番外編 詩帆side ~一瞬の邂逅~
4万PV&8000ユニーク突破しました。これからも応援よろしくお願いします。
本日は少し長めです。
王都魔人襲来事件発生一時間前 ~下級貴族街中央通り~
「お嬢様。もうすぐフィールダー子爵邸に到着しますが……」
「そう……」
私はレテレアの問いかけに上の空で返答を返した。
「お嬢様。聞こえていらっしゃいますか?」
「は、はい」
「大丈夫ですか」
「ええ。少し考え事をしていただけだから」
私、ユーフィリア・フォルト・フォン・グレーフィアはグレーフィア伯爵家令嬢です。そして……私は転生者でもあります。
「それでユーフィリア様……なぜ、いきなりフィールダー子爵邸に行きたいなどと言いだしたんですか?」
「魔人を討伐したという三男を一度見ておきたかったからよ」
「なるほど……お嬢様らしいですね」
なんともない顔で答えた私だが、本音は違う。私は……雅也の、最愛の人の消息を知りたかっただけだ。
私を転生させたのは最愛の夫、雅也だった。雅也は前世では世界最高峰の天才物理学者だった。そんな彼は余命宣告をされた私を救うためだけに私と運命を共にし、前世のありとあらゆる栄光と功績を捨ててしまった。しかも彼の転生後の消息は全く知れなかった。
ところが、そんなある日。私が「転生の影響によって魔力が爆発的に増加する」ということが分かったころ、南方のフィールダー男爵領で十歳の少年が魔術のみで赤竜を単独討伐したという話を聞いた。その話から私は彼が雅也だと思った。だから、私はその少年に関してありとあらゆることを調べ上げた。
「お嬢様。もう見えてきますよ」
「分かったわ」
レテレアの言葉に私は自分の服装をさっと確認した。雅也に会う時は服装ぐらいは整えておきたい。
「よしっ。いいわね」
「お嬢様。まもなく正門に着きますよ」
「……雅也」
私は雅也が彼だという結論に至った大きな理由は、彼が一切の政略結婚はおろか普通の縁談まですべて断っているという話からだった。私の転生先が王都の伯爵家ということまで分かっているのなら、彼ならすぐに気づいてくれたのだと。そう思った。
「えっ………」
馬車を降りようとした私は愕然とした。そしてしばらく動きが止まった。
「だ、誰よ……あの美少女は」
「お嬢様、どうかされましたか?」
私の馬車が子爵邸の正門前に到着した瞬間、図ったように玄関から出てきたのは間違いなくクライスだった。しかし……彼の隣には、仲睦まじそうに手をつなぐ黒髪の美少女がいた。
「レテレア、出して」
「えっ……よろしいのですか」
「早くして」
「は、はい」
私は珍しく声を荒げて、レテレアに馬車を出発させた。
「適当に街中を一周してから帰ります」
「あの、お嬢様……一体何が」
「いえ、少し考えが変わっただけです」
「そ、そうですか。かしこまりました」
私の頭の中は無茶苦茶だった。彼が雅也だったのなら裏切られたということだし、彼が雅也でなければ一体、雅也はどこへ……まさか……
そんな暗い考えが頭の中をめぐり続けていた……そんな時
「お嬢様。ここを通りますと、少々時間がかかりますが……よろしいですか」
「いきなり、どうしたの」
「それが……噴水の前に人だかりができていまして……」
「何をやっているのかしらね……まあ、別に時間がかかるのは構わないわ」
今は、何かを考える時間が欲しかった。何を考えていいのかも分からないけど。
「雅也……どこよ……」
「お嬢様、噴水の方をご覧になってください」
「……えっ……ルーテミア城、よね」
また、暗い考えに耽っていた私の思考を変化させたのは、噴水の水によって形作られたルーテミア城だった。見とれている間に、一瞬にしてルーテミア城は水しぶきとなって消え去った。
「綺麗……あれ、<水流操作>よね。だとしたら、どんな技量の魔術師が……はっ、な、何よあの文字」
と、再び元の流れを取り戻した噴水に文字が映し出されたのを私は見た。それはすぐに消えて慌てて別の文字に差し替えられたが、確かにそこに映し出された文字は……
「THANKS FOR WATCHINGって、英語じゃないの。……まさか雅也が、本当に……えっ」
表示された文字が英語だったことに気づいた私は興奮のあまり、思わず叫んでしまった。しかし、その声に慌てて振り向いた男の顔を見て、再び息が詰まった。
「ク、クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー……」
「お嬢様、どうされたんですか」
「……レテレア、馬車を止め……ないで」
咄嗟に彼に駆け寄りたかった。でも、そのタイミングで彼に駆け寄ってきた少女の姿にその声が止まる……
「本当にどうされたんですか、お嬢様」
「なんでも、ないわよ……」
「でも……涙が……」
「えっ、涙……本当ね」
私の目からは涙がとめどなく溢れていた。その涙の意味は分からなかった。雅也に会えた嬉しさなのか、裏切られていた悲しさなのか、それとも両方なのか。ただ、今は……
「レテレア……馬車を止めて」
「はい……」
「それから……しばらく後ろを見ないでくれるかしら」
「……かしこまりました」
レテレアが馬車を路肩に止め、御者席のカーテンを閉めて外に出たところで……私は泣いた。<防音結界>を張ったおかげで音が漏れないのをいいことに、私はあふれる涙に任せて叫び続けた…………
「レテレア、もういいわ」
「分かりました。失礼しますね、お嬢様」
三十分ぐらいは泣いていただろうか。私は涙を水魔法で分解して、自身の腫れあがった目蓋を治癒魔術で修復してからレテレアを馬車の中に呼んだ。
「もう、出発してもよろしいでしょうか」
「ええ、構わないわ」
涙を流しきった私は、妙にすがすがしい声でそう言った……その時だった。
「レテレア、馬車を止めて!」
「えっ……お嬢様、一体今度は何を」
「ああ、もう……<光子障壁>」
「キャア」
「……もたないわね。レテレア、捕まって……<転移>」
私が馬車の左側面に結界を展開した瞬間、そこに大規模攻撃魔術が突き刺さった。咄嗟の展開で強度が甘く、瞬時に崩れ落ちる結界を横目に、私はレテレアを抱えて、御者席から<転移>で飛び出した。その直後、馬車が大きく右側に吹き飛んだ。
「何よ、これは一体?」
「ほう、貴様が魔人殺しか」
「……そうよ」
こいつの狙いはどうやら私のようだ。魔人殺しというのはおそらくクライスのことだろうが、今の状況で否定すれば、こいつは街を無差別に破壊しかねない。この住民が逃げ惑っている状況で、それをするのは悪手でしかない。
「そうか……初戦で当てるとは、私も案外運がいい」
「そうかしら。寿命が縮んだだけではないかしら?」
「言うな、小娘……なら、まずは小手調べと行こうか……<火炎弾>」
「……<光子障壁>」
不気味な黒い肌をした男は、私の周囲に向けて無差別に<火炎弾>を放ってきた。一人でなら魔力量を節約するために、<身体能力強化>をかけて回避するが、近くにレテレアがいる状況では危険すぎる。
「ふむ……さすがにその程度は余裕で防いでもらわねば困るな……ならば次は…………<太陽爆裂撃>」
男の上空に浮かび上がる、太陽のごとき巨大な火球は間違いなく第十階位の超越級火魔術だ。……街中でこんな魔術を放つなんて狂ってる。だが、それを防ぐためには仕方ない。私も超越級魔術で対抗を……そう思った時、離れたところから魔術の詠唱が聞こえた。
「…<反射障……>」
おそらく集まった魔力を見る限り、かなり高位の魔術だ。だが、今は介入されない方がいい。
「そこの魔術師、今は邪魔しないで…<絶氷要塞>」
「はっ……なんで貴族のお嬢様が第十階位の氷魔法を使えるんだ……」
火球と衝突した私の氷の城が相殺されて消滅し、同時に膨大な量の水蒸気を発生させた……男の呟いた言葉が気になるが、今はそれでも高位魔術師の大事な戦力、だ……
その魔術師たちの顔を見て愕然とした。その二人はクライスとその連れの女の子だったのだ。しかも魔人討伐の実績があるクライスはもちろんだが、その少女も上級の魔力を持っている……今は個人的な思考にはまっている場合じゃないわね。
「そこの二人」
「はい、なんでしょうか」
「二人ともかなり高位の魔術師よね」
「ああ。俺も妹も上級以上だよ」
その言葉を聞いて、内心私はほくそ笑んだ。彼が雅也なのが間違いないとしたら、彼女が妹である時点で恋愛対象にはならないだろうから。だが、私はその動揺を顔に出さずに言った。
「そう。じゃあ、あなたは私のフォローに回ってくれるかしら。それから妹さんはこの子をお願い」
「ユーフィリア様、無茶です。あれはおそらく太古の時代の魔人です。いくらあなたと言えど……」
妹さんにレテレアを預けようとしたとき、ずっと黙っていた彼女が震えながら言った。……さて、どう説得しようか。
「ご安心を。彼女は僕が守り切りますので」
「し、しかし……」
「魔人討伐経験ならありますので」
「……えっ」
まるで私に助け船を出すような彼のセリフに思わずドキッとした私はおもわず、白々しい発言をしてしまった。
「なるほど、あなたがフィールダー子爵家の凄腕魔術師か」
「もう伝わってましたか。ええ、そうです」
「なるほど。じゃあ、あなたが信頼している妹さんなら大丈夫ね」
幸いなことに彼には気づかれなかったようだ。そんな風に話している間に、妹さんが距離を取ってから自身とレテレアの周りに強固な光魔術の結界を張った。うん、あれなら戦闘の余波で吹き飛ぶことはないだろう。
「で、さっきの魔術で視界はほぼなくなってるが大丈夫なのか」
「あら、あなたがあいつの動きをトレースしていないとは思っていなかったのだけど。ねえ、天才魔術師さん」
「そうかよ天才魔女さん」
「魔女って言うとおばあさん臭い印象がするからやめて。……で、見えてるの」
「もちろん。霧の向こうでこっちの様子をうかがってるな」
「同意よ。……にしても全然動かないわね」
さすがに彼は戦闘慣れしているようで安心できるわね。にしても……なんだかこの会話、どこかでしたことあるような会話ね。雅也は分かっていてやっているのかしら……
「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ」
「ないと思うわよ。あなたが王都に来たことがないのなら。賢者と一緒に修行してたと聞いたけど」
「さすがにそれはデマですよ。まあ、ダメな魔法の師匠ならいますが」
「そう……」
賢者に連れ去られたという話を白々しく誤魔化そうとするあたりが、やっぱり雅也よね……って、そろそろこんな場合じゃないか。
「さてと、お喋りはこれぐらいにしておきましょうか」
「そうですね……来ますよ」
「見えてるわよ…<転移>」
私たちの方向にまっすぐ進んできた魔人を避けるように、私は右前方に転移した。その時……
「ユーフィリアさん。そっちはダミーです。逃げて」
彼の怒号とともに前方の空間が揺らいだ。その先から迫る暴力的な魔力の気配に、私は勘で魔術を選んだ。
「えっ、どういうこ…<魔力喰ら…あっ……」
「…<暗黒破壊槍> まずは、一人」
瞬間的に魔力を注ぎ込んだ<魔力喰らい>は未発動ながらも相手の魔術の威力をそいでくれた。更に私が体をひねったことで、ギリギリ闇属性の槍は私の腹部に半ば程まで突き刺さったところで消滅した。
「あっ……うっ……痛……」
自分の腹部からは膨大な出血がある。大動脈にでも貫通していたら即死だっただろうが、おそらく腸管までで止まっている。しかしこの痛みでは魔術を使うことすら……
「…<座標転移>……ちっ」
クライス君の発動した転移魔術で私は彼の腕の中に移動した。転移魔術の負荷で、少し強まった激痛に意識が薄れかける。彼と魔人のやり取りが耳に入ってこない。いや、聞こえた……
「違うな。……ただ、よく似た人が妻だったんでな」
彼のその一言だけが耳に入ってきた。その後は、私の記憶は薄らとしかない。確か、彼に意地を張って治癒魔術を使えず、彼の治癒魔術で癒されたということがわずかに残っている程度だ………
次に意識が戻ったのは温かい腕の中だった。外から聞こえてくる会話は戦闘が終わったことを感じさせる平和なもので、私はホッとして目を開けようとして……即座に目蓋を下した。
「(な、なんで私、クライス君にお、お姫様抱っこされてるのよ……)」
私が抱えられていたのは間違いなくクライス君だった。そういえば……さっきの戦闘中も似たような角度で彼の顔を見たような……って、なんでそんなことだけ覚えているのよ。
私は顔が赤くなるのを心を落ち着かせて、必死に抑えながら……なんだか雅也に抱かれているような気がしていて、気が付いたら……再び意識を失っていた。
彼の声で目が覚めた。今度はさっきのような事故がないよう、彼の会話を聞いてから目を開けよう……
「猛反対したよなあ。外科医になるって聞いたときは。結局、俺が押し切られたけど……」
「……ううっ、んっ……ここは……」
前言を撤回して、私はすぐに起きた。日本語であんなメッセージを聞かされたら、私はもう我慢できる気がしない。何より彼が確信を持つ前に再会するのは嫌だから。だって……迎えに来た王子様を押し倒すお姫様って、なんだかロマンティックじゃないもの。
「魔術学院の保健室」
「そう。それでなぜあなたがいるの」
「起きたらすぐに事の顛末を聞きたいだろうと思ってね」
極めて冷静に返した私に、彼もさっきの甘い声が嘘のように冷静な声で返してきた。……本音を言うともう少し聞いていたかったけど。彼の本音なんてなかなか聞けないし……
「よく分かってるわね。それで、どうなったの」
「君が気絶した後。俺がきっちり魔人にとどめを刺した」
「さすがね。魔人を単独で討伐するなんて」
「まあ、あくまで魔人にしては強いというだけですしね」
彼と淡々とする会話が少し寂しくなった私は、思わずこんなことを言ってしまった。
「そう……ありがとう」
「……えっ………えっと、それはどういう意味で」
彼が私の笑顔に呑まれてくれたようで何よりだ。こっちの世界でも美少女で良かったと思えたのは初めてかもしれない。
「まずは私を助けてくれたこと。……後は、私が起きるまで待っていてくれたこと」
「そうですか……」
「そんなに緊張しないで。結構落ち着いていられたのよね。あなたの腕の中」
「っつ、意識あったんですか」
「薄らとね。……でも心地よくてそのまま寝ちゃった」
「あの、口調大丈夫ですか」
「これが素よ」
仮面を外して、彼の仮面を剥がして続ける会話は楽しかった。
「僕なんかに素で大丈夫なんですか」
「逆に命の恩人にすら本音で感謝を言えないってどんな女の子よ」
「はあ」
それでも完璧には仮面を取り切れない彼に少し腹が立った私は、最後に言わないで心にとどめておこうと思っていた言葉を告げた。
「それに……懐かしい風景を思い出させてくれたから」
「えっ」
「その内容は秘密にさせて」
「はい」
彼の顔が一瞬だけ、明るくなってすぐにいつも通りの顔に戻った。彼も私が思い描いたあの風景を思い出していてくれるといい。
……あの夕暮れの病室で、二人で眠っていたあの温かい風景を。
今後は土日は確実に、平日もなるべく投稿できるよう努力します。
今日中に第四章の登場人物紹介を出すかと思います。




