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隠れアイドルオタクな俺は今日も擬態する

作者: Ash

『姉に歴代の彼氏を盗られた妹は彼氏のリサイクルをはじめることにした』の妹の夫の話です。

最終的にホラーです。

「おはよう」

「おはよう、黒岩。なあ、宿題やってきたか?」


 教室に入って来たばかりの俺に友達の土田が言う。

 きっと、英語の宿題だろう。予習・復習をしてこない生徒の為に英語は毎日のように宿題が出る。他に宿題が出る教科は数学ぐらいだが、数学は今日ない。


「お前、忘れたんじゃないのか?」


 土田のことだから、忘れているに決まっている。土田どころか、提出しないですむ宿題だから、やってきていない奴は多い。

 かく言う俺もそうだ。


「当てられなきゃ、わからないだろ」


 授業中にあてられる確率はそんなに高くない。だいたい、5人くらいだ。あとは教師の解説や説明で充分潰れてくれる。


「確かに」


 二人で笑っていると、誰かが教室に入ってくる。制服のスカートをなびかせて入って来たのは、学校で一番人気がある美少女の松谷だ。

 俺はこの松谷がどうして嫌いなのかわからない。

 気付いた時には避けたいと思うようになっていた。

 そして、何もなかったのに、今ではどうしようもなく嫌いだ。


 それはまるで大好きなアイドルグループのメンバーに恋人がいることを知った時のような感じで。

 実は俺は某アイドルグループのファンだ。早く高校に行きたい。高校に行ったらバイトもできるようになるし、CDを何枚も買えるようになるし、馬鹿にならないコンサートチケットも何回か変える身分になる。まあ、これは別の話だが。

 ともかく、何度かメンバーに男の影がある噂を聞くたびに裏切り続けられたファンは進化し、とうとう第六感を手に入れた。

 ま、そういうことで、なんとなくわかるようになった。「あ。こいつ、男いるな」と。


 俺がアイドルオタクだということは土田は勿論、親友も知らない。完璧に普通の男子中学生をやっているからな。

 で、そんな隠れアイドルオタクな俺は松谷から男のいる感を受けているようだ。

 松谷がタイプかどうかと聞かれてもタイプじゃないし、みんなが好むようなタイプだな、としか思えないから、一応、みんなと同じ反応を返しておく。男がいようが何だろうが、そうしておくのが無難だからだ。

 そういう理由でアイドルオタクだというのも、擬態してわからないようにしている。ちょっと、オタクっぽいところがあっても、服装や言動さえ気を付けておけば多少は誤魔化せる。

 隠れアイドルオタクよりも普通に近い隠れオタク。この擬態を見破れるものはいない。


 高校は都心の進学校に行く予定だし、松谷ともあと数か月の我慢だ。






 進学校を出て、国立大学を出て、擬態に気付かれることなくそのまま社会に溶け込む。

 ファングッズの通信販売で発送に関わっている人間にはアイドルオタクだってバレてはいるが、それはそれ。これはこれ。


 ある日、深夜の駅のホームで酔いつぶれている女を見つけた。こんなところで無防備に泥酔していられるほど日本は平和だ。

 だからといって、こんなところで放置しておくのは良くない。俺は善良な一般市民なのだから。それに職場でもいい人で通っている俺がこんなところでボロを出しちゃいけない。

 面倒臭いが駅員に言いに行くことにした。それ以上面倒を見る義務は何もない。

 ふいに女が顔を上げる。電灯の下で見えた顔はタイプだった。

 ま、タイプはどこにでもいるようなちょっと可愛い子だから、ストライクゾーンが広いと言っちゃ広いが。


 駅員に任せて帰る?

 そうしたら、これっきりってことになる。

 かといって、職場くらいでしか出会いの少ない今の生活でいい人として生きていたいなら、タイプの子に気軽に声をかけることもできない。

 あくまで俺は普通のいい人を装っているのだから、本性の片鱗だけでも気付かれないようにしなくてはいけない。

 明るく軽い人気者を装って目立ちすぎて嫉妬を買うのもよくないし、好き勝手生きる我儘野郎を装って弱みを探られて、本性を見破られては困る。 

 駅員のいそうなところに着くまでに面倒を見て恩を売ることを決めた。

 これはきっと、タクシーを使わず、最終電車に間に合うように早めに帰ったのも、運命だったのだろう。


「もしもーし。起きてる? 家どこ?」


 アルコールの酔いと眠気で虚ろになった目が俺を見る。真正面から見たら顔がよく見える。

 やっぱ、タイプの顔だ。


「ぁうんぅ・・・?」


 なに言ってるかまったく聞き取れなくてわからない。


「家」

「いえ⤵?」


「言え」のイントネーションで彼女が言う。


「い・え⤴」

「い・え⤴?」


 オウム返しになっているだけで話が通じない。


「house。お家。住所」

「チョーフしー○○チョー△ちょーめ■-● ※※まんしょん**ゴウ」


 住所言われても、わからない。

 そこで言うのは最寄り駅だろ?! と思ったが、相手は酔っ払いだ。住所と言われて、最寄り駅を言えるくらい頭がまわるはずもない。


「ハイハイ。最寄り駅は?」


 最終電車を逃したら、一夜を駅で過ごす――いや、駅から追い出されて好感度最悪な初対面を果たす可能性があるので、最寄り駅まで行く電車に乗り込まないといけない。


「チョーフ」


 調布か。それならどの電車でも行けるし、最終電車も調布行きだ。

 家より遠いが、朝一で帰ればここまで酔っぱらっていたら気付かれないだろうし、一度家に着替えに帰っても充分間に合う。

 ホント、ついてるな。


 すぐ眠ってしまう彼女を支えて歩くのは非常に安定が悪くて動きづらいが、担いだり、おんぶをしてパニックを起こされては困る。俺は彼女を支えるようにして、発車待ちをしている電車に乗り込んだ。

 最終近くということもあって、電車は座席に座れないくらい混んでいた。

 できるだけ、支えやすいドア口の角に彼女を寄り掛からせ、かばうように立って支える。調布までどれくらいかかるかは知らないが、タクシーチケットを使うような残業続きでヘロヘロな俺が自分の足で立っていられない彼女を支えられる時間で着いてくれ、と願った。


 調布に着いて、改札前で彼女に定期を出させ、どうにか駅を出た。後はタクシー待ちをして、最初に教えてくれた住所を告げて、マンションまで運んでもらう。

 エレベータで階まで上がって、表札を頼りに彼女の部屋の前まで行く。タクシーで休めたおかげで、無事にたどり着き、彼女に声をかけて鍵を取り出してもらい、その鍵を使って、部屋の中まで運び込んだ。


「寝室は、って、こっちか」


 目の前にはリビングらしきものが見えて、横にドアが見えるから、寝室はこっちだろう。

 ドアを開けてみると、やっぱり寝室で、彼女をベッドに横たわらせた。

 服を脱がして身体を楽にしてやるまでするとやりすぎだから、羽織りものだけ脱がせて、ベッドのヘッドボードに掛けておく。


 リビングに戻って、コップを水切り棚から拝借して、彼女に水を飲ませる。


「ほら、水だ」

「・・・ぅん、あ・・・みず?」

「飲んどけ」


 寝惚けていても、彼女は素直に飲んでくれた。

 二日酔いが軽くなるようなものを買ってきたほうがいいかもしれないが、タクシーで連れて来てもらうほど土地勘がない場所だ。赤の他人の家を漁るのもよくないので、水を飲ませるだけにしておこう。


 リビングに戻って、ついでに自分も水を飲む。

 室内だし、冬じゃないからリビングで一夜を明かしても大丈夫そうだ。


 名前どころか、顔も知らない相手に家まで連れて来てもらって、こんなに無防備で大丈夫なのか心配になってくる。女性の社会進出はいいと思うが、野郎じゃないんだから、意識がなくなるまで飲む危機意識ぐらいは持って欲しい。

 野郎なら財布を盗まれるくらいで、朝まで放置されるだけですむが女性はそうじゃないだろ?

 彼女ときたら、俺のような善良な一般市民じゃなかったら、泥棒や強姦魔を家に招き入れたことになる。

 一緒にいるのが知人かどうかすらわからないくらい酔うのも問題だな。


 スマホのアラームをセットして、とりとめのないことを考えながら、リビングで眠った。






 翌朝、俺はアラームの音で起きると、鍵をドアポストに入れておく旨と連絡先を書いたメモをテーブルに置いて、さっさと退散した。

 タクシーを乗っていた時に通り道にバス停を確認していたので、そこまで行けば駅まで出られるだろう。それが京王線の駅に行くことだけを祈るばかりだ。






 その日の夕方、()()()()彼女から電話がかかって来た。

 平謝りする彼女を優しく宥めれば、自分を裏切った元恋人が乗り変えた女にふられていたのを慰めていて、飲み過ぎたらしい。

 なんといっていいのやら・・・。これはお人好しというのだろうか? それとも、間抜けというのだろうか?

 自分を裏切った元恋人がふられて慰めるのもおかしいし、それで自分が飲みすぎるのもおかしいし、そんな状態の彼女を一人で帰すなんて相手の男も頭がおかしい。それだから、乗り変えた女にふられたのだろう。

 だが、よく聞けば、次の恋人に乗り変えられて、元恋人はふられたとか。

 なんなんだ、それ?

 最低な人間性でふられたわけではなく、次の恋人と付き合う為にふられたのか?

 これが彼女のいつものことらしい。

 しかも、恋人を盗っていくのは彼女の姉。

 それも毎回毎回、歴代の恋人全員を姉を盗られるらしい。

 異常だな。

 一度付き合ったことのある彼なら盗られる必要もないだろうと思っていたら、また盗られたそうだ。

 彼女も懲りないが、姉も懲りないな。

 元恋人は別れたくなかったのに姉にふられた?

 未練たらたらで吹っ切れていなかったところに彼女の姉からまた声をかけられてまた乗り変えたのか・・・馬鹿だな。

 はっきり言って、救いようのない馬鹿だな。

 いや、可哀想と言っていいのかもしれない。同情はまったくできないが。

 こだわりのない男はふられた女にいつまでも執着し続けるからな。「恋人はファンのみんなだよ」と言いながら影で男と付き合って、週刊誌ですっぱ抜かれて謝罪会見するアイドルを一部のファンがつい許してしまうはこの為だ。

 アイドルになるまで恋人がいようが、旦那がいようが、隠し子の一人二人いようがかまわないが、ファンの恋人自称している間は恋人作るなよ!!

 おっと、私情に走って話がそれた。

 別れる時にいつでも指先一つで取り返せるようにしておくのは更に性質が悪く、次の獲物を狙う手腕は悪女が使う手だ。

 妹の恋人ばかり盗っているのもそうだ。

 狭い内での自分の優位性を誇示したいという自己顕示欲から妹の恋人を盗りまくって、当事者以外には気付かれないようにしているところが、外面だけはいい人間のやり口だ。ファンに隠れて男と付き合っていたアイドルのように。

 初めての電話で愚痴を聞き出したおかげで、「また何かあったら、喜んで愚痴を聞く」と言えば、慌てて固辞されて。

「また酔い潰れていたら心配だ」と言えば、しどろもどろな返答が返って来て。

「だから、今度飲みに行く時は一緒に行く」と言えば、「そこまでしなくてもいいです」と恐縮されて。

 でも、その声にあるは恐縮だけじゃなくて、痛め付けられるのに慣れていても無償の善意に慣れていない脆さが垣間見えて。


 悪女の虜になって未練のある男たちは彼女を食べ物で釣り、彼女は美味しいものを奢ってもらってデートしているようにアピールし、悪女は妹とデートをする男たちを略奪して心を満たし、捨てられた男たちは執着心を強めて病んでいく。

 俺は善意を装って、そのサイクルの合間合間に時間をかけて彼女の弱点に付け込んで、心を侵食して依存させていった。


 可哀想な彼女の本心は、恋人が姉に心を奪われないこと。

  悪女がヤンデレたちに囲まれて身動きが取れなくなっても、恋人が姉に心奪われては元も子もない。

 それはそうだ。

 恋人のほうも姉に目を向けない人物がいい。ヤンデレのように強い執着を彼女に向けていれば、そんなこともない、と。


 ああ、なんだ。アイドルオタクを隠して普通のいい人をしていた俺は、今度はヤンデレのふりをすればいいらしい。

 こうして、俺は身近な可愛い子を手に入れた。


 アイドルグループのグッズは彼女と付き合っている間は段ボールに詰めて隠し、新居に引っ越す前に捨てた。

 やっぱ、代替品より、本物のほうがいいもんな。

 あそこまではまっていたアイドルグループを代替品呼ばわりするのはおかしい?











 ただ普通のふりをするより、隠れアイドルオタクのふりもしておいたほうが本性に気付かれた時、サイコパスだってわからないだろ。






彼女は病んでて姉を悪気がないと認識していますが、主人公の視点からでは姉妹揃って病んでいます。


ネタバラシになるので、タグに「サイコパス」は入っていません。

普通、都合良く、自分に執着してくれるヤンデレと遭遇なんかしませんよね・・・。

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