第六十五話 再会
読んでくださる方ありがとうございます。
長かった四章もついに完結です。同時に章タイトルも上げさせてもらっています。
「雅也」
澄んだその声はよく聞こえた。たとえ声が変わっていても分かるその声は疑うこともなく、彼女の声だった。俺はバルコニーの手すりに肘をついたまま、彼女の方を見ずに言った。
「夜桜と月のコントラストが綺麗な日は絵をかきたくなるんだ。俺の大好きなあの人の絵を」
「拝啓~貴女へ~とでもサブタイトルを付けるのかしら」
「いや、今つけるなら……拝啓~愛する詩帆へ~かな。少しカッコつけすぎ、かな……」
そう言いながら振り返るって息をのんだ。彼女は泣いていた。両方の瞳から一滴、一滴、静かに涙を流す様子はまるで一枚の絵画のようだった。それに息をのむ俺に彼女は続けた。
「カッコつけすぎ……もっと、ちゃんと言って」
「ああ、分かった……十五年も待たせてすまなかった、ごめん……」
「バカ、謝らなくてもいいよ。それより……私が聞きたい言葉は分かるでしょ」
「……うん………ただいま……詩帆」
「……本当に、本当に、おかえりなさい……雅也」
その瞬間、彼女は俺の胸に飛び込んだ。その彼女の華奢な体を俺は強く、深く抱きしめた。それでもボロボロ泣きながら、彼女は俺への叫びを、想いを、話し続けた。
「よかった、生きててよかった……また、会えた。やっとあなたに会えた」
「本当にごめん。十五年も待たせて」
「だから、もう、いいよ。辛かったことも、寂しかったことも、いっぱい、あったけど……あなたが生きていて、それで、私があなたの一番だったなら、私はそれ以外、何もいらない」
「詩帆……」
「んっ……雅也……」
泣きながら俺への想いを伝える彼女が愛おしくて、俺は彼女の唇に自分の唇を重ね合わせた。
永遠の様な一瞬の中で俺はやっと実感できた。詩帆が俺の腕の中にいることを……
「ハアハア……ちょっとは加減してよ」
「仕方ないだろ。詩帆が可愛すぎて我慢できなかったんだから」
永遠の様な一瞬が過ぎて顔を離した俺達は互いの顔をまともに見れなかった。冷静になってくるとものすごく恥ずかしい状況だったからな。その照れ隠しか詩帆がまた可愛いことを言いだした。
「容姿はずいぶん変わっちゃたけど……美少女のままで良かった」
「自分を前世も現世も美少女と呼べるのはお前ぐらいだよ」
「えっ……雅也は可愛いと思ってくれないの?」
「可愛いよ。詩帆はどんな姿でも詩帆だから……って言うと話が違うか。ああ美少女だと思うよ。可愛すぎて抱きしめるのが我慢できないくらいに」
「……ちょっ、ちょっと……嬉しいけど、さすがに恥ずかしくなってきた……」
さすがにこれぐらいでこの場は潮時だ、と思えるぐらいは理性があるので俺も詩帆を解放した。まあアルコールが入っていたら、このまま<座標転移>で自室に飛んで、最後までやっていた可能性も否定できないが。
「ふう……やっと落ち着いた」
「そう……ちなみにどういう理由で?」
「雅也がまだ私のことを愛してくれてるっていうのが分かったから、かな」
「これ以上可愛いことを言わないでくれ……なけなしの理性が吹き飛ぶ」
「飛ばしてくれてもいいけど……まあ、それは後でもいいでしょ。それより雅也が何をしていたのかを聞かせて」
「えっ……いつから?」
「全部。この世界に生まれてからの流れをあらかた」
そう言われて、俺は詩帆に男爵家に生まれてからのことを概要だけ話していった。彼女の周りの空気がだんだんと澱んでいくのを感じていたが、俺はそれから逃れるように話し続けた。そして、十分ほどかけて全ての話を終えた。
「それで、予想よりも早く着いた王都でリリアと観光をしていた時に魔人と戦う詩帆と遭遇した……ここから先はご存じのとおりです」
「そう。さてと、とりあえず……」
「とりあえず?」
「一発、魔術で殴らせて……」
「へっ……」
「……喰らいなさい……<神槍>」
「死ぬ……<魔力喰らい>」
なぜか詩帆は俺に向かって致死級の一撃を放ってきた。彼女に殴られたら一発は受けようと思っていたが……あれはさすがに当たったら死ぬ。
「殺す気か。第一、第九階位魔術の詠唱短縮なんていう超高等技術まで使われたら、さすがの俺でも危ないわ」
「知らないわよ。同じ超越級と言えど、あなたは第十二階位で私は第十階位よ。全然、実力が違うわ」
「そう、だな……というか、魔術に関する知識量がすごいな」
「ええ。あなたが七賢者の家でのんびり過ごしている間に、私は最悪の家庭環境の中、王城付属の図書館に通い詰めていたから」
「な、何があったんでしょうか……」
「耳を塞がず、全部聞いてね。あなたがのほほんとしていた間、私が何をしていたのか話してあげるわ」
「は、はい」
そこから詩帆のユーフィリアとしての地獄の十五年間の怒涛の愚痴が始まった。
三歳から父親に異性として目を付けられ、何度も襲われた。その度に精神魔術で父親の記憶を改ざんして、なんとか逃げ切っていたという。しかもお抱えの魔術師に洗脳されて、危なく父親の傀儡にされかけたこともあったという。それでも彼女は俺を待って十五年間も無事でいてくれた、と。
だから俺は彼女が話し終わった直後にこう言った。
「ありがとう」
「ま、雅也。どういう意味よ。というかなんであなたが泣くのよ」
「俺を十五年も信じて、無事で生きていてくれたことが嬉しいから、かな」
「なっ……」
俺が涙を流しながら、そう言うと詩帆は頬を赤く染めてうつむいた。
「バカ、雅也……だから嫌いになれないのよ」
「それに関してもありがとう……後、その魔術師と親父は殺してもいいか」
「止めて、証拠を集めて社会的にも物理的にも合法的に殺してやりたいから」
「分かった。じゃあ、協力がいるならいつでも言ってくれ」
「もちろんよ。こんなに頼もしい旦那がいるのに使わない手はないでしょ」
「そういうことを言ってると、やっぱり詩帆だなあと思うよ」
「何よ、私が冷たいって言いたいの」
「いや、照れ隠しでそういうことを言うあたりツン……」
「うわああああああ、止めて、言わないで」
ダメだ。もうどんな詩帆の姿を見ても可愛く見える。もうユーフィリアと詩帆は同一人物には見えないな。というかユーフィリアを演じてる詩帆を見ていたら笑ってしまいそうな予感すらする。
「もう、本当に……十五年ぶりの再会とは思えないぐらいいつも通りで……楽しい」
「そうか……それはよかった」
やがて叫び疲れた詩帆が、手すりに寄り掛かる俺の肩に頭を置いてそう言った。が、しばらくして静かなことが急に不安になったのか、こんなことを言いだした。
「なんだか、今日は幸せすぎて夢みたい。夢が覚めたら消えてしまいそうな……消えないよね、雅也?」
「ああ、消えない。もう二度と詩帆の前から勝手に消えない」
「証明して……」
「いいよ」
そのまま、俺が再び詩帆を抱きしめて口づけをしようとしたとき……フッと我に返った詩帆が俺の顔を止めた。
「待って」
「どうした、詩帆」
「そこのバルコニーって普通にドアが全開で、今までのやり取りって丸聞こえどころか……全部見られてたんじゃ……」
「ああ、そうだよ」
「……なっ、ほ、本当に?」
「ああ、お前が泣き崩れるところも、俺と口づけをするところも……」
「言わないで。余計に傷口が開くから……」
「と、言うのは冗談でお前が入る前から<幻影結界> <認識疎外結界> <防音結界>の三点セットでこの場は俺とお前の二人にしか認識できない」
「なっ……」
「そういうわけだから気にしなくていいよ」
「……<大地神の大槌>」
「予想はしてた……ウゲッツ」
さすがにふざけすぎたせいか、詩帆から<大地神の大槌>を顔面にくらった。これならたとえ相手が象でも首から上を吹き飛ばせるだろう。俺も首から上がない死体になるところだったが、咄嗟に後方に風魔法で加速しながら飛び、衝撃をそらすことでダメージを最小限に……
「したのはいいけど……やっぱり鼻骨にヒビが入ってる……<組織再生>」
「自業自得よ。乙女の純情を踏みにじって……」
「すみません」
「まあ、スッキリしたからいいわ」
「そうですか……」
「それで、一つお願いがあるのだけれど」
「何?」
詩帆がそう言いながら、俺の下へとゆっくり寄って来て腕に捕まって上目遣いで言った。
「私もさすがに今日は疲れたわ」
「ああ、そうだろうな。あれだけ色々あればな」
「ええ。だから……今夜は一緒に寝てくれない」
「いいのか……また、俺で?」
「あなたじゃなきゃ、雅也じゃなきゃ嫌だ」
「……はあ、分かった」
「ありがとう。それじゃあ……<転移>」
詩帆が唱えた呪文を最後に、バルコニーは静まり返った。
そして会場の人々はそれを知ることもないはずなのだが、三人の人影がバルコニーに出てきた。その三人の正体は……
「いやあ、あの二人。すっかりラブラブだったね。まさかあそこまでとは思わなかった」
「本当ですよ。<防音結界>のせいで声は聞こえませんでしたけど、あそこまで泣いたり取り乱したユフィを見たことないですよ」
「はあ、お兄様が大人の階段を上ってしまいました」
その三人はもちろん、レオン、ソフィア、リリアの三人だった。
「にしても、まさか見られていたとは思っていないだろうね」
「お兄様も浮かれてたんでしょうね。<幻影結界>と<認識疎外結界>がユーフィリアさんになら効果を発揮しないレベルのものなら、私なら見破れると思っていなかったんでしょうか」
ここに張られていた結界は「第十階位以上の魔力持ちでなければ、幻影でバルコニーへの出口が壁に見え、またそこに近づこうと思わない」というものである。リリアならその条件をクリアできるし、こういった精神暗示系の結界はその先に物体があると認識してしまえば魔力の低い人間でも見ることはできるので、三人は舞踏会のフィナーレの後からずっと二人の様子を見ていた。
「まあ、収まるところに収まったようで良かったですけど」
「ああ。それに関しては全面的に同意だ」
「そうですね。まあ、お兄様もユーフィリアさんも幸せそうですから……いいんじゃないでしょうか」
「そうだな……さてと、事情は後日聞きだすとして、帰ろうか」
このレオンの悪魔のような発言によって雅也が詩帆に、ぼこぼこにされるのはそう遠い未来の話ではない。
「ここは……」
「舞踏会が行われていた会場のすぐ正面の学院女子寮。それで、私の部屋の窓の前」
「そうか……ということは一人部屋か」
「特待生クラスは全員一人部屋よ。さあ、窓が開いたわ。入って」
「失礼します」
詩帆の<転移>で連れてこられたのは彼女の寮の部屋だった。部屋の中は綺麗に片付けられていて、掃除も行き届いている。このあたりは詩帆の几帳面さがにじみ出ている。また、本棚に様々な治癒術の本が並んでいることは前世の詩帆の部屋の医学書だらけの棚を思い出す。
「転生したぐらいじゃ、人って変わらないものなんだな」
「そうかもね。私も結局、攻撃魔術は最小限しか覚えてないからな」
「人を傷つけるのは基本的には嫌いだろ」
「ええ……」
彼女はそう言いながらベッドの方に向かって行く。そしてそこに腰かけた。
「もう少し、のんびり話してからにしましょう。まだ夜は長いし」
「そうだな……じゃあ」
「なんてね。本当はやりたいのは私の方だから」
彼女の頬は上気していて妙に色っぽかった。
「最終的に……ハア……あなたが私を忘れてたら……ハア……どうにか…ハア…部屋に連れ込んで……それで」
「だいたい分かった。媚薬でも飲んだのかな」
「い、言わないでよ。薬の名前は」
「ごめん、ごめん。それで……どうしてほしいの」
「あんな……ハア…豚みたいな父親たちに……ハア……汚されかけたのを全部……上書きして」
その瞬間、俺は彼女をベッドに押し倒し…………
一応ここまでで第一部は終了です。ここまでの話は雅也と詩帆が転生をして、その後再び、再会するまでを描いたまさに序章的役割の部分です。
いよいよここから物語は第二部で怒涛の展開を見せていきます。雅也と詩帆の連携。師匠の再登場、レオン殿下の辣腕ぶりなど……自分の時間の許す限り書いていこうと思いますので、応援していただけたら幸いです。
しばらくは大規模なお休みは予定していませんが、今後自己都合で長期休載になることもあるかと思います。それでも書ける限りは書いていこうと思いますので、どうか末永く見守っていただけたら幸いです。
最後にがめついですが、感想などをいただけるとありがたいです。モチベーションアップにつながります。




