ね。ここまでできるなら他もやろうと思えば……いや、敢えてしてないのね。まったく。これだからヒト種は…)
意図してかどうかは定かではないが、こうして初日の学習工程を終えてワタシはこの学園の……いや、おそらくはこの国の現在の在り様を診せられることになった。
(さて、これからどうしていこうかしらね…)
「ではみなさん。今日もお疲れさまでした。寄り道は程々にして帰るようにしてくださいね」
今日の内容を振り返って考え事をしているうちに、授業終わりの最後のHRも終わって、ニック先生の挨拶で完全に解散となった。
みんな騒がしく教室を出ていく中…
「では、ミレスティナさん。教員室の方へ行きましょうか」
「あっ・・・。はい。」
すっかり忘れていた昼の件で、ワタシは連行されていった。