第七十四話 短縮されたカウントダウン
読んでくださる方、ありがとうございます。本日は少し短めです。
しばらく平日はこの時間に投稿させていただきます。
三十分後。王都の中心街から離れた俺の屋敷の一室ではレオンが師匠を睨んでいた。
「それで、私の直属の護衛の二人にも聞かせられない話とは何なんですか」
「それを今から話すよ。まず、私の身元は……」
その部屋の中には俺と詩帆に、セーラさんとシルヴィア王女、さらに俺が呼び出したリリアもいたが、全員何も言わなかった。なぜなら……
「あの、師匠」
「なんだい、クライス君。今から重要な話をしようとしていたのだがね」
「いえ、その……鎖はそのままでいいんですか」
師匠の体はセーラさんの<不可視の枷>によって拘束されていた。なので、座ることすらできず、ソファの上に寝転がったまま話をしていたのだった。その状況で高位の魔術師然とした雰囲気を出そうとしているのが必死で……俺達は必死で笑いをこらえていた。
「良い訳がないだろう。外せるなら外してるけれどねえ、それをやるとこの屋敷が吹き飛ぶけどいいかな」
「それは止めてください。セーラさん、師匠も十分罰になってますし、一国の王子相手にあの態度はさすがにまずいですから……」
「分かっているわよ……<解放 不可視の枷>
「フウ、やっと解放されたか」
「マーリスさん。これに懲りたら、もう二度とあんなことはしないでよ」
「分かってるよ……さて、待たせてすまなかったね」
「いえ、とりあえず、あなたが私も敬意を払わなければならない人物であることは分かっていますから。賢者マーリス・フェルナー殿」
きっちりと佇まいを直した師匠に向かってレオンはゆっくりと頭を下げた。まあ、王子だからこそ千年前にこの国の危機を何度も救い、世界すら救った賢者には敬意を表せるものなのだろうな。
「今はただのクライスの師匠だよ。それより、私の名前を知っているのなら、魔神討伐戦争の概要は知っているかな」
「ええ。知っています。そして、王宮の禁書庫に残された正しい史実の方も」
「正しい史実、どういうことだ?」
「かつて、うちの王家が封印したから世間には今でも魔神討伐で通っているが、マーリス殿がこの国の復興や王立魔術学院の創立、更にはフォレスティア王国の建国にもかかわったことは知っているだろう」
「ああ。フォレスティアの方に至っては建国当時の当事者もいるしな」
「では、そちらの方はやはり……」
「はい、森の民の末裔でシルヴィアと申します」
「そうでしたか……シルヴィアさん?どこかで聞いたような……」
「その話は後にしてくれ」
「ああ、分かった」
シルヴィアさんが王家の人間だなんて話になったら、色々と長くなりそうだったので、脱線しすぎないうちに戻しておくとしよう。まあ、脱線させた張本人は俺なんだが。
「……それで、だ。王城の禁書庫にある正史にはきちんと魔神封印戦争と書かれているんだ。その著作者はもちろんマーリス殿だ」
「なるほど。王都にいた時に書いたと」
「そういうことだね。いやあ、あの頃は寝る間も惜しんで働いたね……」
「それで、何でその正史は発表されていないんだ」
「クライス君、無視するのかい」
「戦争直後はいたずらに民の不安をあおらないため、その後数代は実は討伐されていませんでしたと言って、王家が批判されるのを怖がって、そうした結果が禁書庫の奥で放置されて、全員が忘れ去るという結果だ」
「なるほどな」
それでこの世界で魔人が討伐されていると信じている人間が大半だということが分かった。師匠が直接伝えたルーテミア王国でそれなのだから、そこから伝聞で伝わっているかどうかも怪しい他国など、絶対に正確な情報は存在しないだろう。
「それで、マーリス殿。その理解で問題ありませんか」
「んっ……あっ、ああ。どうやら私の説明は必要なかったみたいだね……それじゃあ、私がこれから話す内容も分かるかな」
「魔神が復活するんですかね、近いうちに」
「正解だ」
レオンの理解が早すぎて師匠が面食らっているが、こっちとしては楽でいいな。……でも、待てよ。そんなことは俺はとうに知っている。じゃあ、師匠はなぜここに来たんだ?
「その近い内というのは、いつぐらいなんでしょうか?いくら実権は握っているとはいえ、現国王が私の父である以上、私にできることはそう多くは……」
「安心しろ。魔神の復活予想は早くとも五年後だ。そう焦る必要は……」
「いや、クライス君。なんで私が王都に来たと思っているんだ」
「まさか……」
「ああ、私達もまさかだとは思ったが、封印している魔神の魔力が活性化しているのを確認した。おそらくもって一年、まあ妥当な線で言うと半年後ぐらいかな」
「半年……」
師匠が来たからリミットが迫ったのではないかと思ったが、まさかそんなに急激にリミットが変化するとは思ってもみなかった。
「半年後では、いくら何でも政権を掌握しきれません。やろうと思えば可能ですが……それより、いくら愚王とは言っても現王に相談すべきでは……」
「私たちはあの王では魔神との統一戦闘には無理だと判断したから君に話をしている」
「それは……」
「君の協力が得られないのであれば、ルーテミア王国としての公的な支援は諦めよう。あの王に私たちの素性を明かすだけで面倒だからね」
師匠は親や仲間たちの命を奪い、セーラさんの心を傷つけた魔神に対して、恐ろしいほど深い憎悪を抱いている。師匠のその言葉は冷たく、重かった。やがて、その冷たい目をレオンが見据えて行った。
「……分かりました。これでも、魔人と勇敢にたたかった先祖の血をひいているんです。その事実を知って無視することはできません」
「そうか……よろしく頼む」
「ええ……実行の際にはクライスを貸してください」
「それは、もちろん」
「えっ、俺の許可は?」
「前に取っただろう。さて、それでは政権奪取の準備をしてきますかね。じゃあ、クライス。決まったら連絡する」
そう言ってレオンはそのまま部屋を出て行った。
「もう、あなた。若い子に発破をかけすぎよ」
「そうかな。まあ、いいじゃないか、後顧の憂いがないのは素晴らしい」
「師匠。そうは言っても、僕が手伝わされるのが勝手に決まっているんですが」
「いいじゃないか。魔神を倒すのに比べたら、欲にまみれた国王を倒すぐらい楽勝だろう」
「物理的には簡単ですが、現実的には難かしすぎませんか」
「まあ、そう言わずに」
「雅也。それより魔神復活のリミットが近づいた方が問題じゃないの」
「「いや、それは全然」」
「どういうことよ」
被ってしまった俺と師匠の言葉に、詩帆が首をかしげたが、実は理由は意外と単純だ。
「そもそも、俺が師匠の家を出た時点で既存魔術の全てを叩き込んである。その中には魔神を魔力にまで分解するメビウスさんの魔術、<世界崩壊>も含まれている」
「その上で、魔神の出現地点や魔神のもとにたどり着いてその魔術を発動するまでのパターンも数万通りを用意してある。後は、その前に出現する魔王や魔人を討伐できれば、最期は運しかないのは変わらないからね」
「運って……」
「ユーフィリアちゃん、気持ちはわかるわ。ただ、誰も魔神の正確な強さが図れない以上、確実に倒せるとは誰も断言できないの……クライス君を一番危険な役目に就かせるのは申し訳ないのだけれど……」
「……」
詩帆はその場でうつむいた。こうなることは分かっていた。だからこの話を最後まではしたくなかったのに……師匠が空気を読まなかったばっかりに、詩帆につらい思いをさせてしまった。
「……詩帆。あの……」
「ねえ、雅也」
「何?」
「無事に帰って来るって誓って」
そういう彼女の目に悲壮感はなかった。ただ、俺に対する絶対の信頼を向けてくれていた。だから、俺は彼女を慰めようと思って用意していた言葉をやめて、こう言った。
「……ああ、もちろん。さっきも言っただろう。俺が死んだら誰が詩帆を守るんだよ」
「雅也……」
「あの、二人とも……」
「うおっ」
「は、はいっ」
思わず二人の世界に入り込みそうになったところで、セーラさんから声をかけられ、俺達は慌てて離れた。
「二人とも若いわね……」
「も、もうやめてください」
「ははは、それで、だ。クライス君」
「はい、なんでしょう」
「ひとまずこの話は片付いたようだから、聞いておきたいことがあったんだが……あの店とメビウスの関係というのはどういうことなんだ」
そういえば、話すのを忘れていたが、レイスさんからも細かい話を聞きそびれたな。というか、話そうとしたタイミングでシルヴィアさんが来て、そこに師匠が乱入したせいだよな。まあ、ちょうどいいか。
「師匠。せっかくですし、直接行きましょうか」
「ああ、それでも構わないよ」
「あっ、メビウスが関わっているっていうお店ね。じゃあ、私も行くわ」
「雅也。もちろん私も行くよ」
「了解」
そう言いながら、この場にいる全員に<座標転移>をかけて、俺達はレイスさんの店の前に移動した。
「レイスさん、ありがとうございます」
「ええ。おかげで私たちはようやくメビウスが最後に何をしていたのかを知れました」
「いえいえ、こちらこそメビウス様の物を七賢者の皆様にお見せすることができて光栄です」
着いた俺達をレイスさんは快く通してくれた。店を破壊した相手に親切にしてくれるって、この人はどれだけ親切なのだろうか……
「まあ、納得したよ。メビウスが生きている可能性というのもね」
「魔力空間にいる、か。メビウス君ならあり得そうね」
師匠達は手帳の最後の記述などからメビウスさんが魔神戦後に死んでいなかった可能性の方が高いと判断したようだな。心なしか声が弾んでるし。
「クライス君、連れてきてくれてありがとう」
「いえいえ、僕としても知らなかった話が色々と聞けて満足ですから」
「知らなかった話といえば……ねえ、ユーフィリアさん?」
「はい、なんですか」
「前世でのクライス君とのあれやこれやを聞かせてもらっていいかしら」
「えっ……じゃあ、セーラさんも聞かせてくださいね」
「もちろん。いや、久しぶりの恋バナね」
メビウスさんの話が終わった後、二人の目線で美化された自分たちの話が聞こえるのが耐えきれなくなった師匠と俺が逃げ出したのは、この二分後だった。
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