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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第四章 桜舞う入学式/夜桜散る再会
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遠い空の下 ~絶望の淵 孤独な研究生活を望んで~

遅くなってすみません。何とか土曜日中に投稿できました。


というわけで遠い空の下4前編です。


「湊崎。もう授業終わったぞ。次は移動だ」

「……ああ、そうか」


高二の春。授業終わりに窓の外を一人眺めていた俺は、唯一声をかけてくれる学級委員の江藤の声に答えると、次の授業準備を始めた。


「お前も友達ぐらい作れよ。一年の時は話し相手ぐらいならいたんだろ」

「ああ、いたよ……まあ、俺が突き放したんだけど」

「別に俺もお前におせっかいをかけたいわけじゃないけど……お前と同じ中学のやつに聞いたんだが、お前中学の頃は社交的なタイプで生徒会までやってたっていうじゃないか。まさかとは思うがお前、一年の時に……」

「いじめられてないよ」

「じゃあ、なんでだ?」

「高校デビューってやつだな。少しイメージを変えてみたんだよ」

「それにしては根暗な方向に行きすぎだと思うが……まあ、いいや。とにかく自殺するような真似だけはしないでくれよ。ワイドショーには出たくないからな」

「ああ、もちろんだよ」


江藤の少々行き過ぎたブラックジョークに微かに笑って、俺は教科書を持って教室を出た。






「ふう、こんなもんかな」

「ご苦労様、湊崎君」

「いえいえ、僕はこの時間は暇ですから」

「そうだとしてもよ。まったく図書室で働く暇があるなら、部活にでも入ればいいのに」

「……部活をやる気はおきませんし、こういう単純作業をやっていると気がまぎれるんですよ」

「……何から?」

「失恋の痛み……ですかね」

「そう……あっ、これで仕事はないから今日は帰りなさいよ」

「いえ、ここで本でも読んで、ついでに宿題して帰りますよ」


放課後、いつものように図書室に顔を出して書架の整理を手伝った俺は、窓際の一番入り口から遠い席に腰を下ろすと、借りていた本を読みだした。

その題名は最近はまっている「素粒子物理学基礎~応用編~」だ。


「はあ。身体を動かした後だと頭に入ってきやすくていいわ」


最近、日課のように仕事を手伝っているのは実はそれがメインであったりもする。


「それに……こんなことでもしてなきゃ、思い出してしまうからな」


そしてそれが、本音だ。


「まったく……なんで、ただの初恋がこんなに忘れられないのやら……とっくに忘れてしまったと思っていたのに、まさか……友人関係すら怖くなるとは思わなかった」


俺は友達を作らなくなったのではない。作れなくなったのだ。簡単に言うと心的外傷後トラストレス障害ウマだな。


「はあ、本当にここまで心が弱いとは思ってもいなかった。あの人につり合うには、まだまだ精神修行が足りない……って、何を考えているんだよ。あれは……そりゃあ、未練がましいことに、彼女が俺のことが嫌いでなかったってのはあるけど……あれは完全にフラれてるんだぞ」


自分の女々しさに悶えていると、なんだか急に悲しくなってきた。


「ああ、もう……帰るか」


俺は読んでいた本に栞を挟むと、そのまま立ちあがった。


「さてと……」

「まさや……」

「っ……詩帆……な、わけないか」


自分の名前を呼ばれたような気がして振り返ると、そこでは見知らぬ女生徒が図書室の角の席で静かに泣いていた……名札の色を見るに、あれは確か一年生かな。なんてことを思っていたら、自分でも思いかけずその子に声をかけていた。


「どうしたの……」

「……湊崎先輩ですか……」

「なんで俺の名前を?」

「図書委員で一緒じゃないですか」

「ああ、そういうことか……」


年度初めの学級会で合法的に図書室に入り浸るために、俺は図書委員に入っていた。俺が生徒会活動をやることに、クラスメイトは驚いていたが、正直言って図書委員の仕事は本好きにとってみれば全然苦にならないからな。


「先輩って、頭よさそうなのにそういうところは抜けてるんですね」

「そうだな。まあ、学年一位だけど」

「なんか腹立ちますね……」

「まあ、勉強と読書以外やることもないからな」

「……友達作りましょうとは言いませんけど、せめて趣味ぐらい持ちましょうよ」

「読書」

「……なんか、すみません」


そういえば江藤以外と授業時間以外に話すのは久しぶりだな……って、なんの話をしていたんだったっけか。ああ、思い出した。


「それで、何で泣いていたんだ」

「……せっかく忘れようとしてたのに、何で思い出させようとするんですか」

「……失恋とか?」

「友達すらいない湊崎先輩にだけは絶対に言われたくないんですけど」

「失礼な。第一、友達がいないってどこから?」

「先輩からです。二年生で有名らしいですよ。ボッチな学年首席の秀才って」

「褒められてるのか、けなされてるのかよく分からんな」


そうか……そんな風に思われていたのか。まあ、今更どうでもいい。俺としては高校生活を無難に過ごせればそれでいい。別に行事とかもクラスの流れの中にいれば、それなりに楽しめるし。友達を作るのが嫌になっただけで、人嫌いではないし。


「それで、失恋ってことは当たりみたいだけど……誰に告白したんだ?」

「なんで、先輩に言わなくちゃいけないんですか」

「でも、こういう話は友人より、どうでもいい第三者の方が話しやすいだろ」

「それは、そうですけど……」

「大丈夫だって。俺には話す友達もいないから」

「……そうですね。わかりました、じゃあ聞いてください」

「ああ」


彼女はそうはいっても、少し躊躇するようなそぶりを見せてから話し始めた。


「ものすごく単純な話ですよ」

「うん」

「私、美術部の先輩が好きだったんです。ずっと熱心に教えてくれて、私個人の画材の買い出しとかも手伝ってくれて……もちろん他意はないのは分かってました。でも、そんな姿がかっこよくて」

「へー」

「それで、先輩が今三年生なんですけど、海外の大学を目指すために早めに部活をやめて勉強に専念するって言って……それで」

「告白したらフラれたと」

「かばうことなく言えばそうなりますね。しかも、先輩もう彼女いましたし」

「うわー。それは辛いな」

「ええ。辛い初めての失恋でした」

「そっか」


彼女の話を聞いて、そういえば初恋ってこんなもんなんじゃないだろうかと俺は思った。少なくとも……あの付き合いで、一言も言わず逃げられるような初恋は普通はないはずだ。


「先輩、ありがとうございます。おかげでスッキリしました」

「それは、よかった。それじゃあ、俺は帰るよ」

「あっ、待って下さい」

「なんだ?」

「私だけが話して先輩が話さないのは、不公平じゃないですか?」

「……俺も話せと」

「そういうことです」

「……そう、か……」

「い、いや……そんなに嫌なら別にいいんですけど……」


俺が大きく顔を歪めたのが分かったのか、彼女がすごく申し訳なさそうな顔で言ってきた。だけど……


「いや、案外俺も誰かに話したら楽になるのかもな」

「えっ……」

「うん、話すわ。俺の初恋は中二の春です」

「早くないですか」

「そのころの俺ならおかしくないよ。今とは全然違うから。それで、恋をしたのは同じ部活でクラスで、生徒会まで一緒にやってた美少女」

「本当にそんな人なんですか」

「ああ。で、恋をした理由は、俺が三徹した日があってな。それで部活の途中にぶっ倒れたんだよ」

「それ、普通は倒れるのは女の子の方じゃないですか?」


最初は引き気味だったのに、話始めると食いついてくれたようで何よりだ。


「確かに……まあ、それは置いておいて、だ。俺が保健室に担ぎ込まれてな、俺が起きるまで彼女はずっと待っててくれたんだ。で、その時の彼女が座った窓の外の夜桜とのコントラストが本当に綺麗でさ……それを絵に描きたいと思った時、恋に落ちてた」

「ロマンティックすぎませんか。というか、待っててくれた時点でその子、絶対に先輩に気がありましたよね」

「どうだか。一年の時から友人として仲良かったし、医者志望のやつだからそういうところの責任感もあっただろうし」

「絶対にそれはないと思いますけど……」


それじゃあ、何で彼女は何も言わずに俺の告白から逃げたんだよ。それを言いたいのをこらえて言葉を続ける。


「今度は、その年の夏かな。書きあがった絵が入賞してさ、それのモチーフが彼女だと教えたら……まあ、色々あって名前呼びすることになって……」

「惚気話ですか、それ。もうゴール確定じゃないですか」

「その半年後、告白しようとした俺の話を遮って逃げられた」

「えっ……」

「さらに、それを追った俺も拒絶されてな」

「それは……」

「一年間待つのを条件にして、卒業式の日に告白したら……何も言わず走り去られたよ」

「…………」


そこまで聞いた彼女は、言葉も出ないようだった。そりゃあ、そうだろう。俺の言い方も悪質だしな。


「以上が俺の初恋と、失恋の記憶だよ」

「なんか……すみません」

「いいよ。予想以上にスッキリしたから」

「そうですか……それならいいんですが……」


俺が彼女に振られたことをトラウマにして、友達を作っていないのがただの逃げだと思い知った。俺がここまで彼女に未練たらたらだったということもよく分かった。


「さて、これでいいか?」

「はい。……引き留めて、すみませんでした」

「気にしてないよ。じゃあね」

「は、はい」


そう言いながら、今度こそ俺は図書室を出た。






「はあ。本当に俺はどれだけ詩帆に心を奪われてるんだか……いや、答えすら聞けなかったことが未練なのか」


帰り道。川沿いの道を歩きながら俺は考えた。何が俺を詩帆に執着させているのかと。そして気づいた……


「あれだけ、言外に好意を見せておいて、結局……詩帆は俺のことを異性として好きだとも嫌いだとも言ってくれなかった、から、か」


たった、それだけのこと。でも、たったそれだけのことで俺の初恋は終わらないのだ。


「きっと……それを聞くまで、終わらない。俺は他の誰も好きになれない……」


俺の未練がましい思いを捨てるために、今、詩帆に会いに行っても、おそらくあの時と同じように拒絶されるだけだろう。


なら、俺は……彼女に会って言葉を聞くまでは何も動けないヘタレな俺は……


「もう少し時間をおこう。せめて俺の中の失恋が現在進行形ではなく、過去になるまで……」


そう言いながら俺は進路希望調査をポケットから取り出した。シャーペンで薄く書かれた志望大学は第一志望が文学部国文学科、第二志望が理学部物理学部だ。


「詩帆との思い出未練がましい芸術や文学方面に進んだら、あいつに悪いし……だから、な」


そんな言い訳がましいことを言いながら俺はそれを消しゴムで消しさった……


翌日。俺は第一志望を理学部物理学科にして、担任に提出した。

後編は明日投稿します。内容はご自由にご想像ください。

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