第七十二話 昔話と久々の再会
遅くなってすみません。読んでくださる方、ありがとうございます。
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魔術学院の休日。俺は詩帆を連れて裏通りを走っていた。角を曲がるたびに、レーダ系の魔術と遠隔視系の魔術を利用して人の気配を探る。
「……<生命探索> <望遠>……よし、奴らはいないな。詩帆、行こう」
「雅也……」
不安そうにしている詩帆の手を引き、角を曲がり更に進む。追手はまだ来ていないようだな。
「あの、雅也……」
「大丈夫だよ。詩帆は俺が守るから」
「いや、それは嬉しいのだけど……」
詩帆の態度が何やら不満そうだ。いや、原因は分かっているけどさあ。
「ねえ、雅也……」
「何?」
「その、捕まりたくない、というか連れて行きたくないというのは伝わってくるんだけど……」
「うん、分かった。もう言葉を濁さなくても分かってるよ」
「分かってるのなら、レイスさんの店にレオン殿下たちを連れて行きたくないがために、こんな冤罪犯の逃走劇みたいな真似をしないでいいから、もっと楽に連れて行ってくれないかしら」
「いや、ちょっと一回やってみたかったんだよ」
俺が詩帆と裏通りを走り続けていたのはそんな理由だ。本当にそれ以外の理由はない。
「まったく……いきなり早朝に部屋に転移で入って来て、「追手が来たから、逃げるぞ」なんて言い出して何かと思ったじゃない。珍しく朝早く目が覚めて、着替えてなかったら吹き飛ばしてたわよ」
「……すみません」
「本当に反省してよ。遂にあなたが王宮に公式に指名手配されたのかと思って……すごく不安だったんだから」
「…………本当に、すみませんでした……」
「まあ、分かっているならいいわ……それで、レイスさんの話なら学院で聞けばよかったんじゃないの」
「いや、それと師匠たちのことを含めた機密性の高い話をすることになりそうだったから、できれば人目の少ない方がいいんだ」
俺がレイスさんのところを再度訪れようと思ったのはそれが主な理由なのだが、もう一つある。
「後、師匠たちが王都に来てるみたいだからな」
「そういえば、そんなこと言ってたわね」
「ああ。だから、レイスさんも会いたいと言っていたし、あの人たちなら魔術街の方が遭遇確率は高いかな、と思って。まあ、あの人たちのことだから俺達みたいに魔術で変装して、普通に観光を楽しんでいてもおかしくないんだけどな」
「そういう話を聞くと、ますます会ってみたいわね」
この間のチンピラ達からの話を聞いた後、<座標転移>で師匠たちの家に行ってみたのだが、ドアに張り紙がしてあったのだ。
「クライス君へ。伝えたいことがあるので王都に向かいました……の一文のみだぞ。状況を見るに一緒にシルヴィア王女も連れて行ったみたいだし……何もなければいいんだが……」
「待って、師匠さんたちの話も気になるんだけど……王女ってどういうこと?」
「俺が奴隷にされてたのを助けたんだ」
「その説明で余計に詳しく知りたくなったんだけど」
「まあ、気持ちはわかるんだけど……ここから先は中で話そうか」
裏通りを出ると、すぐそこに魔術堂が見えた。王都の構造を頭に叩き込んだうえで、勘で裏通りを通ってきたのだが無事にたどり着けたようで何よりだ。
「クライス君、私に聞かせてくれる話というのは賢者様達の現在の話ということでいいのかな」
「過去の話はいいんですか」
「このメビウス様の手記に魔神戦で消息不明になるまでの記録は残っているんだよ」
「どうやって受け取ったんですか、それ?」
「この手記自体はこの店の初代店長がずっと持っていたんだよ。どうやらメビウス様が生きている限り、彼の身に起こったことを書き込み続ける術式らしい」
「魔術ってそんなことまでできるのか……」
店に入ると、いつものようにカウンターの奥に座っていたレイスさんは俺達を店の奥の自宅部分に通してくれた。レイスさんが用意してくれたお茶を飲みつつ、話をしようとしたところでレイスさんが手帳を持ってやってきたのだった。
「術式も気になりますが……それよりその手帳に書かれているメビウスさんの最後って……」
「読むかい?」
「拝見させていただきます」
「あっ、じゃあ私も」
そう言ってのぞき込んできた詩帆と一緒にメビウスさんの手記を読むと、前半部分は師匠に聞いたとおりだった。ただ、後半部分には師匠も知らないメビウスさんの最後の発見が遺されていた。いや、残されていたとみるべきだろうか。
「……マーリスにセーラは託せた。後はあの二人がやってくれるだろう。俺は最後に術式の崩壊部を修正すれば……後は……る……けだな、………界の…間で……年間だけ。おっと、魔神の正体をこ…に記…て…おか……と。あいつの正…は…………さすがにこれ以上は読めないな」
「というか、途中にもいくつか空欄があるわね」
「空欄の部分はおそらく魔神が高密度の魔力エネルギーで術式を妨害したためだろう。そして最後の文章が途切れているのは……」
「メビウス様がこの世界から消えたから、ではないでしょうか?」
「その声は……」
レイスさんの言葉を遮ったのは聞き覚えのある少女のものだった。
「シルヴィア王女。なぜ、ここに?」
「いえ、高位の隠蔽系の精霊によって隠された怪しい店を見つけたので気になったんですよ。それで入ってみたら奥からクライス様の声がしたもので」
部屋の入り口に立っていたのは、師匠の下にいるはずのエルフの王女シルヴィア様だった。
「クライス様、このお美しい方はどのようなお知り合いなのでしょうか」
「ユーフィリア、疑うようなことは何もしていないから安心しろ」
「あら、クライス様。ではマーリスが話していた運命の人というのはこちらの方ですか」
「まあ、そうですね……」
「運命の人って……あんた、どんな紹介をしたのよ」
「別に普通だよ」
「まあ、ともかく誤解を解くついでに自己紹介をさせていただきましょうか……フォレスティア王国第一王女で王位継承権一位のシルヴィア・リーフィア・フォレスティアと申します」
「ご丁寧にどうも。ユーフィリア・フォルト・フォン・グレーフィアと申します」
そうして自己紹介が住んだところで、レイスさんがシルヴィア王女に椅子をすすめた。
「王女殿下。こちらの席へどうぞ」
「ええ、ありがとう」
「それで、クライス君。彼女はエルフの王女ということでいいのかな」
「ええ」
「いえ、今は魔術修行をマーリスに受けているただのエルフの少女にすぎません」
「クライス君の妹弟子ということかな」
「そうですね。一緒に師事していた時期はありませんが」
「ふむ。それならこの会話に加わってもらっても問題はないね」
「ええ。申し訳ないのですが少し話が耳に入ってきましたが、おそらく魔神封印に関する話の知識はクライス様とそう変わらないかと」
「なるほど……分かった」
レイスさんは彼女の参加を認めてくれるようだ。にしてもさすがはエルフの王女様だな。俺ですら最初は気が付かなかった店の隠蔽を一発で見抜くとは。
「それにしてもよく店が隠蔽されていることに気づきましたね。しかもその使用魔術まで」
「ええ。それは私も驚いていますよ。初代様から受け継がれた固有精霊の力を見破られるとは」
「エルフの種族としての恩恵ですね。これが普通の魔術であったならその系統までは見破れませんし、これだけの隠蔽魔術となると見破れたのは偶然ですよ」
「それでも並みのエルフでは見破れる術ではないですからな」
さて、エルフの種族特性というのに精霊視という能力がある。精霊、というより実体化したこの世界の魔力に親和性のあるエルフは魔術の動きを捉えることができるというものだ。特に魔力情報の集積体である人工生命体の精霊や、魔力情報から構成された召喚獣などを視るのは非常に得意分野である。
「クライス様。話が専門的な方向に行き過ぎて私にはよく分からないのだけれども」
「分かってるよ。特にこの辺の話は今は分からなくてもいいから後日な。それより今の内に師匠達の過去の話を詩帆にしておこうかな」
「あっ、そうよね。そういえばこの間、魔神討伐の概要は聞かされたし、雅也のこの世界での話を聞いたときに現在の話は聞いたけど……あんまり昔の知識はないわね。そうね、このメンバーで知らないのは私だけだし……うん、聞かせて」
「分かった。じゃあ、まずは師匠たちの生まれ故郷についてのところから行こうか」
俺はゆっくりと師匠の過去について語り始めた。
「師匠たちの生まれ故郷は小さな山奥の村でな。その村で幼馴染だった師匠とセーラさんとメビウスさんの三人はいつもいっしょだった。なにせ全員同じ日に生まれているからな」
「いいわね。そういう関係」
「ただ、三人の十歳の誕生日の日……村は壊滅した。魔人の襲撃によって」
「えっ……」
「三人で数十体の魔人を討伐したが、残念ながら三人以外に生存者はゼロだったそうだ」
「そんな……」
師匠達の人生は悲劇だったと言えるだろう。たとえ、その間に七賢者という良い仲間がいたとしても……メビウスさんの話によれば、その中の一人は最初から裏切っていたのだから。
「その後、騎士団とともに王都に向かった師匠たちは、数年後に魔王の討伐戦に向かうことになる。そして、そこで……」
「大賢者グラスリー様との出会いだね。手記でも魔力に圧倒されたと書いてあったよ」
「すごいですよね。私も一度会ってみたかったです」
「あれ、二人とも参加します?」
「もちろんだよ。当事者から聞いている君とシルヴィアさんから聞くのが楽しいに決まっているじゃないか」
「そこは当事者を呼び出しましょうよ。シルヴィアさん、師匠たちは今どこへ?」
そう聞くと、シルヴィアさんは少し顔をしかめた。
「あの、僕、今、何かまずいこと聞きましたか?」
「い、いえ。ただ、私にも居場所が分からないものですから」
「へっ?」
「それが、王都に着いた瞬間に自由行動と言われて、一週間後にクライス様に会うために学院前に集まれと……」
「師匠……」
師匠の行動は俺の予想の斜め上を行っていた。一国の王女を知らない土地に放り出して、自分は観光に明け暮れるとか……
「あなたの師匠って、本当に面白い人ね」
「当事者以外にとってみればな」
「クライス君、それを言うなら君達も大概だけどね」
「どういう意味ですか」
「いえ、クライス様とユーフィリアさんの関係性が昔の有名な貴族に似ているという話ですよ」
「貴族?」
「魔導宰相夫妻のこと、かしら」
「やっぱりユーフィリアさんならご存知ですよね」
ユーフィリアが挙げた名前を聞いて、俺も思い出した。
「グラヴィス侯爵夫妻のことか」
「あら、あなたにしては珍しく人の名前を憶えていたわね」
「いや、だって過去の有名な魔術師の記録辿ってて、夫妻揃って高位の魔術師なんて覚えやすいだろうが。しかも夫側はその代の宰相兼魔術省大臣だぞ」
「さすがに、か」
「だな。ただ……レイスさん、シルヴィアさん、さすがにその話は不謹慎では?」
「そうですな……すみません」
「確かに、これから未来ある二人には言ってはいけない話でした」
グラヴィス侯爵。抜群の政治手腕と神に至るとまで言われた魔術の実力でもって、宮廷史上で唯一宰相職と大臣職を兼任した人物。その妻も才媛であり、魔術の実力に長けていた。しかも二人とも十歳の時に、双方ともに別の家に決まっていた許嫁を破棄してまでも恋愛結婚をしたことで有名だ。
「まあ、あまり気にしないで捉えますけどね。上り詰めるところまでは倣いたいですし。彼女に何でもしてあげられるよう、そのためだったら命以外は投げ出しますよ」
「そこは、普通命だって、ではないのかい?」
「命が無くなったら、彼女を守れないじゃないですか」
「ちょっ、ま……クライス様」
「フフフ、素敵ですね。こういう恋って憧れます」
「シルヴィアさんもユーフィリアさんもこういうところは女の子だねえ」
照れる詩帆を見ながら、俺はまだ侯爵の最後を思い返していた。
侯爵は……政敵の陰謀によって、妻……を殺害され、生まれたばかりの子供も消息不明となった……そのまま発狂した彼は……自身の魔力で周囲を崩壊させた後……魔力の塊となってはじけ飛んだとされる。
千年前の悲しい話だ。だからこそ、俺は誓う。彼と同じ道は歩まないと。絶対に詩帆は守ろうと。などと、思っていたせいで俺は思わぬ失言をしてしまった。
「詩帆。君のことは絶対に守るから」
「う、うん」
「シホって……なんのことですか?愛称、とか?」
「あっ……ええっと、それは……」
そんな風に詩帆が慌てている中、俺は外から膨大な魔力の高まりを感じた。
「全員、そっちの壁から離れて」
「えっ」
「……<反射障壁>」
全員の前に俺が結界を展開した瞬間、一筋の光線が壁を突き破って飛んできた。
面白かったらブクマ等いただけると嬉しいです。




