第9話 ダメ勇者と豪ちゃん
「健さん、ナイト様雇えますね!」
琴音は嬉しそうに俺を見ていた。
「そうだな。ていうか、たけちゃんじゃなくなったの?ずっと健さんだよな。」
時々どうでもいい事が気になる。正にこれがどうでもいい質問だ。
琴音はモジモジしながら答えた。
「なんかたけちゃんは……なんと言うか……しっくりこない気がしまして……」
おっしゃる通り!ちゃん付けで呼ばれた事など1度も無い。自分でも気持ちが悪かった。
「そうだよな!無理な事を強要して悪かった!そのままで良いよ。」
「はい!」
安心したように琴音は大声で返事をした。
二人は酒場へと向かう。木の扉を開けると傭兵らしい人は、3人しかいなかった。琴音を勧誘に来た時は、所狭しと群がっていたはず。不審に思いカウンターの店主に声をかけた。
「こんにちは」
「はい、勇者様」
いきなり傭兵ではなく、自分に声をかけられた事に訝しげな表情を浮かべた。元は傭兵だったのだろうか、すごく逞しい身体をしている。
「傭兵が少なくなったみたいだけど、何かあったのか?」
店主はその質問に一瞬戸惑いを見せたが、意を決したように話し始めた。
「傭兵ってのはよぉ、養成学校でみっちり勉強して試験を合格したものがなれる。しかも遠方から馬車に揺られ、酒場に行かなきゃなんねい。酒場に入るには入場料として俺に100円払うのさ」
長い話だ。しかも的を得ていない。
「何のためか!勇者に雇われて、それぞれの夢を叶えるためだ。金もいる。食べ物も底をつく。ライバルは大勢いる。わかりますかねぇ?この傭兵の辛さが」
やはりこの人も傭兵だったに違いない。俺の返事を待たずに、また店主は話し始めた。
「夢を追う傭兵達は立派な勇者に雇われたいんだ。その勇者に夢を託すんだからな。初めから一人しか雇わない勇者なんぞ……、傭兵は見切りをつけ、故郷に帰っちまったんだ」
そういうと店主はうつむき首を横に振った。
「なるほど、よく分かった。話してくれてありがとう。」
やはり俺は傭兵にまで愛想を尽かされるダメ勇者だった。店主もきっと呆れてたんだろう。
「だが店主」
なぜか俺は店主を睨みつけていた。
「なんだ、俺の名はロンだ」
「ロンさん。皆の命を俺は預かるんだ。絶対に俺が守る!」
どこからそんな自信が湧いてきたのか、自分でも分からない。ただそれは俺にとって大切な使命だと、その時確信した。
ロンは俺から目を背け、奥へと歩き出した。
「勇者様、名前は?」
「健だ」
「覚えておこう」
そう言うと、ロンは奥へと入って行った。
ここにいる傭兵達3人は、今なお俺を待ち続けてくれていたんだ。愛おしい。全員を雇いたい気持ちを押さえながら告げた。
「今回は盾役を探しに来た。誰かいるか?」
3人のうち2人が頭をたれた。
そのうちの一人が一歩前に出た。鍛えていたのか程よく筋肉がつき、四角い顔立ちで眉の太い青年だった。髪は黒く短髪で、俺の方を真っ直ぐ見て話し始めた。
「おいはナイトござんで。名は豪よかもす」
すごいなまりだったが理解は出来る。その実直そうな青年を、俺はとても気に入った。
「ダメ勇者だが、これからよろしく頼む」
手を差し出すと、豪は両手で握りしめ
「初心者じゃんどん、よろしゅたもいやはんか。勇者様は皆を守うとおっしゃおいもしたが、おいが勇者様を守いもす!」
方言てのは難しいものだ。だが、豪の熱い思いは伝わった。
残りの2人に深々と一礼し、3人は酒場を出た。かなり日は傾いてきたが、どうしても後少し食料を調達したい。それに防具屋との約束がある。足早に門の外に出てラビッチを目指した。その後を琴音と豪がついてくる。
「訳あってラビッチを大量に倒したい。手伝ってくれるか?」
「はい。」琴音の顔はまた緊張していた。
遅れて豪が「はい。」と言った。
真似をしたような気がして、可笑しくなる。
手前のラビッチに切りつけた。分裂して2匹になる。スキルを温存しながら切る。豪が挑発スキルを唱えると、2匹とも豪に攻撃した。豪はうめき声もあげず必死に耐えていたが、豪のレベルは1だ。倒れそうになりながら盾を構えている。琴音も必死で豪を回復している。普通攻撃で1匹を倒し、後の1匹に連撃を使った。
初めての豪の戦闘が終わった。豪は無言で俺を見ていた。きっとレベルが上がっただろうに、喜こぶ事もなかった。
「次々倒していくぞ。」
2人は頷き俺の後を追う。手当り次第ラビッチに斬りかかり倒していく。俺と琴音は豪のおかげで、攻撃をくらう事はなかったが、豪は体中赤く腫れ上がっていた。血の滲んでいる所もある。
「豪ちゃん、大丈夫かっ?」
「はい。まだまだ大丈夫です。」
3人は必死で闘い、夕方になったので終える事にした。最後の方は3人共レベルが上がり余裕の闘いとなっていた。
門に入りベンチに座った。琴音が隣に座り、豪は足元にしゃがみこむ。
「二人とも大丈夫か?」
「私は大丈夫です。」
「おいも大丈夫。」
生憎もう噴水の水は止まっている。豪の身体が心配だ。
「健さん、レベルは幾つですか?」
「ん、9だな。」
「じゃあ、もう二刀流が使えます。」
「そうか!」
「レベル8で二刀流、10で家が持てもす。」
琴音に続き豪も教えてくれた。
家か、家は魅力的だ。水はあるだろうから豪の傷口も清潔にできるし、赤い腫れは冷やせる。何より野宿せずに済む。
「ハレルヤ、レベル10になれば夜でも家に入れるのか?」
"もちろんでございます。"
その言葉を聞いて俺は立上り、走り出した。2人も訳がわからず走って付いてきた。
防具屋は辛うじて開いていた。
「おぉーこれは勇者様!」
俺は咄嗟に思いついたため、リュックの中身を確認していなかった事に気づく。しかもここは防具屋。俺が欲したのは二刀流の剣だ。
「ちょっと待ってくれるか。」
「あいよっ!」
リュックから中身を出し白い毛を数えた。18あった。
「おぉー!」
それを見た店主は驚きの声をもらした。
「お約束の品です。」
そう言って店主に手渡した。
「で、何が欲しいですかい?」
「実は……今必要なのは二刀流の剣なんだが……」
「よしきたっ!」
そう言うと隣の部屋に入って行った。
暫くして店主が綺麗な剣を2本持って戻って来た。それをカウンターの上に置いた。立派な剣だ。
「隣は弟がやってる武器屋だ。弟が丹精込めて作った剣だ。レベル8から持てますぜ。」
店主は嬉しそうにそう言った。
「だが……これは……白い毛と交換で大丈夫なのか?」
「あいな!というのは嘘になります。が、そんな事はいいんですよ!約束した日にしかも大量に持って来てくれた、それに惚れました!ワッハッハー。」
店主は大きく口をあけ豪快に笑った。
俺は深々と頭を下げ、腰の剣を抜きカウンターに置いた。
「弟さんによろしく!これは何かに使ってください。」
「あいよ!」
2本の綺麗な剣を受け取り腰に差した。ずっしりと重い。
「ちなみに俺はジョン、弟はヨシュア。これからもよろしく頼んます!」
「こちらこそ、これから世話になると思う。俺は健だ。」
俺が扉の方に歩き出すとジョンは叫んだ。
「色んな噂があるようですが、俺は健様を信じてますっ!」
「ありがとう……」
温かい、温かすぎる……。思わず目頭が熱くなった。
ドアを開けるとすっかり暗くなっていた。涙が溢れた。夜の暗闇で気づかれないだろうと思うと、余計に涙が止まらない。ここに来てすっかり泣き虫になったようだ。
よし、次は家だ!こいつらに野宿はさせない。
アドバイス頂けると幸いです<(_ _)>