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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

散りし花には盃を

作者: 渡 徹

世は戦がそこかしこで行われていた時代。

これはそんな時代の一人の武士の物語である。


刀の打ち合う音が、鎧の動く音が、矢が空を切る音がそこかしこに飛び交う戦場。

そんな中兵士の一人、凛丸は同じく刀を持つ武士と相対していた。

「やあああ!」

「くっ」

凛丸の切り込みを敵は紙一重でかわす。

お返しとばかりに振るわれた敵の刀に凛丸は自分の持つ刀をぶつけ少し敵に隙ができる。

「もらった!」

「ぐはっ」

敵の肉を断ち切る嫌な感覚と吹き出る血の鉄臭さが鼻に付く。人を殺した。

戦場に出て何度も繰り返すうちに、いつのまにか罪悪感すら何処かに消えてしまった。

夢の中で見ていた悪夢も、五人を切ったあたりからなくなった。

切ったあと手に残る重さも十を切れば何も感じなくなった。

刀についた鉄臭い朱を刀を振ることで拭い去る。

「これでまだ、もう一人くらいは切れるだろう。」


戦が終わり、後に残ったのは味方や敵の死体の山と血の海という惨状。

それを見る時、凛丸は思う。

戦は憎しみと、悲しみを生み出し。

そして、無数の命を奪う。

私も例外ではなく、今偶然にも生き残ったに過ぎない。

私は金を、食料を死んだ武士たちから奪い取る。

このような惨状を生み出す者でありながら私のような浪人はこれがなくては飢えて死ぬ。

戦は必要だ。

私の両親が他界するとき私は家を飛び出した。

金もなく、食べ物もない。

そんな私を救ったのは皮肉にも私からすべてを奪い去った戦であった。

私から、愛しい人を奪った戦に今度は自分も身を投じている。


手にした金を持ち、河原で体を洗う。

ただひたすらに血を洗い流し、汚れを取る。

とうの昔にそんなことで落ちる汚れではなくなってしまったのに。

私は洗い流す。

からだにはいくつもの切り傷が付いている。はじめのうちは斬られることも多々あった。

浅く斬られその代わりに何人もの武士を沈めた。

そこそこ刀の才能があったことが幸いし今までこうして生きながらえることができている。

川から上がり、しばらく体を乾かした後服を着る。


「団子はいりませんかー!」

小さな娘が大きな声で呼び込みをしている。

今日は団子でも食おうか。

ふと、そんなことを思いその茶屋による。

「店主、お一ついただけるかい?」

そういうと中から一人の男が出てくる。

「お、兄ちゃん買ってってくれんのかい。4文だ。」

「はいよ。」

凛助はそう言いながら十文銭をわたす。

しばらくすると串団子と出がらしの番茶が出される。

「串団子と、お茶となっております。」

ぺこりと頭を下げて再び呼び込みへと少女は出て行く。

働き者だ。

それを眺める店主もどこか満足げな表情である。

凛助はその少女の姿がかつて共に過ごした思い人の姿と重なる。

「お豊」

凛助が想いを告げる前に戦に巻き込まれこの世を去った思い人。

凛助は小さな盃と簪を懐から取り出す。

何度も何度も言おうとした、でも伝えきれなかった思いは胸の中でぐるぐると渦巻きどこにも出られないでいる。


あの日私とお豊は偶然にも集落から外に出ていた。

そんな時だった近くで戦が起こっている音が聞こえて来たのは。

まずい離れなくては、そう思い私とお豊は走った。しかし、お豊はもとより動ける方ではない。

木の根に足を取られ、前へと転んでしまった。

そんな時だった、風切り音が聞こえて来たのは。

弓兵たちが無数の矢を打ち合う。合戦の始まりの合図だ。

その流れ弾がこちらにも飛んで来たのだ、そしてその内の一本がお豊へと吸い込まれるように飛んでいく。

あの瞬間はとても長く感じた。

「お豊!」

鈍い音を立ててお豊の体に矢が突き刺さる。

私は慌ててお豊の元へと駆け寄り安全な場所木の影へと移動する。

「お豊、目を開けろお豊!」

「凛・・・助。」

「お豊!」

目を開けたお豊は悲しそうにでも安心したように続ける。

「よかった・・・あんたは、無事で。くっ」

胸へと矢が刺さり血が流れ出ている。

「喋るな今止血を」

そう言った私をお豊は手で静止する。

「いいのさ、私はもうダメだ・・・分かっちまった。」

「何も言うな!私はまだお前に伝えていないことがあるのだ。好きだったのだ前から。だから、こんなところで死ぬなお豊。」

とっさに口をついた一言。好き。

ずっと昔から思いを寄せていた。

何度も何度も伝えようとしたが伝えられなかった一言。

この瞬間すんなりと口から出てきた。

お豊はその時心の底から嬉しそうに頰を緩めた。

「私も、好き・・・だったよ。愛していた。だけど、もう・・・凛助。」

悲しそうに弱々しくなっていく声にお豊の最後を悟る。

「なんだ、お豊。」

「そんな顔するんじゃないよ、あんたも男だろう。こいつを凛助、あんたにやる。」

お豊は懐に手を入れ盃を取り出し頭から簪を抜き取り私へと託した。

形見の品だろう。こんなもの本当は受け取りたくはなかった。突き返してお前が生きていればいいと言ってやりたかった。だが、お豊の雰囲気からそれはできず私はその二つを受け取った。

「あんたは・・・簡単にこっちに来るんじゃ・・・ないよ。」

そう言ったお豊に私は頷き返した。

そして、言葉を返した。

ただ、どこまでお豊に届いていたかわからないが私はあの時約束した。

「ああ、お豊の分も生きる。だから、向こうで待っていてくれ。必ず、そちらへ会いに行くから。」

「・・・」

返事はなかっただが、お豊の顔は心なしか和らいだものとなっていた。

私は泣いた。お豊に言われたばかりだが耐えきれなかった。

愛しいものの最後に。

私はまだ暖かいお豊の体を力一杯抱きしめその場を離れた。

お豊を埋葬した後のことはよく覚えていない。

ただ、それからだ。私の感情から喜びが消えたのは。


「ありがとうな、店主。」

「ああ、兄ちゃんも元気でな。」

店主に別れを告げ茶屋を出ると外はもう夕暮れだった。

今日も野宿になりそうだ。

河原の近くで見つけた手頃な洞窟に入り眠る。

久しぶりに夢を見た、あの頃の夢だ。

お豊が生きて私と共にいた頃の。

まだ私の手が血に染まる前の。


凛助が目を覚ます。もうすでに日が差し込んでいた。

木々の合間から、川の表面から日の光が凛助の目を刺激し覚醒させる。

しかし、なぜか気分は重たいものだった。

昔の夢を見たせいか、血で濡れた手が身体がとても怖くなった。

まるで、初めて人を殺したばかりの頃のように。

気が重いままだったが、戦に出なければ凛助に収入源はない。

顔を洗い気を引き締める。

冷たい川の水が顔にかかり、暗いモヤモヤを消す。


戦場に出て来た。

いつものごとく、死体を漁り金と食料を入手する。

戦は一度起こるとしばらくの間はどこかしかでいくさが起きている。

しばらく漁っていると、背後から私と同じく何かが動く音がした。

人だ。

何を口にすることもなく、私は刀を抜き構える。

相手方も同じようで刀を抜きこちらに構えている。

痛いほどの沈黙の後、先に踏み込んだのは相手であった。

鋭い剣筋が私に迫る。

「くっ」

私はそれを紙一重で躱しその胴に刀を振り抜こうとする。しかしその瞬間何故か懐に入れてあるはずの盃と簪が脳裏をよぎった。

その一瞬の硬直。

それを逃すほど相手方も優しくはない。

「しまっ!」

私は縦に斬撃を受けてしまった。服が破けその下の肉まで深々と斬られた。

そのまま、よろよろと私は前のめりに倒れる。

目の前に私の懐から転がり落ちた盃が転がる。その中には血が入っていた。

「血酒か。」

なんとも皮肉なものだ。

誓いを立てるための血酒がお豊から言われた約束が破られようとした時に目の前にあるのだから。

「すまないな・・・約束を・・破ってしまった。だが、もう一つは・・・守られるか。」

お豊の死に際に私が一方的に誓った約束。

「必ず、会いに・・・行く。」

私は仰向けになると右手で懐の簪を握る。

先ほど私を切り捨てた武士はもう去ったらしい。

身体が次第に冷たくなっていき感覚もなくなって来る。もはや痛みすら感じない。

「お豊、今・・・お前の・・・もとへ・・・」

凛助はその言葉を最後にこの世から去った。

凛助のそばには血の入った盃と簪があるだけであったが、凛助の表情はあの日のお豊のように和らいだものであった。

戦で人が死ぬのは当たり前の事。

強風吹き荒れる中の細く脆い茎に大輪を咲かせるのは困難だ。

平和と幸せはその大輪である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何とも救いのない話です。 「戦で人が死ぬのは当たり前の事」という文に全てが表わされているようですね……。
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