第2章 竹田城の黄金伝説 1-1 小判じーじ
「次の交差点を右折です」
カーナビの音声が道順を指示する。
この辺りに来たのは、祖母が亡くなった中学2年のとき以来だから、6年ぶりだ。住宅が立ち並び、町の様子が変わっている。地方都市の郊外ということもあり、宅地化が進んだのだろう。
「もうすぐ目的地です。案内を終わります」
カーナビがそう告げると、見覚えのある塀の先に門が見えてきた。祖父の家の門だ。
門をくぐり、日本庭園風の庭の横を通って、車を家の前に止める。和風平屋建ての大きな家は、昔と変わっていない。
(子供の頃はただ大きな家としか思っていなかったけど、改めて見ると豪華な家だよな。敷地は1000坪近くあるだろうか)
そんなことを考えながら車を降りると、庭の方から声がした。
「誰かと思うたら、拓也やないか。突然どないした。なんかあったんか?」
「何もないよ。近くに来たから寄ってみただけ」
「そうか、そうか。今そっちに行くさかい、ちょっと待っとき」
祖父は、手に持っていた鯉の餌を全て池に撒き、こっちに歩いて来る。
「爺ちゃん、1年ぶり。元気にしてた?」
「まだまだ元気や。先週は登山ツアーに行ってきたんやぞ。頑張り過ぎて、筋肉痛になったけどな」
「もう70歳なんだから、あんまり無理しないでよ。一人暮らしなんだから、倒れたら大変だよ」
「心配してくれるのはありがたいが、年寄扱いせんといてくれ」
祖父は怒りながらも、嬉しそうな表情をする。
「久しぶりに来たんやさかい、中に入ってゆっくりしていけ」
祖父は僕の返事も聞かずに家の中に入って行った。僕はリュックサックを担いで後に続く。
リビングのソファに座って、祖父がコーヒーをいれるのを待つ間、部屋の中を見回した。6年前と変わっていない。祖母が亡くなったときのままのようだ。ただ一つ違うとしたら、小判が入った額が飾ってあることだろうか。
その小判を眺めていると、幼い時の記憶がよみがえる。僕がこの家に遊びに来たとき、いつも祖父は小判を僕に手渡し、「本物の小判だぞ」と自慢しながら遊んでくれた。それで、幼い僕は祖父のことを「小判じーじ」と呼んでいたのだ。
昔のことを思い出していたら、いれたてのコーヒーの香りが漂ってきた。祖父がコーヒーを運んで来て、テーブルの上に置いた。
「拓也、平日やのにこないな遠くまで来て大丈夫なのか? 大学にはちゃんと行ってるんか?」
「何言ってるのさ、夏休み中だよ。だから、ちょっと遠出したんだ。今は帰りの途中さ」
「そうか。ところで、大学生活どないだ?」
僕はこの質問に困惑した。楽しい訳でもなく、かといって、不満がある訳でもなかった。毎日が坦々と過ぎて行くだけで、中途半端なのだ。今回、旅に出てみたのも、そんな日常を変えたいという思いが、心の片隅にあったからだった。
そんな心境をどう言葉にしていいのかわからず、素っ気ない語句が口から出た。
「普通だよ」
「覇気があらへんな。熱中するものはあらへんのか?」
僕はそれに答えることなく、リュックサックから菓子箱を取り出した。
「拓也もこないな事をするようになったか」
祖父はしみじみと言うと、「早速いただくとするか。婆さんにも供えなな」と言って、手土産の菓子を3つばかり取り出して仏間へ消えた。
「拓也、竹田城に行って来たのか?」
仏間から戻った祖父が、コーヒーをすすりながら訊いてきた。
「そうだけど、何でわかったの?」
「菓子の包み紙に『天空の城 石垣最中』と印刷してるんやさかい、わかって当然やろう。これが姫路城の土産やったら、びっくりするわ」
おどけたような口調で言うので、吹き出しそうになった。
「竹田城は面白かったか?」
「雲海に浮かぶ城跡が見られなかったのは残念だったけど、山に登って石垣を見てきたよ。400年も前に、あんな大規模な石垣を山の上に造ったなんて、凄いよね」
「竹田城は元々土の城やったんや。石の城に造り替えられたのは、桃山時代と言われてる。大人数で、10年以上も掛かけて造ったんや」
「そういえば、こんな話を聞いたよ。領内の農民が城造りに駆り出され、米が作れなくなったために、田んぼに松が生えたんだってさ」
「その話は眉唾やないか。領民を城普請だけに専念させて農作業をさせなんだら、領主は年貢が取れんよなるやろう。それに、領民を餓死させては城普請が進まんよなるさかい、逆に食料を農民に与えんならん。たぶん、領民は、農閑期に夫役を課せられたんやろう。築城のために近隣の国からも人をかき集めたというさかい、その人夫たちが中心やったに違いあらへん」
「でも、大勢の人夫を雇うとなると、莫大な資金が必要となるよね」
「築城の資金は秀吉から出とったんやないか。秀吉は直轄地の生野銀山を守るために、生野銀山を支配下に置いとった竹田城を堅牢な城に造り替えたのやろう。そうでなければ、あないな大規模な工事は無理や」
「秀吉が城の改修をさせたとすると、大路山から城に水を引いたのも秀吉なのかな?」
「そりゃ『黄金千両、銀千両、城のまわりを七まわり、また七まわり七もどり、三つ葉うつぎのその下の六三が宿の下にある』という唄の話か?」
「そうだよ。爺ちゃん、よく知ってるね」
「実は、お前くらいの年のとき、一人で竹田城の周辺を何日もかけて探検したことがあるんや。当時は城の整備がされてへんで大変やった」
「爺ちゃんは熱狂的な城好きだったんだ」
祖父はニヤリとして、一言「いいや」と言う。僕は、祖父がミステリー好きだったのを思い出した。
「この黄金千両の唄は、竹田城の水源と水路のありかを暗号化した唄だと聞いたよ。もしかして、その唄を手掛かりに、水路を解明しようとしたの?」
祖父はそれに答えずに、無言でリビングを出て行った。