第七十八話 反逆者
遅くなって申し訳ございません。割としょうもない理由で執筆意欲を失っていました。お詫びと言っては何ですが、クリスマスに三本特別編を投稿しようと思います。
「よし、到着、と。さてと、よく考えると急いだはいいけど王宮からの使者が来るまでは何もすることないんだよな。むしろ、下手に準備をしてたら……どこから情報を得たんだよって、話になるしな」
レオンの王城の私室から<座標転移>で寮に戻ってきた俺だったが、よく考えると時間があまり過ぎるな。使者に命令が下ったのとほぼ同タイミングで戻ってきたわけだしなあ……
「うん、時間つぶしに詩帆のところへ一度戻るか……<座標……」
「クライス君。大変だ」
「うおっ、どうしたんですか師匠。というか、窓を割らないでくださいよ」
「私が直しておくわね」
空いた時間を詩帆と過ごそうと、転移魔術を唱えようとした瞬間、窓を突き破って師匠が飛び込んできた。更にその後ろから来たセーラさんが飛び込んできて、窓を召喚魔術で修復したところで師匠が再び口を開いた。
「いきなりですまないが、割と緊急事態だ」
「割と……。どういうことですか?」
「クライス君、とりあえず王都の西側の平原を見られるかしら」
「そこに何かがあるんですか?」
「ええ」
「じゃあ……<遠隔視 光学反射>」
俺は<遠隔視>を物理魔術で魔改造した超遠距離視認魔術で、指定された場所を覗いた。理論上でなら星の裏側ですら光を屈折させることで視認可能なこの魔術は数十キロ先の物などすぐ間近のように見える。
「ええっと……はっ、これは」
「見えたかい?」
「見えましたけど……あれって、魔人の大群ですよね。つまり……」
「間違いなく魔王が存在している。まあ、魔神の復活直前だからその程度の負の魔力リソースはあるよね」
さて、そもそも魔神というのはもともとはただの魔力の塊である。そもそも魔力というものは次元層の狭間の空間を流れる情報としての魔力と、物体や魔術を構成する物質としての魔力、そして最後に生物が生存したり、魔術を動作させるために必要なエネルギーとしての魔力の三つが存在する。
俺や師匠たちが扱う超越級魔術は情報としての魔力に、自身の体から創り出したエネルギーとしての魔力を加え、発動の補助として空間中の物質としての魔力を利用するのが普通だ。これが基本的な世界の魔術の原則であるのだが、魔神はこの世界のメカニズムから生まれた存在と言えるらしい。
魔神は人々の精神体で生み出されるエネルギーとしての魔力の中でも、負の感情を持ったエネルギーが蓄積して臨界点を越えて次元の壁を破り、情報としての魔力を吸収して生まれた存在であるからだ。
「魔神から漏れだした魔力が、魔力情報によって物質化して現れるのが魔人。魔神が自身の魔力情報を利用した魔術の一種として生み出したのが魔王。その力の差ははっきり言って絶望的だ。そして当然、魔王を作り出すために魔神からあふれる負の魔力量は通常時とは比べ物にならない。必然的に強化された魔人も複数生み出される」
「それは分かっていますよ。それで……ちなみにお聞きしますが、現在のルーテミア王国の戦力であの魔人の軍勢を倒せますかね?」
「指揮官が一分生きていたら大健闘じゃないかな」
師匠のその発言があながち間違いでないということを俺は理解している。だからこそ俺はクスリとも笑えない。
「魔人の数は……推定100体弱ってところでしょうか」
「ああ。でも、超越級以上の魔力持ちは精々十体ってところだろう。それ以外はこの世界の高位魔術師なら簡単に葬れるよ」
「無駄ですね。単体戦闘なんて向こうがさせてくれるわけないですし、それを支えるための軍勢が魔人にとっては紙束以下の厚みしかない盾同然でしょうから」
「あなたたち、辛辣なことばかり言っていないでそろそろ討伐方法を考えたら」
セーラさんの言葉で俺と師匠は、無駄話に脱線しかけた会話を修正した。
「そうだね。それで、クライス君」
「個人的には王国軍には壊滅していただきたいですけどね」
「君の感情論はどうでもいいんだよ。大方グレーフィア伯爵がどさくさに紛れて死亡すればいいとか考えているんだろう」
「そうですけど。まあ、それは余裕があったらでいいです。僕自身もあれだけの数の魔人との戦闘は初めてですから」
「大丈夫だよ。スノードラゴン二匹分の力を持った魔人が百体だと思えば、君にとっては造作もないことだろう」
確かに師匠の家のある山の麓では数千匹のスノードラゴンを同時に相手取ったこともあるので、戦力としては余裕だ。もっとも俺が単体で戦闘をした場合という前提はつく。
「そうは言っても周囲に王国軍の罪のない一般兵がいる上に、王都周辺では大規模魔術を叩き込みまくる訳にはいかないでしょう。特に超越級魔術は」
「外壁ぐらいなら後で修理すればいいけど……人的被害がなあ……」
「それを考えると、師匠やセーラさんがいても過剰火力ですね」
「そうだね。一体ずつ殲滅しようと思えばできるだろうけど……時間をかけたくないしなあ」
「王都に必ずそのうちの一割は到達するでしょうね」
「十体の魔人……王都が一時間後に残っているかどうかも怪しいわね」
「うーん、軍が全軍動かないというのであれば、殲滅は容易だよね」
「それは分かっていますよ。というかすべての魔人を同時に殲滅できるだけの大魔術は組めないんですか。そうすれば軍の突入前になんとか……」
「すべてを同時に狩ることは不可能だろうね。何割かは範囲外に逃げだすか、凌ぎきるだろうし、その大魔術のせいで私たちの魔力がすっからかんになったらおしまいだろう」
魔人たちを殲滅することは容易い。ただ、それ以外の人的被害や殲滅効率を考えると厳しい。ここが街から遠く離れたところなら、簡単に殲滅できただろうが、いくらなんでも王都まで数十キロでは少し見逃しただけでも王都に突入されてしまう。
「さて、どうしましょうかね……」
「クライス君。いますか……ちょっ、個人の寮の部屋への立ち入りは……」
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーだな」
外からのノック音が俺達の会話を遮り、その直後に制止する先生を振り切って王宮の兵士が俺の部屋に上がり込んできた。
「はあ……はい、そうです」
「国王陛下の勅命だ。すぐに来てもらおう」
「クライス君。どういうことだい?」
「別の案件かと思っていたんですが、どうやら師匠たちの持ってきた案件みたいですね」
「……なるほど。ではその状況次第で方策を考えるとしよう」
「師匠、それでいいかと。後、詩帆に無事だと伝えておいてください」
「了解した」
師匠にそこまで言ったところで、俺は騎士に捕まれ部屋を出た。
「急げ」
「分かってますよ」
厳つい顔の兵士に馬車に押し込まれた俺は、そのまま王城へと向かうこととなった。
「陛下。それが本当であるならばことです。今すぐ軍を編成しましょう」
「分かっておる。既に千人の軍を編成しておる」
「魔人相手に、ですか?」
「ふん。魔人の強さなど昔の大袈裟な誇張か何かだろう。本当は千でも多いくらいだ」
私は内心で頭を抱えた。
「いくらなんでも状況判断が甘すぎるだろう。フィールダー子爵領での被害や、先日の王都での被害がどれほどのものだったのかを忘れたのか」
「殿下。落ち着きましょう」
「落ち着いているんだが……あきれてものも言えないよ」
王宮の閣僚会議室。その会議室の末席で、私は無駄な軍略会議から頭を逸らして、ハリーと最低限の我が国の生存戦略を立てておくこととしよう。
「実際にこの国で魔人を倒せる人間が何人いるんだ」
「テルミドール王宮筆頭魔術師殿、クライス殿、ユーフィリア殿、後はリリア殿に……学院のエマ・ローレンス嬢あたりでしょうか」
「後はハリーもだろう」
「僕は最下級の物なら何とかなるかもしれませんね。というか、先ほど挙げた中で高位の魔人や魔王と渡り合えるのはクライス殿だけでしょう……」
「そうだよな……で、できると思うか」
「彼が、婚約者であるユーフィリア嬢に手を出そうとした国王陛下と軍務大臣閣下に従うと思っているんですか?」
「そんな訳がないか」
クライスが国王に賛同すればいいが、そんな訳はないな。普段は損得勘定と合理性だけで突き詰めそうな奴に見えるのに……ユーフィリア嬢のこととなると性格が変わったようになるからな。
「というか、そもそも殿下についている時点で、あのクライス殿がそんな選択をするとは思えないのですが」
「そうだよな。というわけで、どうしたらよいだろうか」
「率直な話ですが。あなたが実権だけでなく公的な政権も取るしかないかと……」
「この状況ではいくらあの国王でも厳しいだろうな……」
「ですね」
などと話していると、会議室がざわめいてきた。顔を上げると部屋にクライスが入って来ていた。
「ハリー。ともかく、どうにかこの危機に乗じてあの国王を叩き落すぞ」
「はい、殿下」
私はクライスの発言は予測しているので、先にクーデターの立案を進めよう。あいつがこの国を去ろうと決める前に、この国が亡ぶ前にな。
「ふむ。クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーだったか」
「はい。国王陛下」
馬車から降ろされて、王城内を歩かされること二分。俺が中枢部を老人ばかりが占めている閣僚会議室に通された。そしてそのまま国王と至近距離で面会するという名誉に預かった。
「ふむ。とりあえず、まあお前がいても変わるとは思えないのだが……魔人を討伐したのだったな」
「はい、陛下。二体ほど」
「お前から見て、今の国軍で魔人たちを倒せると思うか」
「国民全員でかかっても不可能ですね」
「何を。貴様、無礼な」
「事実をお伝えしたまでですよ」
俺に対してキレかけた老人どもや国王は、俺などいなくても国軍の一部の兵力だけで余裕などと言う甘い戦力試算を立てているのだろう。だが、現実には不可能だ。
「陛下たちがどのようにお考えかは知りませんが、魔術というものは世界の理を書き換えるものです。初級や中級では対処できる者も多いでしょう。しかし、上級魔術となってくると話は違います。あれは天変地異です。この中に、地震を、竜巻を、大波を、火山の噴火を……単独で止められる方はいらっしゃいますか」
「いるわけがなかろう。余を舐めておるのか」
「舐めてはおりません。上級魔術とはそういう物だということです」
老人たちは頭が切れそうだし、レオンは笑いをこらえているのがまるわかりだが、これは言っておかなければならないことだ。これがなければ俺の発言は正当化されない。
「そうか……」
「ええ。しかも魔術を放つのは魔力の塊である魔人です。そこらの有象無象の魔術師に止められるとでも……」
「分かった。ではここで貴殿に名誉を与えよう。我は汝を……」
「お断りします」
「何をだ」
「魔人討伐の軍勢に加われですか、それとも王宮魔術師になれですか、お断りします」
「なっ……なぜだ」
「陛下の軍ならどうにかなるでしょうから」
正直言って、この国王の下で動く気はさらさらない。魔人を討伐するために動きはするが、誰が好き好んで独裁王に従うものか。まあ、理由はそれだけではないけど。
「貴様。王の御前で無礼であるぞ」
「グレーフィア軍務大臣。もう、このような者などいい、切り捨てろ」
「かしこまりまし……えっ」
王への挑発が行き過ぎたせいで、相手が兵を差し向けてきたが、全員を精神魔術で眠らせた。その情景に彼らの顔が青ざめる。
「お判りいただけたでしょうか。上級魔術というのはただの人の手で止められるものではないんですよ」
「わ、わかった。だから、頼むから殺すのだけは勘弁してくれ」
「殺しなどはしませんよ。何を勘違いなされているのですか」
「ど、どういうことだ。王座が欲しいのではないのか?」
「結構です。それでは十分な忠告はしたと思いますので、私は失礼させていただきます。あっ、王都の方は最低限の守護はしますので、陛下は安心して全軍を連れて向かってください」
そう言うなり、俺は部屋を後にした。
後方から、「全軍で魔人を叩きのめすぞ、あのような輩の力など借りるか」という怒号が聞こえたが……まあ、後はレオンがどうにかするだろう。
「あいつも、無茶な要求するよな。俺を標的にしない程度に俺をさらに嫌わせて、俺を戦闘から排除して、しかも全軍差し向けるように交渉しろとか……」
俺は懐から手紙を取り出し、それを読みながら屋敷へ<座標転移>した。




