十一章
春田ユウは優等生だ。それは僕が彼と出会ったときからそうだし、今も変わっていない。空が青い、スパゲティはアルデンテ、仕事には銀の腕時計、春田ユウは優等生。こんな当たり前のように鎮座している事実だ。
「お前なら分かっているだろう。俺は深冬に、特別好意があって怒ってるわけじゃない。ただお前が泣かせた事実に怒っているんだ。」
そう言ってユウはため息をつく。夏の朝に一つだけ浮かんだちぎれ雲のような、寂しくて救いのないため息だ。
「たしかに、俺は人を泣かせたよ。」
「たしかに、じゃない。お前は誰も泣かせてはならない。そうなっているんだ。俺が優等生で在り続けるように、お前もお前が踊るべき役割を全うしなければならない。」
踊るべき役割、と僕は反芻する。踊るという言葉は、もう少し明るく使われるべきだと思った。あまりに悲しい踊り方だ。
「たしかに、深冬を泣かせたことを申し訳なく思う。でもあれは必要なことだった。彼女がここに来た時から、こうなることは宿命的に決まっていた。」
「宿命的に決めたんじゃない。決定的に宿命としただけだ。」
僕はギクリとした。怒った時のユウは、決定的に、論理的で的確だ。あるいは宿命的に。
「他にやりようはあった。彼女を傷つけることを既定路線としたのはお前だ。このエリアでの悲劇こそ、まさしく悲劇なんだ。」
僕は何も言い返せなかった。エリアで起きる悲劇こそまさしく悲劇だ。本当にその通りなのだ。僕は足元を見ている自分に気づいて顔を上げた。ユウは怒りを削ぎ落とした、それでも鋭い声で言う。
「なんとしてでも、悲劇を殺す。それは俺とお前が決めたことだ。」
その通りだ。このエリアでは『泣くことが出来ない』。流れるべき涙は流れない。干からびた湖のように、瞳は乾いている。どれだけ悲しくても、流すべき涙は無視されて消えていく。それを僕とユウは知っていた。身をもって、涙のない悲劇を知っていた。
「流すべき涙はある。人の心を本当の意味で救うのは涙なんだ。それを消し去ったエリアは、間違っている。だから、」
だから。だから僕達は自分達に役割を課した。まず互いに、誰にも悲劇を与えないこと。ユウは優等生としての立ち位置を確立して、誰からも相談されるような、人としての救いを提供すること。そして僕は、ユウが救えない、こぼれ落ちる悲劇を掬いとること。
僕とユウは対極的な性格だ。ユウが活発に動いた余波を回収するのが、僕の役目だ。大前提として僕らが悲劇を生み出しては話にならない。ユウが怒るのも当たり前だった。
僕はようやく、己の感情が過熱していたことを自覚した。
「本当に申し訳なかった。深冬のことになると、どうにも冷静でいられないようだ。もう繰り返すような真似はしない。」
「ああ、頼むよ。もうあんな気持ちには、誰もさせたくない。」
春田ユウは優等生だ。そして、いつも涙を求めている。