第七十話 出会ってしまった二組
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「それで、だいぶ外は大事になってきているようだけど……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。さすがにそれぐらいは計算してるさ」
詩帆と再び談笑すること十五分。外では痛みでうめく男たちによってちょっとした騒動になっていた。俺が魔術を使用したことがばれないよう、俺が店に戻るまでは幻影で見えなくしていたので余計にだ。
「計算してるって……王都の警備隊から冒険者ギルドの調査チーム、さらにはこのままだと王宮の騎士団まで出てくるわよ」
「大丈夫だって。仮に出てきたとしてもあいつらは被害を申告できないからな」
「……どういうこと?」
「あいつらの懐にさあ、明らかに盗品っぽい高そうな武具が複数入ってたんだよな」
「所持品検査が怖いからってこと?でも、それなら被害届を出す邪魔にはならないんじゃないかしら。いくら怪しい連中で、明らかに喧嘩を吹っ掛けそうな感じでも被害者の所持品検査なんてされないはずよ」
「いや、あいつらは警備隊に会ったらそれだけでアウトなんだよ」
詩帆は俺が奴らに危害を加えたことに対する罰則が下るのが怖いようだが、落ち着いて考えてみれば今の俺達は幻術で別人になっているわけで、<座標転移>で逃げれば証拠も残らない。だが、まあそれは最後の手段だ。俺も雅也と詩帆の姿が使えなくなるのは嫌だし。だから、奴らに攻撃する前に保身のための下調べは済ませてある。
「会うだけでアウトって……この世界には冒険者や騎士という職業が存在している以上、銃刀法なんて法律はないし……」
「いや、あるよ」
「意味が分からないんだけど」
「さっき詩帆が挙げた職業の証明になるようなものを持たずに街中で武具を持ち歩いていれば普通に捕まる。後、例外として武具屋とかは専門の営業許可証があるからな」
「なるほどね。つまり武器を見られた時点でアウト。しかも見られたら、武器が盗品だということで窃盗罪でも捕まると」
「そういうことだな。後、魔術で身体能力探ったときに薬物使用の形跡も出てたから……」
「はあ、それだけのクズならあれだけやられても誰も庇い立てしないでしょうね」
と、丁度そこまで説明したところで外を見ると、うめいている男達が片っ端から警備隊に拘束されていた。全身の傷を意に介さず、拘束されていく彼らを見るのは何とも痛々しい。まあ、傷をつけた俺が言うのも何だが。
「さてと、騒ぎも収まったようだしそろそろ店を出ようか」
「そうね。次はどこへ行こうかな」
「俺はどこでもいいよ。というか王都に来てまだ一月だからそんなに店も知らないし」
「そうね……ところで雅也」
「どうした?」
「外の会話は風魔術で聞かせてもらっていたのだけど……話をしていた人物に心当たりがあるのかしら?」
「いや、多分師匠達かな、って思って」
そういえば詩帆には俺が異世界に来てからの大まかな流れは話していたが、師匠たちについて明確に言及したことはなかった。魔神封印の話の時も特に容姿等に言及することはなかったしな。
「あなたの魔術の師匠……つまり、七賢者のマーリス様とセーラ様ってこと?」
「そういうことだな」
「会いたいんだけど……場所は分かるわよね?」
「いや、確かに風魔術や光魔術のレーダー系魔術で一度覚えた人の魔力は探知できるよ」
「じゃあ、すぐじゃない」
「いや、七賢者は、というか俺も教えられたから使えるけど魔力を極限まで抑える魔術が使えるんだよね。それをやられるとこの王都みたいな人口の多いところじゃ捜索は不可能だな」
「そっか……残念。あっ、そうだ。今度、セーラさんに会ってみたいから<座標転移>で連れて行ってよ」
「別にいいよ。まあ、今は王都にいそうだからまた今度な」
「それは分かってるわよ」
広範囲展開の雷魔術に、精神魔術の複数人同時使用なんていう超越級魔術が両方使えるのは間違いなく師匠達だけだろうから、確実に王都にいるのだろうが……一体何の目的なんだろうか。
「……まあ、いいや」
「んっ、どうかしたの?」
「いや、考えるのが面倒くさくなっただけだよ」
「よく分からないけど……それより行きそうな場所の心当たりとかないの?」
「行きそうな場所……魔術街とか」
「安直ね。でも、以外に合ってるかもしれないし、行ってみましょう」
医学、治癒方法の向上が好きな詩帆としてはセーラさんと会って治癒魔術のレパートリーを増やしたいのだろうが……なんか妙に必死で怖いな。
「そんなに焦らなくても、その内に会えるって」
「その間にあなたを失ったらどうしたらいいのよ」
「えっ……」
俺が軽い感じでかけた言葉に彼女は振り向いて言った。その瞳は薄らと潤んでいた。
「あなた、私が本当にこの数日、普通に過ごせたと思っているの?」
「えっ……」
「あなたと一緒に寝た日、あなたが消えてしまいそうで怖くて、朝になるまで眠れなかった。その後も、ずっと平気な顔してたけど……怖くて仕方なかった。また、あなたがどこかに行ってしまいそうで……」
「詩帆……」
俺はダメすぎるな。詩帆がここまで追い込まれていたことに気づいてやれなかった。最近の詩帆は俺に対してきついところがあったが、それにはこういう面もあったのだろう。十五年も会っていなかったとはいえ、妻のあれだけ大きな変化に気づけないなんて……俺は……
「旦那、失格かな」
「それを決めるのは私」
「そうかよ……」
「こんなこと言っちゃったけどさ、やっと少しは安心できたから言えたんだよ」
「……ゴメン」
「謝らなくていいよ。十五年間寂しい思いもしたけど……一緒に生きられる道を作ってくれた雅也に感謝しても恨むことなんてないよ。だけど……ごめん、やっぱり不安でしょうがなくなるんだ……あなたを失ったらどうしようって」
彼女の想いは痛いほど伝わってきた。この数日の間、関係性を失うのが怖くて言い出せなかった想い、夢みたいに溶けてしまいそうな今までの日常に比べたらはるかに短い日々。彼女の不安な気持ちが全て、響いた。……ただ、その想いが彼女だけな訳がない。俺だって同じだ。言いたいことだって山ほどある。
「そっちこそ謝らなくていい。どんな捻くれた言い方でもいいからさ、俺に全部ぶつけてくれ。前世みたいに抱え込まなくていいから」
「雅也……」
「言いたいことは前世のように何でも言ってくれ、キレて家を飛び出すことはあっても、必ず帰っては来るから」
「フフフ、うん、そうよね。雅也って私に対してだけは弱いもんね。分かった。なんか安心できた」
「やっぱり捻くれてる詩帆も可愛いけど、やっぱり甘えてる詩帆が一番かわいいな」
「ちょっ、公衆の面前でそんなに歯の浮くようなセリフ言わないでよ」
「やっぱりかわいい」
「うううう……」
すっかりため込んだ想いの大半をぶちまけてスッキリしたのか、スッキリした顔で腕に絡んでくる詩帆は可愛かった、それはもう本当に……
「……あった」
「えっ、何があったの?」
「いや、師匠たちが来そうな店」
俺と詩帆がやって来たのは魔術関連の品々が並ぶ商店街、魔術街である。その中でも少しディープなところに来たんだが、そこで見つけた店はもちろん……
「魔術堂……なんか、とてつもなく古そうな店なんだけど」
「目に<身体能力強化>かけてみて」
「いいけど……って、全然違うんだけど。普通に高そうなお店よ……なんで幻影結界なんかが」
「まあ、入ってみればわかるよ」
そう言いながら店の中に入ると、カウンターで座っていた老人がゆっくりと立ち上がった。
「お久しぶりです。レイスさん」
「ええ、久しぶりだね。クライス君」
「幻影魔術かけてるのによく分かりますね」
「こう見えても幻影魔術に関しては詳しくてね。そこら辺の魔術師のなら簡単に見破れるよ。まあ、君が本気で幻影をかけたらさすがに魔力量の差的に見えないけどね」
レイスさんは前と全く同じ様子で俺を迎えてくれた。いや、前は背後から現れて驚かされるというオプションがあったけども。
「それで、今回はどんな御用ですかねえ。学校の生徒会長まで連れてきてますが」
「あら、そんなことまで知っているんですね」
「知っているも何も……」
「雅也。レイス先生が七賢者の知り合いってどういうことなのよ」
「レイス……先生?」
「雅也って興味のない人の顔は認識してないのかしら、魔術指導実習の担当講師じゃない」
「……あああああ。ちょっと、なんでレイスさんが学院の講師をやっているんですか」
「そんなに慌てないでくれよ。君が連れてきた子になら全てを含めて話すから」
詩帆に言われるまで気が付かなかったが、レイスさんと俺は学院で再会していた。しかも唯一出ていた魔術指導実習という授業で。
この授業は魔術を中等部の生徒に教えることで、その理解を深めるというもので、特待生クラスの生徒のみ履修が可能だ。そしてその担当講師がレイスさんだったという訳だ。
「まず、私が王立魔術学院にいる理由は簡単だ。王宮筆頭魔術師をやめてからの再就職先だよ」
「えっ、元王宮筆頭魔術師だったんですか」
「ああ。まあ国王の腐敗政治に嫌気がさして三カ月で辞めたからね。君たちが知らなくても無理はない」
「そうですか……」
「まあ、穏便に辞められていたら校長職は確実だったんだが……まあ、普通の講師の方が気楽でいいよ」
俺としてはレイスさんの異常な魔術師としての腕が納得できてよかった。元は王宮魔術師をやっていた人間だというのなら逆に当然と言っていい実力だ。
「それで、なぜレイス先生が七賢者と関係を持たれているんですか」
「この店の管理は代々の王宮筆頭魔術師に受け継がれているんだ。二代目がたまたま王宮筆頭魔術師になって以来ね。まあ、あまりにも性格が破綻した人間の場合は市井の高位魔術師に受け継がれた場合もあったそうだけどね」
「それじゃあ説明になってないんですけど」
「クライス君。彼女にこの店のことを話さずに来たのかい」
「ええ……すみません」
「まあ、構わないんだが」
道中二人でいろんなことを思い返しながら、来ていたらうっかりしてしまったとはいえない。でも仕方ない気がする。だって久しぶりに心の底から甘えてくる詩帆が可愛すぎたんだもの。まあ、俺の顔の様子から何を考えているのかわかったのか詩帆が睨んできたので、これぐらいにしておこうか。
「それじゃあレイスさん」
「いや、彼女に話すのは構わないんだけど……後ろで聞いてる三人は大丈夫なのかい。いや、一人はいいんだが……」
「やっぱり気づいてましたか……<雷撃>」
「キャア」
「痛い」
「うわあ」
レイスさんが店の入り口の方から感じている魔力に気づいているようなので、俺は仕方なく最小威力の雷魔術を放った。たまらず悲鳴を上げた三人組が出てきた。
「殿下。のぞきは趣味が悪いですよ」
「のぞきじゃない。ただのクライス君たちの観察だよ」
「だから止めましょうって言ったんですけど」
「とりあえず、レオンがリリアとソフィアさんを巻き込んで、俺達を尾行してたことは分かった」
「ま、待ってくれよ。一つ言っておくと、あくまで偶然だからね」
「んっ……違うのか」
慌てて出てきたレオンはさらっとこう言い放った。開き直りかと思ったら、どうやら違うようだ。
「僕は普通に魔術街で買い物をしていただけだよ。そこに君達に声をかけようとして、そのあまりのイチャ付き度合いに固まってしまっていた二人に会ったんだ」
「つまり……」
「正面から声をかけられるような雰囲気じゃなかったんだから仕方ない。というか一度は君たちから離れてたんだよ。リリア嬢がこの店に用があって、入ろうとしたんだよ」
「ちょっと、ローブのすそ直しをお願いしようしてたんですよね……」
「それで入ろうとしたら、君たちがいて入れなかったんじゃないか」
「くそっ……確かに正論だ」
「クライス君。そこが問題じゃないから」
結局、この状況で七賢者についての話を殿下とソフィアさんにするわけにもいかず、今日のところはレイスさんに待ってもらうことにした。まあ、幻影でぼかされた不思議な店じゃなくてこれからは学院で会えることが分かったので問題はないだろう。
その後。俺が詩帆と一緒にいるときにはレーダー系魔術を全力で使用するようになったのは言うまでもない。
「ああ、なんだか散々な初デートだったな」
「でも、それが雅也とのデートな気がするからいいんじゃない」
「どういう意味だ」
「雅也といると退屈しないってこと」
「いい意味で言われてるとは思えないんだが……」
まあ、詩帆との距離が元に戻ったからいいか。そう思えた長い一日だった。
次回更新は明日の予定です。
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