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「来ちゃったぁ」
「……いらっしゃいませ」
マジで来やがった。
ちくしょう。適当に返事をした数日前の自分を殴りたい。
私がああ言えば、コイツの性格上必ず来ることは分かってたのに。
「スーツ姿やっばいね~。超イケメン!!」
「ありがとうございます」
リクは私の全身を舐め回すように見た後、私の耳元にそっと唇を寄せ、悩ましげに息を吐く。
「ねぇ……どうしよう? ちょっと勃っちゃった」
「!?」
入店して早々トンデモ発言をする。
家だったら肋が折れるレベルの蹴りを見舞ってやるところだが、耐えた。
耐え切った。
「個室予約したし、キョウちゃ……じゃないや、杏里くんを独り占め出来るんだよね……?」
「……」
貞操の危機しかないんだけど。
「杏里くん?」
「……そんなに楽しみにしてくださってたんですね。嬉しいです」
少し間を空けてしまったが、私は完璧な営業スマイルを作った。
「うん」
リクが嬉しそうに目を細めながら返す声は、ひどく艶っぽい。
本職顔負けの色気を振りまくのは止めろ。営業妨害だ。
あっちのテーブルに座ってるお姫様方がうっとりしてるだろうが!
「……お部屋にご案内致します」
超したくない。
「は~。杏里くんとの距離が近くて幸せ」
いや、家でもこんなもんだろ。
離れろっつっても聞きゃしねぇくせに。
「んはぁ……杏里くんって、良い匂いするよね」
「そうですか?」
首筋に顔寄せて嗅ぐんじゃねぇ変態が!
くそっ。蹴り飛ばしてぇ……が、今は客。今は客。
客。客。客。カモ。カモ。カモ。
「で、さ~、その敬語止めてよ。いつものが良い!」
「でも……」
黙れ。私はここじゃ敬語キャラで通ってんだよ。
「客の俺がそうして欲しい言ってるんだよ!? ねぇ杏里くん。今の俺はお客様でしょ? お願い聞いて欲しいなぁ?」
悔しいが、リクは私に効く的確な言葉を使ってきた。
奴の言う通り、今は大事な“お客様”だ。
それでも普段ならキャラは守るんだが、コイツには素を知られてしまっている。
「……はぁ、ったく……分かったよ……」
一気に言葉を崩すと、
「んんっ。やっぱ杏里くんはソレがイイよぉ。最っ高……!!」
お気に召したらしく、リクはふるりと身体を震わせた。
いちいち喘ぎ声みたいの入れんの止めろ。
「酒飲むなら、高ぇの入れて」
「はぁん。スマートに仕向けるわけでもなく、可愛くねだるわけでもなく、ストレートに言っちゃう杏里くんに痺れる憧れるぅ」
リクは素で接する私を楽しんでいるようで、いつもの調子で軽口を叩く。
「……」
家にいるときと何ら変わりのない空間だ。完全にリクのペースに合わせている。
その状態にあることが、何だかひどく歯痒く屈辱的で、苦い敗北感のようなものが込み上げて来た。
同時に、主導権を握るのはこっちだと対抗心が湧く。ものすごーく良く言えば、プロ根性に火がついた。
このまま家と変わらないテンションで帰らせてたまるか。
ここは非日常で客を満足させる場所だぞ?
私はリクの肩に滑らせるように手を置く。
リクがえっ? と声を上げるが、構わずに引き寄せた。
「……俺を独占するんだから、当然だろ?」
普段なら拒否する一人称を使い、低く掠れた声でリクの耳に囁いた。
こっちもプロだ。自分の声が相手にどう聞こえるか分かってる。
好きだろ、おまえ。この高さの声。
「……!! ……ッ!? ……ッ、と、突然の供給!!?」
思惑通り、奴はいつもとは違う反応を見せた。
目を丸く見開いて、本気で驚いている顔だ。新鮮。
「返事は?」
こういうSっぽいキャラは、指名一位の桜夜さんなんだけどね。
まあ、個室だしバレなきゃいいだろ。コイツ以外にはやらないし。
「……ッ、は、はぁいっ! ……あっ」
リクは頬を染めて興奮したように返事をした後、ピクリと肩を跳ねさせて下を向いてしまった。
「? どうした」
急に具合でも悪くなったのかと顔を覗き込むと、リクは肩に置いたままの私の手を握り込んで喉を鳴らし、熱を宿した声でうっとりと告げた。
「完全に勃った」
「……おまえね」
いや、ふっかけたのは私だ。私だが。
言うなわざわざ!