第七十七話 仕事とプライベートの使い分け
読んでくださる方、ありがとうございます。
久々の定時投稿です。
俺は王都の空を歩きながら、大きくため息をついた。
「はあ。久々に午後から詩帆と二人っきりでのんびり過ごすはずだったのに……なんでこんな日に呼び出されるかな」
俺がそう言いながら向かう先には白い巨塔が立ち並んでいた。まあ、ようするに王城だ。
「さてと、レオンの部屋はたしか中央塔の裏だったよな……<生命探索>……ああ、いたな」
王城のレオンの私室の位置を魔術で割り出した俺は、そこへ向かって歩き出した。
もちろん普通に空を歩いて入れば王城の警備に見つかるか、王宮筆頭魔術師の結界に触れて捕まるので、それを誤魔化すために、転移を使った上で念には念を入れて闇魔術で自身の存在を隠蔽してから俺は王城の敷地内に入った。
「よし。まあ、ばれるわけはないんだけど」
王宮筆頭魔術師がいくら凄腕と呼ばれていようと、模造魔術と超越級魔術の間には越えられない壁がある。模造魔術の結界を誤魔化そうと思えば、術式の内容を把握している俺なら、穴をいくらでも作り出せるという訳だ。
「それで、あいつの部屋の窓は……たぶん、あれだな……<転移>……うおっ……<氷壁>……危なっ……」
レオンの私室の窓のすぐ内側に<転移>で移動した俺に、すぐさま細身の剣が突き付けられた。自身の首に剣が到達する一瞬前に氷の壁が細剣を間一髪で減速させ、債券は俺の頬を薄く切っただけで止まった。
「何者ですか……と、これはクライス殿でしたか」
「ジャンヌさん。聞いてなかったんですか?」
「クライス殿が来るという話は聞いていましたが……窓から入ってくるとはさすがに予想していなかったので……申し訳ありません。つい、剣が……」
俺に剣を向けてきたのはレオンの護衛騎士のジャンヌさんだった。それにしても彼女の剣技はすごかったな。おそらく<身体能力強化>を使った上での高速剣が彼女の持ち味なのだろうが、男であれば騎士団を上り詰められたというレオンの話も過剰ではなさそうだ。
「まあ、不審な動きをした俺も問題ですし気にしませんよ。それよりジャンヌさんって魔術を使えたんですね」
「やはり、お気づきになられますか。ええ、使えますよ。まあ水魔術中級第五階位までしか使えないですし、魔術を操作する感覚がつかめなくて、魔術師には向きませんが」
「それでも、<身体能力強化>をあそこまで鍛え上げられるのはすごいと思いますけど」
「ありがとうございます」
「いえいえ……それより、レオン」
「あら、やっぱり忘れてくれなかったか」
「当たり前だろ。お前が俺とのつながりを勘繰られないためといういつもの文言で、王城に正式な手続きを得てお前を呼び出さず、結界を誤魔化して王城の自室に忍び込んでくれって言ったんだからな」
三十分前。学院の授業が終わってから、邸宅に転移して詩帆とのんびりしていたところに、レオンの私的な兵の一人であると名乗る人物が来て、そう言った内容の手紙を置いて行ったのだ。革命についての相談がしたいと書いてあったので、レオン本人だろうと判定して俺はこの場にやってきたという訳だ。
「確かにそう書いたね」
「じゃあ、なんで俺は今、刺し殺されそうになったんだよ」
「うーん。言わない方が面白そうだと思ったからかな」
「最悪だな」
「まあ、そう言わないでくれよ……いろいろと疲れる事案が多くてね……」
学院での王子としての口調もすっかり砕けたレオンは確かに少しやつれていた。おそらく、色々な調整に対する気苦労から来るものだろう。少し可哀そうに思った俺はレオンの手を取ると星魔術の治癒を発動させた。
「……<完全治癒>」
「うわっ、体が軽くなった。クライス君にしては珍しい優しさだね」
「革命成立前に倒れられると困るからな」
「そうか……って、なんで、この魔術無効か結界の中で魔術が使えているんだい。ハリー?」
「結界はそのまま維持されていますよ」
「じゃあ、なんで……」
「外部の環境魔力の取り込みをその結界は阻害しているだけだろう。だったら、体内の魔力のみで術式を完成させて、魔術の対象に触れれば外部からの魔力の取り込みは必要ないから魔術は発動できる」
「理論上はそうですが……それができるとなると、相当な魔力が……」
「ハリー。気になるのは分かるけど、それは今度にしてくれ」
「はい、殿下」
「さてと……それでクライス君。よく、偽の手紙だと疑わなかったね」
ハリーさんの考察を遮っておもむろに話始めたレオンは、既に俺の友人としてでなく、この国の王太子として話していた。
「殿下。別に疑わなかったわけではないですよ。あの手紙が本人から送られてきていないのであれば、それは計画がばれてあなたが捕まったということか、誰かが裏切って私をおびき寄せようとしていることの二択ですから」
「つまり、どちらであっても君が対処に動かなければならないから、来たということか」
「そういうことですね」
「なるほど、納得したよ。それじゃあ、本題に移ろうか。ハリー」
「はい。どうぞ、クライス殿」
「これは……」
「あの国王達の腐敗政治の記録の全てだよ。ただし、全員を切ると王宮の業務が回らなくなるから、一番黒い部分とその近辺のみが記載されている」
渡された資料をざっと読むと、よくぞここまで調べたな、というよりもよくもこれだけの不正を抱えてこの国が無事だったなと思えるような事柄がずらずら並んでいた。まあ、前世でも国の上層部が本当は闇だらけなんてのは魔力情報からいくつも見てきているので驚きはないが……
「それで、これをどうしろと」
「決行日が決まった。その日にこの資料の非公開を条件に全員に自身の職を降りてもらう。降りない人間は反逆罪で即時処分だ。それで、念のための保険として保管しておいてくれ。いくつかある保険のうちの一つだな」
「分かった。一番安全な場所に保管しておくよ」
師匠達にお願いして持っておいてもらうのが一番安全だろう。あの二人を倒せるような人間がこの国にいるとは思えないし。
「それで、本題は何なんだ」
「ああ。その決行日だが、クライスには王城の上空から全周囲の探索をして、リスト入りした人物が逃げ出そうとしたら……」
「消せ、と」
「そういうことだな。決行日は一週間後の閣僚会議の日だ。僕の護衛はハリーとジャンヌ以外はつけずに、残りの私兵は全員、王城の出入り口につける気だけど……さすがに全ての隠し通路を封鎖できるわけもないからね」
「分かった。<生命探索>と<遠隔視>でも使って確認しておく」
「ハリー。その二種類の魔術で捕捉は問題ないな」
「ええ。王宮筆頭魔術師殿はともかく、その他の人員はほぼほぼ確実に十分すぎるほどかと」
正直言って、その二点の魔術を使って俺が本気を出せば、王都全域を動き回る一匹のアリの動きを追い続けられるからな。王城の一室から外に逃げ出そうとする運動不足の大臣など簡単に捕捉できる。
「それで、何か質問はあるかな」
「会議の開始時間は?」
「午後二時」
「了解。じゃあ、後は分かった」
「そうか……それじゃあ、ここからは雑談と行こうかな。クライス君、お茶はいかがかな」
「変わり身早いな」
話が終わるとレオンは王太子としての雰囲気をガラッと変えて俺に椅子を進めると、自分もそのまま座った。横を見るとジャンヌさんが既に紅茶を用意して立っていた。
「君もだろう。まったく、直前まで王太子をお前呼ばわりしていたのに、僕が口調を切り替えたら即座に殿下と呼んでくるし、正直言って寒気がしたね」
「最初の頃はちゃんと呼んでいただろうが。レオンが良いって言ったんじゃなかったか」
「そうだったかな……」
「そうだったよ」
「そう怒らないでくれよ。それよりこの数日間で、何か面白いことはあったかい」
「ああ。それなら……」
と、俺が話し始めようとしたとき、ドアの方から特徴的なノック音がした。
「クライス君、そのままでいいよ。入って構わないよ」
「はい、殿下。失礼いたします」
レオンが答えると、使用人がドアを開けて、中に入ってきた。そのドアを即座に閉めてから、使用人の女性が声を発した。
「殿下。陛下がお呼びです。何でも重要な話があるから、大至急と。既に閣僚陣の招集も決まりました」
「一体何があったんだ」
「分かりません。軍務省からの報告だということ以外は何も」
「ハリー。こっちの情報網には何も引っかかっていないのか」
「ええ。少なくとも私達の動きがばれたということはないと思うのですが……」
「そうか……」
「あの、もう一つご報告があるのですが……」
「何だ」
「それが、その要件に関することでクライス殿を参考人に招くと」
「「はあ?」」
俺とレオンの声が綺麗にシンクロした。
「どういうことなんだ。反逆罪の罪人として公開指名手配なら分かるが……参考人として呼び出す、だと」
「レオン、それはひどくないか」
「ますます分からないですね」
「すみません。情報が少なくて」
「構わない。伝令役、ご苦労」
「はい。では失礼します」
そう言って使用人の女性が出て行くと部屋はますます騒がしくなった。
「ハリー。本当に情報は入っていないんだな」
「ええ。残念ながら」
「そうか……ジャンヌ、ハリー。状況は分からないが、ともかく閣僚会議室に向かおう。クライス、お前は一度学院に戻れ。おそらく王宮から呼び出しの使者が来るはずだ」
「分かった。護衛はその二人がいれば大丈夫だな」
「ああ、問題ない。お前がいると過剰火力だ」
「そうかよ……じゃあ、俺は一旦戻るぞ」
「お前も気をつけろ。本当に計画がばれていたとしたら、家族に危害が及ぶぞ」
「それを守り切る覚悟はできてる、って前に言っただろう」
「分かった。じゃあ、後で会おう」
「後でな……<座標転移>」
俺は覚悟を固めると、レオンの私室を後にし、学院寮の自室へと転移した。
「よし、行こうか」
「はい、殿下」
クライスが転移で消えたのを確認して、私は部屋を出ようとした。そのとき、後方から声がかかった。
「殿下。大変です」
「どうした、何があった」
「そ、それが……」
「殿下。計画がばれていたとしたら危険です。今すぐ脱出を」
「ジャンヌさん、違います。別の意味では危険ですが」
隠し通路を上ってきた密偵として放っていた兵士はどうにも歯切れの悪い言い方をしていた。
「一体何があったんだ」
「それが……」
兵士の話を耳にした私は耳を疑った。
「本当か」
「ええ、残念ながら。既に目視で確認しています」
「これも一つの国の危機だな……ジャンヌ」
「はい」
「暗殺の危険は薄そうだ。護衛はハリーだけで十分だろう」
「分かりました。すぐに準備にかかります」
「理解が早くて助かる……頼んだぞ」
「はい。あなたも行くわよ」
「は、はい」
兵士を連れてジャンヌが出て行ったところで、私は大きく息を吸って言った。
「さて、早いところ政権を取り戻したいところだが……少し趣向を変えようか」
「殿下。ということは」
「混乱に乗じて始末できればいいんだが……まあ、クライス君なら気づいてくれるだろう」
「分かりました。ではその方向で軍務省の戦略部の官僚に話を入れます。しかし、そうは言っても……危険すぎるのでは」
「クライス殿に加えて、マーリス殿とセーラ殿までいるんだ。何の問題もない。……では私の戦場に行くか」
「はい、殿下」
私は自室を出て閣僚会議室へと向かった。
面白かったら、ブクマをいただけると嬉しいです。投稿のモチベーションに繋がります。




