第8話 物々交換
琴音と二人で門から外へ出た。
「これが1番弱いキノッチ。慣れるためにちょっとやってみよう!」
「はい」琴音は弱々しく返事をした。
手前のキノッチに切りつけた。分裂し3匹になった。気にせず端の1匹を連撃で倒した。あとの2匹が容赦なく攻撃してくる。琴音は後列に立ち俺に回復をしてくれた。体力を気にすることなく、攻撃に専念出来た。なんと素晴らしい。2匹とも連撃ですぐに倒せた。後ろを振り向くと、琴音は余裕の笑みを浮かべた。
「レベルが上がりました。」
本当に嬉しそうだった。
「よしっ、次はラビッチに行こう。」
キノッチをよけ砂利道を歩き、近くにいたラビッチを切った。2匹に分裂した。臆せず連撃をくらわすも、剣が光らない。何度やってもスキルは発動しなかった。
「なぜだ!?」
"健様、全てのスキルはMPというものを消費し発動します。今はそのMPが切れた状態でございます。時間の経過と共に回復される仕組みになっております"
「そうか、さっき立て続けに使ったからか…。」
普通攻撃を繰り出す。ラビッチの攻撃はよけれず、跳ね返すのが精一杯だった。何とか1匹を倒せた。
「きゃあ!」
ラビッチが琴音目がけて顔をキックした。琴音は思いっきり後方に吹っ飛んだ。
「ことちゃんっ!」
琴音は赤くなった顔を押さえながらすぐに立上り、自分を回復した。
「クソっ!スキル来い!」
琴音の前に立ち連撃を食らわした。ラビッチは吹っ飛び倒れた。
「ことちゃん大丈夫か?」
慌てて駆け寄り声をかけた。
「はい……」
返事はしたものの目からは大粒の涙が溢れ、赤く腫れ上がった頬を濡らしていた。俺は琴音の手を取り、モンスターを避けながら足早に門の中に入った。
「よかった!噴水から水が出てる」
琴音を噴水の前に連れていき、冷やすように促した。念入りに手を洗った後、両手で水をすくい飲み始めた。よほど喉が乾いていたのかいつまでも飲んでいる。
「健さん、ありがとうございます」
頬に水をあてながらそう言った。俺もカブのみし身体を洗った。
「健さん、どうぞ」
琴音はそういうとタオルを俺に差し出した。
「タオルを持っているのか、すごいな」
「持ち物はこれだけです」
安心したのか先程の涙はなく、照れくさそうに笑っていた。貸して貰ったタオルで身体を拭き、ベンチにかけ座った。
「噴水の水が出るのはお昼時だけなんだ。だから、もしまだ足らないならーー」
「いえ、もう充分いただきました」
笑顔でそう答えると俺の横に座った。
「喉が渇いていたの?」
「はい。ここに来てから飲み物も食べ物もありませんでしたから」
「酒場ってお酒だけ?」
「いえ、酒場というだけでこの村には何もありません。他の街にはあるらしいのですが」
初めての戦闘を終え安心したのか、琴音はとても饒舌になっていた。
「あ、食べ物あるかな?」
リュックを降ろし中を調べた。エノキが邪魔でよく見えない。一旦全部出してみた。袋に入った人参と大きなパンがあった。
「おぉー!すごい!」
俺がそう言うと琴音も目を輝かせた。
「半分ずつしよっ」
俺は人参を手で折り琴音に渡した。生でかじった事はなかったが食べられる上等な食べ物だ。二人は夢中でかじった。シャリシャリと音だけがなっている。不思議な光景だった。食べ終えると満腹感を感じていた。
「パンは夕方にとっておこう?」
琴音は大きく頷いた。
「ハレルヤ、なぜ後方にいた琴音が攻撃されたんだ?」
リュックを片付けないまま、そう訊ねた。
"攻撃を受けたモンスターはその相手を必ず攻撃します。ですが、攻撃を受けていない方は誰にでも攻撃が出来ます。主に前衛に攻撃するのですが、ラビッチのように脚力がある、または飛行出来るモンスターは後方攻撃が可能なのです"
「なるほど、じゃあ複数の場合は全員を攻撃しないとダメだったんだな」
"それも限りがあります。単体攻撃しか出来ない間は完全とは言いきれませんな"
「んー難しいな……」
"そもそも健様はアタッカーでございます。人を守るのではなく攻撃をするジョブなのに、必ず守るなど不可能でございます"
「そうかっ!盾役が必要なのかっ!」
"そうでございます。ナイトが皆を守るジョブでございます"
「かと言って食料が確保できなければ……」
「大丈夫だと思います。だってこんなにエノキがあるじゃないですか!」
困惑している俺とは違って、前向きな琴音がいた。
「ここの人達は皆物々交換をしています。エノキもきっと何かに変えれます。それにラビッチを3人で倒せば人参やパンが手に入ります。大丈夫です!」
琴音の目はキラキラと輝いていた。
「じゃあ、行ってみるかっ」
俺はリュックにドロップした品を大切に入れ、中心の通りへと向かった。琴音も嬉しそうに付いてきた。
「勇者様!」
一人のおばさんがそういうと頭を下げた。
「あの、エノキが沢山あるのですが……」
こういうのは苦手だ。それにこんな勇者がいるだろうか、と思うと恥ずかしくて仕方がない。隣の琴音を見ると、とても嬉しそうだった。
「おやまぁ、有難い!」
おばさんはとても喜んでいた。いや、差し上げるんじゃないんだけど……どう言えばいいものか悩んでいると
「エノキ5個とパン一つでどうですか?」
おばさんは当たり前のようにそう言い放った。
「大丈夫です」
初めて物々交換が出来た。やはり通りでこれをするのは、気が引ける。俺は行った事のある薬品店に入った。
「すいません。」
「勇者様!ようこそ!」
以前の店主が笑顔で迎えてくれた。
「エノキが沢山あるのですが、何かと交換して貰えないかと……」
一気に話した。
「食料不足で願ってもない話です。何がよろしいですか?」
食料とは言えない。
「回復薬でいかがでしょう?」
俺が黙っていたので店主から提案してきた。回復役の琴音は少々気を落とした風だったが、仕方がないそれで了承した。これでリュックの中身のエノキは全て無くなり、代わりに回復薬が4つになった。
後はラビッチの白い毛が一つだけとなった。
「それなら防具屋に行ってみてはいかがでしょうか。装飾に使うので喜ばれますよ。」
店主は俺が持っていた白い毛を見てそう言った。お礼を言い防具屋に向かう。
がっしりとした店主がいた。
「勇者様!いらっしゃいませ!そろそろ防具ですな!」
やけに威勢がいい。
「いや、これを何かと変えてもらえないか?」
店主はがっかりしたように白い毛を見た。
「一つだけですかい?」
「そうなんだ……」
「そうですかい。まとめて使う物でして、出来れば10個にして持って来てもらえますかい?その時に必要なものと交換しましょう!」
俺は店主と約束をし、店を後にした。琴音は嬉しそうだった。多分琴音がいなければ、勇気が出ず諦めていただろう。
「ことちゃん、ありがとう。」
その言葉が不意にでた。
琴音は満足そうに頷き、満面の笑みを俺に向けた。その笑顔が傾きかけた日差しに照らされ、とても美しいと感じた。