第7話 ことちゃん
日の出と共に目が覚めた。空腹はもう何も感じなくなっていた。だが、喉の渇きと寒気があった。野宿に慣れ熟睡したのか、身体は至って元気だ。
軽く体を動かしてみる。攻撃された痛みで今まで気づかなかったのかも知れないが、ふくらはぎと右腕に筋肉痛のような痛みを感じた。
「痩せたかな?」
そう言いながら身体をなぜ回した。
"健様、おはようございます。生憎ここでは太る事も痩せる事もございません。しかしながら筋肉はつきますので、太ったように見える場合があります"
「それは好都合。病気はするのか?例えば風邪をひくとか」
"そういうものはございません。あるのは怪我と死のみです。"
それはそれで逆に怖いような気もする。
ベンチに腰掛けて手のひらを見た。レベル5になっていた。回復薬を買わなければいけない。リュックから財布を取り出す。所持金1200円。なぜ前の世界と同じ通貨なのかは分からない。
"健様、レベル5になりましたね。いよいよ仲間を勧誘する時がやって参りました。酒場に傭兵が勇者様からのお声がけを待ちわびております"
「仲間か~。素晴らしい響きだな」
俺には五月蝿くまとわりつく連れが、たくさんいた。ここに来てから辛かった事は沢山あるが、孤独の寂しさもそのうちの一つだった。
リュックを背負い軽快に歩き出す。
「何人誘ってもいいのか?」
"今のレベルでは4人までです。ただ……"
ハレルヤが珍しく言葉を詰まらせた。
「ただ、なんだ?」
"今の状況では食料が行き渡らず、餓死してしまうかと思いまして……これはアドバイスではなく私の個人的な意見でして……"
ハレルヤの言う通りだった。俺一人ろくに食べていないのに、沢山雇えるはずがない。
「いや、ありがとう。俺にとってはそういうハレルヤの意見も貴重だ。」
"健様、初めてお礼を言われましたな!?くそじじいと言われていた健様からは、想像も出来ない事でございます"
当たってる。当たってるだけに恥ずかしさが増す。本当にありがたかったからふと出た言葉だったが、今まで親にもツレにもお礼など言った事がない。感謝の気持ちなどなく、全て当たり前だと思ってきた。
ハレルヤの忠告を受け、俺は一人だけ傭兵を雇う事にした。酒場は中心の通りの外れにあった。古い木の扉を開けると熱気がすごく、暖かい。様々な臭いが混ざっていた。
カウンターの中に一人店主がいて、それを囲むように傭兵が群がっていた。俺が入るとその傭兵達は一斉にこちらを見た。圧倒されそうになる。しかし皆その場から動こうとはしない。俺が誘うのをひたすら待っているのだろうか。おかげで一人一人をゆっくりと見ることが出来た。みんなたくましい身体をしていたが、その中に痩せた色白の女の子がいた。
この子も傭兵か?俺は興味を持ちその子に近づいた。女の子は驚いて、後ずさりした。
「あなたも傭兵ですか?」
「初めまして、勇者様。私は琴音と言います。傭兵です」
震えた声でそう言うと俯いた。
「ジョブは何ですか?」
「はい。巫女です。」
そう言えば巫女らしい装束を着ている。
「ごめん、よく知らないんだけど、巫女さんは何が出来る?」
「はい。主に回復です。」
俺はゲームをよくしていた。回復役は必須ジョブだ。回復薬も切れた事だし、この子に決めた。しかもとても可愛い。下心がある訳ではなく、いや、どうかな……。
とりあえずこの子だ!
「悪い、勇者と呼ばれるほど強くないんだ。それでも良ければ仲間になってもらいたい。」
そういうと琴音は頷き
「私の方こそ新米ですが一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。」と深々と頭を下げた。
なんて律儀な子なんだ。俺はますます気にいった。
「じゃ、そういうことでよろしく」
手を差し出すと琴音は一歩前に出て手を握った。
周りにいた傭兵達はその様子をずっと静かに見守っていた。振り返り扉に近づこうとすると、次は自分の番かもと俺が見えるところに移動してきた。
「悪いな、今日のところは一人だけなんだ。」
傭兵達は落胆した表情を浮かべ、琴音は驚いているようだった。
酒場を後にしベンチに歩き出す。その後を琴音が付いてきた。何だかナンパして連れ出したような気分だった。
ベンチに座り、立ちすくむ琴音に座るよう促した。
「俺は本当に勇者の資格などない男だ。それにいろんな事がまだ分かっていない。手のひらを見せてくれ。」
琴音の右手のひらは1だった。
「レベル1か」
「申し訳ありません。新米傭兵はこのコマンスマンの村酒場にしか来れないんです。ですので、勧誘されたのも今回が初めてで」
琴音は恐縮しながらそう言った。
「いや、そんな事はいいんだ。どのモンスターにしようか考えてただけなんだ。」
「はい。」
琴音は随分緊張しているようだった。それもそうだ、これから命がけの戦闘が始まるんだから。
「ごめん、名前なんだっけ?」
「琴音です。」
「あーそうだった。じゃ、ことちゃんだな。俺は健っ!」
「はい。健様。」
「いや、たけちゃんとか健とかでいいよ。その方が窮屈じゃないでしょ?」
琴音は躊躇いながら俯き「はい。たけちゃん」と言った。全く素直ないい子だ。いや、ナンパのようだがこれはれっきとした勧誘だ。俺は自分に言い聞かせた。