第6話 ドロップをドロップ
村の中心から離れ、出入り口の門までまた戻った。水が流れる音がする。ふと見ると、いつも座っていたベンチの道を隔てて反対側に、小さな小さな噴水があった。
「水だ!」
俺は噴水から勢いよく溢れ出す水に駆け寄り、汚れた手を洗ってから両手でため、口をつけた。カラカラになった喉の渇きを潤すには充分だった。
「あー水って最高だ!」腹のたしにもなった。
"その噴水はお昼の間だけ水が流れるようになっております"
「そうなのか……」
狩りから帰って来たら、もう水は止まっているかも知れない。そう思うともったいなくてしょうがない。汚れた腕、足、赤く腫れ上がった腹、砂まみれの髪までも、念入りに洗った。生憎拭くものはない。暖かい陽射しを浴び乾かした。最高の気分だった。
右手のひらを改めて見ると、3の数字が光っていた。レベルアップしている。
「よしっ!連撃スキルが使えるぞっ!」
リュックから回復薬を取り出し、右ポケットに入れた。左ポケットには毒消し薬を入れ、元気よく門から外に飛び出し道に沿って歩き出した。キノッチよりも強いモンスターを探すためだ。
右側のキノッチを避けながら進むと、反対側にウサギを見つけた。
「ハレルヤ、ウサギは強いか?」
"そのモンスターはラビッチといいまして、キノッチよりも強いです。ですが、今の健様は連撃が使えますので、ちょうどいい相手でしょう"
「わかった!」
勢いよくラビッチに切りつけた。ラビッチは分裂し2匹になった。こっちには連撃スキルがある。臆する事はない。だが、1匹に切りつけるも今までと変わりがない。
「ハレルヤ、スキルはどうすれば使えるんだ?」
ラビッチにひたすら攻撃を与えながら訊ねた。
"連撃ですよ、健様!素早く2回攻撃をしてください"
ラビッチは両足で顔を目がけ、キックして来る。俺はよろけながら必死に連撃スキルを浴びせようとするも、いつもの攻撃しか出来ない。
やっと1匹を倒せたが体力はかなり消耗している。ポケットから最後の回復薬を取り出し飲みほした。ラビッチは左耳のあたりにキックする。耳鳴りがし俺は真横に倒れた。
「ヤバい……」
もう回復することは出来ない。即座に立上り素早く2回攻撃を繰り返す。だがなかなかスキルが発動しない。
"健様、スピードが命です。もっと素早く連撃してください。スキルが発動すれば剣が光ります"
俺は運動神経には自信があった。だがどうも上手く行かない。連撃スキルを練習している場合じゃない。回復薬がなくなった俺にはあとがないんだ。ラビッチの攻撃を受けながら連撃を繰り返した。その時剣が光った。スキルが発動したのだ。ラビッチは思いっきり後ろに飛び倒れた。
"それが連撃スキルでございます"
だが、俺は喜べないでいた。なぜなら、次必ずスキルを使えるという確信がもてなかったからだ。自分のものにしたい。
俺はこんな奴だったか?真面目さなんてどこにもなかった。努力なんかかつて1度もした事がない。生ぬるい環境を作りそれに甘んじる。それが俺だった。
だがここに来て、醒めない夢に落胆し、過酷な環境で考える余地も無く命と向き合う。死にものぐるいとはこういう事を言うのだろうか。
俺は死にたくない、絶対に死ねない。生きているのか死んでいるのか分からない生活をしてきた俺が、なぜここまで命を大切にするのか……。今の俺にはわからなかった。
体力はかなり消耗していたが、そのままキノッチの方へ歩き出した。門の近くにいたキノッチに切りつけた。分裂はしなかった。
「スピードだ、スピード。」
呪文のように繰り返しながら、2回攻撃を繰り返す。
キノッチの攻撃が遅く見え、攻撃をかわす事が出来るようになっていた。だが普通攻撃で倒してしまった。
俺はがむしゃらにキノッチを探し、切りつけた。何度も何度も繰り返しようやくコツをつかんだ頃、辺りは夕闇に染まっていた。
倒れ込むように門の中に入りベンチに腰掛けた。目の前の噴水にはやはり水がなかった。リュックを降ろし中を見た。山のようなエノキをベンチに並べる。まるで店が開けそうだ。
「1.2.3..全部で11個。」
ラビッチからのドロップだろう、袋に入った白い毛が1個。もう一つ小さな小さな小袋を見つけた。赤い飴が入っていた。飴だけを残し他は大事な宝物のようにリュックにしまった。袋を開けその飴を口に入れた。ここに来て初めての食べ物だった。甘い香りと甘い味。疲れた身体にしみわたる。
"ドロップをドロップしましたな!
フォッフォッフォッフォッ"
なぜかハレルヤのその言葉を聞いた途端、涙が溢れた。笑うところかも知れないが、俺は泣いた。涙が次から次へと溢れ止まらない。決して泣き虫ではない。逆に感情をあまり表に出さない奴だった。その俺がたった一つの飴で泣いていた。滑稽だと思う冷静な自分がいるのに、何故か涙は止まらない。
そんな恥ずかしい光景を夜の闇が隠してくれた。
次話も早めにアップする予定です。