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地球の下  作者: はんなりぼんやり
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プロローグ

 その場所を、地球は天蓋のように覆っている。

 ガイドブックがあれば、おそらくそんなキャッチコピーが与えられるだろう。

 扉を開けると、熱という熱を吸い込みそうなほどに寒く、僕はコートのポケットに両手を突っ込んだ。この前買ったお気に入りのダッフルコートだ。午前五時十二分。早朝だからか、真冬だからか、舗装された道に人はいない。息を吐くと、笑ってしまいそうなほどに白くなる。もうすぐ冬休みだ。僕は散歩のつもりで、北の壁に向かった。

 ここはエリアと呼ばれる都市だ。空はほとんど地球に覆われていて、夜には電気の明かりが見えるほどだ。降ってくるのかと思うほどの地球の青は、なんだか空に似ていて僕は好きだった。このエリアは円形の壁に覆われている。数千人が住むエリアは中央部という組織が管理しており、最低限の労働だけで暮らしていくことができる。学生に至っては生活が保障されていて、高校生の僕も、最低限の成績さえ取れば生活に支障はなかった。

 ここはどこなんだろう、ここにたどり着いた誰もがそう思う。皆、頭上を阿呆みたいに覆い尽くしている地球に住んでいた記憶がある。しかし、その記憶には僕らのいるような都市はおろか、惑星は存在しない。こんなに間近にあるというのに。月よりもあまりに近いというのに。

 僕は道を進む。少し強く垂直に力を加えると、ふわりと体が浮かぶ。地球のおおよそ半分の引力しかないと、僕らの担任でもある物理の教師は言っていた。つまりここでは体重は半分だ。質量は同じだけど。

 僕の家は中心から北の方向にあり、壁までは五分程度で着く。重力の影響で車はほとんどなく、代わりに地下にワイヤーの引かれた路面電車が走っている。この時間では運行している電車もないため、音がしなかった。音がしないと言っても、音が死んでいるような、あるいは静寂が過剰にうるさく思えるような嫌な感じはしない。どちらかというと、波のない湖面を浮かぶ舟が発する、微かなさざめきのような安心のある静寂だ。

 北の壁に着くと、僕は壁に沿った道を右に進んだ。特に意味はないが、その日の気分で左右どちらに進むのかを決めている。壁はとても高く、数十メートルはあるだろう。この壁には東西南北の四箇所に門があり、先ほどの壁沿いの道を左に進むと北門がある。以前見に行った時に見た門は、壁の高さに劣らず非常に大きく、開けるのにはかなりの力が必要なように見えた。

 この壁は前回の拡大の際に完全に刷新されており、未だ数年しか経過していない。グレーのコンクリートのような壁は、ほとんど汚れもついていないように見える。劇的な変化が何もない、全くの無個性な壁だ。僕は途中で道を引き返し、なんとなく北門の方に向かった。特に目的はなかったし、学校までの時間稼ぎくらいのつもりだった。壁に手をなぞらせながら歩いていくと、壁に触れた手からどんどんと体温が抜け落ちていく。冷えた血液が腕から徐々に型の方まで循環していくので、サーモグラフィーはグラデーションのようになっているだろう。

 門が見えて、僕は驚きに立ち止まった。北門が開いている。僕がエリアを訪れた三年前以来だ。門の近くには、早朝にも関わらず数人のスーツを着た大人が待機していて、物々しい雰囲気を醸していた。中央部の人間はいつもスーツを着ている。コートも着ないで、寒くはないのだろうかと思う。野次馬精神的に門に近寄ると、三台の白いワゴン車が停まっているのが見えた。中央部以外の車はほとんど存在しないし、その車すら街ではほとんど見かけない。

 以前、僕がこのエリアにやってきた時もこのワゴン車に乗ってきた。目が覚めた時、僕はワゴン車に乗っていて、壁の外側の山脈を走り抜けていた。その前の、いつこの場所にどうやってきたのかの記憶はなかったが、地球に暮らしていた記憶は漠然と残っていた。

 その車があるということは、新たな住人が来たのだろうか。しかし、と思う。現在エリアの居住エリアは飽和しているはずだ。新たな住人を受け入れる体制が整っているとは思えなかった。

 その時、先頭のワゴン車の扉が開き、中から人が降りてきた。やはり若者が多い。このエリアの住人の七十五パーセントが未成年なのだ。残りの二十五パーセントの大人たちは中央部やインフラなどの仕事に従事していて、学生との接点は少ない。

 その若者の列の中に、僕は信じられない存在を見つけた。

 息が止まる。音が死ぬ。景色の流れさえ緩慢になる。寒すぎる朝が時間すら凍らせてしまったかのような静寂で、脳が圧迫される。

 三年前に死んだ彼女ーーーー市原深冬がいた。


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