第2話 新たな生活への幕開け
役場での手続きを終えた翌日。ワタシはとある施設で予期せぬ試練に相対していた。
(なにこれ…。魔王軍幹部の名前?領主の趣味?イヤイヤ待って。そんなの知ってるわけ無いじゃない!ねぇ、おかしくない?この問題なにかおかしくない?)
『学力確認試験』
学園に入学及び編入するにあたって執り行われる、適切なクラスへ振り分ける為の知識調査。この試験の結果がその後の人生を大きく左右するそうで、入学の可否に直接は関係無い。……らしい。
朝、急かすように半ば強引に爺を送り出したワタシは、この町へ来た本命の目的とも言える学園へと足を運んだ。
数日前に様々な手続きは済ませてあったので、今日は“ちょっとした試験”と学園内の案内をして貰う予定だった。
学園から指定された待ち合わせ場所へ行くと、少し幸薄そうななおじさんが居た。そこからはその人の案内で学園へ向かうのだが、何故か町中を馬車で移動することになり、着いた先は領主邸の存在が霞んで見える程のそれはもう豪奢で立派な建物だった。
そしてその建物の中の一室に案内されて、試験を受ける事になって今につながる。
学力確認と謳いながらその問題内容は主に『治世、礼節、情報運用』などで、異様に華美なこの施設の様相と同じでとても一般の子供に向けられた物とは思えなかった。
(なんだか様子がおかしいわね。想像していたのと全然違う。これじゃあまるで爺の秘蔵本の中に出てたお金持ち学……あっ)
爺の秘密の書斎で思い描いた学園像とかけ離れた現状に疑問を感じて、参考にした資料について思い出してみると、一部似たような情景が描かれたものがあったことを思い出した。
(これはあれね!よく女の子同士でイチャイチャしてるような本に出てきていたお嬢様学校とかいうのと同じよ!…待って。ワタシ、さすがにそんな趣味はないわよ?もしかしなくても、このままいくと良くないわよね?)
事前に試験に対する予習を兼ねて色々調べている時に、学園は貴族と平民で学舎が別れているらしいことは聞いていた。まさかとは思うけれど、ワタシは付いてくれている教員と思われるオジサンに訊ねてみた。
「あの、ニックさん」
「どうかなさいましたか?」
「間違っていたらごめんなさい。ニックさんはワタシの身分について、なにか勘違いをされていませんか?」
「勘違い。で、ごさいますか」
会った時から彼の言動に堅苦しさがあって気になっていたけれど、これなら納得がいく。
「はい。ワタシのことをどこかの貴族や資産家の令嬢と勘違いされているのではないか?と思いまして」
「失礼。それはどういったことなので御座いましょうか?」
ワタシが何も隠さずに直球に質問すると、幸薄そうな素朴なオジサンことニックさんは、困惑した様子で眼鏡を掛け直して、再度その意味を問い返してきた。
「いえ、たしかワタシは、入学希望申請の際、一般家庭の出自であるという風に学園へ申請していたのですが、どうも違った扱いを受けているように思いまして。気のせいでしたらごめんなさい」
まぁ気のせいということは十中八九無いのは分かっているけど、そうではないということを殊更に強調する為に、ワタシはそう言って頭を下げてみせた。
すると、案の定ニックさんは焦りの表情を浮かべてすぐに頭を下げ返した。
「こ、これは大変失礼致しました!私共の不手際で余計な手間を掛けさせてしまい、申し訳御座いません」
理由は分からないけれど、やはりなにか誤解があった様で「それでは改めて別館の方へとご案内させて頂きます」と、ニックさんは解きかけの問題用紙を素早く纏めて小脇に抱えると、すぐに扉を開け持ち、再び先導に戻った。
未だにワタシに対して恭しく接する彼の姿勢に少し違和感が残るが、それは一旦置いておき、とにかくワタシは再び馬車へ乗車して無駄に豪奢で趣味の悪い屋敷郡を後にした。
「・・・」
そして、その先には次の衝撃がワタシを待ち構えていた。
「えっと……、こちらが?」
そんな戸惑いの声を出すワタシの前に竚むのはとても大きなボロ……重厚な年季を感じさせる歴史のありそうな屋敷だった。
「はい。お恥ずかしながら、コチラが旧校舎。現在私共が預からせて頂いております、一般の生徒向けに開放されている『平民舎』と呼ばれている学舎で御座います」
それを見たニックさんはとても気まずそうにしている。
(たしかにこれは気まずいわね。子息や令嬢をこんな所へ連れてきたら失礼なんてどころの話じゃないわ。自分で言い出してなんだけど、さすがにワタシもこれはちょっと遠慮したいわね)
あのどこもかしくも派手な装飾まみれのゴテゴテした趣味の悪い貴族屋敷も大概ではあったが、目の前の幽霊屋敷かなにかなのではないかと思いたくなるような廃墟感溢れる建物にはワタシも戸惑うしかなかった。
「あの、よろしければ今からでも本校舎の方へ戻られてはいかがでしょうか?」
彼もこの校舎。いや、学園の惨状に思うところがあるのか、「今ならまだ間に合う」と提案をしてくれる。けれど…
「いえ、コチラでお願いします」
「本当によろしいのですか?」
「はい!」
だからこそワタシは多大な期待感を抱いてこの平民舎を選ぶ。
(これは色々と改革のし甲斐がありそうね!退屈しない毎日を過ごせそうだわ!)
数百年に渡り身に染み付いた職業病とも言うべきか。目の前に聳える悪政の存在に、本来の目的も忘れてワタシの心はやる気に満ちて燃え上がるのだった。
ワタシの返答を聞いたニックさんは姿勢を正し、真剣な面持ちを見せる。
「そうですか。それでは改めまして……。ようこそイルゼシア王立学園へ!『ミレスティナ・エルフィール・ベルディスティア』様。貴女の入学を歓迎致します」
そこから奏上される歓迎の辞にて、ワタシの入学が正式に決定した。
この後、ワタシはニックさんをはじめとした教員達の詰所へ案內されて、そこで学園内の規則や生活の流れ、翌日の事について説明を受けてこの日は帰宅することになった。
そして翌日
祖国では叶わなかった憧れの学園生活。
その記念すべき最初の日の始まりに、同じ道を流れ歩く学生たちを見渡してこれまでに無い程の期待を胸に膨らませながらワタシは歩く。
この町は中央の行政区やそこから南方へ広がる商業区を中心に、西側(王都方面)へ向かって格式ある町並みの貴族街が広がり、反対に東側へは素朴な町並みや農耕地が広がる平民街が広がる造りになっていて、それぞれの南端部に商業区と隣接する様に広大な敷地に、それぞれ学園施設群が町のシンボルとして展開している。
ワタシが居を構えたのは町の東側やや北寄りの外れで、学園へは一時間もあれば余裕を持って通える距離だった。
(よしっ!昨日は少し失敗したけど、今日は大丈夫ね。頑張って間に合わせてよかったわ)
ワタシは同じ通りを歩く周囲の学生の様子を見て軽くガッツポーズをとった。
昨日の失敗とはもちろん衣服について。
これまでは、人の視線に曝されることに慣れ過ぎていて余り気にはしていなかったけど、昨日の事で自分の立場が変わっていることを思い出して、あらためて周囲の様子をうかがうと、道行く人々からは、王であった時と似たような畏敬の籠もった視線と妙な距離感があった。
そして、その原因を考察して思い至ったのが容姿の違いだったのだ。
なんというか、こう言っては失礼かもしれないけれど、辺りの雰囲気は華やかさとは無縁なかなり地味なものだった。それに対してワタシ自身は身形が整い過ぎていたというか、周囲とは異質な気品を備えてしまっていたのだ。
それはもう、今目の前で人の道を作り、その間を悠々と歩いている少年の様に周囲から浮いてしまっていたワケだ。
(……ていうか、アレはナニ?)
横道から大通りに合流した直後に視界に映った異質な光景。
その場に居る人々が一人の少年の為に次々と道を空けて礼をとっていく。そしてその少年は、それが当然であるかの様に堂々とした足取りでその道を歩いている。
正直、昨日の今日で他人のコトを言えた義理ではないけれど、彼の優越感に満たされた表情は見ていて恥ずかしいモノがあった。なんというか、小者臭い。
「オラッ!邪魔だ邪魔だ!」
「ユーフェリウス様の御通りだぞ!さっさと道を空けろ下民共!」
偉そうに怒鳴り散らす三下感丸出しな取り巻き二人も含めて本当に小者臭い。
(やっぱり居るものね。ああいうしょうもないヤツって)
学園に向かうには大通りを横断しなければいけないのが、しょうもない凱旋が通り過ぎるまでは通れそうになかった。
仕方無いので、人垣が解消するまで待つことにした。
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「ヤバっ!早めに着くように言われてたのに、これじゃあ遅刻しちゃうじゃない!」
結果ワタシ今、食パンとやらは咥えてはいないが、正しく爺の愛読書に登場する“町なかを全力疾走するヒロイン”と化していた。
また要らぬ注目を集め、クスクスと聞こえる周囲の笑い声がとても恥ずかしい。
(ユフィくんめ!今度会ったらただじゃおかないんだから!覚えてなさいよ!)
実際に口にすると更に恥ずかしいだけなので心の中でそう叫ぶに留めたが、ワタシの中で確実にユフィくんことユーフェリウスに対してのヘイトを高めながら学園までの道程を駆け抜けた。
そして曲り角イベントなどをすべて回避して辿り着いた学園。
「なっ、なんとか間に合ったぁ」
敷地前の正門から出てくるニック先生の姿を見て、とりあえずはホッと一安心。
「おはようごさいます。そんなに急いでまで時間通りに来てくださるなんて、ミレスティナさんはしっかりされているのですね」
恥ずかしさや緊張から解放されて力の抜けたワタシを見て、ニック先生はそう軽く挨拶して笑いかけてくれる。ここでもまた、ニック先生のどこか暖かい視線に気恥ずかしくなってしまう。
(公務の時とかは全然平気だったのに、少女漫画とかいう書物に出てくる娘みたいなことを素でやってしまってると思うと、なんかダメだわ)
実際にそんな体験を期待していた節はあるけど、読んでいる時はそんなのそうそう無いと笑っていたこともあって、内心で恥ずかしさに悶え続けるワタシ。
そんなこんなで、ワタシはニック先生の後に付いて一旦別室へ移動した。移動中、指定された時間より多少遅れても問題なかったという事実を知らされてユフィくんへのヘイトが理不尽に更に高まったのは言うまでもない。
「では、これから教室の方へ移動します。ミレスティナさんは一度教室の前で待っていただいて、僕が入ってくださいと合図を出しますので、そのあとに教室に入って挨拶と自己紹介をお願いします」
「わかりました」
「では、行きましょうか」
それから時間が来るまでの間、軽い雑談とこの後の簡単な流れの確認をして、改めてこれからワタシが約3年間お世話になる教室へと移動する。
そして教室の前。
(いよいよね。学園青春ライフとやら。キッチリ満喫してみせるわよ!)
かつて自由の少なかった生活の中で見た色鮮やかな物語の世界。それを目の前にしてワタシの心はこれまでにない高鳴りを感じる。
「では、入ってください」
そして時は訪れる。
「はい!」
ニック先生の声に呼ばれて、ワタシは長年憧れた世界への扉を開いた。