第42話 プロポーズ
国王が亡くなった。国中が悲しみに包まれ葬儀が執り行われた。リリア姫は静かにその様子を見守ってはいるが内心は孤独に苛まれている事だろう。
翌日王位継承権によりリリア姫が王女となる戴冠式が行われ、これによりリリア姫は事実上この国を治める事となる。誰を頼る事も出来ずたった1人でそんな大仕事が出来るのであろうか。戦いも国で起こっている様々な事も何も知らないリリア王女。不憫でならない。いや、その為に俺は国王に頼まれたのだ。それを無視する事は出来ない。
俺はある決意を持ってリリア王女の部屋に向かった。部屋に通されると涙を急いで拭きこちらを見るリリア王女がいた。
「リリア王女、1度ゆっくりお話がしたかったので参りました」
リリア王女はゆっくりと1人がけ椅子に座った。何かが変わって見えた。いや、全てが変わってしまったように思えた。あんなに純粋で物事をはっきり言うリリア王女はそこにはいなかった。大きな悲しみがリリア王女を変えてしまったに違いない。俺が国王の亡くなる前に結婚を決めていてあげれば良かったのか。
リリア王女はまた静かに涙を流した。今度は拭う事もなく窓の外をじっと見つめている。かける言葉が見つからない。庭園でデートをした時のような親近感もなく、逆に俺に対していや他の人にもかもしれないが、大きな目に見えない壁がそこにはあった。悲しみを超えて絶望しているかのように見える。このままこの人はいなくなってしまうんではないか……。そんな不安さえ感じる。
俺も近くのソファーに座った。何も話さずにただ空しく時間だけが過ぎる。沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「もうすぐ桜が咲きます。そして薔薇の香りに包まれますでしょうね。でももう私には庭の変化に喜こんでいる暇はありませんね」
悲しいい事なのか嬉しい事なのかそれさえもわからないほど、彼女は無表情で言葉にはなんの力もなく空を舞うように消えていった。耐えられなくなり声をかけた。
「今何をお望みですか?」
「何も望んではおりません」
「結婚も?」
「あなた様が望んではいない事を私は無理にお願いしようとは思いません」
あんなに望んでいたのに確かに彼女は変わった。俺のせいだ。俺のせいに違いない。この痛々しいまでに心を病んだ彼女を救うのは俺しかいない。おこがましいかも知れないがその時はそう感じる他なかった。
「国を治めるというのは本当に大変な事です。ずっと側でリリア王女を支えるつもりです。だからどうか元気を取り戻してください」
リリア王女はその言葉にピクリと動き俺を見た。涙がまた溢れてきた。
「ずっと側で……」
「はい。リリア王女私と結婚してください。何も差し上げるものなどございませんが、誠心誠意貴方をお守りさせていただきます」
俺の中の男気がそう言わせたのか、守らなければいけない使命感なのか、国王との約束を果たすためなのか、わからないが俺にはこの言葉しかなかった。結婚は経験した事がないが、そこに愛が無ければいけないわけでもないだろう。ただ運命に従ってこの人を守り続けよう。
リリア王女は椅子から立ち上がり俺の方に歩いてきた。ゆっくりとした足取りで今にも倒れそうな、存在すらもうなかったようなそんな錯覚さえする。そんな彼女を思い切り抱きしめた。彼女は一瞬びくっとするも両手を俺の背中に回した。その手にはなんの力もなかった。
「リリア王女、よろしいですか?」
リリア王女はコクリと頷き「お願いします」と言った。そこに喜びはなかった。奴隷のように従う彼女を不憫に思った。何にせよこれが俺の初めてのプロポーズとなったのは確かだ。未知の世界に戸惑いは隠せない。
そして好きだと思った穂乃花の事を考えた。一緒に毎日同じ家で2人だけの世界を持ち、優しさに満ち溢れたであろう穂乃花との結婚生活。全て幻となってしまった。今は考えないようにしよう。
これからはリリア姫を愛する努力をして行こう。2人で築き上げる未来と2人で乗り越える国を治めるという事に専念すれば、きっと過去の事も忘れ幸せに暮らせる事だろう。その時はそんな事しかわからなかった。ただ、この報告を仲間の皆に特に穂乃花に伝えなければいけないという大仕事が待っていた。
リリア姫に結婚式の日取りなどは任せてもらうように伝え、これからは何の不安も心配も孤独感もないのだから、兎に角元気を取り戻して欲しいと伝えた。いつかまたあの笑顔を……。
勇者の家に戻り皆に集まってもらった。
「急な事で申し訳ないが、リリア王女と結婚する事にした……。」
実際皆の反応が怖かった。俺は俯きながらそう伝えた。
「そうか」
ユキナはため息交じりでそう答えた。
「そんな……」
琴音はそう言って泣いてしまった。
「たけちゃんが決めたならそれでいいんちゃうか」
ホイットは俺に気を使ってくれたのか笑顔でそう言った。
「応援します」
穂乃花は今ある力を全部込めてそう言ってくれた。いや多分自分を押し殺している。俺がもし反対の立場だったら応援なんてしたくない。不幸になれとまでは思わないが、それに近い気持ちになっただろう。彼女はやはり強かった。俺の何倍も強く感じた。
「ほの。後で2人で話したい。いい?」
「もちろん!後で部屋でね」
穂乃花は笑顔でそう言った。
「詳しい事は俺はずっといなかったからわからんけどな」そう言って泣いている琴音を横目で見た。
「でもよ、実際問題王女だけでは無理やと思う。建が側で国のために働いてくれるんなら、国民も安心だしな。建も多分それを全力でやってくれると信じてる」
「はい、もちろんです」
穂乃花はずっと泣いている琴音の背中をさすっていた。逆だと思ったがそれが穂乃花だ。
「まだ、結婚式の日取りは決まっていませんが、結婚すればこの家を離れる事になります。でも俺たちは国を支えて行く戦士であり、かけがえのない仲間です。それは結婚後も変わりません。どうかこれからもよろしくお願いします」
夜穂乃花の部屋に行った。穂乃花はベットにもたれかかり笑顔で迎えてくれた。話をしたいと思ったが一体何から話せばいいのか俺は困惑した。いつも通りたわいない話をしながら笑い合いたいと思った。抱きしめたいとさえ思ったが、流石にそれは躊躇した。
「ほの。こんな結果になってしまって本当に悪かった。俺は」
「なに?実はこうでしたなんて今更言いっこなしよ」
読まれている。そうだ、そんな事を言ったところで何かが変わるはずもない。かえって状況を悪くするだけだ。彼女は終始笑顔だった。泣かれると困るけど、強がる彼女も見ていて胸が痛む。
「私ね、健がリリア王女と結婚する様な、そんな気がしてたの。だから心の準備はとっくに出来てたの」
「なぜ?何故わかった?」
「だって健はそういう人だもの。困ってる人をほってはおけないわ。でしょ?」
「そうか……。俺はそういう奴か」
「頑張ってリリア王女を支えてもっともっとこの国を良くしていって。出来たら私達が要らないくらい平和になって欲しいな。戦いのない平和な世の中。健ならきっとできるはず!だから、応援するって言ったのよ」
「穂乃花の望みでもあるのか?」
「もちろんよ。だからこうして健についてきたんじゃない。好きだけじゃないのよ」
そう言って笑った。
「俺は必ずそうするよ。約束だ。だけど穂乃花には幸せな結婚をして幸せな家族を持って」
「それは健が決める事じゃないわよ」肩を叩きまた笑った。
終始穂乃花のペースだった。きっと彼女の中ではこういう話しをしようと、決めていたに違いない。ネガティブにならない様に俺を精一杯送り出そうとしてくれている。
優しさは強さ。彼女は実践して教えてくれた。でもきっと1人になった時彼女は泣くのだろう。もう俺の前でも泣けない状況を作ってしまった事が悔やまれる。俺は彼女のように芯の強い男ではない。全く優柔不断な男だ。しかも弱い。
だが、彼女がいる以上俺は無理からでも強くなる。必ず強い自分を見せ続けよう。そう誓った。