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【STG】開発者の事情と思惑

作者: 結城明日嘩

今後の展開のネタバレに関わる話もあるのかもしれない……主人公目線で情報を制限したい人は、避けた方がよいかも……?

「まさか買収されるとはね」

「経営がキツイのは分かってたけどな」

「倒産はまだないとしても、口減らししてって感じを想像してた」

「ま、開発手腕を買ってくれたって事でヨシとしようや」


 弱小ゲームメーカーの主戦場が、家庭用から携帯・スマホに移って久しい。一昔前はアイデア次第で大化けするソフトもあったが、今はもう大手メーカーが、長年培ってきたキャラやブランド力で売上をかっさらっていく時代。

 弱小は、そうした大手から依頼される形で開発を行っている。

 今やスマホゲームでも3Dキャラがグリグリ動いて開発に費やされる金も時間も跳ね上がり、体力のない会社はスタートラインにすら立てない状況だ。

 大手から仕事を貰い、成功したら売上は大手に取られ、失敗すればあっさり手を引かれる。それでも幾分かの安定を求めて、体制を変える事ができない。


 ゲーム開発は、リリースまでが準備期間で人も時間も掛かる。その後、定期的なイベントや機能追加で開発は続くが、その段階になれば人は減らせる。

 その人を減らした期間が長くなれば、会社としては収益が増えていく。


 しかし、大隅の会社は立て続けにサービス終了が続き、開発費の回収ができない状態に陥っていた。

 正社員には過酷な労働時間が課されて目減りし、無理がたたって退社、病欠が増えていく。

 派遣に頼って、中途採用を多用するようになると開発力はバラつき、一部の人間の負担はより大きくなる羽目に。そうなるとまた正社員が割を食って辞めていく。

 まさに負のスパイラルが続いていた。


 それでも元の会社から独立し、現社長と一緒に会社を立ち上げた大隅とすれば、一蓮托生。やれる間は続けるつもりだった。

 しかし、気づいてみれば相談もないままに身売りされていたという話。

 人間不信に陥るほどでもなかったのは、気心のしれた現場の人間が、そのまま残っていたおかげだ。

 それに既存のゲームの焼き直しが多かったソシャゲ開発から、新規事業の立ち上げに引き抜かれたという面も大きい。


「で、VRって結局どうなん?」

「普及するにはハードルが高すぎるね。ただ手を出す人間は、ゲーム好きだから引き込めれば収益は出る可能性はあるって所かな」


 VR、ヴァーチャル・リアリティ、仮想現実は起源をたどればかなり古くなるが、ここ最近で言えばゲームなどの世界に入り込んで、臨場感を堪能できる機器を指すことが多い。

 頭からゴーグルを被り、手にコントローラーを持って操作する感じで、首の動きに合わせて視界も動く。


 ただまだ黎明期で技術も素材も成熟しないまま、VR元年としてメディアで大々的に報じられ、目新しさと共に『この程度か』という評価が広まってしまった。


 VR普及のネックとしては、まずゴーグルの大きさ。周囲の明かりが入ると画面が見づらく、臨場感も減ってしまうので顔に密着する設計で、重さもあるため長時間の着用が難しい。

 そして、左右の目に少しずらした画像を表示する事で立体感を出す訳だが、これは2画面を同時に描画する必要がある。

 その上で、臨場感を崩さないためと、酔いを軽減する方法として、1秒間の描画枚数を一定以上に保つ必要も出てきた。

 そのために1画面を描写すればいい既存のゲーム画面に比べると、かなり簡素な画面にせざるを得ない。

 ゴーグルを介さず、平面で紹介されるとどうしても一世代、二世代前の古臭い画面にしか見えなかった。


 更に高度な能力を持った専用の機器を必要として、まだ量産体制も整っていなかった為に、高価にせざるをえなかった。


「色々と急ぎすぎたんだなぁ」

「で、今度の開発はどうなのよ」

「割り切る部分と技術の進歩で、改善はされてると思うがね」


 汎用性を捨てることで、演算チップから一本のゲームに特化させる事で、処理能力の無駄を極力なくした。

 スマホの高画質化が進んだことで、画面のパネルは安く、軽量化されている。

 また宇宙を舞台にした事で、描画するものは少なくて済むようになっていた。遠方の方はそこまで描写に処理を割く必要もない。

 いずれステーション内のロビー機能を拡充する際に、描画回りは苦労する事になるだろうが……ひとまずは保留だ。


 大隅の会社を買った企業は、大手メーカーから受注する下請け企業ではあった。しかし、下請けといっても指示された設計図を精密に再現する職人気質の零細企業もあれば、概要を伝えられたものを開発、製造するラインを持った開発企業もある。

 親会社になったのは後者で、大手メーカーからの受注で電子機器を開発してきた。その蓄積されたノウハウを活かし、ゲームメーカーとしての事業を立ち上げたのだ。

 といってあくまでもハード屋である会社は、ソフト面の補強の為にそれらの企業と業務提携。

 その一環として、日本にある開発会社の買収にも乗り出していた。

 世界で流通するゲーム機というのは、意外と少なく3種類。そのうち2種類が日本産ということで、海外から見た日本のメーカーというのは国内にいる以上にリスペクトされている。

 更にはクールジャパンと呼ばれるような、漫画・アニメでも独自の色を出して、世界中に信者を増やしているのだ。

 その一端を取り込むべく、大隅達の会社を始め、幾つかの会社が傘下に入る事になった。


 根幹となる宇宙を舞台にしたシューティングゲームは、アメリカの企業を軸に精度の高いソフトが開発されていく。

 日本の企業に求められるのは、ユーザーが接する部分。画面構成であったり、キャラクター同士が交流するロビー部分であったりだ。

 その他、戦闘機の外観などクールジャパン推ししたい部分などのデザインも回ってくる。

 何だかんだ言って大隅も、ロボットアニメを見て育った世代。それらを自分たちで設計できる事に燃えた。


 ただロボットにするとパーツ数が一気に増えて、処理負荷が高くなってしまうため、最終的には戦闘機のみのリリースとなってしまったが……。

 事業が成功し、VRのマシンスペックをアップできるようになればという淡い期待の下に、今できる部分のクオリティにブラシュアップを掛けていく。


 ゲームの基本部分は、戦闘機に乗って敵と戦うというシンプルなものだ。単調になりすぎると飽きるのも早い。

 となると充実させるべきは、戦闘を楽しむシチュエーション。戦闘機同士の戦いとなると、ドッグファイトがメインとなって、バリエーションは限られてしまう。

 そこで過去のシューティングゲームから発想を得て、生物的な敵を作る事にした。伝統にのっとり海の生き物から作ってみたり、多様性から虫をベースにしてみたりと、変化を付けつつ幾つか用意した。

 これにより戦闘機サイズだけでなく、大型の戦艦クラスの敵まで用意できて、バリエーションを増やしている。


 ゲームとしての面白さはある程度、担保する事ができていた。

 VRのネックの1つに長時間のプレイに適さないというのもあるので、1回の任務に関してはさほど長くないように注意しながら作っていく。



 日本開発に求められるのは、地域言語対応ローカライズの他に、メインではないが集客、継続に影響の大きいロビー部分の設計だ。

 ロビーとは、いわゆるプレイヤー同士が交流する場の事だ。その他にも、任務を受けたり、自機を改造したりというメニューやユーザーインターフェース全般を指していて、この使いやすさ、見やすさはゲームの質に関わってくる。

 この辺りの作業に関しては、おもてなしの精神がいきているのか日本人が得意とする部分でもあった。


「プレイヤー間で繋がれるかどうかで、継続率が変わってくるからな」

「特に日本では、チームとかの存在は大きいですよね」

「終身雇用が重宝される日本ならではかもしれんがな。一度所属を得ると、なかなかしがらみから抜け出せない……」


 このゲームは基本的に音声による会話がコミュニケーション手段だ。リアルタイムに状況に対応しなければならないシューティングゲームだけに、文字での会話では追いつかない。

 ただ日本人の中にはボイスチャット文化が根付いていない。この辺はネカマ……ゲーム上で異性をプレイするユーザーが多い事にも一因があるだろう。

 そこでボイスチェンジャー機能を実装した。声を変化させる事で、ロールプレイをやりやすくする。自分ではない誰かを演じる事で、コミュニケーションの垣根を低くしたい。


 その上で大事になってくるのがアバター。自分の化身となる存在だ。ここで問題となるのが、情報量となってくる。

 人の顔を構成するパーツは多く、それを納得できるくらいカスタマイズすると、その情報量が多くなってしまう。

 情報のやり取りが増えると、処理の遅延ラグに繋がり、VRの場合、それが酔いやすさなどにも関わってくる。

 情報量を減らす簡単な方法は、ひな形を用意してその中から選んでもらうという形だが、これだと自分と同じキャラが複数いたりすると萎えてしまいがちだ。

 人間というのは、オンリーワンも求めてしまう。


 そこでロビーを切り分けて、不特定多数と遭遇する公共ロビーと、仲間内だけで集まる連合ユニオンロビーを作った。

 公共ロビーでは表情など細かな部分がわからないようにややボケた顔つきの共通アバターを使用し、連合ロビーでは個々にカスタマイズしたアバターが使える。

 連合であれば、会う人間の数が絞れるので、このデータをそれぞれの端末に予めダウンロードしておく事が出来、通信量を減らすことができる。


 そうした細かなストレスを取り除いていきつつ形にするのが、日本式の開発術と言えた。

 欧米人はその辺、動けばいいや的なざっくり感がある。下手すると、ユーザーにその辺を丸投げする為に、改造ツール(MOD)を許容するゲームすらあるくらいだ。




 そうした日本的開発部分は概ね海外の親会社にも認められ、無事にβのリリースにもこぎつけた。

 βテストを行う理由は、主に通信量の確認が多い。ネットワークゲームをする上で不特定多数のプレイヤーが同時接続する状況をテストしようとしても、デバッガーだけでは十分な数を用意できない。

 また、ユーザー毎に接続環境にも差が出るため、思わぬ遅延が発生してネットワーク全体に悪影響が及ぶ可能性もテストしておかないといけない。

 不具合によるメンテナンスでプレイヤーがゲームできない時間を作ることは、致命的になりうるのだ。


 その上でプレイヤーが感じている不満点をすくい上げ、より多くのプレイヤーが参加する製品版までに品質を向上させていく。


「まあ、できること、できないことはあるけどな」

「でも初期の要望に応えておくと、心象は良くなりますからね」

「今はSNSですぐ不評が伝わるからなぁ。世知辛い世の中だよ」


 そう言いながらユーザーからの意見を見ていく。目につくのはチュートリアルで適性を測るシステムか。勝手に自機を決められるのに抵抗を覚える人が多いようだ。

 βテストに参加するのはゲーム系の情報を積極的に集めるようなヘビー寄りのユーザー。そういう人の方が独自性というか、自分なりのこだわりが強い。

 チュートリアルの適性判断は、ライトユーザーが深く考えずに始める為の処置なので、ヘビー寄りには不評でも仕方ない。


「一応、初期機体を売れば他の初期機体に乗り換えれるんだけどな」

「実際、それに気づいたプレイヤーは色々試したみたいッスね」

「でも半分は元の機体に戻ってると」

「適性判断としては悪くないスコアッス」


 実際、下手の横好きなんてのもあるからな。合ってないのに、これがいいというこだわり方も嫌いじゃない。

 工夫するうちに突破口ができたりするしな。ゲーマーとはかくあるべきだ。



「次の要望は……自由宙域の拡大ね」


 βテストでは、任務宙域を個別サーバーで、自由宙域を複数のサーバーで運用している。しかし、まだ本始動前なのでサーバーに割く費用が出ないので、自由宙域を拡大するのは製品版になってからだ。

 将来的には星系毎にサーバー運用して、宙域探索で冒険してもらうつもりだ。


「そして戦争かぁ」


 一応、任務の1つとして対人訓練というプレイヤー対プレイヤーの戦闘は解放している。

 しかし、要望として上がってるのは小さな戦闘ではなく、編隊同士とか、艦隊規模といった大きい戦いの事だろう。

 これに関してはまだ厳しい。VRの性能的に、8機vs8機くらいまでなら可能だが、それ以上になると描画速度、フレームレートを維持できなくなる。


「昔のネットゲームであったような地域ごとの戦いで、勢力圏争いさせるくらいしかないかな」


 この手の要望は、日本よりも海外の要望の方が多いだろう。技術がネックな部分もあるし、本社側に検討してもらう話だ。



「後は……ペットの実装ね」

「狙いがズバリですか」

「まあな、実際にペットを飼うのは難しいし、面倒も多い。仮想ペットは商売にできるくらい需要があるだろ」


 サポートシステムのアバターとして、実体を持つ、触れるアバターを提供した。それに触れたプレイヤーは、自分も欲しい。もっと色々と触りたいと思うだろうと予測していた。


 触感を再現できるリストバンド型コントローラーは、ゲームに留まらず様々なジャンルに活用できるだろう。

 楽器の練習とか準備にお金が掛かったり、音が迷惑になったりするのを、VR機器で練習できればかなり需要があるだろう。

 その他にも手術など、指先の感覚が大事な作業を遠隔地から行ったりなど、実務にも応用がきく。


 今回STGでやろうとしているペットに関しても、現実で生き物を飼うのが無理な場所でも、仮想現実なら日々接する事ができる。

 また現実では飼うことのできない特殊な動物の飼育も可能だ。

 あと賛否はあるかもしれないが、死別がないというのもポイントになるかもしれない。家族の様に接していたペットを亡くし、ペットロスに陥る人も、生前のデータを元に再現なども可能かもしれない。

 まあ、死を知るという意味では、ペットとの別れも大事ではあるのだが……。



 後の要望は、任務の多様性やら装備の充実などデータの追加に関するもの。この辺も元々、順次アップデートで追加していく予定だったので予測の範囲内だった。


「概ね想定内の要望ですんだな。だからといって実装が楽かと言われたらそんな訳もないんだが」

「一応、ストック分もあるんで多少は休めるかなぁ」

「例の生産系はどうなった?」

「ジャンク品の値下げ率を再調整、加工用設備の値上げに、加工難易度の調整。後は買取価格の調整も入れときました」

「……本来ならここまでの下方修正したら、大荒れだけどな」

「該当プレイヤーがほとんど居ませんから」

「βで気づけて良かったよ」


 チュートリアルで与えられる初期機体は、乗り換えを可能にする為に売却価格がそれなりに高かった。

 そこにジャンクパーツを揃えて、初期機体を大量に生産、売却する事で一気にコストを稼いだ奴がいた。β最終日でジャンクパーツを抱えていたプレイヤーが一気に売りに出た事で、相場も一気に下落。

 大量のパーツを買い取りながら、加工機械で修理して、初期機体を量産。

 初期機体は乗り換えのために、いくら売っても相場が変わらない点を突かれてしまった。


 製品版でも乗り換えできる部分は残さないといけないので、加工する機器やパーツごとの値段を上げて対応せざるを得なかった。

 まだβで解放していた機器が少なくて助かっている。それでもデータ班で必死に数値を書き換え、デバッガがチェックし直すのにかなりの時間が取られてしまったが。

 おかげで製品版の実装にも影響が出かねない。


「遅れは出したくないがねぇ」

「なら追加実装の見直しを……」

「ライブステージは必須だからしっかりやれよ。フレイアちゃんには来週から収録入ってもらうんだから」

「鬼だ、鬼がいるよ……」


 製品版に先駆けて開始する告知用動画配信チャンネルに、プレイヤーの一人を採用することになっていた。

 最初は撃墜王って事で注目していたが、最終日のコスト消費で作られたアバターや購入した物で、どうやら配信を狙ってるとみて誘いをかけたらビンゴだった。

 告知チャンネルへの参加を依頼したら、ものの30分もしないうちに返信があったのだ。これで外部に使う費用を、社内で回せるようになったので、せっかくだからステーション内に、ライブができるステージを作ることにした。

 背景班にステージを作らせると共に、モーション班にもダンスモーションの追加発注を掛け、デザイン班に彼女のアバターを見せて似合う衣装も発注。

 急ピッチで作業を進めてもらっている。

 サウンド班には元々予定していたメインテーマに、歌詞を乗せてもらう方向で調整。うまくすれば、フレイアちゃんをそのままアイドル化して集客に役立ってもらおうと考えていた。




「いやぁ、よく来てくれたね」

「あのっ、よろしくお願いします」

「いやいや、お願いするのはこっちの方なんだよ」


 1、2割増しで人当たりの良さそうな顔に作られた自分のアバターで、ログインしてきたフレイアを迎える。


「一応、このゲームの日本部門で主任をしている大隅というものだ。残念ながら名刺は用意できなかったが、フレンド申請送っていいかな?」

「は、はいっ」


 初々しい反応を見せるフレイアは、まだ高校生のはず。社会人との接し方など知らないだろう。


「あ、あのっ、ひ、一つ、その、お願いというか、聞きたい事がありまして……」

「ん、何かな?」

「そ、その、この動画撮影、チャンネルの現場に来たいって子がいて、その、呼んでくれな、下さらないかなって」


 ふむ、フレイアと一緒に撮影に参加したいって所か。報酬の製品版一式は、そこまで高いものじゃないけど、おいそれと配っていいものでもない。

 今のご時世、法務関係が色々とややこしいんだよなぁ。


「ん、あ、うん。その、報酬目当てとかは要らないから、現場を見せて欲しいって」

「そこに居るのかい?」

「え、はい。一応、VRもセットしてあるんで……」


 そこまで聞いて思い至る。フレイアといつも一緒に行動していたシールド艦の子か。確かフレイだったか。彼女の騎士ナイトくんなのかな。


「なるほど……報酬関係はちょっと確認しないと分からないんだけど、ログインさせるくらいならすぐにできるからちょっと待ってね」


 俺はヘッドゴーグルを外して近くのスタッフに確認する。


「フレイですよね。もちろん可能ッスよ」

「このアバターも彼女の製作か。ペアで使えたら視聴が伸びるかもしれんな。ひとまず誰をログインさせたいか確認するから、フレイだったらそのまま入れてあげて」

「了解ッス」


 ゴーグルを付け直してフレイアに聞く。


「一応、確認だけどその呼びたい子は、フレイでいいんだよね?」

「え! あ、はい、そうです……」


 俺は背後のスタッフに、サムズアップしてゴーサインを出すと、即座に一人ログインしてきた。そんなに必死だったか、フレイくん。

 ログインしてきたフレイは、中性的な顔立ちでやや幼く見える外見の男の子だ。ジュニアタレントのような綺麗な顔立ちは、女子受けが良さそうである。


「大丈夫、フレイア。変なことされてない!?」

「変な事って何よ。そもそもVRなんだから危ない事なんてないよ」

「そこはこう、秘された技術とかで……」


 思春期特有の妄想力を発揮しているのか、俺はかなりの悪役設定だなぁと生暖かい目で見てしまう。


「その衣装、結構際どくない、平気?」

「衣装?」

「ああ、まだ説明してなかったね。撃墜王の副賞の衣装だけど……そこに鏡があるから見てみて。気に入らない所があったら直すから」


 将官用軍服をベースにした白いトップスと、膝上のネイビーブルーのプリーツスカート。白のロングブーツという出で立ちになっている。

 スカートの中は覗き防止のフリルが幾重にもなっていた。VRは視線を動かせるからって無茶しやがる奴がいるからね……。


「わわっ、カッコかわいい」

「スカート短くない?」

「これくらい普通だよ」


 そう言いながら鏡の前でターンするフレイア。プリーツがふわりと広がるが、フリルが完全防御の安全設計だ。それでもプリーツの濃い青が太ももの白さを強調している。


「帽子もセットになってるから、必要に応じてコントローラーで呼び出して」

「はい」


 そう言いながら早速帽子を呼び出す。が、ポニーテールでは被れなかった。


「そうか、フレイアちゃんは赤毛だからスカートも赤系の方が似合ったかな?」

「ん〜そうですね。赤と黒のチェック的なのがいいかも……でも軍服っぽいからどうかな〜」

「その辺は、ウチのデザイナーと掛け合ってもらうとして、とりあえず今回の動画配信の話をしようか」

「は、はい」


 フレイアは慌てて椅子に座り直し、フレイは身を乗り出して臨戦態勢になった。




「製品版の発売までに配信する動画は3回を予定している」


 1回目はβテストの画像をメインにどんなゲームなのかを伝えるのが大きい。撃墜王であるフレイアのプレイや、その他の任務をクリアしてきたプレイの解説などを行っていく。

 2回目は、実際のプレイをコックピットから中継。フレイアのサポートシステムから、実際にコックピット内でどのようにプレイヤーが操作しているか。βの撃墜王のプレイを堪能してもらう。

 3回目は今後、実装されていく予定の告知。その中の一つに、バーチャルアイドルプロジェクトをねじ込む。


「そ、それって?」

「このスタジオは、そのままステージになるように作られている」


 二人を招いた収録スタジオに見える場所は、そのままライブステージとなるように、観覧席がそのまま客席になるような作りになっていて、各種照明など現実だととてもじゃないが金の掛かりすぎるステージになっていた。


「一度収録してしまえば、後は一定時間ごとに再生も可能。もちろん、様々なプレイヤーからオーディションを募って、このステージからの配信も可能とする」

「ば、バーチャルアイドル」

「待て、孔明の罠だ!」

「もちろん、この場を提供するメリットはこちらにもある。シューティングゲームだけじゃない収益も見込んでいるからね。ただ路上ライブで歌うよりは遥かに多くの人の目に留まる場は提供できる」


 フレイアちゃんがカラオケセットを買って、ダンスモーションを踊って見せようとしたように。どうせならこちらも協力して集客に繋げる。


「いわゆるWin-Winを目指すつもりだ」

「フレイアを見せものにして金に変えよっていう事だろ。大人は汚いっ」

「でもそれがアイドルというものだよ」

「やっぱり、僕達の会話を盗聴してたんだな!?」

「一応、言っとくけどね。すべての端末のすべての会話を盗聴なんてしてない。このゲームの親会社はアメリカなんだよ。訴訟大国でプライバシーを侵害するような事はできないよ」

「エシュロンのある国なんて信用できるかよっ」


 男の子は陰謀論とか好きだよね〜。


「フレイアちゃんが、歌って踊りたそうだなってのは、コストの使い方からの予測。コストの使い方に関して、プレイヤーの動向を調査して今後に活かすというのは、βテストの規約に書いてある事だ。同意してプレイした以上、そこを責める事はできないよ」

「汚い、大人って汚いよ。フレイア、こんな胡散臭い話に乗っちゃ駄目だ」

「別に私は損しないから問題ないかな」


 あっけらかんと言い放ったフレイアちゃんに、フレイはorzと崩れ落ちた。


「まあ、実際の話、今回の3回の収録はあくまでもプレゼントで拘束力はないんだ。これは流さないで欲しいと申し出があればいつでも配信停止にする。プレイヤーに不利益な状況にはしない」

「ふむふむ」

「逆にこの動画配信で得た利益が出ても、それはプレゼントに含まれないからその点は了承してくれ」

「それってお給料は出ないって事?」

「この辺、色々と法律がややこしくてね。現金の支給を行うとなると雇用契約にしなくちゃならなくなって、そうなると未成年の場合は保護者の同意やら色々と手続きが必要になるのよね。正直、その辺を処理する余裕が発売までにない」

「なんかぶっちゃけられた!?」


「あくまで、メーカーの制作する動画に参加できる権利と製品版一式のプレゼントって事になる。実際の収録は、3日後を予定してるからそれまでに返答くれたらいいから」


 初回の収録はほぼリプレイを繋ぐだけ。合間に解説ボイスを入れる感じになるが、それはフレイアちゃんじゃなくてもいい。もしフレイアちゃんがNGとなれば、社内の誰かにアテレコしてもらいつつ、2回目以降のゲストを探すって形にする。


「後、これはゲームのメインテーマ。これに歌詞をつけてオープニングに使う予定。歌えるようなら採用するし、駄目そうならプロにお願いする感じかな」


 元々SFシューティングって事で、テクノな曲で歌詞もなかったのだが、サウンド班が編曲、歌を乗せる形に整えている。

 歌声自体も加工する可能性があるので、実のところ上手い下手はそれほど関係ない気もしていた。


「ま、あくまでプレゼントだから。断っても全然問題ないし、楽しんでくれたら嬉しいって感じだがね」

「は、はい、ありがとうございます」

「ちゃんと考えてよ。脊髄返信とか駄目だからね」


 フレイが色々と注意してそうだが、フレイアちゃんとしては乗り気っぽいし、大丈夫でしょ。フレイくんではフレイアちゃんをコントロールできないとみた。




 結果としてフレイアちゃんからは収録OKの返信が来て、そのままリプレイを見ながらの収録が行われた。

 同時にオープニング曲の収録も行われる。そのままは使わない事の了承を取りつつ、歌手デビューだねと煽っておく。やはり女の子が楽しそうに収録する方がスムースに進むからね。




 そして2回目の収録は、いよいよフレイアちゃんの実技撮影だ。サポートシステムの記録ログにより、リプレイは可能だが実際にどのように操作されていたかは分かっていない。

 その戦果を見るに信じられない操作になっているはずだ。


「じゃ、収録を始めるよ。これは今後導入される自分の技量を測定するプログラムだ。飛んでくるミサイルをどれだけ迎撃できるかで、スコアが出るようになっている」

「了解!」


 元気な返事と共に、テストが開始される。



 フレイア艦の前には、大型のミサイル艦が存在していて、次々にミサイルを発射し始めた。その弾頭は、フレイア艦に接近してきた所で、多数に分裂。一気に降り注いでくる。

 それに対して、フレイアは艦を自動運転でやや後退させつつ、迎撃用ロックオンパネルを起動した。

 これは球状の全天モニターに座るパイロットの前に、透明な板状の入力デバイスが出現する。このパネルをタップした位置がロックオンされる仕組みだ。複数を同時にロックオンする事もできるので、一定時間見る必要のある通常のロックオンよりも早く操作できる。


「まずは迫ってくる弾頭を〜」


 次々とパネルをタップしていくフレイア。それに合わせて短距離ミサイルが発射されていく。短距離ミサイルは、ロックオンされた目標に真っ直ぐに飛ぶだけ。誘導性能はないので、相手が回避すれば当たらない事もある。ただ今回の相手はミサイルなので、周囲を巻き込みながら連鎖的に迎撃できていた。

 その合間にミサイル艦が発射して、まだ分離されてないミサイルに対して、中距離ミサイルで迎撃を行っていく。


「軽い軽い」

「難易度は徐々に上がっていくから、油断しないで」


 大型ミサイル艦が発射するミサイルは徐々に数を増していく。流石に中距離では迎撃できずに分裂する弾頭が出てくるが、フレイアは冷静に対処していく。

 しかし、装弾数の少ない中距離ミサイルが尽きてしまうと、一気に難易度が跳ね上がった。


「いよいよゲームらしくなってきたっ」


 それでも楽しそうに迎撃していくフレイア。ただその数はロックオン数を上回ってくる。するとフレイアは、対空レーザーを起動させて、右手でミサイル、左手でレーザーとロックオンを分けた。

 ミサイルでロックオンできる以上の数を両手で捉えていく。その速度は見ていても全く追いつけない。


 スポーツ選手が動体視力を鍛えるために、液晶パネルに表示された数字を順番に押していくという練習。あれをやっている感覚だ。

 しかし、数字が見えるパネルと違って、遠近感が掴みにくい宇宙空間での識別。それをサポートシステムに色分けしてもらう事で対応していた。


「サポートシステムも順調に成長してるみたいだな」


 STGの影なる技術として、サポートシステムのAIがあった。プレイヤーごとに学習していくプログラムは、プレイヤーの操作しやすい環境を整えていく。

 フレイアの場合は、簡易操作による操艦とこのロックオンシステムの使い勝手が成長しているようだ。


 ミサイルの数が増えて、タッチパネルの範囲を越え始めると、艦の旋回と視線をリンクさせて、彼女の首が動くと共に視界が動き始める。

 星やミサイルが大きく動く中、フレイアは着実にロックオンを続け迎撃していく。もはや画面を見続ける事すら困難になってきた時、それは訪れた。


「ああっ、弾切れっ」


 彼女の悲痛な声と共に、ミサイルの残弾数がゼロになってしまった。対空レーザーで迎撃を続けるが、ミサイルに比べても射程が短く、砲身がターゲットに動く僅かなラグもある。

 やがて処理しきれなくなって船体に着弾。ゲームオーバーの文字が表示された。


「むう〜もっといけたのに。最初はミサイル使わずにレーザーで対処しとけばよかった!」

「いや、十分だよ。これ以上やられても、見てる人がついていけない。うちのデバッガーのハイスコアの倍は叩き出してるし」

「そうかなぁ〜」

「次はフレイくんのプレイを見せてもらえるかな」

「……フレイアの後にやらせるとか、鬼ですか」


 そう言いながらもフレイもプレイを開始する。

 フレイの乗る艦は、護衛艦として仲間を守る艦だ。特に機動力を持たない空母などを守れるように、相手の攻撃に割り込んで防御するアクティブシールドと呼ばれる艦。

 その機動力を使って相手の攻撃を避けていく。

 フレイアのような武装を活かしたもぐら叩きとは全く違うプレイになる。フレイア艦はほぼ動かなかったのでわからなかったが、このテストプログラムのミサイルには誘導機能も備えられていた。

 多少避けたとしても、軌道を修正して追尾してくる。その性能に気づいたフレイは、逆に追尾するのを利用して、ミサイルが並ぶように誘導し、粒子砲で一気に貫く。


 更には対空ミサイルによる迎撃も加えて、飛来するミサイルを間引いていた。迎撃用の対空ミサイルは、相手が近づくと自爆して質量のある破片を周囲にばら撒く。それは周囲にあるミサイルも巻き込み、簡易の壁として機能した。


 シールド艦としての機能を見せながらも、増える弾数にやがて限界は訪れ、ミサイルの接近を許して被弾してしまい、ゲームオーバーとなってしまった。



「私の半分以下でしたー」

「そりゃフレイアには敵わないよ」

「実際、フレイくんもかなりの腕だったよ。うちの戦い慣れたデバッガーと対戦してもいい線いくんじゃないかな」

「僕には攻撃力がありませんから」

「タッグマッチなら負けないって事かな」

「いいね、やろやろ」

「仕方ないな」


 乗り気なフレイアと、半ば諦めた様にしつつにやけた笑みを隠せていないフレイ。なんだかんだでフレイもまたゲーマーとして、実力を見せるのは嫌いではなかった。


 急遽組まれたデバッガ2人とのタッグマッチ。バランス型の機体2機のデバッガーと、個性的な機体のフレイ・フレイアのコンビ。そのバトルは一進一退を繰り広げながら、最終的にフレイアの飽和攻撃の前にデバッガー達が敗れる結果となっていた。



「適度に見せ場を作りながら、きっちり勝たせる。ぐっじょぶだ」

「いや俺達、本気でしたから」


 俺の労いの言葉に悔しそうに返してきたデバッガー。開発初期から約1年、機体を乗りつぶしてきたデバッガーにはそれなりの矜持があったが、わずか1ヶ月のβテスターに負けてしまった。


「まあ、汎用のデフォ機でしたからね。自分の機体なら負けてませんよ」

「そりゃ当然だね」


 それもまた負け惜しみではない事実だろう。

 こうして2回目の収録も終わり、製品版の発売に向けたPRが進められていった。




 社内で発売日が確定した頃、三度目の収録が行われた。今回は戦闘は無しで、ロビーなどの案内がメインとなる。

 βではドーナツ状のステーションだったが、その穴の部分に共有スペースとなる公園が作られる事になった。

 その中央部には、収録に使われた舞台が作られていて、すり鉢状の観客席から見下ろせる中央の舞台では、事前に撮影されたフレイアのダンスが披露されている。


「自然豊かな公園になってます」

「野外コンサートみたいな雰囲気だね」


 フレイアのバックではフレイがギターを弾いている。何でもフレイアが始めてすぐ辞めたギターを買わされて、仕方なく練習したそうな。

 リストバンド型コントローラーがあれば、その技術を活かして演奏する事もできるし、逆にサポートを受けながら練習する事もできる。そんな可能性もPVに盛り込んだ。


「うわっうわっうわっ〜〜」


 公園を案内するフレイアがカピバラの群れに押し流されたり、フレイが乗馬したりという動物との触れ合いシーン。

 ろくろを回して器を作る陶芸シーン。

 バドミントンでシャトルを打ち合うスポーツシーンなど、宇宙船でのバトル以外にも様々な体験が組み込まれた事を3回目の放送で紹介して、最後に発売日が告げられる。

 いよいよ、本番のスタートだ。




「長いようであっという間……かね」

「いや、長かったッスよ」


 会社が買収されて、幾つかの開発チームと合同で始まったSpaceship in Tempest Galaxy。

 海外とのやり取りはもちろん、国内でも技術班やら広報班は、ハードメーカー側の人間。ゲーム娯楽の分野とは集客、広告の仕方が全く違う。

 その上で昨今の課金規制強化の動きやら何やらで制限も増えて、法律を相手に戦う必要すら出てくる。

 大隅自身も開発部門の長として、今までにない知識を詰め込む必要があった。


「何だかんだで、社長の苦労が偲ばれるよ」


 最初は会社を身売りされた事に憤りを感じていたが、元々は同じ会社で同じ開発に携わってきた人間だ。リーダーシップはあっても、会社の運営などは畑違い、素人同然の状況のまま起業している。その苦労を分かってなかった部分は多分にあった。


「ただまあ、だからこそ先に相談してくれとは思ったがな」


 元社長とは身売りされて以来、連絡を取れていない。今頃どうしているのやら。責任感は強い人だったからなぁ。


「主任、発売日がゴールじゃないですよ。スタートラインッス」

「あ、ああ、そうだな。俺達の戦いはこれからだ」

「それじゃサービス終了のフラグッスよ〜」


 開発スタッフから笑いが起きる。その表情からはやりきった感と、プレイヤーの反応を楽しみにする希望が見て取れる。

 決して缶詰に近い状況からの脱出に喜んでいるだけじゃない……はずだ。

一応、短編シリーズはこれで終了のつもりです。

早期に連載開始して行こうとは思ってますが……


「俺達の戦いはこれからだ!」

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