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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第四章 桜舞う入学式/夜桜散る再会
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遠い空の下 ~絶望の淵 それでも医学の道を追って~

遠い空の下4後編です。読んでくださる方ありがとうございます。


「須川さん。進路希望調査の件に関して少し話を聞かせてもらいたいんだが……今、時間はあるかな?」

「はい、先生。今なら全然大丈夫ですよ」

「それなら、生徒相談室に来てくれるかな。すぐに終わる話ではあるから」

「分かりました」


昼休憩。先生にそんな風に呼び出された私はそのまま友人たちに囲まれた。


「詩帆がまだ出してなかったのは意外ね」

「そ、そうかしら……」

「そうよね。何か進路に悩んで……いや、でも詩帆の志望って医学部一択じゃなかったっけ。だったら学校をどこにするのか悩んでるってこと?」

「まあ、そういうこと。じゃあ、私行くね」


このまま質問攻めになりそうなのを危惧して、曖昧に返事を返すと私は教室を出た。そのまま同じフロアの生徒相談室にたどり着いて、ドアをノックする。


「先生。須川です」

「ああ、来たね。じゃあ、そこに一度座ってくれ」

「はい」


私が正面の席に座ったところで先生は再び口を開いた。


「それで、君が医学志望だというのは知っているんだけど……さすがに二年生の終わりになって、志望校が決まっていないのは問題でね」

「それは分かっているんですけど……」

「オープンキャンパスには何校か行ったと聞いていたけど、気に入るところはなかったのかな?」

「いえ。どこもそれなりに惹かれる点はあったんですが……」

「それで逆に決めかねているということか……」


確かにそれも一つの理由ではある。まあ本音は違うところにあるんだけど……でも、そのことを先生に言えるわけがない。


「まあ、そういうことでしょうか……」

「分かった。ひとまずその口ぶりからして全く候補がないようではなさそうだし……決まらないなら相談には乗るから、ひとまず二年生中には決めてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「授業に遅れないようにな」


そう言って先生が部屋を出てから、私は大きくため息をついた。


「はあ……まさか、私の進学先を決められない理由が色恋沙汰だとは思われていないんだろうな」


高校入学から二年が経とうとしたころ。私は生徒会副会長に美術部部長に、と色々なところで目立つ存在だった。クラスでも中心的存在で、なおかつ成績優秀。


そんな私の進学先が決まらない理由がそんなことだとは誰も思いはしないだろ。


「でも……仕方ないよね。だって……私が告白を拒否したみたいになってるけど、というかそうだけど……でも、やっぱり私は雅也のことが好きだから」


自分で言っていて、恥ずかしくなってくる。同時に罪悪感にさいなまれる。


つい一月ほど前のことだ。塾からの帰り道、私は雅也を偶然見かけた。でも、声はかけられなかった。彼の顔があまりにも無表情で、まるで魂が抜けてしまったかのようで。いや、もちろん普通に周りと会話もしていたし、きっと周りの誰も気づいていないだろう。でも……


「雅也はあんな感じじゃなかった。周りに合わせて自分を変えるような人じゃなくて、自分に合わせて周りを変えるような人だった……でも、私の前だけでは……」


私の前だけでは素の自分であると同時に、私に合わせようとしてくれた。そんな優しさが嬉しくて、誇らしかった……いつからだろう、その優しさが怖くなったのは。


「……って、考えるだけ馬鹿みたいね。なにもかも、壊したのは全て私が悪いのに。しかも、その上、彼がまだ私のことを好きなんじゃないかって考えるなんて、馬鹿どころの騒ぎじゃないな……」


そんな身勝手なことを思って、彼の行きそうな大学を選ぼうとしていたとか……さすがに引くわね。たぶん、この話を聞いたら、ほとんどの人が。


「さてと、考えるだけ無駄ね。授業に行きましょうか」


私は椅子から立ち上がると、次の授業のために教室に戻った。






「詩帆。今日は生徒会の活動とかある?」

「三年生送別会の準備は終わったから、今はひとまず暇かな」

「そう。じゃあ、買い物付き合ってくれない」

「あっ、ゴメン。今日は部活に出ないといけないから」

「ええーー。まあ、仕方ないか」

「ごめんね」

「いいよ。詩帆は忙しいもんね」


放課後、私は友達の誘いを断わると、そのまま昇降口に向かった。


「あんな話を聞かされた日に、部活なんてする気が起きるわけないわよね」


友達に部活に行くといったのは嘘だ。今日は何もせず、家で寝ていたい気分だったからだ。そうでもしなければ、大学への方針すら決まりそうもないくらい、私の心は荒れていた。


「私がまだ彼が好きだってアピールするのも図々しいし……でも、やっぱり好きだし……って、こんなところで言ってたら変人扱いされるわね」


そう冷静に思った時、少し落ち着いた気がした。しかし私はそのまま靴を取ろうとして固まった。


「な、何よこれ……いや、何かは分かっているし、慣れないことでもないけど……なんで今日なのよ」


さて、靴箱の中には週に一度は見かけるとある紙が入っていた。二つ折りにされた紙を開くまでもなく、書いてある内容は分かっている。ようするにラブレターと言うものだ。


「……恋文、よね。少なくともラブレターっていうタイプじゃなさそうね。なんか。すごく凝ってるし」


ところが、それはいつも見るものとは大きく異なっていた。紙は和紙だし、しかも文字は毛筆である。しかも結構達筆だ。


「……ここまで凝ってあると不気味よね……無視するのも怖いし……行ってみましょうか」


私は怖いから行ってみるという理由を盾に動き出した。本当はただ、雅也の未練から解放されたいだけだったのに。






呼び出されたのはシンプルに体育館の裏だった。体育館からは部活動の生徒たちの声が響いている。そして、たどり着いた私を待っていたのはよく知る人物だった。


「……会長。なぜここに?」

「なぜ、とはおかしなことを聞くんだね。そんなもの理由は一つしかないだろうに」

「えっ……まさか」

「君にしては珍しいね。こんな単純なことに気づかないなんて」


私を呼び出したのはどうやら生徒会長の神藤 傑だったようだ。イケメンだし、頭もいい、しかも性格も普通にやさしいので絶対に付き合うべきだと周りの友人は言うだろう。って、まだ彼の気持ちも聞いていないのに、決めつけちゃだめね。


「それで、会長。どのようなご用件でしょうか」

「君のことが好きだ。付き合ってくれ」

「お断りします」


自分でもびっくりするぐらい即答だった。


「な、なぜだい。まさか他校に付き合っている人がいるとか?」

「いえ、いませんよ」

「じゃあ、恋愛に興味がないとか」

「違います」

「じゃあ、なんでなんだよ。教えてくれ」

「それは言わなきゃいけませんか」


自分でも驚いている。恋愛の話を出されて、ここまで腹立ちまぎれに冷たく返答している自分が。


「ぼ、僕は君のことが好きだ。だから、せめて……諦めるための理由をくれ」

「諦めるための理由、ですか……」

「ああ。そうしたら、二度と君に好意を伝えることはしないから」

「……本当ですか」

「ああ、本当だ」


心が落ちついたのが分かった。そして、私も諦めるための理由が必要なんだと分かった。だから……ここで話してしまえば楽になれる、そう思った。


「分かりました。なら、聞いていただきますよ。私の濁った過去を」

「過去?今の話じゃないのか……いや、いい。話を始めてくれ」

「では……私の初恋は中学一年生の時です」

「私もそのころだったな。うん、それで……」

「恋をしたのは隣の席の男の子。部活が一緒で、話も合って、いつも一緒に帰ってくれた人。そして、その状況下で私が嫌がるからと言って、みんなの前では必要以上に仲良くふるまわないでいてくれた……そんな男の子です」


きっと、私の方が早かった。そう思っている。少なくとも彼が私を異性として好きになる前には私はとっくに彼のことが好きだった。でも分からないな……彼は割と感情が読めなかったから。


「そんな関係が変わったのは二年の春、ですかね」

「まさか……告白、とか」

「そんなストレートな話じゃないですよ。彼が倒れた時があったんです。その時、私は動揺しちゃって、本当に自分でも信じられないぐらいに。その時改めて気づいたんです。彼が私にとってどれだけ大切な存在なのかってことに」

「……彼は、大丈夫だったのかい」

「ただの寝不足ですよ」

「そうか」


改めて言葉に出してみると、なんだか猛烈に恥ずかしい。でも……言いきらなきゃ、私は雅也から離れられない。


「それが理由で今も彼のことを……」

「いえ。その年の夏、彼の絵がコンクールで入賞したんです。絵は夜桜の前に少女が立っているというものでした」

「その少女が君だったと」

「そういうことです。しかも作成理由が倒れた日に見た私の顔がものすごく綺麗だったから、ですよ。惚れないわけ、ないじゃないですか……」


不覚にも、あの時私は泣きそうになってしまったのだから。彼と気持ちが通じたことがあまりにも嬉しくて。


「なるほど……でも、それだったら、何で彼氏がいないんだい」

「……私に両親がいないことはご存知ですか」

「噂話程度なら……」

「事実です。死因は末期がんの母と添い遂げるための父が起こした車での事故です。谷底に落ちて、両親ともども即死だったそうですよ」

「それは……」

「ずっと、心にしまっていたはずなのに……彼に告白されかけた時、思い出しちゃったんですよ。そしたら急に怖くなって……」

「怖い?」

「自惚れじゃないですよ。ただ、私が同じような状況になったとき、彼が同じことをしたらどうしよう。そう思ったら……店から逃げてました」


私の怒涛の暴露に、言葉を失った会長がうなだれていた。だが会長はそれでも目を上げて言った。


「それは、君が悪いんじゃない。その話を聞いて君から結局逃げたその男が悪いんだ」

「私はそのことを彼に告げていません」

「えっ……」

「何も言わなくても、私の記憶に関することだろうとあたりを付けて……一年三カ月の猶予すらくれました」

「一年三カ月……それはもう過ぎてるんじゃ」

「ええ、とうに過ぎました。期限は中学の卒業式です」


今でも鮮明に思い出せる。彼からようやく聞けたあの告白を。でも、私は……


「でも、私は彼からの告白に何も言わずに逃げました。それが彼をどうしようもないほど傷つけてしまうと知りながら……この間、彼を見かけたんです。でも、声をかけられなかった。あまりにも変わりすぎていて」

「…………」

「だから、私は彼に好きだなんて言う資格はもうないんです。だから……きっぱり諦めます。それで、会長……こんなことを言ったタイミングで申し訳ないんですが、まずは友達からと言うことでつきあ……」

「僕を馬鹿にしないでくれ」

「そ、そう取られても仕方ないとは思いますけど……でも、私は真剣に」

「そっちじゃない。君はなんでまだ泣いているのかっていうことだよ」


その言葉に、ようやく私は頬を流れる涙に気づいた。


「えっ……あれ、なんで……」

「全然きっぱり諦めきれてないじゃないか。ああ、もうこんな君を相手にする気はないよ」

「で、でも……私は……彼を諦めないとだめなんです。それが彼を捨てた罰です」

「本当に悪いと思っているのなら、一回気持ちを伝えればいいだろ。逃げる方が彼にとって迷惑だろう」


会長の言葉はあまりに正論だった。私は雅也から離れようとしていたんじゃない、逃げようとしていたんだと。


「私は、どうすれば……」

「もう一度彼に会えばいい」

「会う勇気なんてありません」

「じゃあ、一生そうするしかないだろ。じゃあ、僕はいくから……すまなかったね」


そう言って去っていく、会長を見ながら、私はポツリと呟いた。


「っく……お父さんとお母さんを奪った、病気を治す、医者になりたいって、思ってた。けど……やっぱり私は、身勝手だけど……隣に、雅也がいなきゃ嫌だ……でも、それは怖いんだもん……でも、一回は会わないと……」


それでも私には、彼と近所で会って話す勇気などなかった……もっと特殊な状況下、話さなければならない状況下に追い込めば……


「そうだ……志望校、あそこにしよう」


私は思い出していた。彼が語っていた夢を……そしてその夢の中に出てくる大学名を……


「確か医学部はあったわよね……うん、行こう。そして……もう一度雅也に好きになってもらおう」


翌日。私は第一志望校を決めて、進路希望調査を担任に提出した。

本話で四章は終了です。次回からはいよいよ本編に戻って五章スタートです。

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