第2章 竹田城の黄金伝説 1-3 解明
高ぶった気持ちを裏切られ、茫然として待っていると、祖父は1枚の紙を手にして戻って来た。
その紙に気にする余裕はなかった。
「埋蔵金じゃないの? だったら、どうやって大金を手に入れたのさ」
「実はな、宝くじが当たったんや」
予想外の答えだった。祖父は宝くじが写った写真を差し出しながら、僕の様子を気に掛けることもなく続ける。
「大金が手に入って、必死さが無くなったんやろなあ。それに、仕事が忙しなり、結婚もしたさかい、埋蔵金に係わる暇もななった。完全に止めた訳やなかったけど、思い出したときに資料を読む程度になったんや。そないな年月が続いたある日、子供が生まれた。拓也の父親や。それで埋蔵金探しを止めたんや。万葉集に『白金も黄金も玉も何せむに、まされる宝、子にしかめやも』という和歌があるやろう。金銀より大切な子宝を得たさかい止めたという訳や」
「爺ちゃんの埋蔵金探しを止めさせたのは、父さんだったんだ。今度は、僕が埋蔵金探しをしようかな。爺ちゃんが集めた資料を僕に譲ってよ」
「止めとけ。子供ができたさかい止めたというのは、建前なんや。女房が……、拓也の婆さんが埋蔵金探しを子供みたいと小馬鹿にしとったさかい、素直に『もう止める』なんて言えんでな、子供を理由にして『埋蔵金探しはもう止める』と言ったんや。その甲斐があって、婆さんは感激しとった。わっははは」
祖父は笑い続けていたが、無視して訊いた。
「それじゃ、止めた本当の理由は何だったの?」
「婆さんが妊娠中に読んだ本に、富山県の大山町に伝わる里唄が載っとったんや。『朝日さす、夕日かがやく、鍬崎に、七つむすび、七むすび、黄金いっぱい、光りかがやく』という唄やった。佐々成政が徳川家康に直談判するために北アルプス超えをしたときに、邪魔になった軍資⾦を鍬崎山に埋めたことを伝える唄と解説してあった。儂は竹田城に伝わる唄に似てると思うた。それで、似たような唄を調べたんや」
そこまで言うと、祖父は段ボール箱からノートを取り出し、読み上げる。
「栃木県の小山城『朝日さす、夕日かがやく、三つ葉うつぎのその下に、黄金千杯、白金千杯』。横須賀市の衣笠城『朝日さし、夕日かがやく西山の、稲荷の森は、黄金なるなり』。大分県『朝日さす、夕日輝く木のもとに、黄金千杯、銀千杯』。栃木県佐野市『朝日さす、夕日かがやくこの山に、うるし千杯、朱千杯』。『朝日さす、夕日かがやく』で始まる唄は、朝日長者伝説と言うんやそうや。朝日長者の話は古うて、奈良時代の書物の『豊後風土記』に既に載ってるんや。古うからある伝承が、時代が下るにつれ変化して広まったのやろう。朝日長者伝説と類似する伝承は日本国中に数多うある。『朝日射す夕日輝くその下に黄金三升』、『朝日射す夕日輝く鳥の松いけたる金は五万両』、『朝日さし、夕日輝くこの丘に、黄金千杯、朱千杯』、『朝日さし夕日輝くそのもとに黄金千枚瓦万枚』、『朝日さし、夕日照りそう三つ葉うつぎのその下に小判千両、後の世のため』、『朝日さす夕日かがやく、黄金石、黄金小判で七くさり半』、『宮栗平の一六三の木の下に、金銀のクワとカマ、朱と銭が金千貫ずつ埋めたーる』、『朝日さす、夕日かがやく、楠のふもとに、小判千枚朱が千枚』、『朝日さす夕日さす杉の根元に黄金三杯朱が三杯』、『朝日さし夕日輝く竹の元に、黄金の鶏十三羽』、『行けば左、戻れば左、朝日輝き夕日照らす櫨の木の下に黄金千両』……」
「爺ちゃん、もう十分だよ。竹田城の黄金千両の唄が、朝日長者伝説を基にしているのはよくわかったよ。この唄は、城の水源や埋蔵金と無関係な遊び歌のようなものだったんだね。だから、爺ちゃんは埋蔵金探しを止めたのか」
「そういうことや」
「とんだ骨折り損だったね」
「勘違いで無駄骨を折ったけど、後悔はしてへん。夢中になれたんやさかいな。なんかに一所懸命になることは人生の中でそうそうあるものやない。こないな経験を持てたことは幸せやった」
祖父は遠い目をして、感傷に浸っていた。
僕はそんな祖父の姿を見ていて、何故今の自分の生活に張り合いが無いのかわかったような気がした。失敗することを恐れ、いつの間にか消極的になっていた。一所懸命に何かをすることがなくなっていた。
(失敗しても得るものはある。失敗したらやり直せばいい。何もせずに無為に生きるよりはよっぽどいい)
そんなことを考えていると、祖父が額の小判を指さして言った。
「あの小判は埋蔵金探しを止めた時に買うた物や。いわば、あの小判は儂の青春の記念碑や。拓也、儂が死んだら棺に入れてや」
「わかったよ。ところで、あの小判はいくらくらいするの?」
「そうやな……、100万以上はするやろう」
祖父はそう言って、僕の顔をジッと見た。
「儂が死んだら、売るつもりやろう」
図星だった。
僕は「バレたぁ」と言って笑った。祖父も笑っていた。
<終わり>