第六十六話 動き出した時間
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本日より新章突入です。
俺は複数の男達から追われながら、とある豪邸の庭を走り回っていた。
「あの野郎ふざけんな。あんな脅し方しやがって……しかも、詩帆にやられた傷が痛むし……」
「てめえ、無断でバルデス伯爵家の忍び込んで、生きて帰れると思うなよ」
「そっちこそ、超越級魔術師に喧嘩売ったらどうなるのか思い知らせてやるわ」
追いかけてくる男たちの前に、振り向きざまに大量の魔力情報が並ぶ。超越級魔術はあまりにも世界に与える影響がでかすぎて、稀にこのように世界の魔力情報が現出するようなことが起こる。
「な、なんだよ。これは」
「吹き飛べ……」
無詠唱で放たれた氷魔術の竜巻は一瞬にして追ってきた数十人の男を吹き飛ばした……
「……はあ、遂にやっちゃったか。というか、本当にこれ、なんとかなるのか……」
俺はほっと溜息をつきながら、同時に底知れぬ不安感を覚えていた。
さて、なぜこんなことになったのか……話は早朝にまでさかのぼる。
「んっ、うん……」
朝、俺は隣にあった人の温もりで目を覚ました。
「うう……いったい、昨日、何が……んっ」
目をゆっくりと開いて、その隣に寝ていた人物を見て、俺は本気で叫びそうになった。隣に一糸まとわぬ姿で寝ている美少女がユーフィリア嬢、というか詩帆であることに気づいていなければ危なく叫んでいたところだ。
「危なかった……叫んでたら、さすがに隣の部屋から何事かと思われるもんな」
昨日、咄嗟に展開した<防音結界>もさすがに、寝ている間までは維持していない。男子禁制の女子寮で男の叫び声が聞こえれば、問答無用で捕まるだろうから、本当に危ないところだった。
「にしても……詩帆って、美女に生まれる天性の才でもあるのかな……」
流れるような金色の髪に、透き通るような白い肌、スタイルは男子のみならず、女子ですら虜にする魅惑のスタイルである。
「これでまだ十五歳の発展途中だっていうんだから……はあ。五年後、俺が彼女にどう接してるかが見ものだな……それで、だ」
俺が隣でぼそぼそ喋っているのにもか関わらず、全く目を覚まさない彼女に俺はほんの少し悪戯心がわいた。もちろん卑猥な意味ではなく、可愛い奥さんへのちょっとした悪戯だ。
「詩帆……詩帆……前髪噛んでるよ」
「えっ……私、また雅也に会えない寂しさでそんなことを……ちょっと待って、今のって男の人の……きゃ……って、そうだった。私は確か、昨日……」
「やっとお目覚めかな。お姫様」
「はうっ……ま、雅也……ちょっ、ちょっと待って……なんでそんなに顔近いのよ」
「悪戯」
俺は詩帆の長い髪をそっと彼女の口元に持っていって、彼女の癖を利用して髪を噛ませてみた。ついでに、彼女の顔を正面から見据えながら起こしたので、彼女は半分パニックに陥りかけた。
「驚いたか?」
「驚いた。というか私、裸じゃない」
「そりゃ、そうだよ。だって俺もだもん」
「あっ……と、とりあえずお風呂にも入りたいのだけど……いったん着替えるから」
「見といてあげようか?」
「出て行って……<突風>」
「うおう……」
俺の半分冗談な発言に顔を真っ赤にした詩帆は、風魔術で俺を寝室の外にたたき出した。もちろん、相当加減はされていたので俺は軽く全身を打撲した程度で済んだ……まあ、<身体能力強化>かけてなかったら、重傷だっただろうけど。
「ふう。さてと、俺も遊んでないでそろそろ着替えますか」
叩きだされたときにご丁寧に俺が脱いだ服も外に出してくれているは、さすがの気づかいだ。そのまま昨日着ていた霊装を<亜空間倉庫>に叩き込んで、いつもの制服を取り出した。その時、外を見て俺はあることに気が付いた。
「まだ暗いな……六時か……」
学校の始業時間は八時半なので、まだ二時間半もある。学食が開くのも七時からなのでまだ、一時間もある。
「……じゃあ、まだ部屋着でいいか」
そのまま制服の上着をしまい込み下着とシャツに制服のズボンだけを残して、上に適当に取り出したパーカーを羽織った。
「ふう。なんか、この格好が一番落ち着くわ」
「雅也。着替え終わった?」
「ああ、もう着替え終わったよ」
「そう。じゃあ、出るね」
そう言いながら寝室から出てきた詩帆も俺同様、途中で時間に気づいたらしく、制服のシャツまで着て、その上にはカーディガンを羽織っていた。
「あっ、やっぱり雅也と被った」
「やっぱりって、予想できるようなことがあったか」
「あなた、家に帰ってきたら大体寒いって言って何か羽織ってたわよ。冬場は毛布被るようなバカなこともしてたけど、春や秋はたいていパーカーかフリース羽織ってたじゃない」
「なるほど……」
「まあ、ここの王都は意外と朝晩は冷え込むから大体の人がそうだけどね」
彼女がそうやって皮肉を言いながら微笑んでいるのを見ると、改めて帰ってこれたことを実感できる。
「やっぱり帰ってこれたんだな、俺」
「何を今さら言ってるのよ」
「いや、こうして現実味のある光景で、まあ容姿が変わってしまったとは言え、詩帆と一緒にいると、な」
「そう……で、しんみりしてるのもいいんだけど。そろそろ、これからのことと……この世界について教えて」
「……はあ。やっぱり詩帆だな」
「この空気はもう十分よ。さっさと十五年分の時と感覚を元に戻して」
「了解」
さすがは彼女だな。しんみりした空気を打ち切って、即座に現実に引き戻してくれた。だが、少々慌てているところも見えるので、割と照れ隠しの成分が多めな気もするな。
「まあ、分かったけど。一回落ち着こうか……<亜空間倉庫>」
「落ち着いているわよ。それより、その魔法かなり便利ね。今度教えて?」
「もちろん。まあ、とりあえずお茶でもどうぞ」
「ありがとういただくわ。ところで、その急須と湯飲みはあなたが作ったのかしら」
「ああ。師匠の家で暇だった時に、ついでにお茶も俺の自作」
「味が心配なんだけど……」
「安心しろ、試飲はしてあるから」
俺が五年間で唯一作れたのが日本茶だった。まあ、この世界に紅茶はあるので作ること自体は全く難しくなかったのだが、緑茶に合う茶葉を見つけるのに難航した。
「……おいしい。緑茶なんて久しぶりね」
「落ち着いたか?」
「ええ、少し焦っていたのは認めるわ」
「そう。じゃあ、そろそろ話そうかな」
「どっちを」
「これからのことはゆっくり話せばいい、でも世界のことは早めに言っておかなくちゃならなくてね」
「どういう意味?」
「十年以内に起こる、とある……なんだろう、災害的なものを止めないとこの世界は滅亡する」
「……転生先をもう少し考えて欲しかったな」
「知るか。俺が調べた時にはそんなもの、どこにもなかったんだよ」
「見落としなら、仕方ないわね」
彼女はこうは言っているが、俺が見落としたのもおかしな話だ。この世界の構造に関しては、もちろん調べきれたわけではないが、危険性に関しては入念にやっているからだ。まあ、それでも彼女の言う通り見落としがあったからこうなっているわけだが……
「すまない……」
「いいわよ。どうせ何もしなかったら、あと何日、何週間、生きられたか分からない体だったわけだし、感謝こそすれ恨むわけがないじゃない」
「……ありがとう、詩帆」
「いいわよ、雅也。それより……この世界の仕組みと厄災について最低限の話を一時間以内で教えて」
「了解。じゃあ、専門用語も交えて、ガンガン進めるよ」
やけに甘い空気に包まれた部屋の中で、世界の真実に関する高度な議論が行われていたことを知るものは、もちろん誰もいなかった。
「というわけで、この世界に構造と、メビウスさんが改変した魔術の方式、更に魔神の能力等を加味すると十年以来に魔神が復活する」
「なるほどね。この世界の魔力の根源は、情報データを持った量子エネルギー、か。それで、その負の方向への力が魔神」
「師匠ですらそこまで理解してるかどうか怪しい話を、よくこの短時間で理解できるよな」
「前世のあなたの研究の愚痴に比べたら、はるかにましよ」
一時間で大方のことは説明しきることはできた。俺が説明慣れしてきたというのもあるが、詩帆が前世での俺の研究内容の一部を把握していたことも大きいだろう。
「それで、ひとまず十分かな」
「ええ。この世界についての基礎は分かったから」
「それじゃあ、話はこれぐらいにして朝食に行きますか」
「賛成。あっ、あなたは部屋に帰ってよ」
「分かってるよ。第一しばらくは一緒にいることがばれない方がいい」
「そうね。レオン殿下が政権を掌握して、うちの豚伯爵が拘束されるまではそうして」
「はいはい。じゃあ、また今夜」
「毎日はしないわよ……何、焼かれたいの?」
「冗談だよ……じゃあな……<座標転移>」
俺がこうして<座標転移>で自室に戻った瞬間、ドアがノックされた。俺は思わずドキリとしながらも、何でもないような顔をしてドアを開けた。
「おはよう、クライス」
「ああ、レオンか。おはよう……それで、どうかしたか?」
「今は普通の誘いだよ。朝食を一緒に取ろうと思ってね」
「そうか。じゃあ、行くか」
レオンの言い方に、一瞬の違和感を覚えつつも俺はそのまま食堂へと向かった。
「おい、レオン。何で二階なんだ?」
「初日だしね。ゆっくり話したいから個室を取ったんだ」
「本当にか……」
「ああ、本当だとも」
食堂はバイキング形式のため、適当な品目を皿に並べた俺はそのまま窓際の席に着こうとした。だが、それをレオンが止めて今の状況だ。
食堂の二階は、手続きを踏めば無料で借りられる個室やホールが何部屋かあったはずだが……一体何をする気だ?
「さあ、ここだよ。入ってくれ」
「本当に何もないんだよな」
「ああ。この部屋には何もない」
「分かったよ……えっ」
「……えっ……なんで、ま……クライス君たちがここへ?」
「いや、それを聞きたいのは俺の方なんだが……ちょっ、レオン、何を」
ドアを開けると、そこには談笑しながらテーブルを囲んでいたユーフィリアとソフィアさんとリリアの姿があった。嫌な予感がして部屋から出ようとする俺を、レオンが体で止めてドアの鍵を閉めた。
「ちっ……<転……」
「クライス君、転移は無駄だと思うわよ」
「どういう意味ですか、ソフィアさん」
「別に逃げても状況が悪化するだけということよ」
「だから、どういう意味で……」
「クライス、これがなんだか分かるか?」
「何が、だ、よ……」
「はうっ……そ、その写真は」
レオンが手に持っていたのは、俺達の昨日のバルコニーでの再会のとあるワンシーンを撮ったものだった。
「映写機、か」
「違うよ。そんな高価な魔道具を使わなくても、こちらにはリリア嬢がいたからね」
「リリア……そうか、<認識疎外結界>の設定……ユーフィリアに見えるなら、リリアにも見える。しかもその上に<転写>、か」
「大正解ですね、お兄様。浮かれてたとはいえ、詰めが甘いです」
さて、この世界に数ある魔道具の中でカメラに似たものがある。光魔術を利用して、情景を映し出す映写機だ。そしてその大本となっている魔術ももちろん存在する。それが光魔術第六階位<転写>だ。術者の見たものを紙に転写する魔術……これをリリアに教えた俺が、忘れていたとは不甲斐ない。
「そのワンシーンは際どくないか」
「んっ、たかがキスシーンだろ」
「い、言わないでください」
「ユフィ。さて、全部話してもらおうかしら」
「うむ、クライスもすべて話してもらおうか」
「嫌だと言ったら……」
「学内の新聞部にこれを譲る」
「それはやめろ」
「だが、まだ話したくないとも言うのだろう」
「ああ……」
少なくとも、今、ユーフィリアとこれからのことを何も決めていない状況で、俺達のことを話すのは面倒だ。下手に話せない部分をあやふやにすれば、そこから怪しまれかねない。
「うん。まあ、それなら一つ仕事を頼まれてもらおうかな」
「仕事……はっ」
レオンにしては俺に対して利のある取引だ。俺はその話に思わず食いつきそうになって……背後からの殺気に気が付いた。
「クライス君……大丈夫って言ったよね」
「いや、その、ちょっと、予想外だった言うか、何と言うか……」
「うるさい……乙女の純情を……よくも……」
「待って、一回話そう」
「問答無用よ……<魔力吸収> <突風>」
「それは、さすがに……ウギャア」
「「「……あっ」」」
周りで見ていた三人が止める間もなく、俺は魔力の大半を奪われたうえで、窓を突き破って二階から転落した。
「……<風球>……うげっ」
なけなしの魔力をつぎ込んだ風魔術で減速した俺は、下の植え込みに落下して、なんとか怪我を免れた。いや、全身がひりひりするけどな。
「これはさすがに理不尽だろ……うおう」
自身の不幸を嘆いていると、再び窓から火魔術が飛んできた。それを慌てて回避しながら俺は考える。
「さて、どうやって許してもらおうか」
結局、始業直前に彼女に土下座して許しを請うことになったのだった。やっぱり理不尽だと思う。
冒頭の話の続きは次回となります。




