第六十七話 潜入捜査
遅くなって申し訳ありません。読んでくださる方いつもありがとうございます。
深夜の王都高位貴族街の裏通り。そこに漆黒のローブ姿の男が立っていた。もちろん、その正体は俺、クライスである。
「なんか……久々に大賢者様のローブ出したけど……こんなことに、使うことになるとは……大賢者様が嘆くな。まあ、暗殺とかするわけでもないから問題ないか」
物騒なことを言いながら短く息を吸うと、俺は無詠唱で魔術を使った。
師匠の家にいる間に無詠唱魔術はマスターしていた。次元間から魔術情報を呼び出す過程で、イメージを固めるために詠唱は必要なので、イメージがはっきりしているうえに、雑なイメージでも強引に呼び出せるだけの膨大な魔力を持っている俺にしてみれば無意味という訳だ。
「さてと……じゃあ侵入させてもらいましょうか」
俺が無詠唱で使った魔術は光魔術<光学迷彩>、闇魔術<隠蔽>、召喚魔術<不可視の妖精>の三つだ。まあ、簡単に言うと隠密魔術の三点セットだ。
「バレるわけはないから、楽と言えば楽だけど……なんで、俺は貴族屋敷への潜入なんて……」
そんな風にブツブツ言いながら、<空中歩行>で俺はバルデス伯爵家の屋敷の塀の上に上った。俺がこんなことになった理由はもちろん朝のユーフィリアとの一件がレオンにばれたせいである。
「潜入捜査……なんで、そんなことを俺がやらなきゃいけないんだよ」
「嫌ならいいんだけどね。それならこの写真をばらまくだけだから」
「クライス君……凍死したいのかしら」
「分かってるよ。やるから、やります」
レオンの言葉に嫌がっていると、詩帆が睨みながら俺の周囲の地面を凍らせた。無論、そんなコントロールができるのは普通の模造魔術ではなく、超越級魔術だ。周りにおかしいと思われるかもしれないという判断ができないほどキレていそうなので、本気で凍らせられないうちにレオンに従っておこう。
「それで潜入って、一体どこに、どういう目的で、何のために?」
「潜入先はバルデス伯爵家王都本邸、第一目的は偽造帳簿の確保、第二目的は騒ぎを起こして騎士団に介入させる隙をつくること。なぜ、クライスかと言えばお前なら大抵の問題に対処できるうえに、いまならこき使えるからな」
「くっ……まあ、事実だしな。それで、バルデス伯爵家の偽造帳簿って?」
「バルデス伯爵が財務大臣だってことは知ってるよな」
「ああ。さすがにそれぐらいはな」
「で、そいつも腐ってる貴族の筆頭なんだが国王から許可を受けて国家予算をちょろまかしている」
「国王から許可を受けてって……」
どうやら想像以上にこの国は腐っているようだ。国王公認の収賄事件って……
「分かった。それに関する帳簿なんだな」
「いや、違う」
「えっ、違うのか?」
「今、言った裏帳簿は国王が管理している国王派貴族たちの闇資金帳簿だ。だから私なら見放題だ」
「じゃあ、バルデス伯爵家の裏帳簿には何が書かれているんだ?」
「バルデス伯爵個人の贈収賄の証拠」
「想像を超えたゲスさだな」
自分たちの派閥の資金を抜くだけでは飽き足らず、まさか自分個人の利鞘まで確保しているとは……いや、集団の方が質悪いか……
「で、それを確保したらいいのか」
「それはもちろんだが裏ルートだけでなく、表からも捜査の手を入れたい……財務大臣職から引きずり落したいからな」
「それで、騎士団の介入をさせるために騒ぎを起こせ、ね」
「帳簿を確保した後で頼むぞ」
「分かってるよ」
「突入時間は今夜零時。侵入場所、方法等はばれないならどんな方法を取ってもいい」
「任せとけ」
塀の上で零時になるのを待つ間、レオンとの会話を思い出していた俺は再び大きくため息をついた。
「はあ……思わず調子に乗って、まかせろ、なんて言ったけど……やっぱり面倒くさいな……とか、いまさら言っても仕方ない、か……よし、零時だ。行こう」
零時の鐘が鳴るのを確認した俺は、塀の正面に見えた窓を<錬金>で鍵と蝶番の部分を作り変えて、風魔術<突風>を利用して窓を内側に開く。そのまま<転移>で窓の中の部屋に飛んだ……瞬間、俺は叫んだ。
「うわああああああ」
「ふむ、ここは異常なしだな。まったく、部屋の鍵を開けっぱなしにしたのはどこのどいつだよ」
部屋の真ん中に飛んだ俺の前には髭面の大男がいた。顏同士の距離はわずか十センチしかなく、驚きと気持ち悪さが混ざって死ぬかと思った。ありとあらゆる隠密魔術によって、相手と密着でもしない限りは見つからないようにしていて本当に良かった。
「ハアハア……危なかった。本当に心臓に悪いぞ、潜入捜査」
しばらく心臓が落ち着くのを待ってから、俺は再び魔術を使った。
「……<音波診断>……さてと、おかしな部屋は……ここだな」
俺は屋敷全体に音波を反響させて、ドアの位置と部屋の位置を確認していく。数秒で扉も窓もない部屋を一つ見つけた。他の反響の様子を見る限り、どうやら書斎の本棚の裏辺りに入口がありそうだ。
「では、行きますか」
<音波診断>を利用して人が外にいないことを確認してから、俺は扉を開けた。
「もちろん、誰もいない、と」
部屋の扉を後ろ手に閉めると、俺は廊下を普通に歩いていった。二回ほど、巡回していた伯爵家の護衛達とすれちがったが、もちろん気づかれることなく目的の書斎にたどり着いた。
「誰もいそうにない、な。じゃあ開けますか……<錬金>」
物質の分解・合成なら、なんでも可能な土魔術第十階位<錬金>は本当に役に立つよな。これを作り上げた七賢者のジェニスさんには感謝してもしきれないな。
「よし、開いた……それでは宝探しと行くか」
部屋に入ると、中は普通の書斎に見えた。だが<音波探査>でじっくり見ていると、一つの本棚に入っている本だけ、中身はないカバーだけの本だった。
「これを動かすのか……<質量低減>……よし、浮いた」
物理魔術の<質量低減>を強めに本棚にかけて、俺はそれを片手で持ち上げた。それをそのままずらして後ろに置くと、その空いた部分の壁には切れ目が入っていた。それをまっすぐ前に押すと右側に隙間が生まれた。
「この奥か……暗いな……<光球>……うわあ……ひどいな」
明かりのない部屋の中は中央にある巨大な金庫群を除くと、大量の資料が乱立する汚い部屋だった。
「さてと……いろいろやばそうな資料も色々あるけど、さてと裏帳簿はどこだ?」
小さな金庫が積み重なった金庫群のそれぞれの扉にはラベルが貼られていて、何が入っているかが一目瞭然だった。
「……ええっと、「闇業者リスト(暗殺系統)」、「闇業者リスト(脅迫系統)」、「裏利権リスト」、「妾、女性リスト(妻には絶対に見せるな)」、「組織関連裏資金」、「機密裏帳簿」……まさかラベリングしてあるとは思わなかったわ……<光線>」
即座に<光線>で金庫の扉を円形に切断して、中の紙束を取り出した。そのまま裏帳簿の中身をペラペラめくっていくと、間違いなく本物のようだ。
「よし。後はこれを元に戻してから、庭で爆裂魔法でも撃って騒ぎを……」
「伯爵様の秘密金庫が開いてるぞ。しかも、あれは裏帳簿じゃねえか」
「近くに<隠蔽>とかで身を隠した魔術師がいるぞ。入口を完璧に塞げ」
「誰か伯爵様に、連絡しろ」
開けっ放しになっていた本棚の裏から数人の男達が入ってきた。さらに外からは尋常じゃないほどの怒声が飛び交っている。
「しまった……きっちり扉を封鎖するか、幻影結界程度は張っておくべきだったな……ちっ、後の祭りか。どの道ことは済んだんだし、作戦変更だ。この場で騒ぎを起こすか……<風神の大槌>」
俺は自身の位置が把握される前に、屋外に面する壁を<風神の大槌>でぶち破った。
「うおう、なんだ。いきなり壁が壊れたぞ」
「風か土のかなり高位の魔術師だぞ。気をつけろ」
後から聞こえてくる男たちの声を聞き流しながら、<空中歩行>で穴の外に飛び出す。
「さてと、騒動を起こすのなら姿は見せていた方がいいよな。ただ俺の正体がバレるのもまずいし……<幻想>」
俺は上空で隠密系の魔術をすべて解除すると同時に、光魔術の<幻想>で自身の姿を赤髪に白いローブの巨漢魔術師に見せる幻影を展開した。
「なんだ、あの大男は」
「あれが侵入した魔術師だ。追え」
「逃がすなよ。いや、打ち落とすんだ」
いたるところから矢や魔術が飛んでくるが、その全てを<突風>で吹き飛ばし、庭の上を周回し続ける。
「おい、当たらねえぞ。魔術師隊、どうなってやがるんだ」
「おそらく……風魔術でしょうが……同時展開をしているのか、いや、あれが単発起動だったとしたら起動が早すぎる。第一、詠唱速度が物理的に追いつかんぞ」
<身体能力強化>で強化した耳に入ってくる追っ手達の会話からは焦燥感すら漂ってくる。大通りの方を見ると待機をしていた騎士団が動き始めていた。
ただ、介入してもらうにはさらに騒ぎを派手にしておいた方がいいだろう。そのためには彼らにはもう少し頑張ってもらわねばならない。俺は、魔力が尽きた風を装って地面に落下した。
……もちろん地面に落ちる直前で物理魔術で自身の落下を停止させて、土魔術と風魔術で落下を偽造しただけだが。
「落ちたぞ。死んだか?」
「いや、魔術師なら生きている可能性がある。気をつけろ、魔術師なら死にかけの一撃があるぞ。油断するな」
「おい、逃げたぞ」
「くそっ、身体を防御しきったか」
もちろん、怪我などしていない俺は<身体能力強化>で強化した脚力で、包囲される前に警備の人間が少ない方に走りこむ。ついでに前方の護衛陣を爆裂魔術で吹き飛ばす。火魔術が一番騒ぎが派手になるので丁度いい。
「追え、追うんだ。ぶち殺せ」
「あの野郎、なめやがって……」
「落ちたのも演技か。畜生、はめられた。ぶち殺せ」
どうやら行き過ぎたようだ。憔悴していた男たちの目は血走っていて、武器を片手に俺を追いまわしている。更に後方から弓矢や魔術が雨あられと降り注ぐ。その状況を続けているうちに再びイライラしてきた。
「あの野郎ふざけんな。あんな脅し方しやがって……しかも、詩帆にやられた傷が痛むし……」
「てめえ、無断でバルデス伯爵家の忍び込んで、生きて帰れると思うなよ」
「そっちこそ、超越級魔術師に喧嘩売ったらどうなるのか思い知らせてやるわ」
なんだか、あまりの理不尽さを急に感じてしまった俺は遂に大規模攻撃魔術を展開してしまった。珍しいことに大量の魔力情報が現出し、その異様な光景に男たちの動きが止まる。
「な、なんだよ。これは」
「吹き飛べ……」
瞬間、巨大な氷の竜巻が男達を吹き飛ばした。
「……はあ、遂にやっちゃったか。というか、本当にこれ、なんとかなるのか……」
氷をあまり鋭くしなかったおかげで、全身に打撲を負って気絶しただけの男達を見渡して俺はこう言った。
「というか、もうこれ騒ぎとかじゃない気がするな。追ってきた男達、全員潰しちゃったし……騒ぎが沈静化したら、騎士団を介入させる口実が……仕方ないか。荒療治だが……<強制起床>」
闇魔術の精神魔術でこの場にいる全員を強制的に起こす。全身の痛みで多少うめいているが、話的にこいつらも伯爵の裏仕事に関わっていたようなので因果応報だろう。
「後は……<爆炎弾>」
男達が全員起きていることを確認して、俺は上空に巨大な火球を一発放ち、同時に真横の屋敷の塀を爆砕した。もちろん<生命探索>でそこに騎士団がいることは確認している。騎士団員たちは男達が武器を手にしているのを一瞥すると、空いた穴から駆け込んできた。その後ろから、同時に三人の人影が入って来て俺の前で立ち止まる。
「ご苦労様、クライス君」
「ええ、苦労したよ。それで、騎士団はどういう名目で敷地内に入れたんだ?」
「大規模な魔術師の襲撃で王国の財務大臣という要人が襲撃されているので、その救助に行ったという名目ですね。ですから上空に火炎弾を上げていただけて助かりました」
「魔術的な戦闘があったと分かりやすいからですか?」
「そういうことだね」
どうやら今回の作戦立案はハリーさんだったらしい。この人、殿下の護衛魔術師っていうより殿下の右腕としての側面が強い気がするな。将来的にはこの人が宰相なのかな。
「作戦は第二段階に進める」
「交戦状態にあった館内で偶然、裏帳簿を見つけましたと」
「ああ。確実に伯爵は爵位を息子に譲って牢獄送りになるだろうな」
「そうか」
「殿下。私は内部の捜索指揮をとってまいります。護衛はハリー殿一人で十分でしょうし」
「ああ、頼んだ」
「では」
そう言ってジャンヌさんは屋敷の方に駆けて行った。さて、俺も帰らせてもらうとするか。
「じゃあ、俺は帰るよ」
「お疲れ様……ああ、そういえば渡すものがあったんだった」
「また仕事か」
「違う、違う。お礼だよ」
「お礼?」
「まあ、ちょっとした紹介状だ」
「ふーん」
この紹介状が原因でまた面倒なことに巻き込まれることを、この時の俺は予想もしなかった。
面白かったら、ブクマ等いただけると嬉しいです。




