第六十八話 機密の隠し場所
読んでくださる方ありがとうございます。
今話は過去最高の長さになってしまいました。
翌朝。睡眠不足の体を引きずって食堂に行くと、知りあいたちがテーブルを囲んでいた。
「おはよう、クライス君」
「ああ、おはよう。まあ三時間ぐらいしか寝れなかったんだけどな」
「自業自得よ。というか今日は休みなんだから、寝坊して来ればいいじゃない」
「ユフィ、なんか拗ねてる?」
「拗ねてないわよ」
「何だかユーフィリア先輩の印象が、どんどん変わっていくんですが……」
「リリアちゃん。素のユフィはそんな感じよ」
「ソフィア!」
女子たちが姦しく会話を始めたところで、俺はその隣で食事をとっていたレオンが笑っているのを見て睨みながら言った。
「ご機嫌だな」
「そう睨まないでくれよ。あの<転写>した紙は全て渡しておくから」
「何となくレオンなら一枚ぐらい保持している気がするんだが……」
「確かにそうしておきたいところだが、お前を敵に回すような真似はしないよ。ほら、これだ」
そう言いながら、レオンが懐から取り出した紙束を俺に渡す。中身を確認すると、確かに現物だ。紙にリリアの魔力が残っているので間違いないだろう。
「うん、確かに。ふう、これで安心だわ」
「ああ、しばらくは脅すような真似はしないよ」
「しばらくって言い方が怖いが……まあ気にしないでおこう。次はさせねえし……」
「期待して待っているよ……次のネタが見つかるのをね」
「絶対にさせない」
「そうか……それで、<転移>で消えた後は何をしていたんだ?ちなみに部屋にお前がいなかったことは知っているからな……」
「なっ……」
「カマかけたんだが予想通りだったな」
「畜生……」
「まあ、だいたい分かったから聞かないでおこう」
「……くそっ」
早速とてつもない弱みを握られてしまった気もするが、詩帆に聞かれていないからまだマシだろう。ふう、落ち着いたら冷静になってきたな。
「そういえば昨日の件はどうなったんだ」
「国王を呼び出しても無駄だからな。寝ていた宰相を起こして、ひとまず財務大臣の権限を凍結しておいた。おそらく今日中には国王の名で正式に職権を剥奪されたうえで爵位の降格を受けて、息子に当主を譲ってから幽閉だろうな。即刻処刑という可能性もあるが」
「国王も加担していたのに、ひどいもんだな」
「まあ、貴族だから幽閉で済む可能性がある分ましだろう。不祥事を起こして玉座を追われた国王なんてよくて国外追放、普通は処刑だからな」
「それが分かっていて、よくお前も玉座を狙いに行こうとするな……」
「本当は自由に生きたいが……身内の始末はつけないとな。まあ、最高権力者というのにそそられるという面もあるが……まあ、俺が玉座から落ちた場合はお前も道連れにするから安心しろ」
「不安しかねえよ」
話が不穏な方向に進みかけた気もするが……ともかく、昨日の俺の潜入は成功だったようで何よりだ。
「それで……後任は」
「表向きには父に組している有能な公爵に任せる。もちろん裏では僕のクーデター計画に賛同しているということだよ」
「お前、それをこんなところで話して大丈夫か」
「大丈夫だよ。近くにハリーがいる時点で僕の身体と政治上の安全は保障されているから。それに君も昨日の件の後始末について聞く前に<防音結界>は展開しているだろう」
「まあ、そうなんだが……」
こういう話をしているとレオンが国王向きの頭をしていることがよく分かる。だから本心から彼を信じきれないのだが……まあ、色々騙されているからというのが一番の理由だが。
「とりあえず、重苦しい政治の話は終わりにしようか」
「ああ、そうしてくれ」
「で、昨日渡した紹介状って今、持っているかな」
「持ってるよ。それでこの紹介状っていったい何の紹介状なんだ」
「それを話す前にユーフィリア嬢を呼んでおこうかな」
「なんだか死ぬほど嫌な予感がするんだが……」
「気のせいだよ。……ユーフィリア嬢。少し話があるんだが、今、いいかな?」
「はい。殿下」
ユーフィリアと俺の顔を見比べるレオンの顔がやっぱり不安なんだが……いや、気にしたら負けか。
その不安は的中することとなる………かと思ったのだが話が進むにつれて状況は珍しく好転していた。
三時間後……王都南区中央通り
「なんだかデートみたいだね」
「デートっぽくしろって言われたけど自然にこうなるよな」
「言われたときは恥ずかしくて死にそうだったんだけど……周りにばれなければ、ただの雅也とのデートだもんね。しかも……」
「……相手を見れば、姿は前世のままだもんな」
「ええ。雅也って呼ぶのに抵抗ないもの」
俺は詩帆と二人で並んで大通りを歩いていた。もちろんそれはレオンの頼みだったのだが、その内容が詩帆をハイテンションにさせている理由である。
「魔術の幻影で正体を隠して、デートをしながら家を買って来い……支離滅裂な頼みだな。まあ、理由は分かったからいいんだけど」
「ええ。あなたを囮にして国王派の貴族たちを暴発させる、でしたっけ」
「頼みは妥当だが、内容はひどすぎるな」
詩帆の機嫌は直ったが、俺に対する任務のひどさは相変わらずだ。本当にあいつが国王になったら、今以上にこき使われるんじゃ……今は忘れておこう。詩帆が楽しそうだしな。
「まあ、私には被害ないからデートを満喫すればいいし。あっ、デート代は全部、雅也持ちね」
「いいよ」
「軽いわね……そんなに余裕があるの?」
「前世だったら住んでたマンションと同規模のものを丸々買っても、税金を考えなければ五百年ぐらいは遊んで暮らせるぐらいの資産は持ってる」
「あなた、十五年間何をしていたの?」
詩帆の疑問もごもっともだが、俺が稼げた理由は俺にも分からない。なんせ魔術修行と魔術実験しかしていないからな。いや、魔術修行で高ランクのモンスターを狩りまくり魔術実験で<錬金>を駆使して高位金属を作ったぐらい……いや、それが原因か。
「まあ、あなたがそう言ってくれるのなら……容赦はしないわよ」
「あっ……言わなきゃよかった」
「冗談よ。それよりそろそろ指定の不動産屋に行きましょう」
「そうだな」
デート気分もいいが、本題はそっちなのでそろそろ切り替えるとしようか。
「それで、指定の店ってどこなの」
「そろそろのはずなんだが……あっ、ここだな。んっ……何か見覚えがあるような」
「見覚え?あなた、王都に来てから不動産屋に行ったことがあるの?」
「ええっと……ああ、ある」
「何を買ったの?」
「ノリで別荘を」
「ノリって……」
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
喋りながら店に入ると、見覚えのある女性店員さんが声をかけてきた。もちろん既定の設定どおりに話を進める。
「すみません。東国から商圏を広げようとやってきたんですが、こちらの国の方がなぜか成功してしまいましてね。それで、そろそろここに本宅を移そうかと」
「なるほど、東国の方でしたか。道理で見かけない黒髪の方だと思いました。奥さんもお綺麗ですね」
「ありがとうございます」
今日のために俺がかけている幻影は前世の姿だ。記憶に残っているから再現しやすいし、何より相手の顔に抵抗がないし。後、この世界でも東国風の名前というのは前世に近いので名前を呼び合っていても周りに奇妙な目で見られない点も優秀だ。
「それで……本日はどのような物件をご所望でしょうか」
「ああ、その前に知り合いに紹介状を渡されてきたのですが」
「紹介状、ですか?」
「はい。店長さんに渡すようにと……これです」
「分かりました。では少々お待ちください」
俺が懐からレオンにもらった紹介状を出して渡すと、受付のお姉さんは裏に消えていった。
「とりあえず、同一人物だと気づかれていそうにないな」
「そうね……にしてもこの世界の美的感覚って前世とあまり変わらないみたいね……美人、だって」
「そんな言葉、現世でも言われ慣れてるだろ」
「でも、お世辞抜きで可愛いと言われたのは久しぶりかな」
「そうか……」
「お客様、お待たせして申し訳ありません。すぐに奥に通すようにと店長が」
「分かりました」
お姉さんの顔がかなり切羽詰まっていたのだが……一体、レオンは何を書いてくれたんだろうか。そんなことを思いつつ、俺達は店の奥へ案内されていく。やがて突き当たりまで行ったところの部屋に通された。
「どうぞ、お入りください」
「ええ、では失礼します」
「失礼しますね」
そう言いながら部屋に入った後、最後に入ったお姉さんが扉の鍵を閉めた。それを確認した上で椅子から立ち上がった初老の店長がゆっくりと口を開いた。
「こちらから呼び出す形になってすまないね。ひとまず幻影魔術は解除していただいてかまいませんよ……ここは殿下のご厚意で完全防音の部屋ですから、クライス様、ユーフィリア様」
「それでは、そうさせていただきます」
「わっ、一瞬で姿が……すみません」
「いいですよ。普通は驚きますから」
「それよりクライス様って……」
「ええ、この間はいい物件をありがとうございます」
「こちらこそ騒ぎを解決していただいてありがとうございます」
「騒ぎ?あなたはいったい何をやっていたのかしら、クライス様」
幻影を解除すると、店の二人は俺のことを覚えてくれていたようで少し驚かれた。そして気づいたら詩帆の言動がユーフィリアになっている……切り替え早いな。
「まあ、雑談の前に話を進めてしまいましょう」
「そうですね」
「ええ。では購入する家はクライス様とユーフィリア様の結婚後の新居ということで……」
「「そんな話は聞いていないんですが」」
「それは裏向きの理由ですから」
「「裏向き?」」
「はい。表向きの理由は先ほどあなたがおっしゃった通りです」
「東国から来た商人夫妻の新居購入ですか」
「その通りです」
レオンの手紙にどのように書かれていたのか気になるところだが、今は店長の話を聞いておこう。
「でも、裏向きの理由であれば俺を囮にするという目的が果たせないんじゃ……」
「ですから裏向きであっても理由という扱いなんです。裏から私が誤って情報を漏らしてしまったことにします」
「なるほど……つまり裏向きの事情にするから余計に貴族たちを挑発しやすいと」
「そういうことですね。それでは売買契約に移りましょうか。この家は作戦終了後にそのまま住まれても問題ないレベルのものを選んでいるので、是非吟味していっていただけるとよろしいかと」
「これがいいのではないですか」
「えっ、早いな」
店長が机に置いた資料の中から詩帆が取り出した写真は、クリーム色をしたいかにもな貴族屋敷に、大きな庭が付いた物件だった。庭には湖まである。
「それは六代前の国王陛下の末娘の館ですね。麗しい姫だったのですが、病弱で嫁ぎ先が決まらずに不憫に思ったその代の陛下が、その末娘の意見を取り入れて作ったとされています。その末娘の死後は王家の静養地として使われていた王都郊外の屋敷だったのですが……」
「ですが?」
「今代陛下が様々な理由で国庫を圧迫したために売却せざるを得なくなり、レオン殿下が手を回して私どもの店で現在は維持管理を任されております」
「この店って結構規模は大きいのか」
「まあ、そこそこの規模の店とも資金力や物件の管理技術は負ける気はしませんが……あまり高位貴族の方に目をつけられたくないもので」
「それで店は質素なのか」
「ま……クライス様、ダメでしょうか?」
店長からこの店の規模についての話を聞いていると、詩帆が横から俺の袖を引っ張った。振り向くと、不安そうに上目遣いをしている詩帆の姿があった。それを見て、俺は忘れかけていたことを思い出した。詩帆がこの世界に来てどんな生活をしていたかということ。そしてとある絵のことを。
「自分の居場所、か」
異世界に来てから、彼女はずっと肩身を狭くしてきた。だから彼女自身の帰れる場所が欲しいというのは叶えてあげたい。何より中学時代に彼女が描いていたとある洋館の風景画がこんな感じだった。彼女は「こんな家で老後は過ごすのもいいよね」なんていう夢を語っていた。
なら……俺の返答は決まっている。
「作戦が片付いた後で、王立魔術学院を卒業したら住みます。即金で買わせていただきますが……いくらでしょう」
「即金で、ですか。でしたら屋敷の価値が十億アドル、土地の評価額が一億アドルの計十一億アドルになりますが……」
「まさ……クライス様。さ、さすがにこれだけ高いのは無茶ですよね……ごめんなさい、諦めま……」
「現金は当座で一億アドルしかないので、残りはアダマンタイト百キロでいかがでしょうか」
「アダマンタイトを百キロ、ですか。あるのは分かりますけど市場に流せませんよ。価格が大暴落します」
「ですよね……」
「冗談です。うちなら殿下が国庫で保証してくださいますので、現物でも価値がそれに等しいのなら問題ありません。一億アドル分があるのなら、残りは別のもので後日換金ということにしても構いませんし」
「助かります」
「いえいえ、あなたには便宜を図っていた方がいいでしょうから」
この人もどうやらレオンと似たタイプのようだ。利益があるなら多少の無茶は押し通しそうなタイプだな。まあ、そのおかげで買えるんだから、ありがたいんだが。
「それでは交渉成立ということで、この契約書に拇印をお願いします」
「はい」
「ではこれが家の門と本邸への鍵です。管理は部下に任せていますので、現地までお送りしましょう」
「いえ、場所の地図をいただければ、後で伺わせていただきます」
「そうですか……分かりました。管理をしている部下には先に連絡を入れておきましょう。後はしばらく住まれない期間があるのでしたら、学院卒業までは管理はやらせていただきますが……」
「管理費は払いますので、よろしくお願いします」
こうして俺はこの世界にマイホームを購入した。日本円にして百十億円という高級住宅を……
店を出て、しばらく歩いたところで詩帆が俺に唐突に声をかけた。
「雅也……本当に良かったの?」
「いいも、なにも……詩帆の長年の夢をかなえてあげるのは当然だろう」
「分かってくれたんだ」
「覚えてるに決まってるだろう。命まで懸けて救った愛妻の夢なんだから」
「うん。それに自分の居場所、いや帰る場所をくれるんでしょ」
「聞こえてたか」
「当たり前でしょ。命を懸けて私を救ってくれた愛しの旦那様なんだから」
二人が周りからの視線に気づいて、慌てて魔術で姿を隠したのは数分後のことだった。
大変申し訳ございませんが、作者が考査期間のため更新を長期間お休みします。
次回更新は十二月七日木曜日です。
更新を止める中で失礼だとは思いますが、新章に入ってからのことや四章までのストーリー展開に対して感想をいただけると嬉しいです。
感想返しはなるべくしようと思いますが、できなかったらすみません。




