第2章 竹田城の黄金伝説 1-2 唄の謎解き
しばらくして、祖父は段ボール箱を持って戻って来た。箱の中から地図を取り出し、テーブルに広げる。竹田城の周辺の地図だった。
「この地図は、探検をしたときに使うとった地図や。竹田城の井戸曲輪はこことここや」
祖父は、三の丸の西隣、標高320mの所と、花屋敷の南、標高300mの所を指した。
「大路川の河口から1kmくらい上流の所に、北から流れ込んでる川があるやろう」
大路ダムの直ぐ上流にある川の河口に置いていた祖父の指が、北に向かって擦り上がる。
「この川を上った標高350mの辺りが、水源と言われてる香華院千眼寺や」
指は、川の東側の尾根、大路山の山頂から東へ500mくらいの所で止まっていた。
「この川の千眼寺付近が水源やとすると、拓也なら、ここから竹田城井戸曲輪まで、どないなルートで導管を敷く?」
僕は地図をしばらく凝視して、水源に指を置いた。
「川に沿って、大路川近くまで下り、山すそに沿って東に向かい、大路川の河口の手前を北上し、古城山の西側から上るかな」
「最後は上へ向かって水を揚げることになるやろう」
「水は高い所から低い所へ流れるけど、U字管に水を入れたら、注ぎ口と同じ高さまで水面は上がるよ。同じように、一旦低い所を通っても高い所に水を揚げることは可能だよ」
「そのルートで、一番低い標高は何メートルになる?」
「200mくらいかな」
「水源が標高300mとしても、標高差は100mある。一番低い所を通る導管には、10気圧の水圧が掛かる計算や。江戸時代以前の導管は、木樋か竹筒を使い、水路を曲げる場合は升を使うとった。つなぎ目部分は10気圧に耐えられんやろう」
「当時はホースなんか無いから、漏れるだろうね。だったら、大路山の東側の尾根を上って真っ直ぐ竹田城に向かうルートはどうだろう。水源より高い場所を通ることになるけど、サイフォンの原理で流れるんじゃないかな」
「サイフォンの原理は連続流体でなければ作用せん。導管に気密性がなければならんねん。それに、導管の中を水で満たさんとならん。そのルートの一番高い所から水をぎょうさん注いでから、空気が入らんように密封せんとならん。難しいやろうな」
「難しいかもしれないけど、できるかもしれないよ」
「できたとしても、大路山と古城山の麓の間で一番高い場所は標高200mくらいや。どないなルートを取ったとしても、100mの落差が生じるんや。結局、導管が10気圧に耐えられるかという話になるのや」
「ということは、黄金千両の唄は竹田城の水源の唄ではないのか」
「そういうことや。そもそも、水の手のありかを暗号にして残す意味があらへんやろう」
「それじゃ、黄金千両の唄は宝のありかを示した唄ということなのか?」
言葉が自然に口から出た。宝の唄としか思えなくなっていた。祖父は考えていることを言い当てるように言う。
「宝の唄としか思えんやろう。儂もそう考えた。そやさかい、宝探しを始めたのや」
「宝探しのために探検したの?」
「そうや。『黄金千両、銀千両、城のまわりを七まわり、また七まわり七もどり、三つ葉うつぎのその下の六三が宿の下にある』という歌詞を手掛かりに埋蔵金を探したんや」
祖父がトレジャーハンターだったなんて思いもよらなかった。僕はドキドキしながら、後に続く言葉を待った。
「儂はまず、『千両』について考えたんや。竹田城は江戸時代以前に廃城になってるさかい、両は貨幣単位やのうて、重さの単位であると推定した。江戸時代以前の両は約42gやさかい、千両は42kgだ。金銀合わせて84kgが埋められたと思うた。では、誰が埋めたんか。候補は城主やった太田垣輝延、桑山重晴、赤松広秀の3人や。太田垣輝延は城を捨てて播磨に逃げたそうやさかい、100kgに満たん金銀なら持ち出したはずや。桑山重晴は移封やさかい、置いて行くはずがあらへん。赤松広秀は鳥取で切腹になり、直ぐに山名豊国が接収してるさかい、接収される前に急いで隠したかもしれん。可能性が高いのは赤松氏や」
祖父は一気に話すと、コーヒーを飲んだ。
「『七まわり』と『七もどり』については、道を曲がった回数とも考えたけど、ようわからん。『三つ葉うつぎ』は、山林中に生える葉が3枚の落葉低木や。『六三が宿』は、6尺と3尺の祠と解釈したのや。つまり、高さ180cm、幅90cmくらいの小さな神社やろうと見当を付けたんや」
「金銀を埋めたのは、400年も前のことだよね。三つ葉うつぎはとっくに枯れているんじゃないの?」
「そうなんや。儂も三つ葉うつぎは既にあらへんと考えた。『七まわり』と『七もどり』が道順やとしても、出発点がわからん。手掛かりは『六三が宿』しかあらへん。そやさかい、虱潰しに祠を探すことにしたんや」
祖父は若い時に土地を買い漁り、買った土地が値上がりしたので金持ちになったと聞いている。考えてみれば、土地を買った資金はどこから手に入れたのか疑問だ。もしかして、その資金は竹田城の埋蔵金だったのではないかと頭をよぎる。
(あの小判は埋蔵金の一部なのか……)
額の小判を眺めながら、そんな思いに駆られ、結果を早く訊きたかった。
「祠は見つかったの?」
「祠は幾つかあったんやが、それらしいのは無かったんや」
張り詰めていた糸が切れるように、緊張感が一気に緩んだ。
「なぁーんだ、見つからなかったんだ。」
「祠はな」
「えっ! どういうこと」
「諦められなかったんや。闇雲に探してもあかんと考え直し、埋蔵金の研究から始めることにしたのや」
てっきり、「祠は見つからなかったが、宝は見つかった」と言うものと予想していただけに、肩透かしを食らったように感じた。だが、宝探しを止めた訳ではなく、本格的に始めたというのだから、その研究結果を訊かない訳にはいかない。
「その研究はどうなったの?」
「とうの昔に止めた。大金を手にして……」
「見つけたんだ! 竹田城の埋蔵金を見つけたんだ! あの小判は埋蔵金なんでしょ。そうなんでしょ」
大金という単語を聞いた途端、祖父の話を遮り、大きな声を出していた。
「待て、待て、そう興奮するな。埋蔵金は見つからなんだ」
祖父は立ちあがり、またリビングから出て行った。